17 / 59
#003
星ヶ丘ユウキ
しおりを挟む
さて、幸か不幸か俺はうわさの「学校の悪魔」の偽者狩りを手伝うことになったわけなのだが、
「具体的には何をすりゃいいんだ?」
俺は人生で二度目の女子との下校を噛み締めようと思ったら、噛めば噛むほど渋い汁が次々に出てきたような気分でそう聞いた。
言っとくが、首を絞めろだとか屋上からつき落とせだとか、プールに沈めろとかはやめてくれよ?偽者であっても奴らは一応人間の形をしているんだ、まだまだお前みたいに肝が据わっちゃいない俺には無理だぜ。
「あなたにはそんな酷なこと頼まないわ」
驚いた。こいつにも「可哀想」と思う感情があったんだな。
「私と違って鈍臭いし、返り討ちにあうに決まっているでしょうからね」
前言撤回だ。こいつの言動は俺を酷く傷つける。
「……いや、まぁそれはいいとして、結局俺は何をすればいいんだ」
俺は歯に衣着せぬユウキの物言いにすっかり慣れつつある深い溜息をつきながら、捻れて肩にくい込むスクールバッグの持ち手を直した。
「また今日みたいに死体の後処理を手伝えばいいのか?」
「それももちろんそうだけれど、そうね、根性のないあなたは生徒の調査をしてくれないかしら」
一言余計なユウキは「私は疲れているのよ」とでも言わんばかりに額に手をあてわざとらしくため息を着いた。俺がつきたいくらいだぜ。
「今までは私一人でKの調査からKの処理までしてきたのだけれど、さすがにこのままだったら私が卒業するまでに学内のKを殲滅出来ない可能性の方が高いのよ」
それはまた大きく出たな。学内全員だと教師なんか含めるのか。ちなみにだが、今目星がついているやつは何人くらいいるんだ?
「少なくとも六人。でも、実際はもっといるでしょうね。だからこそ時間が惜しいのよ」
ユウキは自分の力の無さに嘆く少年主人公のような面持ちで、
「少しでも早くKを見つけ出して殺していかないといけないの。これ以上被害を出さない為にもね。でも、私一人では現実的に不可能。現状では本当に猫の手も借りたいくらいなのよ」
なるほど、お前の言いたいことは分かった。調査くらいなら俺にも出来そうだ。要は対象を観察しておかしければお前に報告すればいいんだろ?
「そうよ。犬みたいね」
文字通り、俺は犬だな。でも、正直なところそれくらいの役回りで十分だった。ああは言ったが、元より俺は主人公の器じゃないのさ。その物語の本筋の端っこにほんの少しだけ居場所があるくらいでいい。
俺はバスで帰るユウキと学校の最寄り駅で別れた後いつも通り地下鉄に乗り、疲れた顔のサラリーマンと若さのあまり体力を余らせた部活帰りの同級生の群れを避けるようにドアのすぐ近くにポジションを取った。
見渡す限り現状ではおかしなところは見当たらない。全くもっていつもの風景だ。だが、この中には実際、Kが何人かいると考えていいだろう。学校にだって少なくとも六人いるのだ、一人くらいいても何もおかしくない。
一応、怪しいやつが居ないか目を凝らして一人一人を観察してみた。が、なるほど、一筋縄ではいきそうにないな。
正直なとこ見たくらいじゃ全く分からない。確かにこの中に俺のよく知る人物はいないが、それにしたってこの地下鉄の一車両だけですら、その中からKを見つけるのは骨が折れそうだった。
では、その規模が学校ならどうだ?一学年でもいいが、それでも骨が折れるどころか全身複雑骨折に内臓破裂のおまけがついてくるぜ。それこそ一人でこなすのはいくら時間があっても足りないだろうな。
とは言ったものの、果たして俺に何が出来るだろうか。何が一つでも出来ることがあるだろうか?
そりゃあ、生徒一人一人を観察してレポートにまとめあげることは俺にだって出来るだろうが、しかしどうだ。
俺にそんなに正確に人間を判断出来るだろうか。
既に俺はプロジェクト「学校の悪魔」の一員となってしまっているのだ。俺が「ちょっとこいつが怪しい」と判断してしまえば例えそれが本物の人間だったとしても下手すりゃ死んじまう事になる。
自信ないな。ああは言ったが、俺なんかに出来る気がしない。
今日ばかりは自分の自制心が憎かった。あーあ、どうしてこうなったんだろうな。思てたんと違う。普通の日常を望んでいたはずなのに。
俺がもっと優秀だったらなぁ、だなんて一浪したのに受験直前の模試で志望校がE判定だった浪人生のような事をつい考えちまう。
そもそも、ただちょっとだけ人間観察をしていただけなんだ。その他のパラメータなんて至って普通なんだよ。
一人じゃ何も出来やしない、ただの凡人なんだ。
自分が超能力者では無いことを恨みつつ、俺は今日何度目か分からないため息をはいてから家に入った。キッチンで夕飯を作っていた母親に「ただいま」と一言告げてから自分の部屋へと向かう。隣の妹の部屋は暗いのでまだ部活で帰ってきていないようだった。
同じ親から生まれたというのにどういう訳か妹は父、母同様に頭がよかった。俺には分からんが学校でもモテているらしい。つくづく思う、俺だけ赤子の頃にどこかから拾われてきたんじゃあないかとな。
カバンを机の上に放ると、俺は重力に任せてベッドへと身を投じた。そして今一度考える。
どうすりゃあいいんだ?
俺は別段ユウキのように戦えるわけでもなければ、あいつのように頭がキレる訳でもないんだ。
考えろ。それしか出来ないが、少なくともそれだけは出来るだろうが俺は。
自分にしか出来ない事を探すんじゃない。自分にも出来る事を一つでもいい、何かないのか。
「……。」
そのまま二時間ほど考え込んだのだか驚くべき事にあまりに何も無かった。多分だが、俺から俺自身の固有名詞を取ったらKよりも多分誰にも見分けられないだろうな。村人Aだ。
俺はバッテリーが半分を切ったスマホを手に取ると、星ヶ丘ユウキ宛にメールを書いた。内容は無論、手伝いの断りだ。あいつのことだからどうせ明日には俺の事なんか忘れてるだろうさ。
しかし、何の因果か俺が送信ボタンをタップしようとしたまさにその瞬間に件のやつから電話が掛かってきた。そしてその拍子に俺はついそれに応答してしまった。
『……ちゃんとスリーコール以内に出ることくらいは出来たのね。褒めてあげるわ』
「お前に褒められても嬉しくねぇよ」
『あら、何かご機嫌ナナメだったかしら?また掛け直すわ』
気味悪いな、こいつが俺には気を使えるなんて。偽者か?
『馬鹿言わないで。そう、元気なのならいいわ。さっそくだけど明日は……』
「それついてだがな……」
俺はあえてユウキの言葉を遮るようにして言った。
「俺にはお前の事を手伝えそうにない。手伝いたいのはやまやまなんだ。本当だぜ?だがな、俺にはお前の手伝いを出来るような頭も力もないんだ。多分だが足でまといにしかならないさ」
俺は最後に「すまんな」と付け加えた。
しかし、ユウキはやはりと言うべきか俺の話など聞いていないようだった。しっかりと断りを入れたつもりなんだがな。少しの沈黙の後、
『……そんな事知ってるわよ。別にあなたに最初から期待なんてしてないわ。何もかも出来るだなんて思ってない』
「なら尚更だろ。残念ながら俺には正確に調査する能力も、怪しいヤツをお前に告げ口する勇気もないんだ」
『あら、あなたってば意外と優しいのね。生温いわ』
ユウキは褒め言葉に見せかけた一言多い侮辱に加えてこんなことを言った。
『でもね、あなたのそれは大いなる勘違いよ。それも、消しゴムを拾ってくれた隣の席の女の子が自分に好意を持っているんじゃないかと思うレベルの恥ずかしいやつよ』
えらそうに腕を組む姿がうかんで来るようなふっ、という含み笑いの後「いいかしら」と前置きをして、
『安心しなさい。あなたは私が持っていないものをひとつだけ持ってるわ』
……慰めるつもりがあるなら手を抜くな。ひとつだけかよ。それもどうせ「NO」と言わないとかそんなんだろ。
しかし、どうやらユウキは本当に俺自信が気がついていない俺のいい所というやつを知っているようで、またしてもふふんと長い黒髪を払う姿が浮かんできそうな笑いを零すと、まるでそれが自慢出来ることのように言った。
『だって、私には友達がいないもの』
「……。」
唖然。
『各個人には興味ないのよ』
「……。」
言葉を無くすってのはこういう事だろうな。なんて返そうか言葉が浮かんでこない。だが、こいつの言いたいことはつまるところこうだろう。
あなたには友達がいるのだからなんとか出来るでしょう、だ。
『そもそもあなた一人だけにやってもらうつもりなんてなかったわよ。あなたが一人で突っ走って無茶する前に電話をかけといてよかったわ。一人で出来ないなら誰かに頼るべきよ』
ユウキは『私のようにね』と付け加えた後、
『一人で出来そうにないことを一人でしようとするのは馬鹿のする事よ。確かに努力は必要よ?それは最低限。でもそんなのは効率悪いし、実際、世の中なんて努力とか根性でもどうしようも無いことばかりなの。というか、多分そっちの方が多いわ』
ひとしきり話終えると、「分かったかしら?」と念を押すように言った。
俺はユウキの言った言葉を反芻しながら、何か反論出来るところはないかと無意識に考えてしまっていた。
結局のところ、俺は逃げる口実が欲しかったのだ。一年前と同じ失敗をしないために。社会でハブられないように、常識人になるために、大人になるために、誰かを手伝ったり助けたりすることなんてせず、周りの人間同様に自分の事だけを考えて、それで山も谷もない平凡な生活を送っていくために。
普通の日常。それが俺の唯一の望みだったから。
しかし、未だ煮え切らない俺に、ユウキは言った。ひどく当たり前の事なのに、ずっと忘れていたかのように思える一言。
『困っている人を助けるのは当然の事でしょ?』
その規模が違うだけのことよ、と付け加えたユウキは電話越しでもわかるほど論破してやったとばかりに荒い鼻息を吐いた。
『一人を助けるのが数千人に増えただけの事じゃない』
言われればそうではあるが。
『あら、見込み違いだったかしら』
……いや、言い返す言葉が見つからん。見つかるはずもないな。
なのに俺はそれを差し置いて自分の、普通の日常を取り戻そうとした。
こいつは確かに言った。助けるのは当然の事だと。
つくづく俺が思ってきたことじゃあないか。
「……おかしいのはこの世界の方。それで間違ってないよな?」
自分の事しか考えないのが常識的?
馬鹿言え。そんなわけあるか。
我ながらまた馬鹿な方向に突き進もうとしているのは自覚してる。今ユウキを強く断ればクレイジーでアメイジングな生活からは程遠い普通の日常に戻れるのも分かっている。
分かっているんだけどなぁ。
「……一人頼りになりそうなやつに心当たりがある」
こいつに絆されたと思うと無性に腹が立ってくるが、仕方あるまい。俺だっていつまでもをしている訳にはいかんのだ。
『……ふふっ、そう。手伝えて貰えそうでよかったわ。もちろん、危険は承知よね?』
なんだその悪徳業者みたいな確認は。だがそうだ、承知済みだぜ。今のうちに遺書を書いておいても遅いということは無いだろう。
しかし、俺のそんな心配なんてよそにユウキは『大丈夫よ』という枕詞を添えて、
『本当に辞めたいのならご自由に』
でも、と。
『安心しなさい。あなたは私が護るから』
「具体的には何をすりゃいいんだ?」
俺は人生で二度目の女子との下校を噛み締めようと思ったら、噛めば噛むほど渋い汁が次々に出てきたような気分でそう聞いた。
言っとくが、首を絞めろだとか屋上からつき落とせだとか、プールに沈めろとかはやめてくれよ?偽者であっても奴らは一応人間の形をしているんだ、まだまだお前みたいに肝が据わっちゃいない俺には無理だぜ。
「あなたにはそんな酷なこと頼まないわ」
驚いた。こいつにも「可哀想」と思う感情があったんだな。
「私と違って鈍臭いし、返り討ちにあうに決まっているでしょうからね」
前言撤回だ。こいつの言動は俺を酷く傷つける。
「……いや、まぁそれはいいとして、結局俺は何をすればいいんだ」
俺は歯に衣着せぬユウキの物言いにすっかり慣れつつある深い溜息をつきながら、捻れて肩にくい込むスクールバッグの持ち手を直した。
「また今日みたいに死体の後処理を手伝えばいいのか?」
「それももちろんそうだけれど、そうね、根性のないあなたは生徒の調査をしてくれないかしら」
一言余計なユウキは「私は疲れているのよ」とでも言わんばかりに額に手をあてわざとらしくため息を着いた。俺がつきたいくらいだぜ。
「今までは私一人でKの調査からKの処理までしてきたのだけれど、さすがにこのままだったら私が卒業するまでに学内のKを殲滅出来ない可能性の方が高いのよ」
それはまた大きく出たな。学内全員だと教師なんか含めるのか。ちなみにだが、今目星がついているやつは何人くらいいるんだ?
「少なくとも六人。でも、実際はもっといるでしょうね。だからこそ時間が惜しいのよ」
ユウキは自分の力の無さに嘆く少年主人公のような面持ちで、
「少しでも早くKを見つけ出して殺していかないといけないの。これ以上被害を出さない為にもね。でも、私一人では現実的に不可能。現状では本当に猫の手も借りたいくらいなのよ」
なるほど、お前の言いたいことは分かった。調査くらいなら俺にも出来そうだ。要は対象を観察しておかしければお前に報告すればいいんだろ?
「そうよ。犬みたいね」
文字通り、俺は犬だな。でも、正直なところそれくらいの役回りで十分だった。ああは言ったが、元より俺は主人公の器じゃないのさ。その物語の本筋の端っこにほんの少しだけ居場所があるくらいでいい。
俺はバスで帰るユウキと学校の最寄り駅で別れた後いつも通り地下鉄に乗り、疲れた顔のサラリーマンと若さのあまり体力を余らせた部活帰りの同級生の群れを避けるようにドアのすぐ近くにポジションを取った。
見渡す限り現状ではおかしなところは見当たらない。全くもっていつもの風景だ。だが、この中には実際、Kが何人かいると考えていいだろう。学校にだって少なくとも六人いるのだ、一人くらいいても何もおかしくない。
一応、怪しいやつが居ないか目を凝らして一人一人を観察してみた。が、なるほど、一筋縄ではいきそうにないな。
正直なとこ見たくらいじゃ全く分からない。確かにこの中に俺のよく知る人物はいないが、それにしたってこの地下鉄の一車両だけですら、その中からKを見つけるのは骨が折れそうだった。
では、その規模が学校ならどうだ?一学年でもいいが、それでも骨が折れるどころか全身複雑骨折に内臓破裂のおまけがついてくるぜ。それこそ一人でこなすのはいくら時間があっても足りないだろうな。
とは言ったものの、果たして俺に何が出来るだろうか。何が一つでも出来ることがあるだろうか?
そりゃあ、生徒一人一人を観察してレポートにまとめあげることは俺にだって出来るだろうが、しかしどうだ。
俺にそんなに正確に人間を判断出来るだろうか。
既に俺はプロジェクト「学校の悪魔」の一員となってしまっているのだ。俺が「ちょっとこいつが怪しい」と判断してしまえば例えそれが本物の人間だったとしても下手すりゃ死んじまう事になる。
自信ないな。ああは言ったが、俺なんかに出来る気がしない。
今日ばかりは自分の自制心が憎かった。あーあ、どうしてこうなったんだろうな。思てたんと違う。普通の日常を望んでいたはずなのに。
俺がもっと優秀だったらなぁ、だなんて一浪したのに受験直前の模試で志望校がE判定だった浪人生のような事をつい考えちまう。
そもそも、ただちょっとだけ人間観察をしていただけなんだ。その他のパラメータなんて至って普通なんだよ。
一人じゃ何も出来やしない、ただの凡人なんだ。
自分が超能力者では無いことを恨みつつ、俺は今日何度目か分からないため息をはいてから家に入った。キッチンで夕飯を作っていた母親に「ただいま」と一言告げてから自分の部屋へと向かう。隣の妹の部屋は暗いのでまだ部活で帰ってきていないようだった。
同じ親から生まれたというのにどういう訳か妹は父、母同様に頭がよかった。俺には分からんが学校でもモテているらしい。つくづく思う、俺だけ赤子の頃にどこかから拾われてきたんじゃあないかとな。
カバンを机の上に放ると、俺は重力に任せてベッドへと身を投じた。そして今一度考える。
どうすりゃあいいんだ?
俺は別段ユウキのように戦えるわけでもなければ、あいつのように頭がキレる訳でもないんだ。
考えろ。それしか出来ないが、少なくともそれだけは出来るだろうが俺は。
自分にしか出来ない事を探すんじゃない。自分にも出来る事を一つでもいい、何かないのか。
「……。」
そのまま二時間ほど考え込んだのだか驚くべき事にあまりに何も無かった。多分だが、俺から俺自身の固有名詞を取ったらKよりも多分誰にも見分けられないだろうな。村人Aだ。
俺はバッテリーが半分を切ったスマホを手に取ると、星ヶ丘ユウキ宛にメールを書いた。内容は無論、手伝いの断りだ。あいつのことだからどうせ明日には俺の事なんか忘れてるだろうさ。
しかし、何の因果か俺が送信ボタンをタップしようとしたまさにその瞬間に件のやつから電話が掛かってきた。そしてその拍子に俺はついそれに応答してしまった。
『……ちゃんとスリーコール以内に出ることくらいは出来たのね。褒めてあげるわ』
「お前に褒められても嬉しくねぇよ」
『あら、何かご機嫌ナナメだったかしら?また掛け直すわ』
気味悪いな、こいつが俺には気を使えるなんて。偽者か?
『馬鹿言わないで。そう、元気なのならいいわ。さっそくだけど明日は……』
「それついてだがな……」
俺はあえてユウキの言葉を遮るようにして言った。
「俺にはお前の事を手伝えそうにない。手伝いたいのはやまやまなんだ。本当だぜ?だがな、俺にはお前の手伝いを出来るような頭も力もないんだ。多分だが足でまといにしかならないさ」
俺は最後に「すまんな」と付け加えた。
しかし、ユウキはやはりと言うべきか俺の話など聞いていないようだった。しっかりと断りを入れたつもりなんだがな。少しの沈黙の後、
『……そんな事知ってるわよ。別にあなたに最初から期待なんてしてないわ。何もかも出来るだなんて思ってない』
「なら尚更だろ。残念ながら俺には正確に調査する能力も、怪しいヤツをお前に告げ口する勇気もないんだ」
『あら、あなたってば意外と優しいのね。生温いわ』
ユウキは褒め言葉に見せかけた一言多い侮辱に加えてこんなことを言った。
『でもね、あなたのそれは大いなる勘違いよ。それも、消しゴムを拾ってくれた隣の席の女の子が自分に好意を持っているんじゃないかと思うレベルの恥ずかしいやつよ』
えらそうに腕を組む姿がうかんで来るようなふっ、という含み笑いの後「いいかしら」と前置きをして、
『安心しなさい。あなたは私が持っていないものをひとつだけ持ってるわ』
……慰めるつもりがあるなら手を抜くな。ひとつだけかよ。それもどうせ「NO」と言わないとかそんなんだろ。
しかし、どうやらユウキは本当に俺自信が気がついていない俺のいい所というやつを知っているようで、またしてもふふんと長い黒髪を払う姿が浮かんできそうな笑いを零すと、まるでそれが自慢出来ることのように言った。
『だって、私には友達がいないもの』
「……。」
唖然。
『各個人には興味ないのよ』
「……。」
言葉を無くすってのはこういう事だろうな。なんて返そうか言葉が浮かんでこない。だが、こいつの言いたいことはつまるところこうだろう。
あなたには友達がいるのだからなんとか出来るでしょう、だ。
『そもそもあなた一人だけにやってもらうつもりなんてなかったわよ。あなたが一人で突っ走って無茶する前に電話をかけといてよかったわ。一人で出来ないなら誰かに頼るべきよ』
ユウキは『私のようにね』と付け加えた後、
『一人で出来そうにないことを一人でしようとするのは馬鹿のする事よ。確かに努力は必要よ?それは最低限。でもそんなのは効率悪いし、実際、世の中なんて努力とか根性でもどうしようも無いことばかりなの。というか、多分そっちの方が多いわ』
ひとしきり話終えると、「分かったかしら?」と念を押すように言った。
俺はユウキの言った言葉を反芻しながら、何か反論出来るところはないかと無意識に考えてしまっていた。
結局のところ、俺は逃げる口実が欲しかったのだ。一年前と同じ失敗をしないために。社会でハブられないように、常識人になるために、大人になるために、誰かを手伝ったり助けたりすることなんてせず、周りの人間同様に自分の事だけを考えて、それで山も谷もない平凡な生活を送っていくために。
普通の日常。それが俺の唯一の望みだったから。
しかし、未だ煮え切らない俺に、ユウキは言った。ひどく当たり前の事なのに、ずっと忘れていたかのように思える一言。
『困っている人を助けるのは当然の事でしょ?』
その規模が違うだけのことよ、と付け加えたユウキは電話越しでもわかるほど論破してやったとばかりに荒い鼻息を吐いた。
『一人を助けるのが数千人に増えただけの事じゃない』
言われればそうではあるが。
『あら、見込み違いだったかしら』
……いや、言い返す言葉が見つからん。見つかるはずもないな。
なのに俺はそれを差し置いて自分の、普通の日常を取り戻そうとした。
こいつは確かに言った。助けるのは当然の事だと。
つくづく俺が思ってきたことじゃあないか。
「……おかしいのはこの世界の方。それで間違ってないよな?」
自分の事しか考えないのが常識的?
馬鹿言え。そんなわけあるか。
我ながらまた馬鹿な方向に突き進もうとしているのは自覚してる。今ユウキを強く断ればクレイジーでアメイジングな生活からは程遠い普通の日常に戻れるのも分かっている。
分かっているんだけどなぁ。
「……一人頼りになりそうなやつに心当たりがある」
こいつに絆されたと思うと無性に腹が立ってくるが、仕方あるまい。俺だっていつまでもをしている訳にはいかんのだ。
『……ふふっ、そう。手伝えて貰えそうでよかったわ。もちろん、危険は承知よね?』
なんだその悪徳業者みたいな確認は。だがそうだ、承知済みだぜ。今のうちに遺書を書いておいても遅いということは無いだろう。
しかし、俺のそんな心配なんてよそにユウキは『大丈夫よ』という枕詞を添えて、
『本当に辞めたいのならご自由に』
でも、と。
『安心しなさい。あなたは私が護るから』
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
23
1 / 3
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる