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#004

宮之阪という女子2

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 昨日は色々あってよく眠れなかったせいか、今日の駅から学校までの道のりが昨日までと違って見える。
一見普通の通学路なのだが、少し曲がったところの路地裏や立体駐車場の影、公衆トイレなどで今まさにKが増えているかもしれないと考えるだけで、のこの何の変哲もないアスファルトの道がドラゴンが吐く焔すら効かない安全地帯のように思えてくる。

 昨日、ユウキから追加で聞いた情報によると、奴らは人目につくところでは絶対にその正体を現さないらしい。ま、当然と言っちゃ当然だ。Kの方もそうそう無警戒なわけじゃあないだろう。

 ただ、誰かといるからと言って絶対に安全なわけじゃあない。向こうだって必ずしも一人で行動しているわけじゃないだろうからな。Kが三人のところに俺一人が行けば人数が多いとは言えそれはもうおしまいなのさ。やつらを「人」で数えるのかは知らんが。

 俺はなるべく一人にならないよう生徒の集団の後ろにつけて学校へと歩みを進めた。途中、前の席に座る見知った顔を見つけて安堵しつつも、意識的に俺はそいつの様子を観察する。

「なんだよ。俺の顔に何かついてるか?」

「……大丈夫だ。安心しろ、いつも通りちゃんと酷い面がついてるぜ」

「やかましい」

 こんないつものやり取りすら疑わしい。こいつは本当に俺の知っているあいつか?心做しかいつもより酷い顔をしている気がする。

 しかし、俺がKのことについて知っているということをK側に知られてはいけないので、俺はこれ以上こいつを注視するのはやめておいた。バレたら真っ先に殺されちまうだろうからな。

 その後、俺たちは下足場で校内履きのスリッパに履き替えると、二人して教室へと向かった。その途中で数人の警察官を見かけたので、今朝になって昨日吊るした地理教師の死体が見つかったのだろう。

「なんか警察が来ているみたいだな」

「……だな」

 俺は特に興味なさげにそう返すと、立ち止まっているあほ面をおいて歩みを進めた。

 既に教室にはほとんどの生徒が揃っていた。数にして三十人。この中にももちろん何人かKがいるんだろうな。

 席に着くとものの数分で始業を告げるチャイムが鳴った。前までは遅刻する人はほとんど居なかったはずなのだが、最近になってまたギリギリで駆け込んでくるやつが増えてきているような気がする。今日が週半ばの水曜日だからか?

 俺はそいつらがどんな顔ぶれなのか視界の端でぼんやりと眺めながら、クラスの担任がニヤニヤとしながらチャイムが鳴り終わるのと同時に教室の扉を閉めようとするのを見て、違和感。だが、俺が気がつく前に目の前のやつがノストラダムスの大予言を信じ込んでそのまま一九九九年を迎えてしまったオカルトマニアのような顔をして言った。

「み、宮之阪が、来ていない……だと……」

 そこまでの事か?と言いたいところだったが、実際、今まで俺の知る限り中学一年の頃から学校を休むどころか遅刻すらしてこなかった宮之阪が、担任が点呼をし始めても教室に姿を現さなかったのだ。

 あとからクラスメート何人かから聞いた話だが、宮之阪は小学校の時から学校を休んだことがなかったらしい。そいつらもこのアホ面の悲鳴のようなセリフにこいつほどとまでは言わないがかなり驚いていた。

 もちろん、俺もだ。

 正直なところ、宮之阪が風邪を引いたとかそういう体調を崩すとは思えなかったからだ。あいつは勉強が出来るだけではなく全てにおいて完璧人間なのだ。きっと自分の体調管理も完璧だろうからな。

 だからこそ俺の頭に真っ先に浮かんだのは「K」だった。宮之阪に限って、とはこういう状況ではとてもじゃないが言えそうにない。

 友達と呼び合える仲であるかも分からないのに、少し話した事があるくらいで俺はその日、飯を食うのも忘れるほど心配で何も手につかなかった。

 あいつがただただ心配だった。そらそうだろ、宮之阪みたいなただの知り合いに自分のノートを貸したりするような良いやつが理不尽にもKに殺されるなんてことは絶対に許されないんだ。俺だって絶対に許さん。

 つい今朝まで宮之阪に昨日の話をして頼りになって貰おうと思っていたが、今はそんなことどうでもよくなっていた。

 クラスの奴らも普段から宮之阪に世話になっているやつらばかりなのだろう。休んでまだ一日目なのに色紙に書き寄せをしようだなんて話している。

 教室内が宮之阪の休みにざわつく中、クラスの担任が咳払いを一つしてから言った。

「あー、もう皆気が付いていると思うが宮之阪は今日は休みだ」

 教室中から次々に上がる「えー!」だとか「まじかよ」の声。ほぼ俺の前の席のやつのだけどな。

「何でも他の国から飛んできたウイルスにかかったらしくてな、なんつったっけなぁ……。いや、まぁとりあえず、体調の方は大丈夫らしいが大事をとって今日は学校を休むそうだ。お前ら、間違っても見舞いなんかに行ったりするなよ?この学校で感染者が出るのだけはさけたいからな。言うがこれは宮之阪からの頼みでもあるからな」

 あわよくばクラス全員で見舞いに行こうとしていた教室は、担任の発した「宮之阪からの頼み」という言葉にすっかりヤジの言葉を失ってしまった。宮之阪ってのはそういうやつなんだ。

 だが、俺は違うね。もちろん見舞い、もとい確認に行くつもりだ。俺はまだそこまであいつに対して信仰心じみたものを持ってないのさ。頼るつもり満々だったが、宮之阪だって頭がとんでもなく良いだけで俺と何も変わらない普通の人間なんだ。

 この事をユウキに話したところ、もう一日待とうという提案があった。

「あまり考えたくは無いのだけれど、彼女がKになってる可能性を考えたら今日何の準備もなくいきなり家に押しかけるのは危険だわ」

 そんな悠長なこと言ってる場合かとツッコミたくなったが、ユウキの言う通りだった。宮之阪がKに襲われていた場合、それは宮之阪じゃなく全くもって別人なのだ。もし格闘技に長けているやつだったら俺なんて一溜りもない。

「それに、本当にKに襲われていたとしたら今日学校を休んでいる時点で手遅れよ」

 確かにあいつは頭は飛び抜けて良いが、いかにも勉強大好きってタイプで運動は苦手そうだったな。胸にとんでもない重りもつけてるし。

 そんな可能性なんて微塵も考えたくはないが、今からある程度覚悟しといた方がよさそうだな。頼むから明日には学校に顔を出してくれ、宮之阪。俺はまだ与えられるばっかりでお前に何も返せちゃいないんだ。

 だが、神様は俺の願いなんて聞いちゃくれないないようで、次の日になっても宮之阪は学校に現れなかった。

「昨日の夜、何回かあいつの家に電話をかけたんだが……」

 家にまだ残っていた中学の連絡網から宮之阪の自宅の電話番号を見つけた俺は誰か家にいるであろう時間帯を狙って数回かけたのだ。

「誰も出なかったのね」

 俺の言葉を引き継ぐようにしてユウキが言った。毎回留守電サービスが応答するまでコールしたんだがなぁ。

「彼女、ご両親は共働きか何かなのかしら?」

「いや、そんな話は聞いた事ないが、仮にそうだとしても家にいるはずの宮之阪が出ないのはおかしいだろ」

 一応今日の放課後にあいつの家に行く予定にはなっているが、まだ今は三限目が終わったばかりの昼休み。授業を受ける時間がもどかしいぜ。それに今日は放課後に全校集会があるらしいのだ。無論、その内容は死体で見つかった「地理教師」の事だろう。

 俺の話にユウキは「ふーん」と何かしら考え込むように顎に手を当て俯く事しばらく。

「……いや、だとしたら彼女は無事なんじゃないかしら」

 なぜそんなことが言える。今さっきの話を聞いてたか?現状では病気にかかるのと同じくらいKに襲われる確率が高いんだぞ。

 ユウキは切れ長の目から覗かせる吸い込まれそうな黒い瞳を向けて言った。

「だからよ。あなたの話を聞いて思ったの。もし宮之阪さんがKに襲われたとしたら偽者が出来ているはずだわ」

 確かに、奴らはどういう訳か既存の人間に化けてこの世界に溶け込もうとしているらしいからな。

「ならおかしいと思わない?」

 何がだ。

「電話に出ないのがよ。怪しまれたくないと彼女のKが思っているのならば普通電話に出ないかしら?仮にも中学からの知り合いであるあなたが電話してきたのなら」

 ユウキの話を聞いて、なるほど、そうかもしれないと思えてきた。だって、あの宮之阪になり変わろうとするんだぜ?相当頭がいいやつに決まっている。であれば、「宮之阪カエデ」が病気と銘打って学校を休むのは怪しまれる可能性が高いって考えにたどり着いても全くもっておかしくない。というかそう考えるのが自然だろう。

「それに、あなたの話を聞く限り彼女は『私』のことについてもある程度気が付いていたのでしょう?」

 ここで言う「私」とはつまり『学校の悪魔』の事だ。宮之阪に頼ろうと思っているという相談をユウキにした時にその根拠としてその話をしたのだ。

「ああ、お前が単独犯であるということに何故か気が付いていたし、俺があの地理教師に感じた違和感をあいつも抱いていた」

「……なら、それほどまでに頭のいい彼女が学校を休んだのには必ず本人なりの理由があるはずよ」

 言われてみれば確かに宮之阪の偽者が学校を休む理由がない。クラスの反応を見て分かる通り一日休んだくらいで不思議に思われるようなやつだからなあいつは。

 ユウキの説得力のある話に俺は昨日から力みっぱなしだった肩からすっと力が抜けていくのを感じた。

 良かったぜ本当に。例え偽者であっても、俺は宮之阪が殺されるところなんて見たくはないからな。
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