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#005
宮之阪という女子6
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そして時間は過ぎていき、月が替わって七月一日の朝を迎えていた。
時刻にして午前八時三十分。
俺がいつもよりさらに重い足取りで教室に入ると、朝礼前に教室に来ていたクラスメート達は相次ぐ自殺者の事なんて知り合い以外は所詮他人事なのか、目前の期末テストのストレスも相まって三週間後に控える夏休みの話で盛り上がりすら見せていた。
始業を告げるチャイムがなり全員が自分の席に着くと、少し遅れてやってきた担任が「すまんすまん」と謝りながら点呼を始める。
担任がその名を呼ぶよりはるか前に気が付いた。クラスのやつらも前ほどではないがどよめきを見せていたしな。
―――宮之阪の姿がなかった。
嫌な予感が冷や汗となって背をつたっていく。遅刻して来るという話も休むという話もあいつからは聞いていないからな。
本当は今すぐにでも電話したいところだったが、俺はとりあえずメールを一つ宮之阪に送ってみた。待つこと三十分、一限目が始まっても返信がなかった。
あいつが風邪を引くとは到底思えないし、Kに遅れを取るとももちろん思えない。というわけは、あいつの妹絡みかとも思ったが、それならメールの返信くらいはあるはずだ。
……うーむ。もう少し待ってみるか?と思いつつ二限目の始まりにも俺はメンヘラな彼氏のごとく返信催促のメールをさらに二、三通送った。
念の為、ユウキにも宮之阪についてのメールを送っておいた。返信は相変わらず秒速、「知らないわ」とだけ返ってきた。
という事は、あいつ一人が何かメールの返信すら出来ないような状況、もしくは状態にあるわけだ。ただのスマホの電池切れであればいいのだが、あいつに限ってそんな事はありえない。
ふむ、もしかしたら今日の放課後に向けて何かしらの準備を行っているという線はどうだろうか。それにしたってやはり俺に一言ないのはうぬぼれかもしれないがおかしい。
宮之阪は結局昼休み開始を合図するチャイムが校内に鳴り響いても教室に姿を現さないどころかメールの返信すら返してくれなかった。
いよいよきな臭くなって俺はユウキの教室へと足を向けた。用件はもちろん宮之阪の事だ。放課後では手遅れになるかもしれないからな。昼休みの間に学校を抜け出してあいつの家に行こうと相談するつもりだった。
が、ユウキも教室にいないではないか。その教室にいたやつ何人かにユウキの行方を聞いてみたが、誰もあいつに興味なんてないのか学校に来たかどうかも知らないようだった。ユウキに関してはここにいない理由は簡単に想像がつく。おそらくまたK狩りに精を出しているのだろう。俺が言うのもなんだが勉強の方は大丈夫なのだろうか。
それから俺は昼飯を買うべく気持ち早歩きで購買へと向かった。ユウキのクラスへと立ち寄った為、我が高等学校人気ナンバーワン商品であるところの焼きそばパンがまだ残っているか絶望的だが、放課後に備えて何かしら腹に入れておくべきであろう。
しかしながら、いつもなら人で賑わう購買は休日に間違って登校してしまった時のように閑散としていた。限定二十個の焼きそばパンもまだ数個棚に並んでいて、ふくよかな体型の購買のおばちゃんも俺と同じように首を傾げていた。
どうしたもんかと俺は焼きそばパンを購入しつつ、後ろに並んでいた生徒の立ち話に耳を傾けるとどうやら昼休みに音楽室横の倉庫で新たに自殺死体が見つかったようだった。皆、その噂を聞きつけて野次馬になりにいっているそうだ。
だが、今まで購買の焼きそばパンを諦める程に興味を集めたやつなんていただろうか。皆、他人事で知り合いでない限りはニュースで流れる死亡者程度にしか考えていなかったはずだ。
しかしどうだろう、今回の死者は相当学校中の生徒に人気があったようだ。昼休みの購買前からほとんどの生徒をかっさらっちまうくらいなんだからな。うちの高校に芸能人なんていたか?と思ったが、そんな活力に満ちたやつは存在しないので違う。
はて、誰だろうか。と考え込むことものの数秒。
俺はせっかく買った焼きそばパンを受け取るのも忘れて三階にある音楽室横倉庫へと駆け出していた。
一人だけ心当たりがあるじゃないか。
誰にでも平等に優しい、この学校のアイドルのようなやつに。
予感というものは嫌なものの時ばかり当たる気がするのは俺だけだろうか。良い予感なんて当たった試しなんてないからだろうな。
この世界はどうしようもないことばかりで、仕方が無いことばかりで、無慈悲なくせに美しくて、そして、誰にでも平等に残酷だ。
それは清く正しく生きてきたやつにすら訪れる。
大袈裟ではなく、俺はその姿を見て腰を抜かし、人混みの中廊下にへたり込んだ。
「……いつからだ。いつからなんだ……」
俺の目の前には、天井から見慣れたロープで吊り下げられた―――宮之阪の姿があった。
気が付かなかった。時間的には昨日の夜か?それまでは一緒にいたのだ、タイミングなんてなかったはずだ。宮之阪が自殺?そんなわけが無い。誰かに殺されたのだ。
歯がガチガチと鳴るのを止められない。宮之阪を今すぐにでもそこから下ろしてやりたいのに、膝に力が入らない。
そんな俺のそばにそっと寄ってきた影が一つ。座り込む俺に手を差し伸べたりはせず、ふっと鼻で笑ってから、
「……やはり面白いですね」
「……何か知っているのなら教えろ。こいつを偽者に変えやがったのはどこのどいつだ」
俺の話なんて興味が無いのか妹は吊るされたままの宮之阪を見つつ、
「しかし、彼女が吊られてしまったのはどうしてでしょうか。今までの傾向とは大きく違うように思えますが……」
傾向?何の話だ。
俺は勝手に妹の肩を借りて立ち上がると、改めて宮之阪の方を見た。それから無表情のままの妹へと尋ねる。
「今までと何か違うのか?」
何が違うんだ。どこがどう、どのように違う。きっと俺が見たくらいじゃ分からないことを、こいつは分かっているのだ。
昼休みの終了を告げる五分前の予鈴がなって、妹のクラスメートと思わしき女子数人が妹を呼びに来た。そして俺に軽く会釈だけすると、妹の手を取って連れて行ってしまった。
その去り際に妹は「少しだけヒントをあげましょう」と前置いてから言った。
時刻にして午前八時三十分。
俺がいつもよりさらに重い足取りで教室に入ると、朝礼前に教室に来ていたクラスメート達は相次ぐ自殺者の事なんて知り合い以外は所詮他人事なのか、目前の期末テストのストレスも相まって三週間後に控える夏休みの話で盛り上がりすら見せていた。
始業を告げるチャイムがなり全員が自分の席に着くと、少し遅れてやってきた担任が「すまんすまん」と謝りながら点呼を始める。
担任がその名を呼ぶよりはるか前に気が付いた。クラスのやつらも前ほどではないがどよめきを見せていたしな。
―――宮之阪の姿がなかった。
嫌な予感が冷や汗となって背をつたっていく。遅刻して来るという話も休むという話もあいつからは聞いていないからな。
本当は今すぐにでも電話したいところだったが、俺はとりあえずメールを一つ宮之阪に送ってみた。待つこと三十分、一限目が始まっても返信がなかった。
あいつが風邪を引くとは到底思えないし、Kに遅れを取るとももちろん思えない。というわけは、あいつの妹絡みかとも思ったが、それならメールの返信くらいはあるはずだ。
……うーむ。もう少し待ってみるか?と思いつつ二限目の始まりにも俺はメンヘラな彼氏のごとく返信催促のメールをさらに二、三通送った。
念の為、ユウキにも宮之阪についてのメールを送っておいた。返信は相変わらず秒速、「知らないわ」とだけ返ってきた。
という事は、あいつ一人が何かメールの返信すら出来ないような状況、もしくは状態にあるわけだ。ただのスマホの電池切れであればいいのだが、あいつに限ってそんな事はありえない。
ふむ、もしかしたら今日の放課後に向けて何かしらの準備を行っているという線はどうだろうか。それにしたってやはり俺に一言ないのはうぬぼれかもしれないがおかしい。
宮之阪は結局昼休み開始を合図するチャイムが校内に鳴り響いても教室に姿を現さないどころかメールの返信すら返してくれなかった。
いよいよきな臭くなって俺はユウキの教室へと足を向けた。用件はもちろん宮之阪の事だ。放課後では手遅れになるかもしれないからな。昼休みの間に学校を抜け出してあいつの家に行こうと相談するつもりだった。
が、ユウキも教室にいないではないか。その教室にいたやつ何人かにユウキの行方を聞いてみたが、誰もあいつに興味なんてないのか学校に来たかどうかも知らないようだった。ユウキに関してはここにいない理由は簡単に想像がつく。おそらくまたK狩りに精を出しているのだろう。俺が言うのもなんだが勉強の方は大丈夫なのだろうか。
それから俺は昼飯を買うべく気持ち早歩きで購買へと向かった。ユウキのクラスへと立ち寄った為、我が高等学校人気ナンバーワン商品であるところの焼きそばパンがまだ残っているか絶望的だが、放課後に備えて何かしら腹に入れておくべきであろう。
しかしながら、いつもなら人で賑わう購買は休日に間違って登校してしまった時のように閑散としていた。限定二十個の焼きそばパンもまだ数個棚に並んでいて、ふくよかな体型の購買のおばちゃんも俺と同じように首を傾げていた。
どうしたもんかと俺は焼きそばパンを購入しつつ、後ろに並んでいた生徒の立ち話に耳を傾けるとどうやら昼休みに音楽室横の倉庫で新たに自殺死体が見つかったようだった。皆、その噂を聞きつけて野次馬になりにいっているそうだ。
だが、今まで購買の焼きそばパンを諦める程に興味を集めたやつなんていただろうか。皆、他人事で知り合いでない限りはニュースで流れる死亡者程度にしか考えていなかったはずだ。
しかしどうだろう、今回の死者は相当学校中の生徒に人気があったようだ。昼休みの購買前からほとんどの生徒をかっさらっちまうくらいなんだからな。うちの高校に芸能人なんていたか?と思ったが、そんな活力に満ちたやつは存在しないので違う。
はて、誰だろうか。と考え込むことものの数秒。
俺はせっかく買った焼きそばパンを受け取るのも忘れて三階にある音楽室横倉庫へと駆け出していた。
一人だけ心当たりがあるじゃないか。
誰にでも平等に優しい、この学校のアイドルのようなやつに。
予感というものは嫌なものの時ばかり当たる気がするのは俺だけだろうか。良い予感なんて当たった試しなんてないからだろうな。
この世界はどうしようもないことばかりで、仕方が無いことばかりで、無慈悲なくせに美しくて、そして、誰にでも平等に残酷だ。
それは清く正しく生きてきたやつにすら訪れる。
大袈裟ではなく、俺はその姿を見て腰を抜かし、人混みの中廊下にへたり込んだ。
「……いつからだ。いつからなんだ……」
俺の目の前には、天井から見慣れたロープで吊り下げられた―――宮之阪の姿があった。
気が付かなかった。時間的には昨日の夜か?それまでは一緒にいたのだ、タイミングなんてなかったはずだ。宮之阪が自殺?そんなわけが無い。誰かに殺されたのだ。
歯がガチガチと鳴るのを止められない。宮之阪を今すぐにでもそこから下ろしてやりたいのに、膝に力が入らない。
そんな俺のそばにそっと寄ってきた影が一つ。座り込む俺に手を差し伸べたりはせず、ふっと鼻で笑ってから、
「……やはり面白いですね」
「……何か知っているのなら教えろ。こいつを偽者に変えやがったのはどこのどいつだ」
俺の話なんて興味が無いのか妹は吊るされたままの宮之阪を見つつ、
「しかし、彼女が吊られてしまったのはどうしてでしょうか。今までの傾向とは大きく違うように思えますが……」
傾向?何の話だ。
俺は勝手に妹の肩を借りて立ち上がると、改めて宮之阪の方を見た。それから無表情のままの妹へと尋ねる。
「今までと何か違うのか?」
何が違うんだ。どこがどう、どのように違う。きっと俺が見たくらいじゃ分からないことを、こいつは分かっているのだ。
昼休みの終了を告げる五分前の予鈴がなって、妹のクラスメートと思わしき女子数人が妹を呼びに来た。そして俺に軽く会釈だけすると、妹の手を取って連れて行ってしまった。
その去り際に妹は「少しだけヒントをあげましょう」と前置いてから言った。
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