14 / 49
悪役令嬢が王立学園に入学するまで 5
しおりを挟む
(でも、エルンスト殿下を疑いたくなる気持ちはわたしにもわかるんだよね……)
あの夜会に出席していたのは王弟派の貴族ばかりであったし、そもそもエルンスト殿下は現王陛下とあまり仲が良くないという噂だ。というのも、陛下と殿下では、かねてからの因縁の相手――ヴェルキアナに対する主張がぶつかっているらしいのだ。
いわく、
陛下は、『ヴェルキアナとはいずれ協調すべきだが、今はその時ではなく、冷戦集結に向けて慎重に行動すべき』と。
殿下は、『ヴェルキアナの国力はシルヴィアよりも上であり、戦争回避のために属国となるべき』と。
ハインツ殿下は国王陛下と同じ思想を持っているらしいので、要は陛下とハインツ殿下陣営、エルンスト殿下陣営の間で火花が散っていることになる。
……それぞれの主張の内容の是非はともかく、問題は、王弟は裏でヴェルキアナの皇帝と繋がっており、属国となった際にそれ相応のポストを用意してもらう約束を取り付けている――などというような噂があることだ。
それが真実かはわからないが、エルンスト殿下を支持する貴族の中にヴェルキアナの裏組織と繋がっている者がいる可能性があると聞くと、どうしてもそれが噂の裏付けであるように思えてしまう。心証としては黒に近いグレーだ。
――なんにせよ。零課は、否、憲兵総局情報部は、いかなる場合でも祖国への裏切りを許さない。もしも情報が真実だったとすれば、わたしたちは中立的な立場ではなくなるだろう。
「……まあいい」
軽く息をついた叔父が、椅子の背にゆっくりと凭れかかった。そして、不意にこちらを見る。
「ユリア」
「はい、ボス」
「お前は今年の九月に、王立学園の入学を控えていたな」
「……はい、ボス」
いきなりなんだと思いながらも、わたしは頷いた。
なんだか知らんが、嫌なことを思い出させてくれやがる叔父上殿である。「そのため少し零課の任務から外れることになります」
王立学園入学。
それは記憶によれば『インアビ』シナリオ開始初っ端の舞台であり、わたしにとっては、破滅へのカウントダウンのスタートを告げる鍾である。
ちなみに、だが、ハインツ殿下とわたしの婚約は、既に成立してしまっている。裏の顔がスパイであろうとなんであろうと、わたしは公爵令嬢ユリア・ヴェッケンシュタイン――婚約回避は普通に無理だった。
というわけで、だ。
わたしは他の貴族のお嬢様がそうしているように、今年からきちんと他のお嬢様・お坊ちゃま方と共に、王立学園に通わねばならないのであった。あゝ無情。
(一応、いざと言う時クルトと連携が取れるようにはするつもりだけど……)
味方がいても辛いもんは辛い。
王立学園なんてわたしにとっては戦場となんら変わりはない。任務以外で死地に赴くのは真っ平ゴメンだというのに――あれ? この考え方じゃ、まるでわたしが『任務なら死地に赴いてOK』って思ってるみたいじゃないか。
何コレ怖……。やっぱりわたし、洗脳されてる?
「何を言っている」
わたしが溜息をつこうとした時、ふと平坦な叔父の声が響いた。「学園に入っても当然、零課の任務はあるが」
「……えっ」
「まあ、王立学園は寮生活だから、割り振られるのは基本長期の任務になるがな」
どういうこと。
戸惑うわたしを置き去りにして、叔父は「レイ」と短く彼の右腕を呼ぶ。はいはぁいと軽く返事をして近寄ってきた次席スパイは、彼に何か書類のようなものを手渡した。
「クルト」
「は、はい」
突如水を向けられたクルトがあからさまに肩を強ばらせる。
しかし叔父は相変わらずの無表情のまま、レイモンドさんから受け取った書類をクルトの前に差し出した。「これはお前の王立学園入学許可証だ。レイに手配させた」
「手配しましたァ」
「……はっ?」
クルトが目をまん丸にして絶句する。スパイとしての教育が行き届いたせいか、叔父ほどではないものの、クルトはちょっとやそっとのことでは表情を変えなくなった。そんな彼にしては、大変珍しい顔である。
「いえ……あのボス、俺は貴族ではありませんし、そもそも入試を受けていません。王立学園には王侯貴族と、難関の入学試験を突破した特待生しか入学できないはずでは」
「……どうやらお前は忘れてしまっているようだ。ならば教えてやろう、クルト」
感情の滲まない、しかし有無を言わせない声で、叔父はあくまで淡々と言った。
「お前は入試を受験し、それを好成績で突破した特待生だ。そうだな?」
「…………ハイ」
ウワかわいそ。
表情という表情が全て抜け落ちた顔で答えるクルトを見て、シンプルにそう思う。
イエス以外の答えが用意されず、いつの間にか王立学園の特待生になってしまっていた相棒に、わたしは心の中で合掌した――まあどちらにせよ、情報部とはいえ一応憲兵は軍の組織みたいなものなので、上司の命令には否とは言えないのではあるが。
しかしまあ、わたしが学園にいる間も任務をこなさなければならないとなれば、クルトが裏口入学することになってしまった理由は、一つしか考えられまい。
「さて、ユリア、クルト」
「はい」
名を呼ばれ、わたしたちは揃って背筋を伸ばす。
叔父は相変わらず冷ややかな表情のまま、ゆっくりと口を開いた。
「新たな任務を申し渡す。
王立学園内にヴェルキアナのスパイネズミがいるとの情報が入った。誰にも怪しまれず、かつ可及的速やかにその正体と目的を突き止めろ」
「了解!」
上官からの命令に対する返事に、NOはない。
――ということで、わたしは憐れ巻き込まれたクルトと共に、断罪イベント回避とラット調査、二つを同時で進めなければならなくなったのであった。ジーザス。
あの夜会に出席していたのは王弟派の貴族ばかりであったし、そもそもエルンスト殿下は現王陛下とあまり仲が良くないという噂だ。というのも、陛下と殿下では、かねてからの因縁の相手――ヴェルキアナに対する主張がぶつかっているらしいのだ。
いわく、
陛下は、『ヴェルキアナとはいずれ協調すべきだが、今はその時ではなく、冷戦集結に向けて慎重に行動すべき』と。
殿下は、『ヴェルキアナの国力はシルヴィアよりも上であり、戦争回避のために属国となるべき』と。
ハインツ殿下は国王陛下と同じ思想を持っているらしいので、要は陛下とハインツ殿下陣営、エルンスト殿下陣営の間で火花が散っていることになる。
……それぞれの主張の内容の是非はともかく、問題は、王弟は裏でヴェルキアナの皇帝と繋がっており、属国となった際にそれ相応のポストを用意してもらう約束を取り付けている――などというような噂があることだ。
それが真実かはわからないが、エルンスト殿下を支持する貴族の中にヴェルキアナの裏組織と繋がっている者がいる可能性があると聞くと、どうしてもそれが噂の裏付けであるように思えてしまう。心証としては黒に近いグレーだ。
――なんにせよ。零課は、否、憲兵総局情報部は、いかなる場合でも祖国への裏切りを許さない。もしも情報が真実だったとすれば、わたしたちは中立的な立場ではなくなるだろう。
「……まあいい」
軽く息をついた叔父が、椅子の背にゆっくりと凭れかかった。そして、不意にこちらを見る。
「ユリア」
「はい、ボス」
「お前は今年の九月に、王立学園の入学を控えていたな」
「……はい、ボス」
いきなりなんだと思いながらも、わたしは頷いた。
なんだか知らんが、嫌なことを思い出させてくれやがる叔父上殿である。「そのため少し零課の任務から外れることになります」
王立学園入学。
それは記憶によれば『インアビ』シナリオ開始初っ端の舞台であり、わたしにとっては、破滅へのカウントダウンのスタートを告げる鍾である。
ちなみに、だが、ハインツ殿下とわたしの婚約は、既に成立してしまっている。裏の顔がスパイであろうとなんであろうと、わたしは公爵令嬢ユリア・ヴェッケンシュタイン――婚約回避は普通に無理だった。
というわけで、だ。
わたしは他の貴族のお嬢様がそうしているように、今年からきちんと他のお嬢様・お坊ちゃま方と共に、王立学園に通わねばならないのであった。あゝ無情。
(一応、いざと言う時クルトと連携が取れるようにはするつもりだけど……)
味方がいても辛いもんは辛い。
王立学園なんてわたしにとっては戦場となんら変わりはない。任務以外で死地に赴くのは真っ平ゴメンだというのに――あれ? この考え方じゃ、まるでわたしが『任務なら死地に赴いてOK』って思ってるみたいじゃないか。
何コレ怖……。やっぱりわたし、洗脳されてる?
「何を言っている」
わたしが溜息をつこうとした時、ふと平坦な叔父の声が響いた。「学園に入っても当然、零課の任務はあるが」
「……えっ」
「まあ、王立学園は寮生活だから、割り振られるのは基本長期の任務になるがな」
どういうこと。
戸惑うわたしを置き去りにして、叔父は「レイ」と短く彼の右腕を呼ぶ。はいはぁいと軽く返事をして近寄ってきた次席スパイは、彼に何か書類のようなものを手渡した。
「クルト」
「は、はい」
突如水を向けられたクルトがあからさまに肩を強ばらせる。
しかし叔父は相変わらずの無表情のまま、レイモンドさんから受け取った書類をクルトの前に差し出した。「これはお前の王立学園入学許可証だ。レイに手配させた」
「手配しましたァ」
「……はっ?」
クルトが目をまん丸にして絶句する。スパイとしての教育が行き届いたせいか、叔父ほどではないものの、クルトはちょっとやそっとのことでは表情を変えなくなった。そんな彼にしては、大変珍しい顔である。
「いえ……あのボス、俺は貴族ではありませんし、そもそも入試を受けていません。王立学園には王侯貴族と、難関の入学試験を突破した特待生しか入学できないはずでは」
「……どうやらお前は忘れてしまっているようだ。ならば教えてやろう、クルト」
感情の滲まない、しかし有無を言わせない声で、叔父はあくまで淡々と言った。
「お前は入試を受験し、それを好成績で突破した特待生だ。そうだな?」
「…………ハイ」
ウワかわいそ。
表情という表情が全て抜け落ちた顔で答えるクルトを見て、シンプルにそう思う。
イエス以外の答えが用意されず、いつの間にか王立学園の特待生になってしまっていた相棒に、わたしは心の中で合掌した――まあどちらにせよ、情報部とはいえ一応憲兵は軍の組織みたいなものなので、上司の命令には否とは言えないのではあるが。
しかしまあ、わたしが学園にいる間も任務をこなさなければならないとなれば、クルトが裏口入学することになってしまった理由は、一つしか考えられまい。
「さて、ユリア、クルト」
「はい」
名を呼ばれ、わたしたちは揃って背筋を伸ばす。
叔父は相変わらず冷ややかな表情のまま、ゆっくりと口を開いた。
「新たな任務を申し渡す。
王立学園内にヴェルキアナのスパイネズミがいるとの情報が入った。誰にも怪しまれず、かつ可及的速やかにその正体と目的を突き止めろ」
「了解!」
上官からの命令に対する返事に、NOはない。
――ということで、わたしは憐れ巻き込まれたクルトと共に、断罪イベント回避とラット調査、二つを同時で進めなければならなくなったのであった。ジーザス。
0
あなたにおすすめの小説
残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
公爵令嬢アンジェリカは六歳の誕生日までは天使のように可愛らしい子供だった。ところが突然、ロバのような顔になってしまう。残念な姿に成長した『残念姫』と呼ばれるアンジェリカ。友達は男爵家のウォルターただ一人。そんなある日、隣国から素敵な王子様が留学してきて……
虜囚の王女は言葉が通じぬ元敵国の騎士団長に嫁ぐ
あねもね
恋愛
グランテーレ国の第一王女、クリスタルは公に姿を見せないことで様々な噂が飛び交っていた。
その王女が和平のため、元敵国の騎士団長レイヴァンの元へ嫁ぐことになる。
敗戦国の宿命か、葬列かと見紛うくらいの重々しさの中、民に見守られながら到着した先は、言葉が通じない国だった。
言葉と文化、思いの違いで互いに戸惑いながらも交流を深めていく。
悪女として処刑されたはずが、処刑前に戻っていたので処刑を回避するために頑張ります!
ゆずこしょう
恋愛
「フランチェスカ。お前を処刑する。精々あの世で悔いるが良い。」
特に何かした記憶は無いのにいつの間にか悪女としてのレッテルを貼られ処刑されたフランチェスカ・アマレッティ侯爵令嬢(18)
最後に見た光景は自分の婚約者であったはずのオルテンシア・パネットーネ王太子(23)と親友だったはずのカルミア・パンナコッタ(19)が寄り添っている姿だった。
そしてカルミアの口が動く。
「サヨナラ。かわいそうなフランチェスカ。」
オルテンシア王太子に見えないように笑った顔はまさしく悪女のようだった。
「生まれ変わるなら、自由気ままな猫になりたいわ。」
この物語は猫になりたいと願ったフランチェスカが本当に猫になって戻ってきてしまった物語である。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
断罪後の気楽な隠居生活をぶち壊したのは誰です!〜ここが乙女ゲームの世界だったなんて聞いていない〜
白雲八鈴
恋愛
全ては勘違いから始まった。
私はこの国の王子の一人であるラートウィンクルム殿下の婚約者だった。だけどこれは政略的な婚約。私を大人たちが良いように使おうとして『白銀の聖女』なんて通り名まで与えられた。
けれど、所詮偽物。本物が現れた時に私は気付かされた。あれ?もしかしてこの世界は乙女ゲームの世界なのでは?
関わり合う事を避け、婚約者の王子様から「貴様との婚約は破棄だ!」というお言葉をいただきました。
竜の谷に追放された私が血だらけの鎧を拾い。未だに乙女ゲームの世界から抜け出せていないのではと内心モヤモヤと思いながら過ごして行くことから始まる物語。
『私の居場所を奪った聖女様、貴女は何がしたいの?国を滅ぼしたい?』
❋王都スタンピード編完結。次回投稿までかなりの時間が開くため、一旦閉じます。完結表記ですが、王都編が完結したと捉えてもらえればありがたいです。
*乙女ゲーム要素は少ないです。どちらかと言うとファンタジー要素の方が強いです。
*表現が不適切なところがあるかもしれませんが、その事に対して推奨しているわけではありません。物語としての表現です。不快であればそのまま閉じてください。
*いつもどおり程々に誤字脱字はあると思います。確認はしておりますが、どうしても漏れてしまっています。
*他のサイトでは別のタイトル名で投稿しております。小説家になろう様では異世界恋愛部門で日間8位となる評価をいただきました。
お前など家族ではない!と叩き出されましたが、家族になってくれという奇特な騎士に拾われました
蒼衣翼
恋愛
アイメリアは今年十五歳になる少女だ。
家族に虐げられて召使いのように働かされて育ったアイメリアは、ある日突然、父親であった存在に「お前など家族ではない!」と追い出されてしまう。
アイメリアは養子であり、家族とは血の繋がりはなかったのだ。
閉じ込められたまま外を知らずに育ったアイメリアは窮地に陥るが、救ってくれた騎士の身の回りの世話をする仕事を得る。
養父母と義姉が自らの企みによって窮地に陥り、落ちぶれていく一方で、アイメリアはその秘められた才能を開花させ、救い主の騎士と心を通わせ、自らの居場所を作っていくのだった。
※小説家になろうさま・カクヨムさまにも掲載しています。
婚約破棄されたスナギツネ令嬢、実は呪いで醜くなっていただけでした
宮之みやこ
恋愛
細すぎる一重の目に、小さすぎる瞳の三百眼。あまりの目つきの悪さに、リュシエルが婚約者のハージェス王子に付けられたあだ名は『スナギツネ令嬢』だった。
「一族は皆美形なのにどうして私だけ?」
辛く思いながらも自分にできる努力をしようと頑張る中、ある日ついに公の場で婚約解消を言い渡されてしまう。どうやら、ハージェス王子は弟のクロード王子の婚約者であるモルガナ侯爵令嬢と「真実の愛」とやらに目覚めてしまったらしい。
(この人たち、本当に頭がおかしいんじゃないのかしら!?)
【完結】前代未聞の婚約破棄~なぜあなたが言うの?~【長編】
暖夢 由
恋愛
「サリー・ナシェルカ伯爵令嬢、あなたの婚約は破棄いたします!」
高らかに宣言された婚約破棄の言葉。
ドルマン侯爵主催のガーデンパーティーの庭にその声は響き渡った。
でもその婚約破棄、どうしてあなたが言うのですか?
*********
以前投稿した小説を長編版にリメイクして投稿しております。
内容も少し変わっておりますので、お楽し頂ければ嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる