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ドラモンド領の日々

傭兵と討伐

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太陽が真上に有る。
暑いほどの日差し。
足元を隠す緑濃く生い茂る野草。
所々に小さく可愛らしい白や水色の花が咲いている。

その草花を土ごと抉りながら、進む巨体。
高さは無いが、それでも体長が馬程ある魔獣のパワーは計り知れない。
それも、大群なら尚更。

とかげ、よりもワニの様な風貌。
太く筋肉質な足は八本有り、これまた太く短いが、以外にも俊敏に動く尾は二本。
長い胴体は固く、赤黒く艶めく六角形の鱗で覆われている。
突きだした、長い口には何層にも細かく鋭い歯が並ぶ。
鱗と同じ赤黒い瞳は登頂部にもあり、前方、左右だけでなく、上方さえも視界に入る。

魔獣 レドゥアーマド

突進してくる一体の頭に大斧を叩き込む。
両足の筋肉をフルに使った高いジャンプからの全力で叩き込まれる大斧による一撃はレドゥアーマドの頭頂部にある目玉ごと頭蓋を叩き割る。
黒いネバついた血を流し、ピクつく魔獣。
傭兵団『黄昏の狼』団長エイベルは、辺りを見回す。
至るところで魔獣との戦いが行われている。

「フム…」
魔獣レドゥアーマド はこの地では良く出没する魔物だけあって、周囲にいる傭兵や騎士は、数の多さに手こずってはいるが、危なげなく倒している。

傭兵にとって、この季節の変わり目に行われる討伐は年に数度の安全な稼ぎ時。
この大規模討伐は、領主からのギルドへの依頼。
その為、参加した傭兵団にはきちんと報酬が出る。同時に討伐した魔物や魔獣から取れる素材や道すがら採取できるモノは回収しても良いことになっている。
大人数で、後方支援も、回復も、食料も何も心配すること無く、しっかり稼ぐことができる。
もちろん、それ以外にも意味がある。
普段は敵対する事もある他の傭兵団と連携を取ることで、他の傭兵団の力量や規模、構成等を知る情報収集の場でもあり、傭兵団としての腕や信用を騎士や人々に宣伝する場でもある。
そして、ギルドの運営に関わる者としては、この討伐でギルドに登録されている傭兵団や隊員の質や力量を実際に目にする貴重で重要な機会だ。

「うわぁぁぁ!」
突然の野太い悲鳴に目をやれば、男が一人レドゥアーマドの太い足に組しかれていた。
手にした斧で長い口を防いでいるが、レドゥアーマドのパワーに負けている。

エイベルは溜め息をつく。
一般の、街か村の有志が何故ここにいる?
イラつく感情を押し込め、助けに向かおうと、足を踏み出す。
が、
野太い悲鳴を上げ続けている男を組み敷くレドゥアーマドに氷矢が何本も突き刺さると、どす黒い血を垂れ流し、男の上にのし掛かるように絶命する。

「大丈夫か?」
聞こえる声の方を見れば、我らが雇い主アイヴァン・ドラモント領主が男に声をかけていた。
男は、礼もソコソコに魔獣の下から這い出ると、最後方へ去っていく。
「…おいおい…」
いくらなんでも、礼ぐらいきちんとしてけよ……
呆れていると、別の方向でも野太い悲鳴が上がり、そちらに目をやれば、別の騎士が男を助けていた。

「………」
「………」
領主も此方を見ていた。
領主は困ったように微笑むと、軽く手を上げ、馬を走らせる。
「有志の者は前に出るな!」
と、声が聞こえてくる。


騎士様も大変だな……
「騎士も大変だなー。」
考えていたことと同じ言葉を聞き、視線をやると、いつの間にか団員の一人、トラッドが横に立っていた。

トラッド
戦友から預かった忘れ形見。
そして、いずれ『黄昏の狼』を率いる男。

「気配を消して立つな…。叩き割ったらどうする。」
「全力で避けるかな?そして、可憐な騎士様に医療魔法かけてもらうかな?」
「………」
トラッドの視線の先には長い髪を纏めた女性魔法騎士が剣を振るっている。

相変わらず…可憐だ。

こう…
可愛らしさの中に凛とした気高さがある……
魔獣を警戒し、捌きつつも、周囲に気を配る優しさ………
剣の太刀筋も、まぁ、悪くないし……
女性騎士用の軽装防御鎧から覗く女性らしい体つきが………
「……」
「………」
視界の端に、ニヤニヤするトラッドの顔がチラつくのが腹立たしい。
「……お前…」
睨みつけるが、トラッドはそ知らぬ顔で女性騎士の感想を口にする。
「いやぁ、良い!何てーの?騎士服から見える首筋とか?くつろいだ時に見える胸元とか?」
ニヤニヤ、ニヤニヤ、ニヤニヤ
「………」
オレは……アイツの息子を……こんな…ナンパな男に育てた覚えは……ない!!
「…トラッド…」
エイベルは大斧を握る。
大斧を握る腕に集中し、
「ふんっっ!!!」
横に薙いだ大斧。
大斧の軌跡に青い光が残り、振り抜かれた大斧の風圧で光が飛び抜く。
飛び抜いた光はそこらに居たレドゥアーマド数匹を切り裂いた。
切り裂かれたレドゥアーマドは、裂かれた部分から凍り始める。

凍ったレドゥアーマドに剣を突き立てるトラッド。
そして、女性魔法騎士。

「エイベル様。相変わらず、素晴らしい技ですね。」
息を切らせ、馬上から女性魔法騎士がエイベルに声をかける。
額や頬に汗を伝わせ、笑顔を向けてくる。
「ムウ……、メリッサ……」
笑顔が…………カレン……
「何すんだよ、叔父貴ーー!」
わざとらしい非難の声。
「そりゃ、ちょっと、まぁ、かなり、叔父貴の可憐なあの娘でアンナコトヤコンナコトを考えたさーー、でも、スキル迄使うことないだろーー、死んだらどうすんだよーー、死んだのは魔獣だから良かったけどなーー、なぁ、メリッサ、あんたからも、言ってくれよーー」
しっかり攻撃を避け、その上、魔獣の息の根を止めた、トラッドは、剣を引き抜き、女性魔法騎士メリッサに言う。
「本当に、お二人は仲が良いのですね。」
メリッサは「あらあら」とクスクス笑う。
エイベルはメリッサの『仲が良い』に、眉間にシワを寄せるが、どこかでむず痒さもあった。
戦友から託された息子。
血の繋がりは無く、父と呼ばれず、子ともならない。
だがーー
それでも、勝手に、トラッドを息子の様に思っている。
メリッサは、それを感じ取っていくれている……
………心さえも、美しい……!!!!


トラッドは、メリッサの『仲が良い』にエイベル同様、眉間にシワを寄せる。
確かにエイベルは育ての親。
そして、尊敬のできる男。
いつかは超えたい壁であり、目標。
父とは呼ばないし、子とも思われた事はないかもしれないーーあえて言うなら、親子に近い師弟だろうか?
しかし……
殺す気であのバカでかい斧を片手で振り回し、スキルまで発動させて、子?弟子?もしくは団員に放つ間柄は……『仲良し』なのだろうか?
何て、考えていると、横では鬼気迫る形相をしたエイベルがメリッサを見つめている。
鋭い眼光。
この眼光に睨まれれば、どんなに屈強な戦士や、凶悪な魔物も怯むのではないだろうか……
しかし、トラッドはメリッサに刺さるその眼光の意味を知っている。
(叔父貴……、その眼光じゃ、嫌われちまうぞ……)
エイベルの殺気に近い眼光に引きつつメリッサの様子を伺う。

メリッサは領主ドラモントに仕える数少ない女性の魔法騎士。
攻撃系魔法よりも、治療系魔法が得意だが、剣の扱いもなかなかのものだ。

他の奴らにはバレてないだろうが(多分)、叔父貴ことエイベルは、この女性魔法騎士に絶賛ベタ惚れ中だ。

現在も、眼光鋭く殺気だっているように見えるが、実際は『可憐なメリッサ』を目に焼き付けているだけだ。

ハラハラしつつ、メリッサの様子を伺う。
メリッサは、緩やかに波打つ茶の髪を後で束ねている。
透き通るような黄色の瞳の視線は、地面に落とされたいる。
(叔父貴!!アンタの可憐なあの娘が怯えてっ……ん……?)
「エイベル様の……あの娘……誰、誰?ど…しましょ…私、……あんな事?……そんな……入り込めない……?」
メリッサが超小声でブツブツ、ブツブツ…
微かに、非常に微かにだが、漏れ聞こえる内容は怯えでは無いのは大規模確実だ。
どちらかと言えば………

トラッドは、眼光鋭く仁王立ちのエイベルと、憂い呟き続けるメリッサを残し、討伐を再開する。

たとえ、魔獣が二人を攻撃しても、『可憐なあの娘』の観察を邪魔されたエイベルが怒りのままに大斧を振るうだろう。

うん。ほっとけ。


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