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護る者達

気配

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ドラモント領の領都  メヌエーデを馬車が走る。
走るといっても、人間の歩行より少し早いていど。
黒の光沢が美しく、華美な装飾の無い上品な馬車。
馬車を引く馬は、軍馬ではない為、角等は無い、普通の馬。
ただ二頭共、黒の毛色で統一されている。
馬車の窓は開け放たれてはいるが、黒の細かいレースのカーテンがしっかり閉じられ、中をうかがい知ることはできない。

相変わらず、このオス豚の趣味は良い。
ので、素直に誉める。
「あなたは見た目に反し、本当に良い趣味をしています。部屋の調度品、それに馬車、全て統一され洗練されています。」
馬車の乗り心地も悪くない。
おそらくは、かなり高価な馬車だと想像できる。
「あ、ありがたき幸せにございます。」
向かいに座るオス豚は、狭い馬車の床に膝を付き、歓喜に涙する。
狭い馬車内故に、床に頭を擦り付ける事はしないが、かわりに、組まれた足の靴先に口づけを何度もする。
磨きあげられた靴がオス豚の体液で照り光のは嫌なので、止めて座るように言う。
「さぁ、そろそろ座って下さい。貴方の歓びは良くわかりました。これからも私の為に良い仕事を期待していますよ。」
オス豚は、最後に長い口づけの後、席に腰を下ろす。
オス豚が離れ、視線をレースが敷かれた窓の外に向ける。
外に広がるのは、領都の街並。

石畳の広い道。
左右に立ち並ぶ店の数々。
笑顔多く歩く人々。
子供達だけで走る姿も見られる。
人拐いなどの心配はしないのだろうか?
見れば、騎士や兵士がうろつき、同様に傭兵とおぼしき者達も歩いている。
面倒事を避けるためにも、戦力が落ちる時期・・に来たが、それでもそれなりの人数と戦力を確保されているというところは、素直に誉めるところだ。
とはいえ、さしあたって問題は見当たらない。
魔晶石への干渉も、それによる魔晶石の破損、伴う防御障壁の機能低下。そして、使命を帯びた自身モノの侵入ーー。
予定外の出来事と言えば、娼館とその中の極々小のコマを手中に納めたこと。
魔力も無く、力も、知恵も乏しい。
しかし、使い方次第でどうとでもなる。
ペットであり、捨てゴマであり、奴隷であり、玩具である可愛い家畜達。


娼館を出て、暫くは領都のあらゆる方面に馬車を走らせる。

城壁内、城門の周囲は旅人や傭兵の為の安価な宿や店が立ち並ぶ。
そして、領主の城に近づくにつれ、民家が立ち並び、その住宅街にふさわしい店が点在する。
そして、城門前は広場となっている。
城の両横辺りに兵舎や訓練施設が立ち並び城の後方をぐるりと囲むようになっている。
その為、広場より先には進めない。
少なくとも、このオス豚では役に立たない。
ならば、役に立つ何かを手にいれれば良い。

探し求める濃厚で芳醇な魂の香りは、明らかに城内から漂う。
何としても、中に入りたい。
入って、その魂の持ち主を探しだしたい。
探しだし、手にいれ、連れ去り、捧げたい。
偉大で尊い使命を全うしたい。
そして、歓喜に綻ぶご尊顔を拝見したい。
身も心も、財も力も、持てるモノ全て捧げ、忠実な奴隷となりたい。

ーーその為に、ココに来たーー。

「オルセロ、あのなかに、正式に・・・入る手だてはありませんか?」
オス豚に問う。

家畜の名前は番号と同じ。
覚えても意味の成さないモノ。
しかし、役に立つ下僕は別。
このオス豚も、綺麗好きで調度品を選ぶ目を持ち、何だかんだと役に立ち、なかなか、愛嬌もある。
何より、忠実。

「申し訳ありません。私程度では、未だ商業ギルドでの地位が低く、領主様相手に仕事ができる身ではございません。どうか、役に立てない私をお罰し下さい。」
オス豚は、またも床に膝を付き項垂れる。
感情の浮き沈みが激しくて面倒だとおもいつつ、嘆くのを止めさせる。
「良いのですよ。判っていたことを聞いたのは私ですから。」

早く中に入り、見つけ出したい。
だが、面倒事は避けるよう厳命されている。

嗚呼、何と酷い御方だ…
私が嘆き、焦り、悩む様を楽しんでいらっしゃるに違いない。
攻め落とし、踏みにじり、奪い取れれば、何と楽な事か……。
その方が、早く、確実と解っていらっしゃる筈なのに……

意地悪で、可愛らしく、我儘で、お美しい、我が偉大なる主。

「貴女様の為、必ずーー」




領都を見回り、部下と共に戻ってきたクライヴは、得たいの知れない悪寒に襲われ、馬を止めた。
「クライヴ様?」
今年騎士となり、直属隊の末端となった幼さの残る年若い騎士が怪訝そうに声をかける。
聴こえているはずの声にクライヴは反応すること無く、鋭く周囲を見渡す。
年若い騎士は、そんなクライヴに動揺しているが、長年付き従ってきた騎士達はクライヴに習い、辺りを警戒する。

クライヴ副隊長率いる隊は、四、五人の組に別れ、本日の見廻りに出ていた。
そして、城門前の広場を抜け、兵舎に戻る途中、クライヴは異変を察した。

微々たる、極々、極めて極小の違和感。
だが、長年の魔法騎士としての直感が見逃してはいけないと脳内で警鐘をならしている。
馬の首を返し、広場の隅々に視線を這わせる。
同様に付いている部下達も視線を這わせる。
クライヴは、ドラモント領内の騎士団の中では魔法を得意とし、領主であり、団長のアイヴァン・ドラモントにも認められる存在。
だからこそ、部下達もクライヴの違和感に異議を唱えることは無い。
クライヴが、何かを感じたらな、何かが有るかも知れない。
が…
「何にも感じませんよ~~。変な奴もいませんし~~。」
一人の若い騎士が両手を頭で組ながら嘲笑うかのように言う。
ダラけた言葉使い。
緩められた騎士服。
人束だけ濃い紫に染められた、金髪。
公私共に規律と礼儀に厳しいクライヴ率いる隊に不釣り合いな言動。

クライヴも、そして、部下もその声を無視し、異変は無いか探る。
年若い騎士二人だけが、事態を飲み込めず、一人はオロオロし、一人は素知らぬ顔だ。

無視された若い騎士が明らかに苛立つ。
「だーかーら!異常は感じない、変な奴もいないっつってんじゃないッスか~~!さっさと帰りましょ?なんもないんですからっ!」
「キサマっ!!」
一人の年配の騎士が声を荒らげる。
「何かあってからでは遅いのだぞ!!」
「何、暑くなってんです?ここ、どこです?最強と名高い魔法騎士がいるドラモント領ですよ?その領都のメヌエーデですよ?ここで悪さする馬鹿居ると思います?一日に何度も見廻りるのも無駄なのに、何に警戒するんです?あ、自作自演?役に立ってますアピール?」
「キサマっ!!」
ププと笑う若い騎士に、他の騎士が色めき立つ。
「止めろ!!」
クライヴの低い一喝。
「しかし、」
部下達が止めるなと、視線で訴える。
しかし、ここは城門前の広場。
多くの領民、傭兵、旅人や商人、あらゆる人の目がある。
「…良い。」
自身の為に気分を害してくれた部下をなだめる。
私の為に怒るな、と。
そして、若い騎士に目を向ける。
「今は。確かに、目に見える異常は無い。が、騎士たる者、常に身も心も引き締めていかねばならん。」
それが、この地を人を財を、大切な者達を守る為の最善の手段だと確信している。
「そうですか。でも、今は、何も無いですよね?だったら、さっさと戻りましょうよ?ここで、コワーイ顔してる方が、領民に嫌われますよ?」
溜息と共に発する言葉に、重みは無い。
聞き流していると、隠しもしない。
クライヴは、溜息をつく。
違和感に後ろ髪を引かれはしたが、確かに、領民の不安を煽るような事はできない。
「……。戻るぞ。」
馬首を向ける。
「やりぃ!!帰れる!」
クライヴも長く仕えている部下達ももう何も言わない。
ただ呆れ、馬を進める。
後ろから、オドオドする若い騎士に、女の話をする声が聞こえてくる。

問題が有るが故に、自身の隊で預かった若い騎士。
この騎士への扱いに、クライヴは明かに困っていた。


そして、その一団を見つめる瞳が黒い馬車の中からあった。

「ふむふむ。良いのが居ましたね。さて、アレの好みはどんなモノでしょう?さてさて、メス達に頑張ってもらいましょうかね?」

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