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転生したてはーー

木登り

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フィリスからの五才児とは思えないダメ出しを受けた自分、リオノーラはただただ歩いていた。
目的は無くはない。
一緒にお茶会に参加しているレスターだ。
とりあえず、レスターの所に行き、遊びに混ぜてもらえなくても見ていよう、と考えた。
はい、心が折れました~…
貴族の子女は怖い……

名のあるお金持ちの家の子供に生まれかわり、美人で微笑みを絶やさない母・ベアトリス。
領主の仕事を完璧にこなし、魔法騎士としても名が知れている父・アイヴァン。
遊んでくれる優しい兄・アーヴィン。
いつも一緒に居る双子のレスター。
陰日向にと支えてくれる、優しくて頼もしい使用人達。
ーー恵まれている。
こんなにも恵まれているのに………

貴族の家に産まれなければ、こんな思いをしなくてすんだのかな………

そんな事はない。
貴族の世界だからこそ、あの子の態度は正しいのかもしれない。
貴族の、女の世界だって色々あるはずだ。
今日のようなお茶会があるように、今後、歳を重ねるにつれ、出席が義務付けられるイベントは増えていくはず。
そんな華やかな世界で家名を貶めぬように、辱しめぬようにしなければならない。時には付き合う相手を考えなければならない場合も出てくるだろう。
華やかで残酷な社交界。
ならば、フィリスの態度は正解なのかもしれない。

そんな、今後が滅入る様なことを考えながら歩みを進めると声が聞こえてきた。

「お辞め下さい!ロイド様!」

その声色に、何事かと声のする方へ走る。

少し開けた場所に大木があり、その下に男の子達が居る。
レスターも居る。上を見上げている。
他の子達より頭二つほど飛び出した、蒼い髪の少年も居た。
皆、首が上を向いている。
明らかに、楽しそうではない。
「お願いです!降りて下さい!」
近づくと、だんだんと状況が見えてくる。
「レスター!」
レスターに声をかけると、レスターが振り返る。
「リオっ」
自分を愛称で呼び、駆け寄ってくる。

王家の催しでは愛称禁止って言われていたのに……

蒼い髪の少年の緊迫した声と、大木に登っている金髪の男の子の状況に動揺しているらしく、涙目だ。
「ロイド様!」
蒼い髪の少年の声。
そちらを見ると、少年はロイドと呼ばれた金髪男子を追いかけようと大木によじ登ろうとしていた。
「来るな!命令だ!主人の命令が聞けないのか!」
ロイドが叫ぶ。
その声に少年は動きを止める。
ロイドは、これをチャンスと登るスピードを上げていく。

ダメだーー
過去も、現在も自分は臆病である。
だからこそ、免れる危険がある。
過去の30年以上の経験と、現在の五年の経験から、このままでは危険だとリオノーラは判断した。
少年が何度止めてもロイドは聞く耳を持たず、止めに向かおうとすれば命令だと阻む。
このままでは、ロイドと呼ばれる男の子は最悪、怪我では済まない。
「レスター」
隣で手を握ってくるレスターに声をかける。
「何?」
戸惑い、小さな声で聞いてくる。
「お父様を呼んできて。大人なら誰でもいいから」
「ぼ、ボクが?」
「早く!」
レスターの背を押す。
走り出すレスター。
何人かの男の子もレスターと共に走り出す。
自分が行かないのには、実は理由がある。
それは、

「わぁっ!!」
「ロイド様!」

二つの緊迫した声にレスターが向かった方向から大木に目を戻すと、細くはないが、太くもない折れた枝が落ちてきた。
男の子達が悲鳴を上げながら木から離れる。
泣き出す子までいる。
ロイドを見ると、落ちてきた枝よりは太い枝にぶら下がっていた。
どうやら、足をかけた枝がロイドの体重を支えきれず折れたらしい。
ロイドは今、両腕の力だけでぶら下がっている。
足をバタつかせるも、足場になりそうな枝は無いようだ。

大人はーーまだ、来ない。
レスターが走っていった方向を見るが人影は無い。
「ロイド様!頑張って下さい!」
見れば、少年が大木を登り始めていた。
「ちょっとっ!!」
思わず出た声など少年には聞こえていない。
木に登っていく少年。
いつ大人が来るかわからない状況で、少年が助けに行くのは最善策なのか?
不安がよぎる。
だが、果たして五才児の身体の自分に何ができる?
「落ちるっ!!早く来い!早く助けろ!」
考えていると、涙声が降ってくる。
おい、おい……
さっきまで来るなって言ってたのに、今度は早くって……
五才とは言え、自分勝手過ぎない?
頑張れよ……
いや、今は生命の危機だから仕方ないのか?
現代日本の五才児って、どんな感じだった?
冷静な部分の自分が脳内に居る。

「もう少しです!頑張って!」
少年の声に思考を戻す。
ロイドの元まで、あと約三分の一程。
少年も必死に大木に登っているが、ロイドの腕力の限界は近そうだ。

そして

「あっっ……」

ロイドの手が枝から離れる。
重い頭部が空中で足と入れ替わる。

残っていた男の子達の悲鳴が聞こえる。
視界の端で、男の子達が顔を手で覆うのが見える。


自分ができる事にはまだ距離がある。
だからロイドから目を離さない。
男の子達のように、地面に打ち付けられる場面を想像し、目を瞑ってしまってはなにもできなくなるから。
地面、ギリギリより少し早めーー
できる、できないではなく、やるのだ。
臆病な二人の自分に活を入れる。
だが、ロイドの落ちる先に大木の枝々が待ち受けている。

アレはどうにもできないーー

ロイド自身の身体の強さに任せるしかない………
即死でなければ、ギリギリ、何とかできるかもしれないーー

「!!」

ロイドの身体が消える。
正確には消えたのではなく、覆われる。
少年が登っていた大木から飛び、ロイドを抱え込んだのだ。

バキバキと折れる枝の音。
はたして、枝の音だけだろうか?
考えている暇はない。
やれる事をやる。

自分はロイドを抱え込んだ少年から目を離さない。
絶対。
降り落ちる葉、折れた枝、折れた部分から落ちる木屑ーー
瞬きもせず、見つめる。

枝が無くなり、少年の身体が落ちてくる。
今!
「ブレッド・ウィンド(風弾)!!」

地面に向かって両手を伸ばし、唱える。
風の魔法。
超初級攻撃魔法だが、今、役に立ちそうなモノはコレしかない。
少年の身体が打ち付けられるであろう地面に躊躇無く魔法を叩き込む。
地面に魔力がぶち当たり、左右、前後、上部に爆風が舞う。
土煙が凄い………
成功したか?
目を凝らす。
風魔法を叩き込まれ、少し抉れた地面に、少年とロイドは横たわっていた。
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