上 下
15 / 73
転生したてはーー

魔法の開発

しおりを挟む
王都の別邸滞在も今日まで。

明日の朝には王都を出てドルトムント領へ出発するため、朝から使用人達も慌ただしい。

初めての旅行。
初めての王都で楽しかったこと
馬車での旅行。知らない風景。見たことのないお店。初めての宿。豪華な宮廷と庭園。使用人やレスターとオセロを作って、遊んだ。作る工程も楽しかった。

少年の事を忘れた訳ではないが、何もできない弱い自分を認めるしかない。

それにしても、今日は本当に慌ただしい。
父・アイヴァンは忙しいらしく、朝食の後、外出したきり戻ってこない。
朝食後ハロルドには部屋から出ないように再三言われた。
メイドと一緒に荷造りが終われば、はっきり言って暇。
お付きのメイドも他のメイドに呼ばれて部屋を出ていった。

さて、どうするか。
ベッドの上にのり、枕の下を探る。
昨日、書庫から持ってきた魔法文字本。
要は、漢字辞典である。
フリガナも説明書きも無いが、大体の画数順に漢字がびっしり書かれている。

パラパラとページをめくる。
実は、有ったら便利だと思っている魔法がある。
読心術。
人の心の内を聞くことができれば、悪意も善意も見抜ける。
権謀術数も何のその、だ。

お絵描き用の紙にペン。
ブレッド・ウィンド(風弾)やトゥリートゥ(手当)の時のように集中する。
ペン先に魔力のインクを着ける感じーー

ペンで紙に漢字二文字を書く。




紙の中央部に書く。
何もおこらない。
文字が光らなければ、文字が溶け出したりもしない。
何をもって、成功か?
実はわからない。
ブレッド・ウィンドもトゥリートゥもドルトムント領にいるときに、先に魔法を教わった兄に教えてもらった。
それに、元々ある魔法なら既に魔法書等に記されいるが、もしも、今までに無い新しい魔法たった場合、どうなることが成功で正解なのか……
今、自分が書いた二文字は、この世界にあるかどうかもわからない魔法の術式を記した事になる。
乾いたインクの上を何気なく撫でる。
すると、二文字の漢字の横にルビをふるがごとくカタカナが浮かび上がる。

ハートゥリーディ

魔法が、できたのか?
心臓が高鳴り、期待と不安が入り交じる。

「ハートゥリーディ」
呟き、耳を澄ませる。
少量の魔力の減少後に、

こご主ゼ人肉が、大な~ま何だなて~う

「!っなぁ!?」
色んな言葉と声が混ざって驚く。
慌てて耳を塞ぎ、魔法への意識を手放す。
何度か呼吸し、改めて紙の文字を見詰める。
読心術の魔法は成功した。
但し、扱い方を模索する必要がある。

もう一度。
今度は、一つ一つの声に集中させる。

ここが終わったらあっちの部屋の掃除をーー
メイドだろう。聞いた声だ。

ご主人達が帰れば、特別給金、何に使おうーー
この声は御者の声。

ヴォゼロは、子供達、喜ぶぞーー
オセロだよ。オセロを一緒に作った使用人だな。

敷地内には入れたが、邸宅内は厳しいな……
誰?

昼食のメインは肉にするかーー
料理長だろう。ランチはお肉か~

旦那様の事ですから、大丈夫でしょうが……
ハロルド?父様の心配?

主達の食事は肉か、なら、今日のまかないも肉だなーー
お腹すいた~、早く交代して~ーー
二つの声は邸宅の警備私兵だろう。

子供の部屋はどこだ……
……二人目の誰?

うろうろと、邪魔な…お子様に近づこうなど……
ハロルド?また、ハロルド?近いのかな?
後、二人ほど知らない声が混ざってますけど…
そして、その雰囲気?内容が、何だか怪しいですが……

とりあえず、効果範囲は不明だが、聞きたい声に集中すれば他の声は小さく、もしくは聞こえなくなるようだ。

(そろそろ昼食。旦那様が居られ無い理由をどうするか…。)
ハロルドの声。但し、心の。聞こえやすさからして、距離は近いと思われる。
慌てて、呪文が書かれた紙と魔法文字典をベッドの下に滑り込ませる。

(レスター様はともかく、リオノーラ様は旦那様に会いたがっていた。何を話したいのかは、大体わかるが…どうしたものか…)

コンコン

ノックの音
すぐに扉が開き、執事のハロルドが室内に入ってくる。
相変わらず、きちんと着こなされた執事服。常に、にこやかな笑顔。柔らかな口調。
「お嬢様」
お絵描きしてました風を装えているだろうか?
「昼食となりました。」
いつもと変わらないハロルドの声。
一対一のこの状態を逃す手はない。
読心術の効果範囲をハロルド一人に縮小する。
ハロルド、ごめん。プライバシーの侵害をします。
「お父様は来る?」
「(やはり)申し訳ございません。旦那様は外出から戻ってきておられ無い為、ご一緒されません。(今頃、奴隷商摘発の為の人員を揃えている頃でしょう)」
おおっ!凄い聞こえる!
超クリア!
喋っているのと間違えてしまいそうだ。
反応しないように気を付けないといけない。
それと、お父様、奴隷商摘発なんて凄いことやってたの?
いつから?そりゃ、忙しいわ……
これは、本格的にあの少年の話はできない。と、なればーー諦めなければならないのかーー
(お嬢様…旦那様の策が成功すればー)
成功したら何がある?
何て聞かない。
「レスターは?」
「イヴが呼びに言っています。」
外はいい天気。
知らない二つの声を思い出す。
声の主の内一人は、子供、つまり、自分かレスターもしくは両方を探していた。
「ねぇ、外はとてもいい天気だし、お庭でお昼にしようよ」
部屋から出るな、つまり、出られては困る事がある。
それが、知らない声の主なのか、はたまたハロルド達なのか…
「(外…、侵入者は…)お嬢様、先ほど使用人が蜂の巣を見つけ、蜂を退治しております。今、お庭は蜂との戦いの場になっておりますので(邸宅内ならなんとかなるが、外は対応がな)」
「そうなんだ~。」
立ちる自分を見て頬笑むハロルド。
「こちらへ」
ハロルドの少し前を歩き、食堂へ向かう。
対象を背後にしてよくわかったが、耳で聞くより、頭に直接響くの方が適切な表現だ。
後ろから声が頭の中に響く。

(お嬢様には特に知らせるなとは言われたが…確かに。これ程キャンプス子爵の息子を気にしておられたら、事実を知った時ショックを受けてしまうかもしれん…何も知らせない旦那様の判断は正しいな。助け出すのが遅れ、売られたか殺されたかしていたらなおのこと…)

売られたか?殺されたか?

「お嬢様?」
「…」
二階の部屋から一階へおり、奥の食堂へ続く廊下。
「ごめんなさい。外に誰か居たような気がしただけ。」
立ち止まってしまった言い訳にサラリと嘘をつく。
「人?ここを動いてはなりません。(奴隷商の刺客か?)」
ハロルドは壁際に自分を立たせ、窓の方へ行く。
ハロルド、ごめんなさい。嘘なのです……

それにしても、キャンプス子爵の息子、奴隷商人の摘発、奴隷商人からの刺客、売られたか、殺されたかーー
物騒!
何?!
急に物騒!!
暴力親父から引き離して、援助できればーー
なんて、漠然と考えていたのに…

自分があの少年に固執したせいで、父様は奴隷商人の摘発に乗り出し、邸宅内に刺客が向けられたとするならーー
恐怖と罪悪感。
自分のせいで父は忙しくなり、父だけではなく、使用人やレスターの生命を脅かすことになったのだろうかーー
「誰もいないようですね。参りましょう。」
にこやかなハロルド。

魔法効果を解除する。
これで誰の心の中も聞こえてこない。
ハロルドに促され食堂へ。
せっかくのランチは、あまり喉を通らなかった。
しおりを挟む

処理中です...