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転生したてはーー

聞くメイド

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キャンプス子爵邸の一階奥は使用人が生活するスペースとなっている。
使用人は基本的に6人一部屋。
二段ベッドが三つ、部屋に押し込まれ、只でさえ狭い部屋がもっと狭く感じる。
他にも共同のトイレ、身清め場、食堂がある。

つい二、三日前にメイドとして雇われたエミリーは先輩メイドに連れられ馬車の掃除へと向かう。
既にここで働き始めた時に出迎えは経験済みのため驚きはしない。
「このお屋敷って、こんな事がけっこうあるんですか?」
早足で歩く先輩の後を付きながら 話しかける。
「あの娘の事かい?」
「はぁ…」
先輩メイドは、馬車に連れ込まれた黄髪のメイドに降りかかった不幸な出来事と察する。
先輩メイドは主人家族が居ないためか饒舌に話しだす。
「あんたも気を付けな。目立つんじゃないよ。あの娘みたいになりたくなかったらね。」
「あの娘、目立ってたんですか?」
自分より何日か早くこの屋敷で働いていた黄髪のメイドを思い浮かべる。
特別美人ではないし、胸が大きいわけでもなかった。目立つ要素は見当たらないような気がする。先輩メイドはフンッと鼻を鳴らす。
「運が悪かったのさ。旦那様は王宮に行った後は、大抵王妃様に似た感じの女や少年とヤりたがるんだ。」
「そ、そうなんですか!?」
「王妃様はお綺麗だからねぇ。」
王妃の姿を思い浮かべ、うっとりする先輩メイド。しかし、すぐに表情は険しくなる。
「畏れ多くも王妃様に見立ててるんだよ。少しでも似てるのがいると相手をさせたがるんだ。」
吐き捨てるように言う。
「あの娘は、髪の色が王妃様に似てなくもなかっただろ?だから、目を付けられたのさ。」
「似てるって…かなり違うような…」
「あたしらの中ではだよ。」
「た、確かに……?」
目の前を歩く先輩メイドの髪は茶。自身は濃緑。他にも赤茶や金髪のメイドや使用人は居るが、王妃様の美しいベージュに似た髪色は彼女しか居ない。似た、といっても天地の差だが。
「まぁ、旦那様は若い子がお好みだから、あたしゃ、そっちの心配は無いけどね。……」
「な、なんです?」
先輩メイドが足を止め、振り返り後輩の全身に視線を這わせる。
突然の視線に思わず身をすくめる。
「あんた、幾つだっけ?」
「え、と、32…?」
「見えないね~。まぁ、その歳じゃ大丈夫だろうけど、見た目若く見えるぶん、気を付けな。」
そう忠告をして、先輩メイドは歩きだす。
慌てて後に続く。
「ね、年齢関係あるですか?」
「あぁ。若いのが好きだからね。後は、気の弱そうな子だね。旦那様は意地悪だからね。着いたよ。さっさと終らせちまおう。」
先輩メイドの背から目をはずす。
馬房の横に屋根と紋章付きの馬車が停まっている。既に馬は外され馬房で嘶いている。
「おう。掃除かい?」
初老の男性が声をかけてきた。
御者の男だ。
「ああ。そうとう汚したんだろうから早めに来たんだ。」
掃除道具を見せる先輩メイドに御者がため息混じりに話し出す。
「はぁ…。アレの掃除も大変だな。旦那、王宮を出てからずっとだ。オッサンの荒い息づかいを聞かなきゃならねぇこっちの身にもなってほしいもんだね。」
「あんたも大変だね。あたしらみたいな貧乏人じゃ簡単に仕事を変えられないしねぇ。」
「俺ら普通に雇われてるもんは、まぁ、そこそこの給金が貰えるし、ヘマをやらかさない限り折檻も無いから、我慢もするが…」
御者はメイドから馬車に目を向ける。
つられてメイド二人もそちらを見る。
御者の困り顔に先輩メイドもため息をつく。
「中、まだ居るのかい?」
「ああ。あんなことの後じゃ、俺も声かけれんでな。頼めないか?」
「ええ?!嫌だよ…。何とかなんないのかい?」
「なってたら頼んでないよ。」
御者と先輩メイドが何やら押し付けあっている。
最終的には、先輩メイドが渋々引き受けたようだ。
「頼むよ~。」
御者は気まずいのか、そそくさと去っていく。
「まったく。災難だよ。」
ため息と共に馬車に近づく先輩メイド。
「何を頼まれたんです?」
「はぁ。嫌な仕事だよ。」
馬車の扉の前で先輩メイドが言う。
何となく、理解する。
馬車の扉の前に立つと、中から微かな声が聞こえる。
女性の泣き声。
先輩メイドと顔を見合わせる。
意を決した先輩メイドが馬車の扉を勢いよく開く。

「ヒィッ!!」
短くハッキリとした悲鳴と共に、陽の光が馬車に入り、中の人物を照す。
馬車内の隅で、身体を抱え込みながらガタガタ震え、顔は涙や鼻水等の体液でドロドロになっている。
扉を開けたのがメイドだとわかり、安心したのか、羞恥からかはわからないが、結われていた筈の髪をボサボサにした黄髪のメイドは声をあげて泣く。
「あ、あのっ。だ、大丈夫…?」
どうすれば良いか解らず、声をかける。
黄髪のメイドは泣きながら首を振る。
 「あんた、いつまでそこに座ってるつもりだい?!」
先輩メイドの声が飛ぶ。
この状況に新人メイドは目を丸くする。黄髪のメイドも泣き声を押し殺す。
「あんた、あたしらと違って、買われたんだろ?そしたら、いつかこうなる事がわかってただろ?」
黄髪のメイドはうなだれる。
どうやら先輩メイドの言う通りのようだ。
「だったら、諦めな。夜の相手じゃなかっただけマシだって思いな。夜はもっと辛いよ。この程度で済んで良かったって思うんだ。」
先程とは違い、先輩メイドの口調は優しげだ。
「身を清めておいで。旦那様は飽きっぽいから、一日に何度も呼ばれることは無いよ。今日一日休んでも誰も文句は言わないさ。」
黄髪のメイドはヨロヨロと立ち上がると、馬車から降りてくる。
先輩メイドが乱れた胸元を軽く整えてやる。
ほら、行きな。と、軽く背を押すと黄髪のメイドは鼻水わ啜りながら建物へ歩きだす。
「ほら、始めるよ。」
歩き出したのを確認してから、先輩メイドが掃除道具を持って声をかけてくる。
エミリーは慌てて作業に取りかかる。
車内の床の絨毯を剥がし、座席のカバーを剥がす。
何故にカバー?と初めて見たときは思ったものだが、こんな時のためか…。
「カバーが掛かってて、良かったですね。」
この汚れが、座席に直だったらゾッとする。
「そうだろ。ガイ坊ちゃんにあたしらからお願いしたんだ。直だと汚れは取れないし、最悪、買い替えってことになるからね。今回は綺麗な方さ。」
作業の手を休めることなく先輩メイドが答える。手際が良い。流石だ。
「坊ちゃ…。ガイ様?の言うことは聞かれるんですね。」
「坊ちゃんが上手く言って下さったのさ。節約になるとか、汚れを気にしなくて済むとかね。普段は坊ちゃんにも何も言わせないからね。息子、嫡男ってより執事みたいに扱われて。何かあれば、あたしら以上に折檻されるから、お可哀想だよ。」
「そうなんですか…。」
「早く、ガイ坊ちゃんが主人にならないかねぇ。」
「ぇ。」
エミリーは息をのみ、辺りを見回す。
それは、早くベン・キャンプスに引退してほしいと言っているようなものだ。
誰かに聞かれて密告されたり、本人に聞かれれば大変な事になる。
「大丈夫だよ。使用人は皆思ってるから。それに、旦那様はここにゃ来ないよ。お貴族様は下々の職場には汚くて入れないんだと。」
明るく先輩メイドが言う。
「ほら、手は動かしな。ガイ坊ちゃんは、あんな父親に似ず、優しくてね。あたしら使用人にも気を使ってくれるのさ。旦那様の前ではしないけどね。頭も良くって、学園にも通って良い成績らしいよ。」
「へ~。将来が楽しみですね。きっと、奥様も安心しておられるでしょうね。」
「はぁ?」
しみじみと感想をのべるエミリーに、先輩メイドは驚きの声をあげる。
「あんた、まさか、奥様が亡くなってると思ってるのかい!?」
「え……」
キャンプス邸宅で子爵夫人を見たことなど一度も無い。それに属する女性も。替わりを果たしているのは長女のアンだった。なので、子爵夫人と称される存在が居ないと思っても仕方ない。
「あんた…。まぁ、入ったばかりだからね…。奥様は居るよ。一応ね。」
「一応、ですか?」
「ああ。ほら、あそこ。」
先輩メイドは邸宅の突き出した二つの部屋のうち片方を指差す。
「あそこに奥様がいらっしゃるんだよ。」
「ご病気なんですか?」
「ああ、リタお嬢様が体が弱いからそう思ったのかもしれないけど、違うよ。旦那様に閉じ込められてんだよ。今じゃ、夜の食事の時に食堂に出られるくらいだ。それも、奥様が生きてるかの確認の為のようなものさ。」
エミリーは息をのむ。
「旦那様は婿でね。どうやったのかは知らないが、奥様の相手に収まったのさ。奥様も辛かっただろうよ。突然あんなのが旦那としてやって来たんだからね。その上、女にだらしなくてね。あんた、その感じじゃ知らないだろうけど、長女のアンお嬢様以外、奥様が産んだ子じゃ無いよ。」
エミリーが、えっと声をあげる。
「旦那様が愛人やら、奴隷やら、妾やらに産ませた子ども達さ。母親は全員違うね。」
「…旦那様のお子はこのお屋敷にいる五人だけなんですか?今の話し方だと…」
「そうだよ。他にも居るよ。」
「あ、じゃあ、この前旦那様と帰ってきた男の子って旦那様の?」
「あんた、見たのかい?」
「あ、違いましたか?すみません。」
見たのは私じゃないけど。は言わない。
「違わないけど…。話しちゃダメだよ。旦那様に折檻されるから。」
「え…」
「あの子は地下に連れてかれたのさ。旦那様は、いらないなくなった奴隷やら娼婦やらをあそこに閉じ込めて……売り払うんだよ。」
先輩メイドは、一瞬戸惑ったようだが言い切った。
「良いんですか?そんな事、私に教えて…」
「良いんだよ。あんた、あたしと違って若いんだ。何かある前に、新しいとこ探しな。さっきの娘や他の買われてきたのとは違って表向きの使用人なんだから。」
「ど、どうやって見分けてるんですか?その…買われて来た人と、表向き?の使用人と…」
「ああ。まずはスカートの丈かね。あたしらは足首まである物だけど、買われていた娘は膝位の丈なんだよ。男なら、タイが無い人ね。小間使いの子がいたでしょ?最近買ったお気に入り。男の子で何してんだか。」
エミリーはいつも旦那様の後ろをついて歩く金髪の少年を思い出す。
確かに美少年だった。

エミリーと先輩メイドは、色々話をしながら馬車を綺麗にして行く。
終われば、普段の仕事に戻る。
先輩メイドとエミリーは終始お喋りし、時には笑いあった。
主人家族の前ではおしとやかにし、居なくなればアレコレ話す。
この邸宅内の事だけでなく、旦那の足が臭いだの家族の不満や、どこそこのお店のパンが美味いだの、世間話に華を咲かせた。

「それでは、お先に失礼いたします。」
エミリーは使用人食堂でペコリと頭を下げる。
「ああ、気を付けて帰りなよ。明日は休みだろ?旦那と楽しみな~。」
「やだ~。他の人も居るのにやめて下さい~」
帰宅前に挨拶すると、仲良くなった先輩メイドが冗談を交えて声をかけてくる。
それに答え、他の数人も交えて少し話した後、エミリーは帰宅の為キャンプス子爵邸を出た。


スカート丈の長いメイド、タイのある使用人の大半は夕方には仕事が終わり帰宅する。それは、大半が既婚者の為だ。残る者達も夕食の対応が終われば、後は買われた者達に任せる事になる。
今日、スカート丈やタイの有無の理由を知ったが故の事実。
邸宅内の変わった造り、お子様達の性格や出来事。兄弟、姉妹の仲。
驚いた事に、旦那様が居ない日中は普通の貴族一家だった。
先輩メイドの話を聞いて観察していると、長女のアンや嫡男のガイは良く奥様が閉じ込められている部屋の前に行き扉越しに話をしていた。
扉越しでなければ、もっと良いだろうに。
兄弟、姉妹、仲が良く、使用人への対応も良心的。また、使用人の区別をせず、どの使用人にも対等に接している。
なのに、主人がであるベン・キャンプスが戻ると全てが澱む。


エミリーは自宅としている一軒家に入る。
灯りが点いており、中では男性がソファーに座り本を広げている。
エミリーの帰宅に気づき視線を本からエミリーに移す。
「お帰り。夕飯はできているよ。」
食卓にはサラダとパンが置いてある。
「ありがとう。食べてから行くでしょ?」
できている夕食を温め直す。
「うん。ちょとだけ。本も返したいし。」
本を食卓の上に置く。
「失礼の無いようにね。」
エミリーは温めたスープを置く。
「もちろん。」
ほほ笑み、本を開く。
開いたページには紙が挟まれている。
それをエミリーの方へ押しやる。
「いただきましょう。」
二人は食卓につく。
「うん。美味しいわ。」
匙を持つ反対の手にはペンを持つ。
器用にペンを走らせる。
「我ながら、上手くできたと思うんだ。もしかしたら、君より上手いかも?」
「言ったわね?覚悟してよ。」
「おっと。明日、起きれるかな~。」
等、イチャイチャとしたセリフを吐く。
夕食が終わる頃、本は閉じられていた。
「ちょとだけ、飲みに行ってくるよ。早めに戻るけど。」
「あんまり飲み過ぎないでね。変なのにも絡まれないでよ~。」
「わかってるよ~。」
エミリーは本を小脇に抱えて出かける男の背を見送った。
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