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転生したてはーー

探る使用人と教育係り

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小間使いの少年を邸宅へ送る。
使用人用の裏口を開けると先程名が上がったメイドのアビーが立っていた。
「遅かったわね」
小間使いの少年は、うなだれる。
すかさずフォローに入る。
「すみません。私が引き留めてしまって…。この子を叱らないでやって下さい。」
ジェフは少年の頭に手を乗せたまま、アビーに深く頭を下げる。
「…何してたの…」
「食堂で果実水を飲みながら、少し、話を…」
アビーの問に少年の頭を撫でながら答えるジェフ。
照れ臭そうに笑う小間使いにアビーはイラつく。なぜ、イラついたのか、わかっているが認めない。認めてはいけない。
「あなたは行きなさい。今日の事は旦那様に黙っててあげるけど、次は無いわよ。」
「は、はいっ、」
逃げるように去る少年。
ジェフの手が中に浮いたままになっている。
困った顔をするジェフに少し罪悪感を覚える。
「なにしに来たの?」
「え…、あの子を送りに…」
唐突な質問にジェフが困っているのが解る。
だが、アビーには確信があった。
この男は、ただの庭師ではないと。
ジェフに一歩近づき、見上げる。
ジェフが困り顔で見下ろしている。
日に焼けた肌。濃い眉に、深い緑の瞳。
常に笑顔を絶やさない男が、情けない顔で見下ろしている。
背を伸ばせば、唇が触れそうだ。
体と体の距離も人一人分も無い。
ジェフの胸板に触れる。
シャツの下にもう一枚着ているのに解る胸板の筋肉。
触れた瞬間、ピクリと体を震わせるジェフ。
この男は自分に乱暴な事はしないと直感が伝える。そう考えると、押さえ込んできた欲がとたんに脹れ上がる。
「何か、知りたいことがあるんじゃない?」
唇が触れそうな距離で問いかける。
「な、何を……」
後ずさり、背を扉につけるジェフ。
逃がすまいと、体を密着させるアビー。
アビーの胸がジェフの体に触れる。
ううっと、小さくジェフの口から声が漏れる。
もしかしたら、ウブなのかしら?とほくそ笑んでしまう。
「私、きっと貴方の役に立てると思うの…」
ジェフのズボンに手を添える。
「ちょっ…」
手を払おうとするジェフの手を取り、自身の胸に押し付ける。
ジェフの足の間に膝を滑り込ませ、膝丈のメイド服の裾を上げーー
「アビーさん」
突然呼び掛けられ、振り向くと同時に体を離す。
もう一度名を呼びながら新人メイドのエミリーが顔を覗かせる。
「見つけました~」
「なんですか?」
素知らぬ顔で問えば、エミリーは少しジェフを不思議そうに見たがすぐにアビーに視線を戻す。
「ララ様がお探しでした。よろしければ、ララ様のお部屋へ行って差し上げて下さい。よろしくお願いいたします。」
「わかったわ。すぐ行きます。」

何事もなかったかのように去っていくアビーの背を見送ってから、ジェフは大きく息を吐き、
その場にしゃがみ込む。
色を仕掛けたことも仕掛けられた事もある。
だが、バレたことは無い。
なのに…何かに勘づいている物言いーー。
「大丈夫?」
エミリーが心配そうにしている。
「ああ…俺は大丈夫。だが…彼女、俺を怪しんでる…」
「まさか…。まだ何もしてないのに?ただ使用人として働いて、世間話をするだけの段階じゃない…。」
「そうだが……」
主人に流せている情報は少ない。
子爵家の家族構成、邸内の見取り、使用人の人数やシフトーー子爵邸宅に潜り込んでいる最たる目的に必要な情報は得られていない。
どちらかといえば、これからが本番だ。
「貴方と関係を持つためのハッタリじゃなくて?」
エミリーがいぶかしむ。
ハッタリで役に立つとか、何しに来たとか言うだろうか……
言うかもしれない……でも、言わないかもしれない……
「何かあれば、私もフォローするわ。何なら、あの人にも出てもらうし。」
エミリーの言うあの人は、彼女の仕事上の夫だ。お似合いの夫婦すぎて、本当に夫婦なのではと思ってしまう程だ。
もしかしたら、それなりの関係なのかもしれない。
「その時は、頼むよ。」
気持ちを切り替え、他のメイドに向ける優しく頼もしいジェフの笑顔をエミリーに向ける。
「ええ。任せて。それで、お願いなんだけど、この箱を厨房に運ぶのを手伝ってくれない?」
エミリーもニッコリ笑うと壁際にある木箱を指す。
「今日…休み……」
「せっかく来たんだから、ゆっくりしてって。御者さん、居ないから男手が足りなくて大変だったのよね~。」
可愛らしく首をかしげ、頬に手をあてるエミリー。
「ジェフさん、優しいから甘えちゃうわ~」
……上手く使われてしまっている……

木箱を厨房に運び終わり、戻る途中で夕食の献立を確認に来たキャンプス子爵家嫡男ガイと鉢合せてしまう。
「君は、確かジェフ?今日は、休みじゃ…」
「私用があって少し寄ったら、良いように使われてしまいました。」
不思議がるガイにアハハと笑いなが答える。
「ふふ。それは、運が無かったな。ここは女性が強いからね。」
ガイはクスクス笑いながら言う。
父であるベン・キャンプスの前では伏せがちの蒼い瞳が優しげに細まる。
あの男の息子とは思えない上品さだ。
母親似だろうか?見た目も性格も、父親に似なくて良かったなと感じる。
「もう、帰るので…」
一礼し、去ろうとするとガイが声をかけてきた。
「君さえ良ければ、今からの半日、仕事にしないか?別の日に半日休みを取れば良い。」
「しかし、大丈夫なのですか?」
「大丈夫だよ。」
心配するジェフに優しく答えるガイ。
ジェフにとっては幸運だ。
今から、目当ての人物がこの屋敷に来るのだから。
休みの日に屋敷をうろついていては怪しまれるが、仕事ならば怪しまれないし、何かあっても言い訳ができる。
ジェフはガイの申し出を喜んで受けた。

少年の話では、今日中に奴隷商人のザカリーと
モーリスが子爵邸にやって来て商談を行う。
奴隷商人の二人が子爵邸に来る時は、ベン・キャンプスが売る時。そして、ベン・キャンプスと奴隷商人二人以外に詳しい内容を知り得ることができるのはアビーというメイド。
ベン・キャンプス子爵の馬車はまだ帰ってきていない。

暫くして来客の気配がある。
対応はガイが行っているが、先程話したときのような明るさは無い。替わりにとても無感情な対応を見せる。
端に寄り、頭を下げガイと客人二人が通り過ぎるのを待つ。
人相書きで見たことのある顔が二つ。ガイの後を進んで行く。
奴隷商人のザカリーとモーリス。
昼間から堂々としたものだ。
それにしても、奴隷商のトップが護衛無しとは…外に待機させているかもしれないが…
三人が通り過ぎたのを確認してから頭を上げる。背を向け、曲がり、廊下に入る。
廊下の陰から様子を伺う。
三人が階段を上がり、曲がった方向にはベン・キャンプスの執務室と私室、寝室しかない。
用事を済ませたふりをして、廊下から出、階段をゆっくり上がる。
と、タイミング良くガイが現れた。
階段の中程で立ち止まり、道を空け、頭を下げる。
「ジェフ、頼みたい事があるんだが…」
暗い口調で声をかけられる。
「何でしょうか?」
「父の執務室前で見張りをお願いしたい。父が戻るまで、誰も中に入れないでほしいんだ…」
「かしこまりました。」
深く頭を下げ了解する。
理由など聞かない。
今は使用人ジェフ。屋敷の主人家族のガイ様の命令を聞く立場。
頭を上げ、すぐに行動に移る。
ベン・キャンプスの執務室の横に立つ。
耳を澄ませ、漏れ聞こえてくる声を拾う。
「高そうなもん持ってんな~。一つくらいわからねぇんじゃ…」
「やめておけ。回収できなくなった時の為にな」
「そんな時の為に、ガキ共がいるんだろ?」
等聞こえてくる。
そんな時の為のガキ共ーー。
大体の想像はつく。
ベン・キャンプスは 産ませた子供のうち、女児はどんな手を使っても手元においている。
その女児がいずれどの様に扱われるか……想像すると吐き気が込み上げる。

どれ程時間がたっただろうか、暫くするとこの邸宅の主人ベン・キャンプス子爵が現れた。
嫡男のガイと長女のアン、そして、使用人を引き連れ歩いてくる。
ピタリと止まったかと思うとベン・キャンプス子爵の野太い怒鳴り声が聞こえてくる。
どうやらガイに立腹しているようだ。
頬を殴られ、倒れるガイ。
更に、尻を出し鞭打たれる。
良い年齢の男性には、女性もだが、かなり屈辱的な仕打ちだが、ガイはそれを受け入れている。
長年の仕打ちがうかがい知れる瞬間だ。
一連を見ぬ振りをし、執務室に来た主人に頭を垂れる。
客人の来訪を伝えると、ベン・キャンプスはイソイソと執務室に入る。
再度、漏れ聞こえてくる声を拾うが、簡単な挨拶しか聞こえてこない。
扉が開かれ、ベン・キャンプスを先頭にザカリーとモーリスが連れだって歩いていく。
それを見送ってから、時間をずらして後をつける。
廊下を伺えば、三女のララと教育係のアビーが三人と話をしている。
近くの部屋に入り込み、ララとアビーをやり過ごす。
ベン・キャンプスとザカリー、モーリスは地下へと降りていく。
地下への階段は隠れる場所がない為、タイミングを外すと大変な事になる。
慎重に階段を降りる。蝋燭が微かに揺れる。
陰に身を潜めつつ、声を拾う。
奥の方から三人分の声が聞こえて来る。
ベン・キャンプスの怒気が含まれる声は良く聞こえてくる。ただ、そのせいでザカリーとモーリスの声が聞き取りづらい。
だが、商品と呼ばれる何か、もしくは、誰かがあの部屋にいるのは把握した。知りたいのは取引の日取り。
そっと、地下を出、執務室前に立つ。

談笑しながら戻ってくる三人を迎え、扉を開け、中に入ると閉める。
今まで以上に耳に神経を集中させる。

「いつ頃取りに来る?」
「そうですね…また、ご連絡しますよ。いつもの手筈でよろしいですね?」
「構わんが、早くしてくれ。アレが居るだけで気が滅入る」
「まぁまぁ、早めに取りに来ます。ところで……王妃以外の貴族はどこのお方なのです?」
「ドラモンドとピクルズだ。」
ドラモンドの名が出てきて思わず眉が寄る。
室内での会話は続く。
「ピクルズはともかく、ドラモンドは厄介では?」
「ふん、あんな若造に何が出きる。強がっていたが、子供を出され動揺しておった。王妃も怯え、震えて、そそられたぞ…」
「貴方の趣味趣向は、良いですが…ドラモンドか…」
ベン・キャンプス子爵より、奴隷商人の方がドラモンド公爵を警戒しているのがわかる。
ベン・キャンプスより、ザカリーとモーリスの方が厄介だ。
ジェフは、ザカリーとモーリスがドラモンド公爵家に何らかの対応をとるのではないかと確信する。

結局、取引がいつ行われるか、いつもの手筈がどんなものなのか、伺い知ることはできなかった。


その夜、ジェフは一件の酒場に居た。
庶民が集まる酒場。既に賑やかだ。
目当ての人物を見つけ、テーブルにつく。
「遅くなって、すみません。」
「かまわん。お疲れだな。」
軽く頭を下げ席に着くと、先に座っていた人物はニコニコと酒の入ったグラスを寄越してくる。
先に注文をしてくれていたようだ。
もう一つグラスがあるのが目に入る。もう一人来るのということだ。
「いや~、久しぶりに会えて嬉しいです。そう言えば、あの二人も会いたがっていましたよ。」
「二人?」
首をかしげる男の耳元で二人の名を伝える。
「羨ましいな~。あの二人から会いたいなんて…でも、気を付けてください。自宅を気にしてたみたいですから。」
「そうか。困ったな~。モテるのは良いが、あの二人は困るな…」
男はハハッと乾いた笑いと共にグラスを煽る。
「あ、詳しい構図はまだできてなくて…すみません…」
「ん、まぁ、いいさ。その内で。早いに越したことはないが、こればかりはな…」
「はぁ…」
耳打ちしたのはザカリーとモーリスの名前。
自宅を気にしてた、は、ドラモンド公爵家を気にしていたの意味。
詳しい構図は、取引の日取りや手順の事。
自然な会話や冗談、世間話の中に情報を紛れ込ませる。
この男は、その情報を上手に聞き分け精査し、伝えてくる。
「遅くなって、すまない。」
背後から声がした。
振り向くと男が一人、小脇に本を抱えて立っていた。
「遅かったな」
男が、空いてる席を示しす。
「いや~。妻と話してたらついつい…」
「おやおや、ノロケか?参ったな~。」
男が酒の入ったグラスを押しやる。
「こんなの、ノロケに入らないよ。」
三人で笑う。
「おっと、本を返すよ。面白かった。ありがとう。」
男は渡された本をテーブルに置く。
「なら、良かった。」
「今度は、俺の本を貸すよ。面白いのがあるんだ。」
「それは、俺も気になるな。」
ジェフはグラスを傾けながら話しに入る。
三人の男はグラスを傾け、世間話に花を咲かせた後、各々帰っていった。
一人は妻の待つ家へ。
一人は独りで暮らしている部屋へ。
一人は、返却された本を脇に抱えてーー。
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