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新たな地へ
新たな地へ 2
しおりを挟む前を走る男の馬が停まる。
私も慌てて馬を停め、ゆっくりと近づく。
横に並び、俯く男の顔を見る。
硬そうな髪質の薄紺に銀色の毛束が混ざった髪と濃い紺色の睫毛に縁取らた琥珀色の瞳。
顔の左側には額から耳下まで伸びる大きな傷跡。
陽に焼けた浅黒い肌。
彼は、カリアン・ヴァンディエム。
この地の領主の長男だった。
彼は、この領地では誰もが知る乱暴者。
粗暴で野蛮、乱暴で下品。
酒と喧嘩と娼婦に溺れ、領主の財産を喰い潰し、優秀な弟を蔑ろにする。
戦場では、命令に従わずやりたい放題。
上官にも容赦なく突っかかり、規定違反ばかり。
私は、そんな彼の元従者で元護衛で元副官。
その後、現領主様の命令で弟君の従者となったのだがーー
「どうしました?」
私の問いに、カリアンは俯いたまま答えない。
「……。」
彼ーーカリアンとは、幼少期、10歳にもならない時からの付き合いだ。
俗に言う『幼馴染』と言うものだ。
こうなってしまったら、カリアン自身が口を開くまで待つしかないのを知っている。
とはいえ、
「…、ここは森のど真ん中。安全のためにも少しでも早く抜けてしまいたいのですが…。」
俯くカリアンの顔を見上げる。
夜の森は危険だ。
いくら夜目が効いたとしても、陽が出ている時とは違い見通しも良くない。
そして、夜行性の獣や魔獣、魔物、そして悪人は総じて凶暴、凶悪、たちが悪いと決まっている。
「……。まだ引き返せる…。」
頭1つ半程上の位置から響くカリアンの低い声。
深夜の森の静寂がカリアンの声をよく響かせた。
「…俺に…そそのかされたと言えば…」
「無理です。」
私はハッキリ否定した。
私、シェリス・メルナドは、このカリアン・ヴァンディエムに自らの意志でついて来た。
仕えていた将来有望と期待され次期領主となる弟君も、出世を期待をしていた両親も、仲の良かった兄も、住み慣れた家も、よく知る土地も捨てて…
眉間に深い皺を作ったカリアンが睨むように見下ろしてくる。
睨んではいるが…その瞳は不安と後悔に揺れている。
私を巻き込んだという後悔。
一人になるかもしれないという不安。
だからあえて明るく伝える。
「両親に絶縁状を置いてきました。」
口の端をニヤリと釣り上げる。
更にカリアンの顔が険しくなる。
「領主様にも手紙を残しておきました。貴方に着いていく。メルナドの姓を捨てる、と。」
「お前…」
カリアンの目が見開かれる。
そこまでするとは思っていなかったのだろう。
今世の私の家族であるメルナド家は今代で男爵位と家名を授かった。
私の父が、領主であり、カリアンの父であるマリウス・ヴァンディエム辺境伯爵の副官の一人を務め、その信頼に応えてきた結果の授爵だ。
とはいえ、元は平民。
次代である兄や私が貴族としての結果を残さなければ、せっかく得た爵位も一代で消え去る。
そのせいか、授爵後に産まれた兄と私は、爵位維持と周辺貴族に負けまいと必死な両親に育てられることとなった。
肉体年齢に多少引っ張られはしても、精神的に40歳な私は不自然にならない程度に、元々優秀な兄と共に両親の期待にはそれなりに応えてきた。
メルナドの姓を棄てると言うことは、その培って来た貴族としての生活、実績、名誉、それら全てを棄てると言うことだ。
このまま次期伯爵となるカリアンの弟君に仕えていれば、確実に爵位は継続され、それどころか、分家して新たな爵位を授爵していたかもしれない。
だが、姓を棄てた事に多少のメリットはある。
少なくとも家族には大きな害が及ぶことはないだろう。
多少の迷惑はかかるが……
この行動には、流石にカリアンも驚いたようだ。
長年の間柄から、ついてくるかも、とは思っても姓を棄てるとは思っていなかったのだろう。
「いや、だって寃罪ふっかけて追い出すとか、貴族とか、父親とか、人間とか、色んな意味で最低じゃないですか?そんな奴らについて行けないんで!」
言い切る。
カリアンの目が動揺からかキョロキョロとせわしなく動いている。
私の前で、厳つい顔を表情豊かに変えている、このカリアン・ヴァンディエムは、ストルエーセン王国ヴァンディエム辺境伯爵家嫡男だったが跡目争いに負けた。
その見た目の厳つさや、常に不機嫌そうな表情、弟と比べられるたびの卑屈な態度や乱暴な物言いから、周囲に疎まれるようになった。
そして、決定的となったのが《守護獣の加護》の有無。
今世の、この中性ヨーロッパの様なファンタジーな世界には《守護獣の加護》なるものがある。
特別な力を秘めた《加護》を世界創生の神から与えられるらしい。
私が今世で暮らすストルエーセン王国は典型的な王侯貴族が統める国。
格式や伝統に重きを置くお国柄。
そんな国の貴族の嫡男であるカリアンは、この《守護獣の加護》を得ることができなかった。
平民なら《加護》の有無等些細な事だが、貴族はそうもいかない……
なぜなら、この王国の貴族は《守護獣の加護》なる物の有無に重きを置いていた。
王族や上位貴族なら尚更に。
《加護》の有無で能力、人格を無視して後継者が入れ替わり、養子縁組なんて当たり前のこの国では、貴族で《加護》無しは致命的だった。
どれほど期待されていようと、どれほど厳しく教育をされていようと、《加護》がなければーー……
手のひらを返した様な冷遇に、幼い頃のカリアンは耐えられなかった。
更に、辺境伯爵の正妻でもあった母親の死も重なった。
状況はひたすらに悪くなり、悪い噂に引っ張られる様にカリアンの素行や言動も日に日に悪くなっていった。
そして、領主である父と同じ《守護獣の加護》を持ち、見目も良く、才能豊かで人好きのする美男子の弟に次期領主の座を奪われ、弟を支持する貴族達によって寃罪をかけられ、領主である彼の父親は悪評高い長男と縁を切った。
因みに、寃罪を着せた貴族側には私の父もいた。
「私も貴方と同じです。」
そう……帰る場所はない……。
奪われたわけでもなければ、捨てさせられたわけでもない。
自ら捨てたのだ。
だから、笑う。
努めて明るく。
なぜなら、自分で決めたことだから。
カリアンから舌打ちが聞こえた。
「……。勝手にしろ。」
そう言い放ち、カリアンは馬の腹を蹴る。
馬はゆっくり歩きだす。
「はいはい。勝手にしますよ。」
カリアンの声にほんの少し、嬉しそうな、安心した様な声色を感じ取り、吹き出しそうになるのを我慢しながら私は後につづいた。
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