追放令息と進む傭兵の道。

猫科 類

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「…サッム…」

寒さに震えて目を覚ます。

いつの間にか眠ってしまった様だ。

手足を縮こませて居たせいか、関節が固まって痛い。

身体も傾いてしまって………



「……、スミマセン……」

カリアンの腕からそっと頭を離す。

どうやら睡眠の無意識下で身体が傾き、寄りかかっていた様だ。 

ちょっと気まずい……

ヨダレとか、イビキとか大丈夫だったろうか………



「代われ。寝る。」

「は、はい!」

頭上から降る声に私は慌てて返事をする。

私の気まずさなど知らぬとばかりに、カリアンは腕を組み目を瞑る。

寝落ちとはいえ、先に睡眠を取ったのだ。

次はカリアンの番である。



私の肩に巻きつける様に掛けられていた厚手の布は、おそらくカリアンが気にかけてくれたものだろう。

ならばこちらも、と巻きつける様にカリアンに掛けようとするが、カリアンの体格が良すぎて覆うだけになった。





火の揺らめく灯りと、寒さの中にある暖かさに思わず息をつく。

『火種石』の火も今のところ消える様子はない。

それだけの大きさの物を選んだし、消えそうならば『火種石』を足すか、手持ちは少ないが薪に火を移せばいい。



カリアンにはこの『火種石』をの事を伝えてある。

用途に気付いた時に、真っ先に教え、説明し、その火で川で捕った魚を一緒に焼いて食べたのを覚えている。







そっと立ち上がり、グッと身体を伸ばす。

軽く身体を伸ばし、周囲を伺う。



2頭の馬は脚を折りたたみ、寄り添い休んでいる。

私が動いたことで、耳がピクピクと動いているが、頭を上げる気はないようだ。

空には今日も3つの月が並んでいる。

空気が冷え、澄んだ闇夜の空に浮かぶ3つの蒼白い月。





月の色を見るたびに、カリアンの母君を思い出す。



ソフィニアーナ・ヴァンディエム伯爵夫人。

空気の澄んだ冬の夜の月のような、銀色の髪と琥珀色の瞳の人だった。

辺境には似合わない、華奢で上品で綺麗な人だった。

何でも名高い貴族のご令嬢だとか。

納得させるだけの気品があった。

マナーや礼儀、品位には厳しかった。

時には冷たく思えるほど凛とした人だった。

だが、優しい人でもあった。

辺境伯爵夫人として、領民や騎士達への気遣いを忘れない人だった。

そして、母としても。

政務が忙しい合間に時間を作りカリアンと会い、気にかける優しい人だった。

カリアンの遊び相手の私や兄にも優しかった。

そして会うたびに、



「カリアンをお願いしますね。」

と、微笑んだ。

どんな時もーーー





後継者問題で苦境に立たされていたのはカリアンだけではない事に気づいていながらも、私自身の環境や状況の変化にもたついている間に、母君ソフィニアーナ様は亡くなってしまわれた。

表向きは病死となっている。

どんな経緯があったかはわからないが、ご遺体は生家が引き取って行った。

正妻であったソフィニアーナ様に贈られた辺境伯爵家由来の大粒のサファイア石の婚約指輪は、新たに正妻となった側室のティティア様の指に収まった。

以降は跡継ぎであるカリアンの腹違いの弟君が細君を娶る時に送られるだろう。



息子のカリアンには母君が実家から贈られ、大切にしていた大粒のイエローダイヤモンドの付いた真珠のネックレスと少量の遺髪、小さなサファイア石が付いた銀の結婚指輪、そして、手紙が遺品として残された。



そして、以外なことに、息子の側仕えにすぎない私と兄にも手紙が残されていた。

その手紙にもあの言葉が書かれていた。



『カリアンをお願いします。』



とーーー





過去に思いを馳せているうちに、闇夜は少しづつ白けていく。



徐々に白ばんでいく岩肌を横目に、小鍋に水と干し肉をナイフで削ったものを入れて火にかける。

少量の塩とスパイスで味を整え、カップに注ぐ。

干しパンも切り出して、火に炙る。

即席の朝食だ。



カリアンに声をかけると、不機嫌に唸りながらも目を開ける。

些か寝起きが苦手なカリアンだが、寒さに負けたのか、即席の干し肉スープを手渡すとすぐに口をつけた。

炙った干しパンとスープの朝食を終え、出発の準備に取り掛かる。

敷いたり、掛けていた厚手の布を畳み丸め、小鍋とカップを少量の水と手拭いで汚れを落とし、ザックにしまう。

火の始末は念入りにする。

飛び火を防ぐためだ。



『火種石』は大きさで火の持続時間が決まる。

時間と共に小さくなり、煤も残さず、魔力残滓となって風に乗り世界に帰る。

では、火が残っている場合は?

『火種石』は魔力を入れるの事で発火する。

ならば、消したい時は逆。

魔力を吸い取るイメージで魔力を込めればいい。

魔力で火を点け、魔力で消すのだ。

『火種石』は、火が消えた時点で灰の様な粒子になり崩れる。

それは、燃え残りの大小に関わらない。



未だ勢い衰えずに燃える『火種石』に微量の魔力を与えて火を消す。

灰の様になった元『火種石』を足で払い風に飛ばす。

『火種石』を囲む様に配置した石は適当に放り、野営の痕跡を少しでも消し、出発する。









山岳地帯二日目からは、ほとんど岩石と言ってもいいような道を進んで行く。

低い小山の中腹とはいえ、どちらかといえば山頂に近い場所。

一日目とは違い、平坦な部分などほとんど無い。

いつも以上に馬に気を使いつつ、岩石の転がる坂を登り降りし、大岩の間を通り抜け、落石や滑落、イヴェリス族国の戦士に注意しながら進む。

足場の悪さもあり、どうしても進みが遅くなる。

結局、山頂に到着するのに1日、尾根沿いを進むのに1日、山頂から下り始めてすぐに雨が降り、気温の低さや足場のさらなる悪さから山頂から麓に下るのに3日かかった。



こうして二国の国境を行き来しながら、やっとのことで山岳部の麓辺りまで進むことができ、安全そうな岩陰で野宿をする。







翌日ーー

先に仮眠を取ったカリアンに小突かれ目を覚ます。

まだ辺りは暗い。

早朝などではなく、深夜と言ってもいい。



炙った干しパンと即席のスープの朝食をとり、火の明かりを頼りに出発準備を調える。



この数日の野宿、特に雨に降らた2日間での進みの悪さは痛手だった。

寒さや雨水により普段以上に『火種石』を消耗したし、水や食料だって減る。





「進みを早める。共和国の村まで行くぞ。」

出発の準備をしているカリアンが手を止めることなく言う。



ーーつまり、国境を越え、イヴェリス族国領内の荒野を越えてしまいたい。そして、更に国境を越え、その奥のスティー共和国の一番近い村まで行きたい、ということだ。



……、非常に、厳しい……



ここから少し先、国境を越えれば本格的にイヴェリス族国領地。

横断距離が他の場所より短いとはいえ、イヴェリス族国内の荒野を横断しなければスティー共和国へはたどり着けない……

この数日も確かに危険ではあった。

国境越えは常に危険がつきもの……。

しかし、いざとなればストルエーセン王国内に逃げ込めるという、あって無い様だが、それでも生き残れる確率が少しでも高くなる国境という予防線が無くなる現実は……やはり……緊張してしまう…



それに、少々どころか、かなり歩みを早める必要もある。

この数日のペースでは絶対に無理だ。

麓に近いとはいえ、未だ岩が多い場所。

多少無理をしてでも馬が走れる地形になったら、そこからはひたすら馬で走り、休憩は取らない行程しかない。

イヴェリス族国内荒野の横断も、ほぼ最短距離とはいえ、馬で半日かかると見込んでいる……

……かなり、無理なペース配分だが……



「…、わかりました。」

……手持の物資の量や、比較的安全にイヴェリス族国を抜けるためには………仕方ない……





辺りが薄明るくなる頃には、出立の準備を終え歩き出していた。



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