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国境の街
国境の街 4
しおりを挟む村中と言ってもいいほどの人達に見送られ、私達はテーラ村を出発した。
馬車の御者台にはダレンとベントレー爺さんが座り、荷台にノアが座っている。
荷台の金具には、2人の野盗を拘束する縄が繋がれている。
斑と茶色の2頭の馬は荷台を引いていることもあり、ゆっくり進んでいるが、徒歩である野盗達には早歩き程の速さだ。
その後ろを野盗の監視も兼ねて、私とカリアンが並びついて行く。
村から離れ、見えなくなる頃には周囲は丈の短い草が生い茂る草原で、その中にできた一本の道を進んでいた。
丈の長い草が茂みを作り、まばらに樹木が立っている。
時折、ヒョコリと茂みから顔を出すのは草鼠だ。
鼠と名前がついてるが兎で、耳が短いせいで鼠と名付けられたらしい。
例えるならピョンピョン跳ねるモルモットだ。
草鼠は、茶、黒、濃緑の斑模様の短い毛を持ち、茂みの中に身を潜めて暮らしている。
動きが遅く見つけやすいこともあり、狩りの初心者定番の獲物だ。
その草鼠が潜む茂みにひときわ丈の高い草がある。
ネコジャラシの様な見た目の草で、ロロ草といい、ポーションや回復薬などの原料となる薬草の1つだ。
垂れ下がった先端の毛玉の様なフワフワの丸い部分を使用するのだ。
そのロロ草のすぐ近く、少し離れた所に群生しているのはハート型の厚みのある葉に白いラッパ状の花、その中央に黄色い細長い花弁のある化粧花だ。
肉厚のハート型の葉の部分は絞って化粧水等の原料に。
白い花びらは乾燥させ粉にして白粉の原料に、花弁の部分も乾燥させてイエロー系アイシャドウ等の顔料として使用される。
「!」
反対側に目をやれば、まだ若木だがオーフの木が立っていた。
オーフの木の樹液は食用や化粧品、回復薬等の軟膏類の原料になる。
なんてこった!!
テーラ村の近くはアイテムの原料となる薬草や樹木が生い茂っているではないか!!
できるなら採取していきたい!!!
「おい、キョロキョロするな。」
アッチにも!コッチにも!と、キョロキョロしているとカリアンからのお叱りが飛んできた……。
「すみません…」
と、謝罪をしてみるものの、視線が見つけた薬草に向かってしまう……
アレは、ロロ草同様治癒薬の材料となるナヤ草だ。
稲のように細長い葉で先端が三叉に分かれ、それぞれがクルクルとカールしているので分かりやすい。
「…オイ…」
「ぅ…」
カリアンのドスの聞いた声にビクリと身体が跳ねる。
カリアンを見上げれば、視線が下る。
つられてそちらを見れば、チラチラと野盗が私を伺っているのに今更気付いた。
野盗はサッと視線を外したが、おそらく様子を伺っていたのだろう…
野盗達は逃げられないとわかっていても、もしかしたら……と考えてもおかしくはない。
負けるつもりはないが、油断大敵だ…
気を引き締めなければなら、あ…小さな青い花を2輪咲かす空花が車輪に踏まれた……
「……」
まだ蕾だった……
空花は、化粧花と同じでその青色の小さな花びらが顔料になる……
青空の様な綺麗な水色の顔料になり人気だ。
花びらが小さい。
だから…乾燥させるともっと小さくなる……
なので…量を生産できない……
つまり……高価……
「…ぁぁ……勿体ない……」
「…はぁ…」
馬の首に突っ伏し嘆く私の横で、カリアンの大きな溜息が聞こえた。
「この辺は薬草が多く自生しているんです。」
馬の首から頭を上げ視線を向けると、ノアが苦笑していた。
「国境に近くて街から遠いからか、あまり人が採取に来ないんです。それで比較的多く自生してるみたいなんですよ。」
「普段、皆さんは何処に採取に?」
「ボク達はこの辺で採りますが、国境の街ケウンツの人達はここまで来ません。ケウンツと中央都リオゼの間にある草原に行くみたいです。」
「ケウンツとリオゼ、ですか。」
「はい。ケウンツが今ボク達が向かっている国境に1番近い街。中央都のリオゼはテーラ村からケウンツを経由して1日程かかるので、テーラ村からは1日半程かかります。」
「へぇ~」
街の名前と大体の位置関係を把握し、脳内メモに記憶させていると、視界の端を何かが横切る。
「あぁ…ハニィビィが…」
この世界のミツバチが飛んでいく。
黄色と黒の縞々ーーではなく緑と茶の縞々で500mlのペットボトル程の大きさ。
気性も穏やかで巣に大量の蜜を蓄えている。
あのハニィビィの後をつければ蜂蜜が……
「…あぁ…」
どうしても名残惜しくて視線を向けてしまう。
豊富な動植物資源。
ここで採取や狩りをすれば食うに困らないのではないか?
ふと、そんな事を考えてしまい、
「ここなら、採取を仕事にすれば食うに困らないんじゃ…」
とチラリと野盗に視線を向ける。
「そうなんですが…」
ノアが難しい顔をした。
「…こんなやり方しか、残らなかったんだ…。」
その声はノアではなく、野盗のものだ。
野太い掠れた声。
私が喉を潰した魔術師モドキの方ではない。
伸びた髪と髭に埋もれた野盗の虚ろな視線はひたすらに地を見つめている。
「この国の野盗や犯罪者の多くの出所は2つあります。スラム。そして、ーー他国からの移民です。」
ノアが溜息と共に口を開く。
「スラム出身者は、産まれながらの貧しさにより犯罪に走ってしまいます。ですが、時には街の神殿や孤児院等の機関の手が差し伸べられます。しかし、他国からの移民は、ここに来るまでに資金や体力を減らし、更に慣れない異国に馴染めず、道を踏み外し…抜け出せなくなるんです…」
「…俺達も…そうだ…。」
再び野盗が口を開く。
「祖国の内乱で…何もかも失って…力さえあれば、生きていけると、この国に来たのに……」
ボソボソと野盗が語る内容は、よくある転落劇だった。
内乱や戦争に巻き込まれ、逃げ惑い、新たな場所で新たな生活を夢見ていたが、何をやっても上手くいかず日に日に生活が苦しくなる…。住処を無くし、飢えに負けて罪を犯し、そこからは転がるようにあらゆる犯罪に手を染め、ソレが当たり前になる……むしろ、良くさえ思えてくる。信頼は無くとも似たような境遇の仲間がいた。奪えば金があった。奪った金で食べて飲めた。廃屋でも雨風がしのげた。無理矢理押さえつければ欲を吐き出せた。逃げ惑い怯える人を見て強者だと錯覚できた。
「……もう…ここしかなかった………」
野盗の言葉が詰まる。
「……」
同情はできないが、少なからず……共感させられる……
なぜなら……最悪を考えた時……私達も、こうなるかもしれないからだ……
私とカリアンの状況は、国を出た理由はどうあれ、この野盗と変わらない。
今ある資金が底を尽き、金を、食料を得る手段が潰えたら………
その、もしも、の恐怖を想像した。
もしも……そうなったら…?
どうする…?
傭兵ギルドに登録して傭兵となっても、上手く軌道に乗る保証はない…
何もかも上手くいかなかった時……餌をぶら下げられたら……?手段を見つけてしまったら……?
彼らのように、転がり落ちない保証など、無い……
「ハッ!くだらねぇ!」
カリアンが吐き捨てる。
「グダグダ言ってんじゃねぇ。テメェらが踏みとどまらなかっただけだ。別の生き方を探さなかっただけじゃねぇのか?」
「…」
野盗がカリアンを睨み上げる。
カリアンも野盗を見下す。
「か、カリアン…、…!」
思わずカリアンを止めに入れば睨まれてしまった。
「こんな奴らに同情か?」
「…、そんなつもりは…」
もしもの未来を重ねてしまったなどと言えるわけがない。
「いざとなれば、獣を狩れば食える。毒さえ無けりゃそこら辺の草でも食えば良い…。そうだろ?」
「……そう、ですが……」
強く言われ、反射的に頷く。
「獣を狩れば、勝手に腕が上がる。例え少額でも稼げる。」
「…そりゃぁ……」
「稼げりゃ、食えりゃ、こんな事をしなくても生きていける。そうだろ?」
「……、そう、でしょうか…」
「違うのか?」
「…」
カリアンに真っ直ぐ見つめられ、思わず視線を反らしてしまう。
反らした視線の先に、ハニィビィが飛んでいた。
ハニィビィが向かった先に巣があり蜂蜜がある。
「ハニィビィの蜜は高値で買い取りされる。」
カリアンがハニィビィを見つめる。
「薬草だろうが、草鼠だろうが、捕まえて売れば金になる。」
カリアンが視線を前に戻した。
その横顔をみていると、なんとかなる様な気がした。
「…そうですね。」
そうだ。なんとかなる。
どうにもならなければ、ここに来て蜜を取ればいい。
薬草を採取すれば良い。
やっぱりカリアンは強い。
目の前の豊かな実りも見えなくなる不安を、その強さで跳ね除けてくれる。
「まぁ、なんとかなりますよね。」
私はカリアンに笑みを向けた。
野盗がどんな挫折を味わい、どんな経緯を経て野盗になったかはわからない。
聞いた話が本当かもしれないし、脚色されたものかもしれない。
だが、野盗となり、村を襲ったのは事実だ。
そして、私達に負け、あるものは死に、あるものは今からこの国の法で裁かれる。
この事実だけは変わらない。
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