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ヨンパルト・デラ王都の中心部から少し離れた場所に帝国が所有する館がある。
今後は外交官の居住兼職場となるこの館は、王都で王城に次いで大きい。
現在、この館に我に騎士団の本部を置いている。
その為、主要な人材と護衛部隊もおのずとこの館で過ごすこととなる。
多くの従軍兵は、王都外の土地に兵舎を建て、そこでこの一年近くを過ごしている。
今後は、派遣される兵士の為に使われることになるだろう。


裏門から館内に入る。
館は塀で囲われ、広い正面の庭と訓練場にしている裏庭、厩が併設された広大な中のほぼ中央に有る。
館へは断然裏門が近い。
軽く門番に挨拶し、敷地内に足を踏み入れる。
持っていた文庫本を護衛の一人に預け、帽子を取り、纏めていた髪を解く。
敷地内に入れば変装など無用だ。
キツく結っていた為頭皮が凝っている……
とはいえ、下ろしたままでは髪が邪魔なので、軽く髪をほぐした後一つ纏めに結びつつ、足を進める。
預けていた文庫本を受け取り、礼を取る兵を労いつつ進んでいくと、訓練指導中の団長補佐 ロドリゴ・エスキベルに声をかけられる。

「お戻りですか、団長。」

「ああ。」

ロドリゴが護衛の二人に目配せすると、護衛の二人は離れていった。
元の仕事に戻るのだろう。
ロドリゴが歩く後ろをついてくる。

「指導は良いのか?」

「彼が上手くやります。」

チラリと見ると訓練中の隊の隊長がロドリゴにかわり指示を出していた。

「なら良い……」


団長補佐とはそのままの意味の役職だ。
騎士団長の側に仕え、あらゆるサポートを行う。時には秘書、時には代役、時は盾となり、時には公での一時的なパートナーも務める。

ロドリゴ・エスキベル団長補佐は、くすんだ金の髪を後に流した偉丈夫だ。
歴戦の兵士らしく多くの傷が目立つ。
今回の視察は彼に猛反対されたが、護衛を付けることで勝ち取った。
諜報部隊を付けたのは彼の指示だろう。
つまり、この男のせいで屋台飯を食べられず、諜報部員は激甘ラブリーなスイーツを手に入れる事となった。


ロドリゴ・エスキベルは、その腕を見込み、父が武術の教師兼護衛として雇ってくれた。まだまだ未熟だった頃は、彼にしこたましごかれた……おかげで騎士団での訓練の日々は彼のシゴキに比べれば軽いものだった。
騎士団に入団し、一団を任せられるようになってからも側についてくれている。

団長補佐という役職は本来は無い。
騎士団長として、裏切り首謀国への侵略任務が命じられると、何が何でもついて行くと言って聞かず、役職を与えようとしたが、役職に縛られ護れないとキレられた。
果には、傭兵になるから雇えとまでいう始末。自身も一団を率いるだけの才能があるだろうに……
とはいえ、個人的に最も信頼できる人物が側に居てくれるのは非常に有り難いことである。
実際、歳上の彼には人生の先輩としても助けられている。

そこで、捻り出した役職が『団長補佐』だった。
まぁ、副団長兼親衛隊長、かな。
最悪、団長である自分が死ぬか居なくなるかした場合、彼が団を率いてくれれば心配ない。
最近では他の団でも補佐が取り入れられていると耳に挟んだ。



「3日後の出立の準備は?」

「我が軍に関してはほぼ全ての準備は終了しております。後は、各々私物程度かと。」

「上々。明日の最終引き継ぎが終わればすぐに発てそうだが……」

元々従軍の将兵は荷物が少ない。
そして、兵舎等での必要品、特に支給物は消耗品以外はそのまま兵舎に置いていく。
その為、出立に際して行う事は、私物の纏めと片付け、掃除位だ。
勿論、自分自身も既に荷物は纏めてある。
せいぜい、数日の着換えや日用生活品位だ。

訓練や討伐、視察などならば引き継ぎさえ終わればすぐにでも帰るところだが……今回はあくまでも反乱属国の鎮圧。そして、鎮圧という侵略。

「……公国側か……」

「ですな。」

敗戦国ならば差し出さなければならない色々なモノが出てくる。
その色々なモノを準備するにはそれなりに時間が必要なのだろう。




館の中は落ち着いた雰囲気の調度品で纏められている。
元々穀物の輸出商売で成り上がった貴族の館だったが、増税対策で爵位を剥奪された。
本格的に帝国に移り住む為費用が必要との事だったのをこれ幸いと帝国が買い取った。
メインである施設や執務室、部屋等はすでに着任した外交官に引き渡してある。
なので軍がメインで使っているのは館の中でも外れた位置の部屋だ。
とはいえ、私室兼執務室として使っているこの部屋もかなりの広さだ。
執務室としても使っている居間の隣にはダブルベットが頓挫する寝室。反対の部屋には浴室。浴室の隣の扉にはウォークインクローゼット。
居間にはソファーとローテーブルの応接セット。その奥には執務机として使っているテーブルと椅子。

ロドリゴと共に部屋に入り、手に持っていた文庫本を執務に使っている机に置く。
ロドリゴは、執務机の側の窓辺から真下の訓練場に目をやっている。
気にるなら残って指導すれば良かったのにと思う。

すぐにでも本を読みたいが、まずは身体を楽にしたい。
早くサラシを取りたい……平たくなった胸を撫でる。
さすがに長時間乳房を潰しているのはやはり苦しいし、痛い。
ズボンのサスペンダーを肩から外し、タイをとり、シャツの裾を引っ張り出す。

「王都はどうだった?」

ロドリゴの口調が砕ける。
いつもの事だ。
長年共に過ごし、敬語など使う関係でもない。
兄と妹、叔父と姪、師匠と弟子、そんな間柄だ。家族に近い。一緒に過ごした時間は家族よりも長いかもしれない。
騎士や貴族として、立場をハッキリさせなければならない場所ではお互い言葉や振る舞いに気をつけてはいるが、二人の時は何ら気にしていない。むしろ、こちらが敬語調になる事の方が多い。癖というやつだ。

「賑やかだった。露店も出てて、美味しそうな物な沢山だった。諜報部に邪魔されたけど…」

「それは…まぁ…」

仕方ない、と言いたげなの含み笑い。
お前のせいだ、と言えないのは心配してくれているのをわかっているからだ。
とはいえ…納得できないものはできない。

「…おかげで避け損ねて、女の子とぶつかった…」

「…ぶつかった?」

「避けたと思ったのに…それもこれも諜報部が屋台飯の邪魔をするからだ!」

八つ当たりである。

「護衛は?」
「?居たさ。でも、ぶつかった。そんなにボーとしてたつもりは無いけど…」

してはなかったかもしれないが、気を取られていたのは確かだ。耳が赤くなった諜報部員に。

「ま、とりあえず、着替えるついでに湯浴みをしてくる。」

「夜の外交官との会食をお忘れなく。」

「……わかってるよ…」

ヒラリと手を振り浴室に向かう。



実は忘れていた……気まずい……

 
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