永和怪異始末録

中山(ほ)

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竜一の非日常

六話

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 これ、さすがに障子閉めても意味ないだろうな。
 そんなことを考えながら、言盗を拾って立ち上がる。

 ぴ、ぴ

 あまりに鳴くのでそちらを見下ろすと、言盗は小さなくちばしで自らの羽毛を探り、藍色の石ころをつまみ出した。足元、ぼくの手の上にそれを置くともう一度ぴ、と鳴いた。

「石?」

 それがひんやりとした重さを伝えたのは一瞬で、溶けるように崩れて消えていく。


 ---


「あ~、なんと言うか、もっと劇的なものだと思ってたんだけどな……」

 現実はいつもそんなものか。雷に打たれたようなとか、記憶がない間の言動にのたうち回ったり、とかは無さそうだ。 
 とりあえず、木の葉を布団の上にそっと乗せてやる。後で手当てしてやろう。
 ぴ?
 首をかたむけ、そこにもちらりと赤がのぞいた。

「うん、話は後で聞くから、今はあれをどうにかしてくるよ」

 昼間から動ける妖魔は比較的力が強いし、こんな人里まで出てくるやつらを放っておく訳にもいかないし、ずっと部屋にこもってて退屈だったしね。
 まずはどう動こうか迷っている父へと声をかける。

「父さん、ここはいいから母さんの所に行ってやって。一応春と修もいるし、ミルさんだっているから」

「一応ってなんだよ!?」

 戦犯ハルが何か言ってくる。

「一応ってのは十分でないという意味で使ったんだが?木の葉がマーキングされてるのに気づかないとか、眼科行った方がいいんじゃないか?」

「竜一、お前、記憶が?」

 父が気付いたようだ。

「うん、だから大丈夫」

 そう言うと、一つ頷いて母屋へと向かう。僕のこの体質は母方からの遺伝だし、戦う力のない母は怖い思いをしているだろう。安心してもらうためにもそっちの方がいい。
 それを見送ってからうずくまっている修平へと近づいて足で小突く。

「妖気酔いしてる場合じゃないだろ。呪符フダ出せ呪符」

「き、昨日春に渡したから無い……」

 青い顔を上げた修平が情けない声で情けないことを言う。

「お前の仕事道具だろう。無いなら書け。道江さん、白い紙と僕の棍持ってきて」

 声をかけると側に控えていた道江さんはすぐに持ってきますと動いてくれた。

「春は木の葉に付いた印を……もう終わったのか」

 先ほどから木の葉の前にしゃがんでいた春明が立ち上がる。

「うん、消した。これ以上は集まらないはず。にしても、お前いつ記憶戻ったんだ?」

「ついさっきだよ、戻ったと言っていいのかわからないが。言盗に『退魔師』を盗まれたせいで僕の中のそれに関することが認識できなくなってたのが原因。まさか書物から以外にも文字が盗れるとは」

 単に、覚えているのだがそれに気付くことができなかった。それだけだけど、影響は大きかったな。

「う~ん?よくわからないけど、お前から退魔師取ったら確かに何も残らないな」

 辺りを見回っていたミルさんが戻ってきて、手の下に頭をもぐりこませたのでなでてやる。

「お待たせしました!」

 息を切らせた道江さんから棍を受け取り、修平に紙の束を渡したのだが、

「あれ、筆は?」

 首をかしげる修平に、春明がそっと小さな切り出しを渡した。顔を引きつらせてこちらを見たので、うなずいてやる。

「過剰戦力で行こう」

「やだなぁ、これ他のより書くのしんどいんだぞ」

 文句を言いながらも修平は親指の先に刃を滑らせて、するすると呪符を書きあげる。
 奴らを始末するだけなら簡単だけど、絶対敵わないと見せ付けて逃がした方が後々が楽になるんだよな。そしてここには高威力の呪符を作れる符術師が一人。あるものは使わないともったいない。

「じゃあ、やるか」


---


 家に貼られていた結界の内、中庭部分だけを春明に消させると僕の気配に気付いた妖魔達が一斉に頭上へたかってきた。春明の張った新しい結界に阻まれているのだが、お構い無しにぶつかっている。

「春が結界に穴あけると同時に修が呪符な」

 僕が確認すると二人がうなずいて作戦開始。

 まずは修平の呪符による目のくらむような閃光と、空気を震わせる轟音。小型な雷にうたれた半分弱の妖魔が消し飛び、ほとんどが逃げ去り、残ったものがこちらをうかがって遠巻きになった。僕は裾を払って結界の穴付近、庭の木に跳び上がる。

「さて、どこからどんな話を聞いたのかは知らないが……」

 人が話しているというのに襲ってくる行儀の悪い奴が3匹。うち2匹を棍で叩き潰し、1匹を目刺しに、それを肩に担いで話を続けた。

「この通り僕はいつもと変わらないんだが、まだやる?」

 優しい説得が功を奏したのだろう、妖魔達は慌てたように山林の物陰を目指して引き上げていく。

「はい、終了、終了。春、もう結界戻していいよ」

 そう言って、僕は手に持った棍を妖魔ごと落として木から飛び降りた。直後に結界が戻ってほっと息をつく。

「素直に帰ってくれて助かった……」

 再び妖気酔いを起こした修平を介抱していた春明が不思議そうな顔をした。

「記憶が戻ったのなら別に大した相手じゃないだろ?」

 確かに大した相手ではなかった、十全な状態だったら。

「いや身体が持たない、今だって腕が折れたし」

 ミルさんがまだ息のあった目刺しにとどめを刺して、棍から引き抜いて引きずっていく。

「はぁ!?」

「そこらじゅうが痛んでる。なんだこれ?」

 改めて自身の体を確認すると、外傷はないのに内側というか、全身の筋肉がやけにもろい気がする。おそらくこの腕も、衝撃を逃がすことができずにそのまま骨へと伝わった結果だ。

「あ~、そういえば西のが術かけてようやく命だけは繋ぎ止めたって言ってたっけ」

 西の、西宮にしのみやの術というとあれか、損傷を全身に分散させたのか。父が安静にしてろと言うわけだ。

「あぁ、くそ。痛って。はぁ、利き腕じゃなかっただけましか」

 僕がため息をついた横で修平がよろよろと起き上がり、

「気持ち悪い、俺、ちょっと吐いてくる」

 熱を持ち始めた左腕を押さえながらそれを見送った。後ろではミルさんが妖魔を食べる何とも言えない音が聞こえる。

「……平和だ」

「腕が折れてて、修が青い顔して吐きに行ってて、後ろでミルさんが骨噛み砕いてる音聞きながらそんな事言える竜はすごいな」

「もっと褒めていいぞ」

「嫌味だ「知ってる」

「……」

「どうやら僕の勝ちのようだな」

「何の勝負だよ……」

 痛みをごまかすための会話だとは気付いているのだろう、苦笑しながらも春明が続けようとしたその時、修平の声がした。

「竜、春、トキアサリいた!」

 何よりも早く動いたのはミルさん。食べかけの妖魔を放っぽりだして修平の所へ走り、戻ってきた時には1匹のトキアサリをしっかりと口にくわえていた。


 ---


「今日は怒涛の一日だった」

 数日ぶりに戻れた自室で道江さんの入れてくれたお茶をすすった。
 快く僕の時間を返してくれたトキアサリは今、春明の結界に捕らわれてこちらを怯えたように見つめている。
 先ほどの襲撃に無理やり連れだされて、逃げる間もなく結界が閉じられたらしい。
 少しでも人目のないところへとうろついていたところを修平に見つかったと。
 めったに見ることのできない妖魔なんだからこの機会にしっかりと観察しておこう。喋ることのできる個体でよかった。ちなみに、体調を崩した修平はすでに家に帰った。さて、質問を再開するか。

「ふむ、食べた時を消費して生きている、と。何が美味いとかあるのか?」

『あ、新しい時、まずい。古い時、美味い』

 お、これは新しい情報だ。妖魔辞典改訂版に載せないと、そういえば言盗も書き直さないといけないな。

「この本を50年くらい食べて欲しいんだけど」

『無理、もう無理、食えない』

 限界か、身体小さいもんな。朽ちかけた古書が数冊新しくなったから良しとしよう。

「そろそろ帰る?」

『帰る、助けて!逃がして!!』

「助けて?人聞きの悪い。僕はむしろ君に傷つけられた方だろ?」

『ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、許して、助けて』

 泣きながら謝る姿は結構可愛いかもしれない。そう思ったとたんトキアサリがびくっと身をすくめた。

「春、この子帰るって」

「ん~、じゃぁな、もう竜には捕まるなよ?」

 春明がちょいと指を振ると、一時的に通れるくらいの穴が作られた、そこをくぐって泣きながら逃げていくトキアサリ。

「かくして、僕の非日常は終わりを告げ、いつもの日々が戻ったのだった」

「どうした、急に?」

「なんとなくね。そういえば、修がまたバイト始めたんだって?」

 見舞いに来てた時のことを思い出し、尋ねる。

「げ、お前裏から手を回してクビにするのやめてやれよ」

「いやいや、僕はあいつのことを思ってやってるんであって……」
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