葵の戦神八姫~アンカルネ・イストワール~

みくもっち

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最終章 魔族の主

9 激闘

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 S級魔族グリデモウスフォゼラムは雛形結ひながたゆいによって倒された。
 あおいは地面に落ちてきた鴫野しぎのみさきの頭部を拾いあげる。
 みさきは血だらけの顔でブルブルと震える口を開いた。

「葵お兄ちゃん……気持ち悪いよね、頭だけなんて。ボクのこと、キライになっちゃうよね……」

 葵は涙を流しながら首を横に振る。

「嫌いになんてなるもんかっ。みさき、お前は俺が創ったんだ。俺の大事な──」

「そ……う。ありがと。嬉しいなあ、呪われたボクなんかを想ってくれる人がいるなんて……」

 みさきの頭部はその言葉を最後に黒い光に包まれ、消えていった。

「みさきっ……!」

 叫ぶ葵。だが嘆いているヒマはなかった。
 周りのビルが倒壊する音。滅界竜アドラフレストが巨大な尾を横に薙ぎ、玉響が吹っ飛ばされていた。

 ぬりかべや小鬼の群れは潰され、天狗や雪女郎も爪に引き裂かれる。
 
 アドラフレストは吼えながら二本足で立ち上がる。その巨体がさらにデカく見えた。

「無駄な時間稼ぎは終わりましタカ? S級魔族が全員やられたのは意外でしタガ。でも、このアドラフレストさえいればあなたの戦姫せんきナド──」

 アドラフレストの肩の上にはシノ。
 滅界竜の口が大きく開き、喉の奥からギイイイ、と赤いエネルギーの奔流が放たれようとしている。

「さすがにヤバいね、コレは」

 カエデは強化術を解除。新たな印を結び、真言を唱える。

「オン アロリキャ ソワカ」

 カエデの目の前に半透明の壁がズオッ、とそびえ立つ。あのアドラフレストに比べれば大きさも厚さもひどく頼りないものに見えたが──。

 アドラフレストの強烈な吐息ブレス
 怪獣映画のような赤いレーザー光線がグワッ、と放出された。

 カエデの術で作り出された壁がそれを防ぐ。
 反射した光線の帯があちこちに散り、凄まじい熱量で道路のアスファルトやビルの壁が溶解した。

「うっ……ああっ!」

 カエデの呻き声。苦悶の表情でヒザをつく。
 先ほどの強化術といい、力を使いすぎたようだ。
 術で作った壁はガラスのように砕け散った。

「驚きまシタ。あれを防ぐなンテ。でも一度きりのようでスネ。次こそ終わりにしまスカ」

 シノの合図で再びアドラフレストの口が開く。
 もうあんな攻撃を防ぐ手はない。
 カエデは蒼白の顔で立つことさえおぼつかない。

 結が覚悟を決めた表情で太刀を構え、走り出す。
 強化術の加護もないまま、アドラフレストへ突っ込んでいった。

「愚かナ……」

 シノの呟き。アドラフレストの左の爪が振り下ろされる。
 結は跳躍してかわし、その左腕に斬りつける。だがわずかに鱗を削った程度。

 巨体に似合わず速い動き。豪快な尾のなぎ払いを結はなんとかかわす。
 だがその尾が破壊したコンクリート片が飛来。結は避けきれず被弾し、倒れる。

 ゴアアッ、と吼えながら近づくアドラフレスト。今にもその口から吐息ブレスが放出されようとしたとき──。

 ギュルルルァッ、と回転する翠炎の塊。
 アドラフレストのあごを下からかち上げ、レーザー光線は上空へと逸れた。

 翠炎の塊は化け狐姿の玉響たまゆら。無数の狐火を身にまとわせた決死の秘奥義──翡翠炎舞ひすいえんぶ

 玉響が唸りながらいくつもの狐火を放出。
 自身に取り込み、みどりの炎はさらに燃え上がった。
 そしてアドラフレストの腹めがけ体当たり。
 巨体がズズズ、と後退するほどの勢い。

 だが、斜めに打ち下ろされた右拳によって玉響は地面に叩きつけられる。
 全身から血を噴き出し、ガクガク震ながらも玉響は四本足で踏ん張る。

「玉響っ! もういいっ、退がれ!」

 葵が必死に呼びかけるが玉響は退かない。また狐火がボボボボッ、と宙に浮いた。

 アドラフレストの背中。巨大な両翼が広がり、ゴオッ、ボッ、と突風を巻き起こす。
 狐火はかき消され、玉響は耐えきれずにその場に倒れる。
 葵と結、カエデもなす術なく後ろへ吹っ飛ばされた。

 アドラフレストがバサアアッ、と翼を羽ばたかせ、宙に浮いた。
 そこから玉響めがけて黒い影が迫る。踏み潰すつもりか。
 玉響はすでに化け狐から人型の姿に戻っている。口からゴフゴフと血を吐き、とても動ける状態ではない。

 ドオオオンッッ、とアドラフレストの踏みつけによる揺れ。まわりの建物がさらに倒壊し、地面に亀裂がいくつも入る。

「玉響あぁっ!」

 葵の叫び。立ち込める砂埃でよく見えないが、玉響の生存は絶望的だ。何より秘奥義を使っている。

「!……届いてナイ! わたしのアドラフレストの攻撃ガ」

 聞こえたのはシノの声。なにやら驚いているようだが、ブアッと一瞬で砂埃が晴れ、葵たちにも何が起きたのか理解できた。

 アドラフレストの全体重がかかった右脚を、赤髪のパンツスーツの女性が両手で支えている。いや、それどころかさらに持ち上げようとしている。

 竜討伐者ドラゴンスレイヤー、フレイア・グラムロック。
 
 魔導書では反応が消えていたが無事だった。全身ズブ濡れだが。

「フレイア! 良かった……生きていたのか!」

 葵の喜ぶ声に、フレイアは不機嫌そうに答えた。

「あ~、死ぬかと思ったよ。ちっこいまま川に落ちたからねぇ。このイライラはコイツにぶつけるとするよ」

 グアッ、と勢いよく踏み込みながら両手を上げるフレイア。
 なんとアドラフレストの巨体が宙に浮いた。両翼でバランスを取り、倒れはしなかったが。

「へえ、デカいだけじゃないみたいだねぇ。まあ、これぐらいの竜なら5、6体同時に相手したことあるけど」

 軽く助走をつけてから跳躍。だがアドラフレストの左拳のカウンターが待ち受けていた。
 まともに入った──が、フレイアはヒールで蹴り上げ、逆にアドラフレストの左腕が弾かれた。

竜討伐者ドラゴンスレイヤー、フレイア・グラムロック。厄介な相手とはわかっていましたが、これほどトハ」

 魔族の創造主マスター、シノが驚嘆の声をあげる。

 フレイアがアドラフレストと交戦している隙に葵は玉響のもとへ駆け寄る。

 玉響……美しい銀髪も鶸色ひわいろの着物もすべて血にまみれている。
 葵に気付いた玉響は起き上がろうと首をわずかに動かした。

「いい、玉響。もう動くな。もう……いいんだ」

「……竜女りゅうおんなは……間に合ったようじゃの。ならばこれ以上……わらわの情けない姿をヌシ様に見られとうないわ」

「玉響っ、ダメだっ、お前まで……死ぬなっ」

 玉響の頬にポタポタと葵の涙が落ちる。
 玉響は微笑みながら葵の顔に触れ、その涙を拭い……そしてみどりの光に包まれて消えていった。
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