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外伝
3 青き雷箭
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「なんというザマだっ! 誇りある大陸最強の我がホウロン軍一万六千が! 惰弱なファータンの砦ひとつまだ落とせないとは!」
諸将の並ぶ幕舎の中。
中央に座るハン将軍が机を激しく叩く。
「しかもだっ、砦にいたファータンの正規兵はとうに逃げ出しているというではないか! 守っているのは傭兵たったひとり。しかも女だと!」
ハン将軍は軍師であるテイを睨みつける。
若い軍師、テイはコホンと咳払いをしてから一礼し、その場に立つ。
「ただの女ではございませぬ。あれはグォ・ツァイシーという名の傭兵。『伝説の傭兵』、『青き雷擶』などと呼ばれて恐れられている凄腕の傭兵だとか」
「伝説だろうがなんだろうが、なにをどうやればひとりで砦を守ることなどが出来るのだ!」
「凄まじい弓の名手なうえ、星まで射抜く弓と無限に尽きない矢を持っているという噂です。事実、砦に近づいた兵は鎧で固めようと盾に身を隠そうと、全て矢に射抜かれてしまいます。しかもヤツが射た矢は何十、何百にも分裂するとか」
「妖魔か神仙の類いではあるまいし、そんなバカなことがあるものか! おい、誰かあの砦を落としてみせようとする勇士はおらんのか!」
ハン将軍が再び机を叩き諸将に呼びかけるが、皆うつむいて黙っているだけだった。
「無理もありますまい。あの絶技を実際に見ては尻込みするでしょう。いまや多くの兵も恐れて砦に近づこうとはしませぬ」
テイの言葉に、ハン将軍は顔を真っ赤にして怒鳴る。
「このようなところで足止めを食らっている場合ではない! 貴様、軍師のくせに何か策はないのか、策はっ!」
ここでテイは苦笑しながら手にした棒で机上の地図をコツコツと差しながら説明をはじめた。
「然らば、ここはわたしに一計があります。ようはヤツに弓を使わせる前に接近すればよいのです。いいですか、まずは……」
📖 📖 📖
砦の上で座り込み、握り飯を頬ばっているのは、青い髪を高い位置でひとつに束ねた少女。
弓を塁壁に立てかけ、その目は遠くのホウロン軍を見据えていた。
この長身細身の少女が『伝説の傭兵』『青き雷擶』の異名を持つグォ・ツァイシーだった。
握り飯を食べ終え、立ち上がりながらパンパンと尻の埃を払う。
ツァイシーは弓を引き寄せ、ぐっ、と塁壁の上から身を乗り出す。
敵軍に動き。
本隊から別れた一軍が砦に向かってくる。
だが数は少ない。それに槍や刀などの武器を持っていない。代わりに銅鑼や太鼓を大量に用意している。
「楽隊……?」
ツァイシーは構えようとした弓を下ろす。
敵とはいえ、武器を持っていない相手を攻撃するつもりはなかった。
楽隊は砦に近づくと、ドンドンバンバンと楽器を打ち鳴らしはじめる。
かなりの騒音。挑発し、砦から誘い出すための罠かとツァイシーは相手にしない。
騒がしい演奏は約四刻ほども続き、楽隊は去っていった。
しばらくすると、また楽隊が近づいてきた。
そしてドンドンバンバンと演奏をはじめる。
また四刻ほどすると同じように去っていく。
「どういうつもりだ……?」
ツァイシーは首を傾げながら、砦の上から様子を見ることにした。
楽隊はその後も何度も来ては演奏をし、去っていくを繰り返していく。
夜間もかまわず、篝火を用意してまで演奏をしていく。
来る兵の顔は度々変わっているので、交代で行っているようだった。
「なるほど……寝る間を与えず、疲れさせようとする魂胆か」
敵の大方の狙いはわかった。
ツァイシーを休ませず、疲労しきったところを襲撃。もしくは苛立って砦を出たところを待ち伏せ。別動隊が砦を強襲。こんなところだろうと予想した。
「あいにくだが、わたしは十日以上寝ずとも平気だ」
十日もすれば敵軍は退却する。せざるを得ない。
すでに調べている事だが、長距離の遠征軍にしては兵糧をまともに用意していない。本国から届いている様子もない。
小国のファータン相手だと舐めきっている証拠だった。しかも軍を率いるハン将軍は気位が高く、見栄っ張りだという噂。今さら本国に泣きついて兵糧の輸送を頼むとは思えなかった。
だがここにツァイシーの勝機がある。
この砦をあと十日ほど守り切ればいいのだ。
📖 📖 📖
楽隊の演奏しては退き、演奏しては退きは七日七晩続き、八日目の朝──。
ツァイシーは異様な気配に立ち上がり、引ったくるように弓を手にした。
砦内に敵──。
間違いなく侵入されている。
「バカな、いつの間に──」
砦の上から見ていた限り、本隊の動きはない。楽隊も砦の中には入っていない。
ダダダダッ、と大勢の足音。砦の階段を駆け上がっている。もうじき囲まれるのは明らかだった。
「下から……坑道か」
ツァイシーは舌打ちする。
地下に穴を掘り、そこから近づいていたのだ。あの楽隊の演奏は坑道を掘り進めている音をかき消すためのものだった。
砦の上がガシャガシャと鎧で武装した兵士で埋めつくされる。
「この距離では得意な弓も使えんな。おとなしく投降しろ。我らの攻撃に合わせ、本隊ももう動きはじめている」
隊長らしき男がにやけ面でツァイシーの首に剣を突きつける。
ツァイシーは両手をあげ、静かに目を閉じる。そしてコオオオ、と静かに息を吐き出す。
📖 📖 📖
ハン将軍は本隊の先頭で馬を駆りながら興奮し、大声をあげていた。
「やったぞ、攻撃部隊からの合図だ! 砦は落ちたっ! 我が軍の勝利だ! 皆の者、急げっ」
その後ろで必死についていく軍師テイは、砦の様子を見ながらお待ちください、とハン将軍に呼びかける。だが聞こえていない。軍は止まらない。
砦の上──青い光が縦横無尽に飛び回り、それに弾かれてバラバラと人が落ちていく。
「あれは……何が起きている」
青い光は砦上の兵を全て叩き落とし、塁壁の上に降り立つ。ゴアッ、とさらに光が増す。
「いけないっ! 将軍っ、伏せてっ!」
だが遅かった。
青い稲妻のような閃光が見えたときには、ハン将軍は馬の首ごと上半身が消えていた。
青い光はさらにいくつもの閃光を放つ。
軍の前を行く者は急停止しようとし、あとから来るものはそれに衝突。
瞬く間に混乱、恐慌をきたす。
軍師テイは落馬しながら見た。青い閃光がいくつも分裂し、それが兵を貫いていくのを。それははっきりと矢の形をしていたのを──。
📖 📖 📖
後にホウロン国の宰相となったテイだが、彼が亡くなるまでの四十年、決してファータン国には手を出すことを許さなかったという。
その理由が、この若き日に体験した敗戦によるものかは史実に記されていない。
諸将の並ぶ幕舎の中。
中央に座るハン将軍が机を激しく叩く。
「しかもだっ、砦にいたファータンの正規兵はとうに逃げ出しているというではないか! 守っているのは傭兵たったひとり。しかも女だと!」
ハン将軍は軍師であるテイを睨みつける。
若い軍師、テイはコホンと咳払いをしてから一礼し、その場に立つ。
「ただの女ではございませぬ。あれはグォ・ツァイシーという名の傭兵。『伝説の傭兵』、『青き雷擶』などと呼ばれて恐れられている凄腕の傭兵だとか」
「伝説だろうがなんだろうが、なにをどうやればひとりで砦を守ることなどが出来るのだ!」
「凄まじい弓の名手なうえ、星まで射抜く弓と無限に尽きない矢を持っているという噂です。事実、砦に近づいた兵は鎧で固めようと盾に身を隠そうと、全て矢に射抜かれてしまいます。しかもヤツが射た矢は何十、何百にも分裂するとか」
「妖魔か神仙の類いではあるまいし、そんなバカなことがあるものか! おい、誰かあの砦を落としてみせようとする勇士はおらんのか!」
ハン将軍が再び机を叩き諸将に呼びかけるが、皆うつむいて黙っているだけだった。
「無理もありますまい。あの絶技を実際に見ては尻込みするでしょう。いまや多くの兵も恐れて砦に近づこうとはしませぬ」
テイの言葉に、ハン将軍は顔を真っ赤にして怒鳴る。
「このようなところで足止めを食らっている場合ではない! 貴様、軍師のくせに何か策はないのか、策はっ!」
ここでテイは苦笑しながら手にした棒で机上の地図をコツコツと差しながら説明をはじめた。
「然らば、ここはわたしに一計があります。ようはヤツに弓を使わせる前に接近すればよいのです。いいですか、まずは……」
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砦の上で座り込み、握り飯を頬ばっているのは、青い髪を高い位置でひとつに束ねた少女。
弓を塁壁に立てかけ、その目は遠くのホウロン軍を見据えていた。
この長身細身の少女が『伝説の傭兵』『青き雷擶』の異名を持つグォ・ツァイシーだった。
握り飯を食べ終え、立ち上がりながらパンパンと尻の埃を払う。
ツァイシーは弓を引き寄せ、ぐっ、と塁壁の上から身を乗り出す。
敵軍に動き。
本隊から別れた一軍が砦に向かってくる。
だが数は少ない。それに槍や刀などの武器を持っていない。代わりに銅鑼や太鼓を大量に用意している。
「楽隊……?」
ツァイシーは構えようとした弓を下ろす。
敵とはいえ、武器を持っていない相手を攻撃するつもりはなかった。
楽隊は砦に近づくと、ドンドンバンバンと楽器を打ち鳴らしはじめる。
かなりの騒音。挑発し、砦から誘い出すための罠かとツァイシーは相手にしない。
騒がしい演奏は約四刻ほども続き、楽隊は去っていった。
しばらくすると、また楽隊が近づいてきた。
そしてドンドンバンバンと演奏をはじめる。
また四刻ほどすると同じように去っていく。
「どういうつもりだ……?」
ツァイシーは首を傾げながら、砦の上から様子を見ることにした。
楽隊はその後も何度も来ては演奏をし、去っていくを繰り返していく。
夜間もかまわず、篝火を用意してまで演奏をしていく。
来る兵の顔は度々変わっているので、交代で行っているようだった。
「なるほど……寝る間を与えず、疲れさせようとする魂胆か」
敵の大方の狙いはわかった。
ツァイシーを休ませず、疲労しきったところを襲撃。もしくは苛立って砦を出たところを待ち伏せ。別動隊が砦を強襲。こんなところだろうと予想した。
「あいにくだが、わたしは十日以上寝ずとも平気だ」
十日もすれば敵軍は退却する。せざるを得ない。
すでに調べている事だが、長距離の遠征軍にしては兵糧をまともに用意していない。本国から届いている様子もない。
小国のファータン相手だと舐めきっている証拠だった。しかも軍を率いるハン将軍は気位が高く、見栄っ張りだという噂。今さら本国に泣きついて兵糧の輸送を頼むとは思えなかった。
だがここにツァイシーの勝機がある。
この砦をあと十日ほど守り切ればいいのだ。
📖 📖 📖
楽隊の演奏しては退き、演奏しては退きは七日七晩続き、八日目の朝──。
ツァイシーは異様な気配に立ち上がり、引ったくるように弓を手にした。
砦内に敵──。
間違いなく侵入されている。
「バカな、いつの間に──」
砦の上から見ていた限り、本隊の動きはない。楽隊も砦の中には入っていない。
ダダダダッ、と大勢の足音。砦の階段を駆け上がっている。もうじき囲まれるのは明らかだった。
「下から……坑道か」
ツァイシーは舌打ちする。
地下に穴を掘り、そこから近づいていたのだ。あの楽隊の演奏は坑道を掘り進めている音をかき消すためのものだった。
砦の上がガシャガシャと鎧で武装した兵士で埋めつくされる。
「この距離では得意な弓も使えんな。おとなしく投降しろ。我らの攻撃に合わせ、本隊ももう動きはじめている」
隊長らしき男がにやけ面でツァイシーの首に剣を突きつける。
ツァイシーは両手をあげ、静かに目を閉じる。そしてコオオオ、と静かに息を吐き出す。
📖 📖 📖
ハン将軍は本隊の先頭で馬を駆りながら興奮し、大声をあげていた。
「やったぞ、攻撃部隊からの合図だ! 砦は落ちたっ! 我が軍の勝利だ! 皆の者、急げっ」
その後ろで必死についていく軍師テイは、砦の様子を見ながらお待ちください、とハン将軍に呼びかける。だが聞こえていない。軍は止まらない。
砦の上──青い光が縦横無尽に飛び回り、それに弾かれてバラバラと人が落ちていく。
「あれは……何が起きている」
青い光は砦上の兵を全て叩き落とし、塁壁の上に降り立つ。ゴアッ、とさらに光が増す。
「いけないっ! 将軍っ、伏せてっ!」
だが遅かった。
青い稲妻のような閃光が見えたときには、ハン将軍は馬の首ごと上半身が消えていた。
青い光はさらにいくつもの閃光を放つ。
軍の前を行く者は急停止しようとし、あとから来るものはそれに衝突。
瞬く間に混乱、恐慌をきたす。
軍師テイは落馬しながら見た。青い閃光がいくつも分裂し、それが兵を貫いていくのを。それははっきりと矢の形をしていたのを──。
📖 📖 📖
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