異世界の剣聖女子

みくもっち

文字の大きさ
89 / 185
第1部 剣聖 羽鳴由佳

89 鐘塔の戦い

しおりを挟む
 再び太刀風。
 やはりバシィッ、と弾かれた。ダメか。
 真・太刀風はさっき使ったばかりだ。十分な気を練るには時間がかかり、その間に逃げられてしまう。

──どうする。バッサバッサと飛び去ろうとする飛竜ワイバーン。このままでは……。

 そのときだ。下の部屋から聴いたことのある少女の声。そして建物全体がビリビリと震える。
 これは、セプティミアの高音シャウトだ。

 ハシゴから姿を現すセプティミア。そのあとからは執事のサイラス。肩にはぐったりした黒由佳を担いでいる。

「どこもかしこもゾンビだらけ。《剣聖》、アンタがここに入るのが見えたから、何か解決策があると思ったのに……追い詰められただけじゃないの!」

 非難するように地団駄を踏むセプティミア。
 いや、ナイスだ。黒由佳がいるということは──。

「この女は吐きながらフラフラしてたから、見かねて連れてきただけよ。べつに助けたわけじゃないわ」

 セプティミアが照れたようにうつむく。おや、これがツンデレというやつか? 

 いやいや、それどころではない。担がれたままの黒由佳に話しかける。

「おい、起きろ。かんざしに入るんだ」

「ぎもぢわるい……やれるかわがんない」

 そう言いながらも黒由佳の身体は黒い霧状に。
 わたしのかんざしに吸い込まれた。

 左目が熱くなり、左腕、左足に黒い紋様が浮かび上がる。
 腹の底から何かがせり上がってきてわたしは──げえ~っと嘔吐した。セプティミアが悲鳴をあげ、クレイグが汚えっ、と罵る。
 き、気持ち悪い。黒由佳のコンディションがモロにわたしに憑依している……。

 いや、それでも《断ち斬る者》には変化している。
 よたよたしながら納刀──抜刀。
 数十発の太刀風が放たれたが、すべてあらぬ方向へ。周囲の壁を破壊し、わたしは皆に怒られる。

「ゲロ女、どこ狙ってやがる」

「崩れた壁の破片が飛んできたわ! 危ないわね!」

 飛竜ワイバーンはすでに鐘塔から離れつつある。
 くそ、こうなったら。

「セプティミア、サイラスを貸せ」

 この中で一番腕力があるのはサイラスだ。わたしが何をしようとしているか、セプティミアはすぐに理解したようだ。

「フン、いいけど。ひとつ貸しにしておくわよ、《剣聖》」

 サイラスは両手を組み、わたしはそこに片足を乗せる。そこからグアッ、と上空へ放り投げられた。

 わたしの跳躍の力も加わっている。ちょうど飛竜ワイバーンの頭上まで跳んだ。
 驚きの顔をしたベネディクト。杖の先から半透明の黒い球体がブワン、と広がる。

 かまわず刀を振り下ろす。球体、飛竜ワイバーン、そして死者の杖を断ち──斬った。

 悲鳴をあげ、落下するベネディクト。この高さから落ちたら、打ちどころが悪ければ死ぬ。多くの町の住人を犠牲にしたので、同情の余地はないが。

 かんざしから黒い霧状のものが飛び出し、人の形へ。黒由佳だ。気を失っている。まずい、こんなところで変化が解除とは。
 しかも、わたしも意識が朦朧としてきた。
 普段のわたしなら問題ない。しかし、この高さから無防備に落ちれば、ケガだけでは済まない。
 
 ダメだ、身体の自由が効かない。
 このまま地面に激突して……最後に聴こえたのはセプティミアの歌か──。



 目を覚ましたとき、周囲は明るかった。いつの間にか夜が明けていたのか。
 この場所は……見覚えがある。セプティミアの馬車の中だ。
 横では黒由佳がわたしの肩に寄りかかって寝ている。
 
 ふたりとも無事なようだ。どこもケガしていない。
 馬車のドアがガチャリと開き、セプティミアが得意そうな顔でわたしに説明をはじめた。

 鐘塔の下。地面の落下地点には、セプティミアが造り出したヘルメット軍団が何体も積み重なってクッションの役目をしてくれたらしい。  
 落ちるときに聴こえたのはそのための歌だったのか。むう、デカイ借りを作ってしまった。

 落下して重症を負った《屍術師》ベネディクトはかろうじて息があったのだが、クレイグがトドメを刺したらしい。あいかわらず容赦がない。

 町の住人のゾンビ化は解けたが、やはりクレイグの銃弾やら鉄兜のハンマーやらで破壊されたゾンビはそのまま死体となってしまったようだ。

 町の惨状に驚く人々を尻目に、面倒なことを聞かれる前に町を出てきたらしい。それでいいのか……。

 わたしはフラつきながら馬車の外へ。頭が……痛い。くそ、これが二日酔いか。なんで一滴も飲んでないわたしがこんな目に。

 外ではクレイグが石の上に腰掛け、銃の手入れをしていた。
 腰の二丁拳銃はショットガンなどと違い、願望の力で取り出すモノではなく初期装備らしい。
 
 わたしに気づくと、こちらに何かを放り投げる。それは卵型のカプセルだった。
 これは、もしかしたら《レッサーパンダラー》間宮京一の……どうしてコイツが持っているのか。

「お前らが町に来る前に、やりあったからな。そんときに落としていきやがった。お前らの仲間が入ってんだろ」
 
 なんと、あの間宮京一と戦ったのか。コイツの好戦的な性格が吉と出たか。
 勝負の途中で、あのゾンビ騒ぎに巻き込まれたようだ。ともかく、ひとりの仲間を取り戻したことになる。さっそくカプセルを開けなければ。

 底のほうがへこんでいて、奥にスイッチがある。これを押してみよう。
 カチリと押してみる。これはアレだ。中に入っている人物次第で、これからの戦いの優位さが変わる。
 どうか、《アライグマッスル》じゃありませんように……!

 
 

 
    
しおりを挟む
感想 34

あなたにおすすめの小説

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

【完結】婚活に疲れた救急医まだ見ぬ未来の嫁ちゃんを求めて異世界へ行く

川原源明
ファンタジー
 伊東誠明(いとうまさあき)35歳  都内の大学病院で救命救急センターで医師として働いていた。仕事は順風満帆だが、プライベートを満たすために始めた婚活も運命の女性を見つけることが出来ないまま5年の月日が流れた。  そんな時、久しぶりに命の恩人であり、医師としての師匠でもある秋津先生を見かけ「良い人を紹介してください」と伝えたが、良い答えは貰えなかった。  自分が居る救命救急センターの看護主任をしている萩原さんに相談してみてはと言われ、職場に戻った誠明はすぐに萩原さんに相談すると、仕事後によく当たるという占いに行くことになった。  終業後、萩原さんと共に占いの館を目指していると、萩原さんから不思議な事を聞いた。「何か深い悩みを抱えてない限りたどり着けないとい」という、不安な気持ちになりつつも、占いの館にたどり着いた。  占い師の老婆から、運命の相手は日本に居ないと告げられ、国際結婚!?とワクワクするような答えが返ってきた。色々旅支度をしたうえで、3日後再度占いの館に来るように指示された。  誠明は、どんな辺境の地に行っても困らないように、キャンプ道具などの道具から、食材、手術道具、薬等買える物をすべてそろえてた。  3日後占いの館を訪れると。占い師の老婆から思わぬことを言われた。国際結婚ではなく、異世界結婚だと判明し、行かなければ生涯独身が約束されると聞いて、迷わず行くという選択肢を取った。  異世界転移から始まる運命の嫁ちゃん探し、誠明は無事理想の嫁ちゃんを迎えることが出来るのか!?  異世界で、医師として活動しながら婚活する物語! 全90話+幕間予定 90話まで作成済み。

チート魔力はお金のために使うもの~守銭奴転移を果たした俺にはチートな仲間が集まるらしい~

桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。 交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。 そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。 その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。 だが、それが不幸の始まりだった。 世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。 彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。 さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。 金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。 面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。 本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。 ※小説家になろう・カクヨムでも更新中 ※表紙:あニキさん ※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ ※月、水、金、更新予定!

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

俺たちYOEEEEEEE?のに異世界転移したっぽい?

くまの香
ファンタジー
 いつもの朝、だったはずが突然地球を襲う謎の現象。27歳引きニートと27歳サラリーマンが貰ったスキル。これ、チートじゃないよね?頑張りたくないニートとどうでもいいサラリーマンが流されながら生きていく話。現実って厳しいね。

処理中です...