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第1部 剣聖 羽鳴由佳
103 女神と魔女、そして勇者
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「この子の負の感情が、魔物を……」
目の前に浮かんでいる少女。その純真無垢な寝顔から魔物と結び付かない。
「今は休眠期……でも、彼女の悪夢から魔物は続々生まれ続けていたわ。もう少しで取り返しがつかなくなるところだった」
「カーラさんが抑えてくれたんですね。もう大丈夫なんですか?」
「ひとまずはね。でも、いずれはまた抑えきれなくなるわ。この世界は周期的にこうした危機に見舞われているけど……今回は特にひどい。前回の魔王の時よりも」
魔王……《女神》の事といい、溢忌のデタラメではなかったのか。
「彼女は自身の生み出した魔物……魔王を倒すためにさらに人間を喚んだわ。その中のひとりが葉桜溢忌」
カーラさんは目を細め、《女神》シエラを見上げる。
「勝手だと思うでしょう……自ら生み出した魔物を倒すために願望者を喚ぶなんて。でも、彼女もこの世界を守るのに必死だった」
カーラさんはシエラを見ながら親指の爪をカリッ、と噛んだ。
「ただ……彼女の過ちは……あの男を──葉桜溢忌を愛してしまったこと」
《女神》からチートスキルをありったけもらったとは、こういう意味だったのか。葉桜溢忌は本当に《女神》の加護を受けた勇者だったのだ。
「あとは知っているでしょう。あの男が何をしたか。魔王は倒したけれど、わたしやシエラはあの男を許すわけにはいかなかった。でもシエラは休眠期に入り、わたしもあの男と真っ向から戦うわけにはいかなかったの。お互いの力が強すぎて世界を破壊してしまうから。そう、《覇王》黄武迅が現れるまでは」
カーラさんは杖を振ると、空中にゴツい槍が現れた。
無数のキズやへこみのある、使い込んだ鋼色の槍……わたしはこれを見るのは、はじめてではない。
「これは、《覇王》の……?」
「ええ。鋼竜を倒したときに紛失していたモノ。探すのを頼まれていたのをこの前、思い出したの。《覇王》はもういないけれど……あなたに託すわ」
「そんな、わたしなんかが……」
本来はナギサが受けとるべきものだ。そのナギサも死んでしまったが……。
カーラさんはいいから、とわたしに槍を手渡す。
「《覇王》黄武迅自ら鍛え、願望を込めた槍。今のあなたなら刀に変化させて使うこともできるわ。それともうひとつ」
カーラさんはわたしの髪、そして簪に撫でるように触れた。
わたしのお腹の辺りにぽうっ、と何か温かいものが灯った。これは……?
「……黒由佳ちゃんが完全に消える前に残した、願望の欠片。でも、元々はあなたの一部なんだから。本当はもう、この簪も必要ないの。それだけは覚えておいて」
カーラさんは《女神》シエラ=イデアルに話しかける。
「そろそろ行くわね、シエラ。決着をつけに──あなたの悲しむ結果になるかもしれないけど……その時はまたここに来るから。寂しい思いはさせないから」
シエラが答える事はない。しかし、その身体から発せられる光が返事をするように軽く瞬いたように見えた。
「由佳ちゃん、戻りましょう。旧王都、葉桜溢忌の宮殿へ」
「え、待って。まだ心の準備が──」
わたしの返事も待たず再びパアッ、と目の前が明るくなる。
周囲は薄暗く、空気の淀んだような重い空間。戻ってきた。あの宮殿へ──。
葉桜溢忌は階段に腰かけて待っていたようだ。
突然わたしが消え、そして再び現れたことにまったく驚く様子はない。
いや、わたしなんか見てもいない。隣にいるカーラさんを睨みつけている。
「来たっスね。《紅玉の殲滅者》カーラ。待ってたっスよ」
「随分と古いその二つ名……わたし自身忘れていたわ……溢忌、あなたを再び倒す。いえ、今度は完全に消滅してもらう」
「かつての仲間にヒデーっスね。あ、それよりいい加減この呪い、解いてほしいっス。俺、魔物のカテゴリーなんスよ。カッコわりい」
溢忌がピピッ、とステータスウインドウを出してみせる。
「《封魔士》の能力を持つ黄武迅を見つけた時に思いついた、わたしの苦肉の策……以前、あなたを倒すための唯一の方法だった。そうね、もう必要ないわね」
カーラさんは杖の先を溢忌に向ける。
ステータスウインドウを見つめていた溢忌が歓喜の声をあげた。
「おっ! やったっス! 魔物の表示が消えたっすよ。いや、さすがっスね……あれ、他になんかイジッてないスか?」
テンションの高い声から次第に不機嫌に。カーラさんはウィッチハットのつばを押さえながら歩きだした。
「ええ、代わりに自動復活のスキルを消したわ。今回は正攻法であなたを倒す。もう二度と復活しないように」
「……あいかわらず厄介っスね、その書き換えのスキル。でもムダっスよ。俺に勝てるヤツなんていない。それともアンタが相手なんスか? この世界をブッ壊してでも決着をつけるんなら話は別っスけど」
「いいえ、あなたを倒すのは彼女。《剣聖》羽鳴由佳よ。由佳ちゃん、あなたの力を開放して。少し時間がかかるかもしれないけど」
「あ……は、はい。やってみます」
わたしはまず《覇王》の槍に願望の力を込めた。
目の前に浮かんでいる少女。その純真無垢な寝顔から魔物と結び付かない。
「今は休眠期……でも、彼女の悪夢から魔物は続々生まれ続けていたわ。もう少しで取り返しがつかなくなるところだった」
「カーラさんが抑えてくれたんですね。もう大丈夫なんですか?」
「ひとまずはね。でも、いずれはまた抑えきれなくなるわ。この世界は周期的にこうした危機に見舞われているけど……今回は特にひどい。前回の魔王の時よりも」
魔王……《女神》の事といい、溢忌のデタラメではなかったのか。
「彼女は自身の生み出した魔物……魔王を倒すためにさらに人間を喚んだわ。その中のひとりが葉桜溢忌」
カーラさんは目を細め、《女神》シエラを見上げる。
「勝手だと思うでしょう……自ら生み出した魔物を倒すために願望者を喚ぶなんて。でも、彼女もこの世界を守るのに必死だった」
カーラさんはシエラを見ながら親指の爪をカリッ、と噛んだ。
「ただ……彼女の過ちは……あの男を──葉桜溢忌を愛してしまったこと」
《女神》からチートスキルをありったけもらったとは、こういう意味だったのか。葉桜溢忌は本当に《女神》の加護を受けた勇者だったのだ。
「あとは知っているでしょう。あの男が何をしたか。魔王は倒したけれど、わたしやシエラはあの男を許すわけにはいかなかった。でもシエラは休眠期に入り、わたしもあの男と真っ向から戦うわけにはいかなかったの。お互いの力が強すぎて世界を破壊してしまうから。そう、《覇王》黄武迅が現れるまでは」
カーラさんは杖を振ると、空中にゴツい槍が現れた。
無数のキズやへこみのある、使い込んだ鋼色の槍……わたしはこれを見るのは、はじめてではない。
「これは、《覇王》の……?」
「ええ。鋼竜を倒したときに紛失していたモノ。探すのを頼まれていたのをこの前、思い出したの。《覇王》はもういないけれど……あなたに託すわ」
「そんな、わたしなんかが……」
本来はナギサが受けとるべきものだ。そのナギサも死んでしまったが……。
カーラさんはいいから、とわたしに槍を手渡す。
「《覇王》黄武迅自ら鍛え、願望を込めた槍。今のあなたなら刀に変化させて使うこともできるわ。それともうひとつ」
カーラさんはわたしの髪、そして簪に撫でるように触れた。
わたしのお腹の辺りにぽうっ、と何か温かいものが灯った。これは……?
「……黒由佳ちゃんが完全に消える前に残した、願望の欠片。でも、元々はあなたの一部なんだから。本当はもう、この簪も必要ないの。それだけは覚えておいて」
カーラさんは《女神》シエラ=イデアルに話しかける。
「そろそろ行くわね、シエラ。決着をつけに──あなたの悲しむ結果になるかもしれないけど……その時はまたここに来るから。寂しい思いはさせないから」
シエラが答える事はない。しかし、その身体から発せられる光が返事をするように軽く瞬いたように見えた。
「由佳ちゃん、戻りましょう。旧王都、葉桜溢忌の宮殿へ」
「え、待って。まだ心の準備が──」
わたしの返事も待たず再びパアッ、と目の前が明るくなる。
周囲は薄暗く、空気の淀んだような重い空間。戻ってきた。あの宮殿へ──。
葉桜溢忌は階段に腰かけて待っていたようだ。
突然わたしが消え、そして再び現れたことにまったく驚く様子はない。
いや、わたしなんか見てもいない。隣にいるカーラさんを睨みつけている。
「来たっスね。《紅玉の殲滅者》カーラ。待ってたっスよ」
「随分と古いその二つ名……わたし自身忘れていたわ……溢忌、あなたを再び倒す。いえ、今度は完全に消滅してもらう」
「かつての仲間にヒデーっスね。あ、それよりいい加減この呪い、解いてほしいっス。俺、魔物のカテゴリーなんスよ。カッコわりい」
溢忌がピピッ、とステータスウインドウを出してみせる。
「《封魔士》の能力を持つ黄武迅を見つけた時に思いついた、わたしの苦肉の策……以前、あなたを倒すための唯一の方法だった。そうね、もう必要ないわね」
カーラさんは杖の先を溢忌に向ける。
ステータスウインドウを見つめていた溢忌が歓喜の声をあげた。
「おっ! やったっス! 魔物の表示が消えたっすよ。いや、さすがっスね……あれ、他になんかイジッてないスか?」
テンションの高い声から次第に不機嫌に。カーラさんはウィッチハットのつばを押さえながら歩きだした。
「ええ、代わりに自動復活のスキルを消したわ。今回は正攻法であなたを倒す。もう二度と復活しないように」
「……あいかわらず厄介っスね、その書き換えのスキル。でもムダっスよ。俺に勝てるヤツなんていない。それともアンタが相手なんスか? この世界をブッ壊してでも決着をつけるんなら話は別っスけど」
「いいえ、あなたを倒すのは彼女。《剣聖》羽鳴由佳よ。由佳ちゃん、あなたの力を開放して。少し時間がかかるかもしれないけど」
「あ……は、はい。やってみます」
わたしはまず《覇王》の槍に願望の力を込めた。
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