私は悪い魔法使いだ

木の実

文字の大きさ
8 / 10
魔法使いと役目

本当の悪魔[2]

しおりを挟む
「あなた…。」


写真と全く同じ茶色の髪にぼろぼろの青いワンピース。
早く殺しておいてねといったメリッサの言葉が何度も頭に響いている。
役目を果たさなければ。
心だけがそう動いてはいるものの、体は根をはったかのように動かない。

少女はじっとアデレードを見つめたかと思えば、そらし、また見てを繰り返していた。
そして、口を開く。

「…あ、の…お、母さん…とても綺麗な人…ここにこなかったで…すか…。」

ひどくかすれた声。
さっきまで激しく動いていた心臓が落ち着いていく。

「…来ましたけど…綺麗ではなかったので、あなたの母親ではないかもしれませんね。」

気付いたらそう言っていた。
少女は残念そうにうつむく。

この子はどうして母親を慕うような事をいうのか。服の破れた部分から見える肌にいくつもの生傷に、痩せこけた枯れ枝のような手足。
誰が見ても分かるほどにひどいことをされてきたのだろう。実際母親は邪魔もの扱いしているのに。
殺すのは色々と知ってからでいいだろうとアデレードは自分に言い聞かせた。

ちゃんと役目を果たすから。お母さん…



アデレードは少女を店に入れて、今朝沢山作ってしまったバナナヨーグルトと、簡単にパンを焼いて少女に出した。
少女は目をきらきらとさせ、食べてもいい?と言うようにアデレードを見つめる。
少し笑ってやると幸せそうに食べ始めた。

胸がちくりと痛む。

少女はあっという間にたいらげてしまった。

「あり…ありがとうございます。」
わずかに声が形を取り戻したかのようだった。

「あなたの名前を聞いても?」

「…ルアです…ルア・シュディー…。」

メリッサと同じ名字だ。

かすかな間違いだろうという希望はあっさりとくだかれてしまった。
あまり期待などしていなかったが。

「私、あなたのお母さんの話が聞きたいわ。」

無意味な事を聞いたなと思う。
どっちにしろ、この子は死んでしまう。
アデレードが役目を放棄したところで、母親に始末されるだろう。

どうせすぐに殺すことはできない。体が言うことを聞かないのだ。それだったら知りたいことは聞いてもいいはずだ。

少女が、ルアの口元が緩む。

「お母さん…とても綺麗で…優しくて…ルア、この前11歳の…誕生日だったんです。お…母さん…あんまり…一緒にいれないけど…その…日は帰ってきてくれ…て…凄く元気で…きれいな服着てて…。」


かすかすの声をなんとか聞き取る。それと同時に、もう聞きたくないとも思ってしまう。

「…それなのに…ルア…悪い子だから…自分の部屋から出ちゃいけないって言われてたのに…出ちゃって…おかえりって言ったんです…そしたら…お仕置きされちゃった…せっかくお母さん…帰ってきてくれたのに…ルア…ルアのせい…。」

ルア目から涙がぽろぽろとこぼれてくる。小さい体を一人で抱き、うつむく。今にも崩れてしまいそうだ。

「ルア…謝りたかったんです…。だから…だめって言われてたけど…お母さん…追いかけて来たんです…。あ…ばれちゃったら…また…怒られちゃう…優しい…お母さん…傷つけちゃう…。」


こんなにも悪い気分になったのは久しぶりだった。
ルアの話しで色々とつながった。
おそらく機嫌がよかった日というのは、貴族とやらに求婚された日だったのだろう。きれいな服は贈り物で、帰ってきたのは荷物をまとめ、出ていく準備をしにいったに違いない。
その日が娘の誕生日だなんて、心の隅にもなかったはずだ。
これが、優しいと。
自分が悪い子だというのか。

「…ルア…あなたは…お母さんに似て優しいのね…あまり自分の事を責めては駄目よ。」

ルアは、はっとして顔をあげる。

「次は、あなたの事が聞きたいわ。教えてくれる?好きなものは?」


ルアは涙をふいて、うんと言って笑った。

それから二人は少し話をした。もうすぐで昼になるころ、小さなお茶会は幕をおろした。


「さようなら…ありがとうございます…えっと…」

帰り際にルアは丁寧にお辞儀をする。

「…私はアデレードよ。それと、敬語はいいわ。ルア。」

ルアの目がぱっと輝く。

「ばいばい!アデレード!」

出会った時のかすれた声はどこへいったのかと思うほどに色ずいていた。
大きく手を振りながら、市街地の方へと帰っていった。
メリッサは帰る時、上層区の方へ向かっていった。帰って母親と鉢合わせることはないだろうと思い返し、胸を撫で下ろす。


ソファに座り、もたれかかる。
今日はひどく疲れた。



「なんで殺さなかったの?」


頭の中に直接響いてくる声。

もたれていた背を離す。

「ユリス…」

なんで…。
それ、が釘のようにアデレードの胸に刺さった。

「始めて殺しの依頼を引き受けたから、役目を理解したのかと思ったのに。まあ、あの客は強引だったけどね…。」


役目…。

駄目だ…また呪いが心を蝕んでいく。

「…また同情なんかしてるの?君は、悪魔なのに。いつだって人の不幸や憎しみが大好物な。」

弾かれたように立ち上がる。
息が荒くなり、汗も出てくる。

「違う…!私は、違う!そんな…ものじゃ…」

「…そうだね…熱くならなくても、君がただ怖い事は分かっているよ。でも…そうやって逃げていると、僕は満足できない。」


どくどくと脈うって、がんがんと頭が殴られているようだ。

「ユリスは…私に殺しをしてほしいの?」

「それが僕の望みだったらしてくれる?」

する、と言えない。

ずっと自分のしてしまったことを償いたかった。
ユリスの幻影が現れたのは、過去の事を償わせるためだと、アデレードは思っていた。
だから、ユリスの望みなら引き受けたいと思うし、そうするべきだ。
そう、頭では分かっている。あっているか間違っているかなんて関係ない。
それなのにどうして言えない。

動け、動け動け、すると言え!

「駄目だよアデレード…分かっているよね?考える時間なんてないんだよ。」

太陽が雲に隠れ、外が暗くなってきた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

真実の愛を見つけたとおっしゃるので

あんど もあ
ファンタジー
貴族学院のお昼休みに突然始まった婚約破棄劇。 「真実の愛を見つけた」と言う婚約者にレイチェルは反撃する。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない 

堀 和三盆
恋愛
 一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。  信じられなかった。  母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。  そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。  日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。

失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた

しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。 すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。 早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。 この案に王太子の返事は?   王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

処理中です...