戦斧の令嬢はお兄様との結婚を熱望する

閑人

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1 紅色の髪、金色の瞳

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 アディライ国の王は自分の目を信じられなかった。

 「何故ここに…チャリオットが…」

 王宮での舞踏会の最中、目の前に飛び込んで来たのは天馬が引く金色に輝くチャリオット…昔の戦車…だった。夜会服やドレスで着飾った貴族たちを薙ぎ倒すように現れたチャリオットから従者と思しき黒髪の男性が降り、その彼に丁寧にエスコートされた主人らしき1人の人物が静々と歩みを進めてこちらに向かってくる。

 燃えるような紅色の髪、金色の瞳…

 「…戦神カリルの器…」
 
 王の口から呟きがもれる。

 そしてその主人らしき人物はとうとう王の前に現れ、美しい〝カーテシー〟をした。

 「お初にお目にかかり光栄です。辺境伯ステファン・ローデリーの娘マリー・ ローデリーと申します」

 目鼻立ちが辺境伯に良く似ているその彼女は口元だけは微笑みを浮かべていたが、王を見つめる目には冷たさと凄みがあり、王はその瞳に射抜かれたような気がした。

 「本日は当代の戦神の器はこの私であるとお伝えするために王宮へ参上いたしました」

 その冷たい視線はその場に腰を抜かしていた貴族たちにも注がれた。それでも王はまだ信じられなかった。女性が戦神の器だとは。

 「そ、そんなバカな…」

 「あら?この顔やチャリオットを見ても信じていただけない?では」

 マリーは手を上にあげた。すると頭上の空間が歪みそこから何かがゆっくりと降りて来た。

 「…それは戦斧!」

 降りて来たのは真っ赤な戦斧だった。それは彼女の背丈より頭2つ分は長く、刃の部分は大人の頭3個分ほどの大きさの巨大な戦斧だった…そんな古代より神の使いし戦斧…その姿に恐怖のあまり気を失う者も現れるが、そんな状況には全く頓着せず、マリーは軽々と戦斧を一振りするとにっこりと微笑んだ。

 「これで信じていただけたかと。今日の御用はそれだけ…また御用ができたら伺いますわ、ご機嫌よう」

 そういうとドレスの裾を翻しチャリオットに戻ろうと一歩踏み出した。が、何かを思い出したかのように立ち止まり急に振り向いた。その目は燃えるように輝いている。

 「大事な事を忘れるところでしたわ。陛下、私の父への昔の発言、もちろん覚えていらっしゃいますよね?そして発言には責任が伴うという事も」

 口元は扇で隠してあるが多分笑っているのだろう。クスッと小さな声が聞こえてきた。

 「さ、帰りましょう、サファ。あまり長居するとお兄様に叱られてしまいますわ」

 従者にそう言うとショックのあまり動くことすらできない王や貴族たちを残して彼女はチャリオットで空中を滑走するように帰って行った。

 「責任…あの事か…」

 取り残された王と貴族たちは10年前のことを思い出し、真っ青になっていた。


 ーーー

 数百年ほど前、この国の始祖であるアーデルはとある戦争で全滅一歩手前の状況に陥っていた。その時、天馬が引く一台の金色のチャリオットが空から降りて来た…そこには紅色の髪、金色の瞳の戦神カリルが乗っており、アーデルの覚悟を試すかのようにこう言った。

 「この戦勝ちたいか?」

 アーデルに迷いはなかった。

 「…勝ちたい!私と一緒に戦ってくれる者たちのために!そして皆の暮らしを守りたい!」

 「うむ気に入った。お前に私の力を貸そう」

 と言うと戦神はどこからか真っ赤な戦斧を取り出して敵に向かって1人突撃していき、1時間もしないうちに全ての敵を倒していた。戦いの後、カリルはアーデルにこう言った。

 「これからも必要とあれば私の力を貸してやろう。が、神である私自身は軽々に下界に降りる事は難しい。よって私の分身として力を持つ人間…〝器〟を持つものがお前の国に生まれるようにしよう。力が必要な時にはその人間を頼るがいい」

 「〝器〟でございますか…ありがとうございます。しかしその人間をどう見分けたらよろしいのですか?」

 「そうだな…私のような紅色の髪、金色の瞳。そしてこれと同じチャリオットと戦斧が使える人間を〝器〟と思え。…私の分身だ、ゆめゆめ粗雑に扱うでないぞ」


 それ以来この国では戦神の器を持つ〝男子〟が生まれ続けた。それは貴族であったり、一般市民であったりと様々であったが、途切れる事はなかった。しかし先代の戦神の器だった方が亡くなって5年以上経ったこの時点で次の器が現れたという話はまだ聞こえてこなかった。

 『もはや戦神のご加護がなくなったのでは…』
 
 そう言った声があちこちから聞こえてきて王は追い詰められていた。

 そんなある日滅多に王宮に来ない辺境伯が王に急ぎ伝えたいことがあると現れた。

 「陛下、我が家に戦神の器の者がおります」

 待ちかねたその言葉!これでこの国は安泰だと思った王のその希望を次の言葉が打ち砕いた。

 「我が家の〝長女〟マリー、5歳でございます。お伝えするのが遅れて申し訳…」

 「たわけ!辺境伯お前耄碌したのか?戦神の器が娘だと?そんなわけあるか!…私を騙すつもりか!」

 王は心底腹が立ち、怒鳴りつけた。

 「決してそんな事は…私も疑問に思い生まれてから今まで娘の様子を見ておりましたが…先日チャ…」

 辺境伯は言葉を続けたが、王はもはや話を聞く気はなかった。

 「黙れ!この痴れ者!私の目の前から消え失せろ!2度とその顔を見せるな!」

 辺境伯が周りを見渡しても王の怒りを前に恐れおののき他の貴族たちは助けてはくれなかった。それどころか

 『やはりお年を召されると…』
 『陛下の言う通り女子なわけなかろう…』
 『辺境伯はおかしくなられてしまったのか?』

 王に迎合し侮蔑や憐れみの表情を浮かべているばかり。

 『今まで辺境伯として色々国に貢献してきたのに話すらも聞いてもらえぬとは…無念だ』

 彼は唇を噛み締め、悲しみの表情を浮かべ王宮を去っていった。

  ーそれが10年前の事…未だに戦神の器は現れていなかった。皆もう諦めていたのに…

 「まさか辺境伯が本当の事を言っていたなんて…」

 当時あの場にいた貴族たち、そして王は立ち尽くすばかりだった。


 ーーー

 数日後、辺境伯ローデリー家の屋敷内で廊下を走る音がしていた。

 「だれ?廊下を走る無作法な人は…お兄様に叱られる前に注意してこようかしら?」

 とマリーはサファに言ったが

 「マリー様がこの屋敷で1番無作法なので叱られるのはあなたですよ」

 ソファーで寝っ転がってお菓子を食べてるマリーを見つめながら、側に控えているサファが皮肉っぽくそう返した。しかしその苦言はマリーの右耳から入って左耳へ抜けてしまい、頭には全く残らなかった。

 「このクッキーサクサクで最高。もう少し追加してもらえるかしら?あとお茶も…」

 その言葉が終わらないうちに、ノックもなしにドアが勢いよく開けられた。

 「マリー!君は何をしたんだ!」

 入って来た無作法者はマリーの兄のアランだった。怒髪天の勢いだ。

 兄…と呼んではいるもののアランの本当の続柄は〝従兄弟〟だ。10歳年上の彼はマリーの母の妹の子であるが、彼の母親が亡くなったとほぼ同時に父親が妾との再婚を宣言したので居場所がなくなり、このローデリー家で引き取ったのだった。本人の希望で養子縁組はしていないが、ここ数年は〝体調不良〟の辺境伯の代行をしておりとても忙しそうだ。

 が、マリーにとっては兄だろうと従兄弟だろうと代行だろうとそれらは全て些細な事らしく何となく昔のまま〝お兄様〟と呼び続けている。

 しかし堅物を絵に描いたようなアランがマナーも忘れるほど怒るのは珍しい。

 「あら、お兄様?どうしたの?」

 その剣幕にさすがのマリーもソファーから飛び起きた。

 「こんな手紙が早馬できたのだ。マリー何をしたんだ!答えなさい!」

 とアランは手に持っていた手紙をマリーに渡した。彼女は中身を見ずにその紙をそっと撫でた。

 「あら、いい紙…うちのヨハン工房の特別注文の紙ですわね」

 この土地は紙の原料となる木が育つのに適した気候なので、良質な紙を作る工房がたくさんある。ヨハン工房はその1つだ。

 「そこでは無い、中身だ中身。陛下直筆の手紙だぞ」

 中身を読んだマリーは足をばたつかせ爆笑した。淑女らしからぬその姿はこのお屋敷では珍しくも無いので誰も驚いたりはしなかった。

 「『四大公爵家の息子のうち誰かを婿にしろ』だって。見てサファ!あの人たちまだ自分たちが命令する側だと思っているのね」

 「どれどれ確認を…うーん、結婚相手の選択肢としてお名前の書いてある方々はどれも四大公爵家直系の方では無いですね。傍系なのか慌てて養子をとったのか…どっちにしてもかなり舐められてますね。はい、アラン様お返しします」

 サファはポイっと手紙をアランに放り投げた。アランは落とさないように慌てて受け止める。

 「投げるな!陛下からの手紙だぞ」

 サファは憮然とした表情を隠しもせずマリーと同じ金色の瞳を光らせてアランに告げた。

 「…何度も言ってますが私はカリル様からマリー様の為に遣わされた者です。なので、私にとって大事なのはカリル様とマリー様〝だけ〟。他の方はどうでもいいのですよ…例えそれが王であろうともね」

 サファはマリーがチャリオットを使えるようになった5歳の頃に突如現れた戦神の遣いだ。マリーが女性なばかりに神の器と認めてもらえない事を戦神カリルは不憫に思い、マリーに仕える者としてサファを遣わしたのだった。なので彼はマリー以外の誰の言うことも聞いてはくれない。

 「えーっとお兄様の質問の答えは〝デビュタントの前倒しをしました〟ですわ。王宮にチャリオットで乗り付けて陛下と面会を」

 それを聞いて頭を抱えるアラン。

 「…チャリオットで乗り付けただと?その上陛下と面会を?君のデビュタントは来月だ…そこに私と一緒に行って君が戦神の器だと陛下にお伝えする予定だったろう?」

 「もう15歳になったのだから大人ですよね、私。だから一刻も早い方がよいかと…何か問題でも?」

 あの王宮に乗り込んだ日がマリーの15歳の誕生日だった。国法によると15歳になるとほぼ大人と同じ権利が認められることになっている。ならば自分1人で陛下に面会を求めても良いとマリーは判断したらしい。

 「だからと言って勝手に…君の突拍子もない行動には慣れていたはずだが…頭が痛い…」

 とうとうアランはソファーに崩れ落ちるように頭を抱えたまま座り込んでしまった。

 「大丈夫ですかお兄様?でも国法の定めによると〝戦神の器を持つ者はいつでも王と面会ができる〟となってますわ。だから私は間違った事はしていません」
 
 マリーはツンとした顔でそっぽを向いた。それを見たアランは深いため息をついた。

 「…まあもうやってしまった事はどうしようもない。で、どうする?一応お見合いするかい?お相手にも面子というものがあるだろうから門前払いはちょっとアレだし…ひょっとしたら君に合う人がいるかもしれない」

 彼のその言葉でマリーはますます不機嫌になった。

 「面子…ですか。では私が陛下にお返事を書きます、サファ、ペンと便箋を…あ、その上質なのは勿体無いから、そちらの普通のを」

 サファがその指示通り普通の便箋を渡そうとしたのをアランは即座に押し留め、1番上質な便箋をマリーに差し出した。

 「勿体無い…」

 彼女はぶつぶつ文句を言いつつも、素直にそれを受け取りペンを走らせた。

 「できました!サファ、これをそのまま陛下に届けて。あとは向こうで考えてもらいましょう」

 そこには一行だけ

 〝私は私より強い者としか結婚しない〟

 と書かれてあった。
 
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