浅葱色の桜

初音

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浪士組の知らせ③

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 しかし、さくらが向かった先は、試衛館ではなかった。なんとなくこのまま帰って勇と顔を合わせるのが気まずいと思ってしまい、宛てといえばここしかなかった。
「おや、さくらさん、どうされました?」
 山南は少し驚いたような顔をして、さくらを出迎えた。ここは、山南が住んでいる長屋である。
「申し訳ありません、今夜、こちらに泊めていただけませんか」
「ここに、ですか?いったいまた何故…」
 さくらは山南に事情を説明した。山南は、「そうですか」と言ってさくらを中に招き入れた。
 山南は、簡単にお茶を入れると、さくらに手渡した。さくらはお茶を一口飲んで息をついた。
「さくらさんがこちらに泊まるのであれば、私は今日試衛館の方に世話になりますね」
「えっ」山南を追い出すような形になってしまうことに、さくらは今更罪悪感を覚えた。
「すみません、ご迷惑をおかけしてしまいますね…確かに、私が泊まったら手狭になってしまう」
「手狭、確かに、そういうこともありますが、やはり夫婦でもない男女が同じ長屋で夜を明かすわけにもいきませんからね」
 言われて、さくらは、「ああ」と思った。
 ―――結局、私は女なのだ。
 たとえ色気のない雑魚寝であっても、男と同じ部屋で寝るのに、覚悟がいる。
 髪を切るのだって、本当はまだ、少し抵抗がある。
「男装して男として生きる」からには、もう振袖や女ものの着物に袖を通すことはない。
 どうして、男たちにとっての「当たり前」のことに合わせるのに、女の私はこんなにも覚悟ばかりを求められるのか。
 そう思ったら、なんだか泣けてきた。
「さくらさん?」
 山南が、優しく声をかけた。
「山南さん、どうして私は女子なんでしょうね」
 さくらの問いに、山南は答えない。
「困らせることを言って申し訳ありません。ただ、女子というだけで、皆と同じ土俵にすら上がれないのが、土俵に上がるために乗り越えるものが多すぎる…」
「さくらさん」
 山南の優しい眼差しを、さくらは直視できなかった。
「確かに、あなたは私たちより、土俵に上がるのに苦労を要するでしょう。しかし、日本広しといえど、その土俵に上がれる女子はさくらさんしかいないと、私は思います」
「山南さん…」
「大丈夫。さくらさんは、武士になれますよ」
 さくらは、なんだかよくわからないが、心臓の鼓動が速くなるような気がした。そして、体中がじんわりと暖かくなった。これはお茶のせいかもしれないが。
「ありがとうございます」
 さくらがそう言うと、山南は少し思案顔をし、やがてこんなことを言った。
「やはり、今日はここで二人で寝ましょう」
「へっ?」とさくらは素っ頓狂な声を上げ、危うくお茶を零しそうになった。最初に泊めてくださいと言った時は当然にそういうものだと思っていたが、「夫婦でもない男女が」の台詞を聞いたあとだと、急に恥ずかしくなってきた。
「先ほども申しましたが、京へ行く道中、当然男と相部屋で寝ることもあるでしょう。今から慣れておくのも手かと」山南はさらりと言った。
「そ、そうですね…」
 さくらは断る理由を見つけることができなかった。

 一方試衛館では、勇たちがさくらの行方を心配していた。
「おれより先に行っちまったから、絶対先に着いてると思ったんだがなあ…」勇が心配そうに言う。
「サンナンさんのとこでも行ってんじゃねえのか。ここ以外にそこしか宛てなんかねえだろ」と左之助。
「ずっと昔、日野まで家出したこともあったけどなあ」源三郎が懐かしそうに言った。
「あ、山南さん!」
 平助の声に、全員が振り返った。
 土間の方に、山南が現れていた。
「山南さん、さくらそっちに行ってませんか」勇が尋ねた。
「ええ。来ていますよ」
「やっぱり」
「今日は、うちに泊まるらしいです。握り飯と漬物をいくらかもらっても?」
 山南はそう言うと、台所の戸棚や釜の中からせっせと食材を取り出して、包んでいった。
「ってことは、サンナンさんは今日はこっちに泊まるのか?」歳三が尋ねた。
「いいえ。私も長屋に帰ります」
 えっ!と全員が声を上げた。ひときわ大きい声を出したのが歳三であった。
「浪士組でやっていくためには、これ以降さくらさんを女子扱いしないのが一番ですからね」
 涼しい顔をして言う山南に対し、全員何も言えずあんぐりと口を開けるのみだった。
「サンナンさん」歳三が最初に言葉を発した。
「手ぇ出すなよ」
「当たり前じゃないですか」
 その言葉には少しだけ怒気を孕んでいたようにも見えた。

 その夜、さくらは眠れないでいた。
 寝返りを打てば簡単に触れてしまいそうな距離で、山南はすやすやと寝息を立てている。
 さくらは山南に背を向けて寝ていたが、そうっと体制を変えて山南を見てみた。
 すると、山南と向かい合う恰好になった。さくらはその寝顔をまじまじと見た。
 ―――寝顔、かわいい…
 ハッとして、何を考えているんだ、と思い直し、さくらは再び山南に背を向けた。
 ―――もし、山南さんに奥さんがいたら、このような感じなのだろうか…
 ……山南さんの妻なら……なってもいいかな…
 さくらは、がばっと体を起こした。
 幸い、山南は気づくことなく眠っている。
 ―――本当に、さっきから、私は、何を考えているのだ…
 心臓の音がうるさい。そのせいもあって、眠れない。
 胸が、苦しい。ざわざわするような、くすぐったいような、奇妙な感覚に襲われる。そう思った瞬間、いつだか里江に言われたことを思い出した。
『気づいてしまえば、胸が苦しくなってしまいますから』
 ―――里江が言っていたのは、このことなのか?だとしたら…
 さくらは、ついに気づいてしまった。
 こんな時に、どうして、自分は女子なのだ。
 これから私は武士になるのに。
 どうしてこんなにも、女子なのだ――― 
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