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原始・古代
幕間:零は美しく、つまらない
しおりを挟む「今は『こんばんは』で合うとる?」
振り返り麿だと気付いてから、ずっと強張った顔を晒してはる天満に聞く。
「ひっ!え…えっと……いつからこちらに?」
「いつからってー……」
ん?ちょっと待てよ……。
天満は何言うとるんや?
大盃から双子ちゃんのどっちか分からへんけど、その子が『お休みなさい』って言うとるのが聞こえたとこで来たんやけど、その前に後ろめたい会話でもしとったんか?
それに、天界は日時の概念が無うてずっと昼間みたいなもんやから、(過去の時間だと今は夜なんか?)って確認の意味で『こんばんはで合うてる?』って聞ぃただけやのに。変な男やな。
ま、なんかおもろそうやからほんまの事は濁しとこ。
「(つい)さっき来たとこやで。ちゃんと事前にメール送っとったんやけど、その調子じゃ見てへんやろうな」
天満の首に冗談で添えてた檜の杓文字で口許を隠して、含みを持たせるようにニンマリと笑いながら告げる。
「えぇっ!……メールっ!?」
「せやで」
天満はクッションから転げ落ち、そのままの勢いに四つん這いで斜め前のパソコンの方へと慌てて向かった。落ち着き。
それにしてもこの社、机が1つもないな……。パソコンも本の上に乗せとるだけやん。
……あ、何でか分かってしもたわ。
ひーちゃんの矢で全部壊れたんやろな。それに関しては少しだけ同情するわ。
焦ってパソコンの操作が上手く出来てへん天満の背中を見ながらそないな事を考えとったら、その背中が一気に丸まった。
「いっ…1時間前!?丁度池に水を汲みに行っていた時だ……」
「もうええから。そないなことより、天満は普段はそんな格好なんやね~。意外やわ」
「違っ!いやっ…違くは無いのですが!……はい、そうです」
会話が出来ひん呪いでもかけられとるんか?
別に部屋着が変だとはちっとも思ってへんのに。
ただ、青灰色のモコモコとした上下なんて着るんやねって意味で言うただけやのに。
「それにしても本やら木簡はぎょうさんあり過ぎやのに、他の物は全然無いんやね」
「あっ…ええと、学に関するもの以外特に必要が無いと言いますか…常に1人ですので特に困ることが無いと言いますか…それー…」
「何回『言いますか』言おうとしとねん!」
「もっ…!申し訳御座いません!」
全然話が広がれへんやん。やっぱ呪いか…?
それに、何回天満の旋毛見せられへんといけへんの。もう既に5回は見たで。
まったく……しゃあないな。いつまで経っても話が前に進まへんし、ここは年長者として歩み寄ってあげましょか。
芝生のような毛足の長い絨毯に正座をして手を着き、いつでも土下座が出来る姿勢になっとる天満の前に同じ目線になるようにしゃがみ、杓文字を天満の顎の下に当てながらにこやかに話す。
「天満、ひーちゃんの手伝うって申し出、断ったんやってね?あー…ちゃうちゃう!別に怒ってへんから。ひーちゃんに頼みたくない理由は聞かんでも分かっとるから。まぁ何て言うの?初めてここに来よったから挨拶として麿がやってあげるわ」
「そっ…それは畏れ多いですのでっ…!」
「大丈夫やから。これでも大御神やで♪」
杓文字を持ってへん左手の指を3回、天満の顔の3寸前で鳴らす。別に目の前で鳴らす必要は無いんやけどね。
パチンッパチンッパチンッ!
……鳴らす度に瞬きして可愛いとこあるな。
小さいもんや可愛いもん以外に【可愛い】思うたの初めてちゃうか?
この気持ちは何や……?
自分の中のよう分からんソワソワする感情に少し驚いとる間にも、周りはちゃんと動き出した。
「ちゃーんと上手くいったわ」
「え……?」
滅多に見られへん光景やろうから、天満の視界の邪魔にならへんように立ち上がって社の入口まで行く。
部屋の真ん中辺りでこっち向きに座り込んだまま、呆然と視線を空にさ迷わせてはる男に注意を促してから始めるとする。
「そこにおったままだと危ないんちゃう?」
「へ?」
パンッ!
「ひぃぃっ…!」
麿が手を打ち鳴らしたことで、室内をほぼ埋めつくしとった本やら木簡やらがみんな宙に浮き、本来あった場所めがけて一斉に飛んでいく。
これだけの量の移動は流石に圧巻やね。
「痛っ!うわぁっ……!ひっ…」
最短距離で戻ろうとするから、そりゃ中心に座ってはる天満に当たるわな。
お陰で身の危険を感じると自然に頭を手で守って蹲るもんなんやって分かったわ。はい、6回目の旋毛見えた。
「そや、机欲しいやろ?……ん?あらー…本棚もめげてたんか。本が壁際で浮いたままになってはるわ。机はサービスしたげるけど、本棚は有料やな」
「う、うわぁぁぁーっ!」
全く聞いてへんやん。
本がちょっと動いたくらいで恐慌状態にならへんでも。
ほんまにしゃあない男やな……もう勝手にやるで。
パンパァンッ!
ドンッドンッドンッ!
手を叩いて3つ巨大な本棚を出し、行き場の無かった本や木を片付ける。
そして、ちっとも動かへん天満の上と支えを無くしたパソコンの下に机を出す。
「これで終いやで」
ダンッダンッ!
「ひっ…!」
計算通り、机が亀の甲羅みたいになりよったわ。
久々に神さんぽい仕事した気ぃするな。
ちゃんと芝生みたいな絨毯に合わして、机も本棚も楢の無垢材に統一する抜かりの無さやしな。感謝するとええ。
「ほら、いつまでもそうしてんと見てみぃ」
「えっ…?は、はい!……痛っ!つ~~~~っ!」
「あほか……」
返事と同時に頭を思いきり持ち上げるから、机の縁にぶつけんねんで。旋毛7回目はもういれへんわ。
痛みに目を潤ませ苦しみながらも机の下からズルズルと這い出てきて、様変わりした自分の社に天満は徐々に目を見開いていった。
「本棚!?机!?本が本来の位置にちゃんと戻ってる!?えっ…そんな……これは幻なんだろうか……」
「ほんならしゃんと目を覚ましぃや」
社が荒れた事でどんだけヘコんどったねん。
天満のこの反応を見たら、達成感よりも驚きの方が勝ったわ。
「豊受大御神様!なんとお礼を申し上げれば良いかっ…!」
「ええからええから。別に善意のみでやった訳やないから、礼なんていらんわ」
麿の足に額を付けてお礼を言って来ようとせんといて。
これから会う度に、惨めな奴にしか見えんようになるから。
それに、このまま真下に居られると話しにくいし首が痛なるから。
尚も足下で礼を重ねてくる天満の頬を杓文字で軽く叩いて机の前に座るよう誘導して、麿も自分用の厚みのある芥子色の座布団を出し、天満の向かいに座った。
そして、目上のもんやからこっちから親しげに話す。
「一先ず戻って良かったな。拘りがあるんやったら、本棚も机も麿に気にせんと好きに変えてええからな」
「いえっ…!とても満足しております。前のはもう古く、天照様の事が無くとも直に壊れそうでしたので。で、その…本来の御用向きは何だったのですか?豊受大御神様がこの辺境にいらっしゃる理由が無いと思うのですが……」
「取り敢えずこのまま話すのもアレやから、お茶にせぇへん?」
何が悲しうてろくに会うたことも無い男と手ぶらで話さへんといけへんの?
「え?お茶…?」と狼狽えとる天満を無視して赤紫色が綺麗な萬古焼きの湯呑みと急須を出し、玄米茶を淹れる。ええ香りや。
麿を疑う理由はあらへんと思うけど、先に口を付けてみしてから促す。…ただとっとと飲みたかっただけとも言うな。
「い、いただきます…」
了承の頷きを返すと、天満は律儀にも両手で持って一口飲んだ。ずっと強ばってはった表情がぬくいお茶で幾分か和らいだようで良かったわ。
真新しい机に右肘をつき、掌に顎をのせながら先程の質問の答えを返す。…この社、結構居心地ええな。
「ここに来たんは借りを返しに来たのと、単純に天満に会うてみたかったからと、新たな催促しにやで。そや、あんたご飯食べとる?」
「借りって何ですか!?思い当たる節が全く無いんですがっ!……食事はそのー…神は摂らなくても平気なので…あっ!決して豊受大御神様の事を否定しているのでは無くてですねっ!余は常に1人ですので食に無頓着になってしまったと言いますか…」
「ま~た『言いますか』言うたな……もう飽きたし禁止な。まぁでも、天満の言いたいこともよぉ分かっとるよ。確かに神さんは[信仰]があれば飲まず食わずでも生きていけるわ。でも麿は、あんたのその食わへん事への言い分は間違えとると思うわ」
「間違い…?」
心底何でか分からへんって顔をしとる相手に瞬きで肯定の意を伝え、少し温度の下がったお茶を1口飲む。
これから言うんは余計なお節介で、麿の考えの一方的な押し付けに違いひん。でも、こう卑屈で小心者の辛気臭い勘違い野郎にはハッキリ言うてやった方が周りの為にもなるんや。
机に寄り掛けてた身体を起こし、袂から杓文字を出して真っ直ぐ天満の鼻っ先に向ける。
「勘違いも大概にしぃ。常に1人やて……?あんた自分から勝手に1人になってるだけとちゃうん?」
「ですが実際に1人ですし…現に何方も訪ねて来ません。自分で言ってて辛いものがありますけー…」
ブチィッ!
「やかましいわ。な~に受け身で待っとんねん。1人が嫌なら自分から会いに行けや!あんたん事、み~んな全然知らへんのやから行きようがあれへんやろ!」
何千年とずっと穏やか・おしとやかに暮らしてきたのに、こんなヒヨッ子の言葉で一気に頭にカ~ッて血がのぼってまうなんて、麿もまだまだやわ。
対する天満は麿の尤もな言葉を受けて、ぐうの音も出えへんのか向かいで震えながら身を縮こませとる。
これに懲りて高天原の神さん等と交流を持ったらええ。
そう思いながら突きつけてた杓文字を下ろし、腕を組みながら若輩者のこれからの行いに対する決意表明を待つ。
当の若輩者は怯えきった表情で麿の顔色をチラチラ何度も伺って来て、自分が話さなあかんと悟った様子。ほら、言うてみい。
「お言葉ですが、余が参ったところで何方も喜ばないと思うのですが……」
バァンッッ!!
……ガッシィッ!
「もうええ加減にせぇよっ!実際誰かに会いに行ったことあるんか!?誰かに『迷惑』って言われたことあるんかっ!?どうせ無いんやろ!自分の考えだけで相手ん気持ち決め付けんなやっ!分かったなら返事せぇ!ア゙ァンッ!!」
「はっ……はいぃっ!」
ついに我慢出来ず机を思い切り叩いて立ち上がって、向かいの天満の胸ぐらを掴んで引き寄せてもうた。
天満は膝立ち、机の上は湯呑みが転がってしもて少し残っとったお茶が溢れた。
強制的に顔が上を向いてはる天満の目が高速で泳ぎ出したのを見て、一瞬で冷静になれたわ。それと同時に、麿は今どんな顔しとるんやろかと思う。般若か?
手をゆっくり離して向かいに座り直し、優しい表情と声になるように1度息を吐いてからほんまに言いたいことを伝える。
「そりゃ食べること嫌いな者も興味ない者もおるよ。でも天満は1人やから食べても味気無い思うとるだけやろ?強要するんはおかしいと思うねんけど、双子ちゃん達の人生変えてあげたんやろ?なら、今度は自分が変わる番とちゃうん?」
「自分が変わる……?」
天満は目を大きく見開いて、ほんまに信じられへんっちゅう表情をした。
これは相当凝り固まった思考をしとるな。
「せやで。現にもう変わり始めとるやないの。あんたが双子ちゃんを過去に連れて行ったから、ひーちゃんも建さんも此処へ来たやろ?あとは天満自身がこの狭いとこから出たらええだけや。何も無いんはしょーもない、でもちょっとだけでも何か繋がりがあれば面白くなんねんで」
「はい…。でも訪ねるきっかけが無い……です」
予想通りの言葉過ぎて逆に笑えてくるわ。実際、鼻で笑ってしもたし。
もしここで、『そんなん自分で考えや!』って見放してもうたら、天満は二度と社から出んくなるんはこの短時間の会話だけでも嫌っちゅうほど分かりきっとる。
だから、ここに来る前に考えとった作戦を決行や!
指を鳴らして机の上を綺麗にし、炊きたてのご飯・お味噌汁・野沢菜漬け・白和え・鶏のさっぱり煮を出す。勿論、新しい緑茶も忘れへん。
天満は目の前の湯気をあげとる料理に固まったままやけど、無視な。
「これ良かったら食べや。で、食べても食べへんでも食器返しに来たってな。ほら、口実出来たわ」
「えっ?えっ?えっ?」
「あぁ、返す時はひーちゃんの社にな。天満がちゃんと来たら皆でお祝いしよな。あんた、好きな食べもん何?丹精込めて作ってあげんで」
「あ、天照様の社にっ…!?そ、そんな恐れ多過ぎます!いきなりそちらは無理ですっ!」
「はぁー…。脅しみたいになるから言いたく無かったんやけど、しゃーないな。あんたがけぇへんなら、此処にひーちゃん連れて来るで!どっちがええ!?」
「そっそんなっ……」
何も一気に青ざめて顔中に汗滲ませへんでも。
麿としても折角綺麗に片付けてあげたばっかやから、万が一ひーちゃんが機嫌悪うなって荒らしてしまうかもしれへんのは避けたいところやわ。
天満はゆっくり俯いて「くぅっっ!」とちまい苦悶の声を漏らして目と口を固く閉じたかと思いきや、直ぐに勢い良く顔を上げると見たことあらへん光を宿した褐色の瞳で真っ直ぐこっちを見てきた。
「分かりました。こちらから伺わせていただきます。それとですね……すっ…好きな食べ物は割鮮です」
「へぇ~刺身が好きなんか。なら、それ用意してずっと待ってんで。あんた、来たときよりもちょっとええ顔になったな。……あ、そやそや!食器と一緒に美味しいもん持って来てな。忘れたらあかんで」
「美味しいものですか!?……その…何か土産にご希望とかはございますか?」
「天満の気持ちが入っとって、甘味やったら何でもええよ。折角の料理が冷めてまうから、もう行くわ。ちなみにその鶏は双子ちゃんが作る言うてたから作ったねん。ほなね~」
杓文字を天満の顔へ目掛けて放り、座ったまま座布団ごと自分の社に戻った。
最後の天満の「えっ!?えぇぇぇぇぇぇーーーっ!!」の絶叫がまだ耳に残っとる。…意外とおっきい声出るんやな。
さて、どれくらい経ってから天満は来るやろか。ま、あの様子じゃ直ぐには来んわな。
行事以外ではほぼ初めての外出やろから豪華な船盛りでも作ってあげへんとね。
ほんで、え~と……外宮に入るのに1、本棚で3、残るは1か。
梅ヶ枝餅5個ぽっちじゃ、やっぱ直ぐに借りは返せちゃうやん。貸し借りが零になったら折角始まった関係も無くなってまうやないの。
そんなんしょーもないやん。
だから天満、ぎょーさん美味しいもん持って来たってな。
人間から神さんになった天満には分からへん感覚かもしれへんけど、神さんは無償で誰かに何ぞしてあげる事はでけへんねん。
でも、気持ちをくれたらその分ずっと続くんやで。
あと絶対口では言わへんけど、麿達のずっと代わり映えせなんだ日常も双子ちゃんと一緒に、あんたに変えてもろたんやよ。
さっきまで居た、艮の方向を見ながら念を送っとく。
「あ……【予感】を伝えるの忘れとった。あと『双子のお姉ちゃんの面倒も見たってもええよ』って言うのも。まぁ追々で大丈夫やろ。うんうん」
自問自答を終えて立ち上がり、台所に向かう。
ほな、次のご飯の支度でもしよか。
応援ありがとうございます!
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