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原始・古代

麻来も黙る時がある

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12月4日(火) 昼過ぎ 晴れ


 いつものように図書館の自動ドアをうち・みーちの順番に通り、肩に掛けていたストールを外しながら後ろに声を掛ける。

 「いや~今日は異常な暖かさだから、10分歩いただけなのに暑いねー」
 「それはあーちがバカみたいな動きしたからでしょ」
 「…言い方悪いぞ」

  ハイヒールクリックはバカな動きでは無い。自分の気持ちの昂りを表現するのに最も適したアクションだ。それに、23℃はただ歩くだけでも暑くなるから。
 みーちに対して極めて遺憾である事を、畳んだストールをトートバッグに強く押し込むことで表現した。…本人全く別の方向を見ていて気付いていないけど。
 ちなみに、今日のトートバッグは落ち着いたオレンジ色の綿素材で、木の枝にしがみつくナマケモノが此方の心の奥底をも見透かしてくるかのような、感情が全く読めない目をしているプリントがされているものである。
 誰に言うでも無いが、別にナマケモノが好きだから買った訳ではない。学生の頃に、自分の顔写真をサイトに送ると、自分が似ている動物と送った顔写真が合成されて送り返されると言う遊びに興じたのが全ての始まりに過ぎないだけ。


 《小話 判断基準》

 -自宅のリビングにて-

 「じゃあ先ずはみーちの写メ送ってみよー!撮ってあげるー」
 「はいはい」

 眼鏡を外したみーちをケータイで至近距離かつドアップで撮る。

 カシャッ!

 「……。あー…もう1回。何でみーちは絶対目を閉じちゃうかね」
 「……魂取られると思って身体が反応しちゃうんじゃん?今度は撮る瞬間に目開けるから大丈夫」
 「じゃあ3、2、1の1で開けてね。パッチリ開けるんだよ」
 「うん。よし来い」

 カウントを言う前に既に目を閉じてスタンバイするみーち……お茶目さんである。それを受けて、うちも心して撮ってあげようと思う。

 「はい、3、2、1…」

 カシャッ!

 「オッケー。じゃあ送るよー」

 撮った写メを本人にも確認して了承を得てからポチっと送信。
 ものの10秒程でメールが返ってきた。

 「「早っ!」」

 逸る気持ちそのままに、顔を寄せあって小さい画面を2人で覗き込む。
 画像をクリックすると――

 「はっ!」
 「えっ!これ私っ!?」

 それはそれは見事に【ミツユビナマケモノ】にコラージュされた、木にしがみつくみーちが現れたのです。
 このサイト凄い。
 みーちのものぐさな性格心の闇を的確に写メから読み取るなんて…凄い。絶妙に違和感が無い完成度で凄い。
 興奮冷めやらぬまま、半ば放心したままのみーちに今度は自分を撮ってもらい、即送信した。
 正直、うちもナマケモノの可能性が大だけど、それは双子だから甘んじて受け入れようと思う。二番煎じは仕方ない。でも笑って欲しい。
 そんな心境の中、しっかりと画面を開いて待ち構え、メールが来た瞬間に開いて確認した。そこには――

 「うぇぇっ!?何で…」
 「違和感しか無い……ふふっ」

 水中を気持ち良さそうにこちらの方へと向かって泳ぐ、【顔面麻来マナティ】が居た。
 違和感が凄い。灰色の巨体の先端に丸く切り抜かれた、黄色人種なうちのユルい笑顔とのアンバランスさが凄い…。そしてみーちの笑いが止まらなくて凄い……辛い。

 「これは…人魚に間違えようが…ぶふっ!…無いね。バケモンだ」
 「数多居る動物の中で何でマナティ…?」

 小澤家の双子には決定的な違いがあると、第三者に突き付けられて遊びは幕を閉じた。
                      完


 あの日から[みーち=ナマケモノ]の公式が我が家の常識となり、更にはみーちが結婚をして家を出た為、本人の代わりにナマケモノグッズで人数会わせ…では無いけど良いのがあれば買うようになってしまったのである。
 このトートバッグの濃いめのオレンジ色も何かみーちっぽいから買った次第。
 ただ、今日使う必要は無かったかもしれない。黒のトップスに紫のスカート、そこに反対色であろうオレンジはインパクトが強かったと思う。色彩の暴力。

 「天ちゃん今日も居ないっぽーい…」

 今一度自分の全身を見渡しているところに背後から落ち込みきった声が聞こえてきた。
 声の主の方にゆっくりと振り返りながら、図書館の利用者の皆さんに自分の格好が二度見されていないか視線をさ迷わせてからしっかりと向き直る。

 「チェック早いな。どっかの階に居るかもよー。それかお昼休憩とか」
 「あーちのせいで天ちゃんに避けられて無いかなー。はぁ…」
 「一度の過ちでそんな言われんの!?」
 「はぁ…早く本借りるなり何なりしてよ。おも爺様も居ないし…」
 「みーちは優しさを借りー…何でもない!」

 話を強制的に切り上げ、足早に返却口に行き、サンキュー返却を開始する。
 それにしても、危なかったーーっ!
 会話の勢いのまま、言ってはいけないワードを口走ってしまうところだった。
 もしあのまま軽口を言っていたら、強めの舌打ちからの胸ぐら掴みに移行されていたかもしれない。そんな事をされたら衆目を集めて、(あ、胸ぐら掴まれている人、凄い配色してる!)とか、(自然界の理に反した色の組み合わせ!)って後ろ指を指されてしまうところだった。セーフ。
 
 返却する本を全部投入しきったのを今一度バッグの中を見返して確認し、気を取り直すために一つ大きく息を吐いてから、何故だかみーちが既にスタンバってくれている検索機に向かう。……太一ちゃんとおも爺様が居ない図書館には用が無いって事か。
 だが、そうは麻来が卸さない。
 フフンと笑いながら、今の生活を照らす癒し灯りを失って、これでもかと気落ちしている右隣に立つ同世代に話し掛ける。

 「うち、飛鳥時代が1番好きなんだよねー♪」
 「……ふーん」
 「教育実習で飛鳥時代やって、ちょっと詳しく勉強したらいやぁ物の見事にハマったね!」
 「……あ、そう」
 「やっぱアツくやりたいのは大化のー…」
 「いっっつまで語るねんっ!とっとと本借りろっつったよね!?」
 「はい…。ごめんなさい」

 まさかの語尾が『ねん』からの、【言った】を『つった』と発言。別に今はツッコミ待ちしていた訳じゃなかったから、シンプルにみーちの語気に戦いた。
 とっとと検索して借ります。

 結果、待ち人2人には会えず、A3サイズの本を借りた事でトートバッグのミツユビナマケモノがギチィと1段階前面に出てしまったと言う、何とも言えないイベントのみで図書館を後にした。


***

 図書館を出て、太一ちゃんとラメ烏とのほろ苦い思い出の地点を今まさに歩きながら、さながら初デートのようなぎこちなさで後ろを歩く同行者の方を振り返って告げる。

 「えーと…じゃ、先にお茶でもしばきますか」
 「ん」

 まだおやつ時には早い時間だから、買い物を済ませてからお茶をしても良い。
 But!『麻来って空気読まないよね~ww』と、友人達にしょっちゅう言われていようが、うちでも流石に無理なものがある。
 左肩にかけているトートバッグの紐の部分を、後ろから掴まれた状態で歩くのはしんどい。本来ある筈の無い負荷がかかっていて重いし、そもそもみーちは右側を歩いてくれよ!車道側に居て、うちを危難から守ってよ!
 何で俯いたままほぼうちの真後ろを歩くの?後ろに居られると後頭部から首の辺りがソワソワしちゃうんだってば!
 と言うことで、現状を打破すべく然り気無くバッグを肩から外して、みーちの手も自然な流れで外し、右肩に持ち直してから思考の誘導を行う。気分は【過去の思い出を引きずるのは止めて、うちとの時間を大事にしてよ】である。

 「みーち、何飲むの?」
 「シトラスティー」
 「……そう。なら混む前に早く行こ」

 即答だった。
 『気落ちしてるから何にも飲みたくない…』とか言うんじゃなかったんかい。ま、欲があるのは元気な証拠としておく。
 空いた左手でみーちの腕を掴んで、半ば早歩きでスーパーの横の雑居ビル1階のカフェへと歩みを進めた。そう言えば昨日は夢でこの景色を反対方向から見たわ~と思いながら。


***

 予想通りまだ店内は混雑する前だったので席は直ぐに確保出来た。みーちを座らせて荷物番を任せ、草臥れた唐草模様のがま口を持ってスマートにお茶を購入した。

 「あーちは何で出先だとたまにロイヤルミルクティー飲むの?」
 「ん?2杯目の心配しないで済むから」
 「……そう言う人間だったね」
 「ふへ?」
 「………」

 おーい。そう言う人間ってどんな人間なのか、小首を傾げながら続きを促したのに教えてくれないんかい。「あちっ!」って、たった今火傷した人、おーい。
 第一、外でミルクティーを注文する人間は3種類しか居ないでしょうが。
 1、ミルクティーが単純に好きなタイプ
 2、ちょっと喉が痛いから優しいミルクティーに今日はするタイプ
 3、家でミルクティーを飲むと油分が気になって次の飲み物を続けて飲め無くなるから外でストレス無く飲みたいタイプ
         ※あくまで個人の主張です

 無論、うちは3番の人間。ありがとう第三次産業であるサービス業。ありがとう人件費。
 ありがたく飲み干します。普段は断然紅茶はストレート、たまにレモンを入れちゃう派ですが。
 なんて、不毛な事を考えながらみーちが火傷が悪化するのをおそれて必要以上にフーフー冷ましながら飲んでいるのを正面に、束の間ロイヤルな味を楽しんだ。
 そして、(たまには甘いお茶も良いですね)と、自然にほくそ笑みながら思ってみたりなんてしていたら、向かいに座る舌先を負傷している女性が突然「ハッ!」と言いながら目を見開き、カップをソーサーに慌てて戻した。……窓全開で家から出て来たのかしら?

 「そう!今日の朝?昨日の夜?……とにかく変な夢見たの!」
 「へぇ~。どんな?30mくらいになっちゃった花奏ちゃんに抱っこをねだられた夢?確実に押し潰れちゃうねー。なら怖い夢か!あはっ」
 「…ちげぇから」

 そこからみーちが半目のまま捲し立てるように教えてくれたのは、予想外にびっくりな話だった。
 てっきり変な夢って言うから、いったいどんな摩訶不思議な夢を見たのかしらと思っていたのに、なんと昨日のうちと全く同じ夢を見たと言うではないか。目を開けたらパジャマで駅前につっかけでポツンの。
 よし、うちはもう少し温めてから話そうと昨日の段階では思っていたけど、これは沈んでいたみーちの気持ちをアゲるためにも情報を開示して、楽しい一時にしよう。

 「その夢、実は昨日うちもー…」
 「本当にさ、夢の中で『あ、これ夢だ』って気付く程興ざめなもんも中々無いよねー。パジャマにサンダルで駅前に突っ立ってた時点で先ずうわー…最悪ってなったわ。だって私、パジャマ着て寝ないし!いつも寝る時はロンTにスウェットだから。でね、既にもう夢って分かっちゃった状態でわざわざ家まで歩いて帰ろうとか普通思わないでしょ?まーず玄関のガボガボのサンダルで長距離歩こうとする奴なんていないわー。それやったら正気の沙汰じゃないもん。だから、仕方無くスーパーの柱に寄り掛かって座って、夢が終わるのを私待ったんだー。もうさ、連日全然寝た気がしないから本当に嫌んなったわ。ハァ~…あ、あーち何か言おうとしてた?」
 「……ううん。ナンデモナイ。今日は早く寝てね」

 いっ、言えなかったーーーーっ!況してや、動揺して片言になっちゃっただけだ…。
 みーちみたく、『あ、これ夢だわ』とか全く思わなかったし、パジャマの柄が自前の物と違っていたのも起きてから気付いたし、カポカポするサンダルで帰路に就こうとしましたって言えなかったーーーーっ!
 少し時期をズラしてカミングアウトしようって思っていた昨日の自分、出てこい。
 この件についてはもうこのまま永遠に黙っておくか、姉妹の関係に終止符が打ちそうな程会話が無い時じゃないと話せないぞ!お口チャック厳守!
 迂闊にポロっと喋ったりなんてしたら姉…いや、それ以前に人間としてこれ以上は無いってくらい軽蔑されちゃう。うん、秘匿しておこう。
 てか、睡眠不足な気分も相まって、みーちがこんなにイライラしちゃっていたのなら、太一ちゃんとおも爺様に日常のオアシスを求めて本気で会いたかったのも頷けるわ。
 昨日の多神さんとの会話はうちのためにしてくれた物だし、寝る前に夜空に『みーちが安眠出来ますように。ネムネムすやぁ~』とお願いしてあげよう。
 本音としては子守唄ララバイを枕元で歌ってあげたい。だけどそれを実行したら、みーちに回し蹴りレクイエムをお見舞いされる事必至だから止めておく。音楽の先生にクラス全員の前で苦笑された自分の歌唱力を決して驕りません。フッ…。

 「ねぇあーち、突然ボーッとしたかと思いきや、自嘲気味に笑いだしてどうしたの?…ヤバいよ?ここ外だよ?かと言って家の中ならOKにも絶対しないけど」

 Wao……顔を見られていたようだ。そして自虐している時にリアルタイムで笑ってしまっていたようだ。ちょっぴり自分が怖い。
 でも、ドン引いて不快感を微塵も隠そうともしない妹に言わせていただきたい。

 「人の気も知らないでっ…!」
 「はぁぁん?ならあーちはヤバい奴と同席している私の気を知ってんの?ヘイヘイヘイ」

 両手で顔を覆って悲しみに暮れるヒロインを演じて、心の中の色んな葛藤を表現したのを、即行で同伴者による恐怖の返しで現実に無理矢理引き摺り戻された。
 その後に急いで飲み干した冷めたミルクティの味は暫く忘れないと思う。


***

おやつ時

 しおしおと今度はみーちの後ろを付いて向かった買い物では、「夕飯は餃子作りたい♪」と可愛くおねだりしたのを、「いったい何個作るつもりで言ってんの?2人なんだから冷凍餃子で良いの!タネ作るのに材料揃えるのも高いんだから!分かってんの?」と一蹴された。
 ただ、缶詰が色々と安かったので鯖缶や焼鳥缶、鰯缶を選ばせてくれたのは嬉しかった。明日のお昼は焼鳥缶を使った親子丼にしてくれるそう。山椒と七味をかけるのが今から楽しみ。
 しかしながら、今日もレジには大豊さんの姿は無く、図書館に続いてここでもみーちが肩を落としていたのを横目に見るのは切なくなった。安眠祈願と同時に、『みーちの心が安らかになれるように、素敵な人達に会えますように。南無南無キェェェェェッ!』と、祈祷しようと思いました。



12/4(Tue)

 やっぱり今日1番の驚きは、まさかのみーちとの夢被りでした。
 未だに心に引っ掛かっているのは、夢だと分かっていても歩きたくないからとスーパーの柱に寄りかかって座ろうとか、他の世間の人達は果たして考えるのでしょうか?と言うことです。うん、座らないと思う。
 夕飯の餃子は企業努力の賜物で、凄くカリッとしていて美味しかったです。酢と胡椒オンリーのつけダレ最高。
 ただ、「餃子の皮が小麦粉で出来ているから、ご飯は不要なのでは?」と言う、うちの主張はみーちに黙殺され、水分多めで炊かされたのがほろ苦かったです。

 明日からは飛鳥時代!
 切り替えの出来るオンナ麻来、頑張ります!イェイ☆★
              おわり

[字数 16161+0=16161]



◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎

番外編:『エイプリルフール』 ※本編とは全く微塵も関係ありません

麻来「花奏ちゃん!花奏ちゃん!実はうちじゃなくて、ママの方がお姉ちゃんなんだよー」
花奏「かな、しょーだとおもってたよ」
あ「え…?どうして?」
か「だってママけっこんしてるみょん」
あ「うちらのお姉さん結婚してないよ?」
か「かりーはいいのっ!」 ※【かりー】は姉の香凛のこと
あ「差別っ!……じ、実を言うと、日本は末っ子から結婚しなきゃいけない法律なの」
か「ならあーち、はやくけっこんちなよ。かりーかわいしょうでちょ」
あ「ごめん、嘘……」
か「はぁ…しょーだとおもった」
実々「ちょっと…黙って聞いてたら、とんでもねぇ嘘ついたな…」
あ「だって…エイプリルフールで小さい嘘ついて、花奏ちゃんが大きくなったら真実を告げるってしたかったんだもん」
み「小さくない壮大な嘘だったやんけ。何?末っ子から結婚する法律って」
あ「いやぁ~まさか3才児に結婚してる方が姉って返されるとは思わなんだ…」
み「おませな3才児だから」
あ「くぅっ…」
か「あーち!もううしょはいいから、はやくけっこんちてよ」
み「ねぇ~。かなちゃん結婚式出たいんだよねー」
か「うんっ♪あちたして!すぐちて!」
あ「ごめん、無理……」
み「くふっ。かなちゃんの方があーちより先に結婚するかもねー」
か「きゃーっ☆」
あ「うん、それは本当」
           Fin...
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