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原始・古代

実々:ずっと俺のターン

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12月4日(火) お昼過ぎ

 やっと図書館に着いた。……やっとだ。
いつもの通りあーちから図書館の自動ドアをくぐっていく。そして肩に掛けていたストールを外しながら私に声を掛けてきた。

 「いや~今日は異常な暖かさだから、10分歩いただけなのに暑いねー」と。
 「それはあーちがバカみたいな動きしたからでしょ」

 普通に10分歩いた【だけ】ならもう12月だし暑くならない。あーちがハイヒールクリックもどきの無駄な動きをしたから暑くなっただけだ。
 その後直ぐにあーちが何だか「…言い方悪いぞ」とか返して来た気がしたけど、図書館の中に入った瞬間からもう私の心は天ちゃんとおじ様に捧げているので最早あーちの声はただ耳を通り抜けるだけ。
 今日は居るかな?居るかな?
 ……ソワソワ……キョロキョロ……はわわっ!!……そんなぁ~っ!!

 「……天ちゃん今日も居ないっぽーい…」と、私の前を歩く人間に本日の癒しの不在を伝える……辛い…癒されたかったよぉ~…

 私はさぞ落ち込んだ声を上げたことだろう…背筋も丸まってあーちより10センチくらい目線が低い気がする…。

 「チェック早いな。どっかの階に居るかもよー。それかお昼休憩とか」

 ……チッ!本のチェックよりも先ずは癒しのチェックが優先だろ!!

 「あーちのせいで天ちゃんに避けられて無いかなー。はぁ…」

 あーちが天ちゃんを見捨てたから連帯責任で私も避けられちゃったんだ……っ…!

 「一度の過ちでそんな言われんの!?」

 その過ちが赦されない過ちだったってことでしょ?!……はぁぁー…。

 「はぁ…早く本借りるなり何なりしてよ。おも爺様も居ないし…」

 もうここには用はない…居ても辛くなるだけだわ……ぐすん。
 センチメンタルになっている所にあーちが、「みーちは優しさを借りー…何でもない!」とかなんだか言いながら足早に返却口へ本を返しに行ったので何を言っていたのか良く聞こえなかったが、まぁどうでも良いことを言ってたんだろう……ぐすん。
 検索機の画面にキーワードを入力しながらあーちが空気を読まない明るい声で横にいる私に「うち、飛鳥時代が1番好きなんだよねー♪」と楽しげに言ってきた。

 「……ふーん」……あ、そう。
 「教育実習で飛鳥時代やって、ちょっと詳しく勉強したらいやぁ物の見事にハマったね!」
 「……あ、そう」……聞いてねぇよ……。
 「やっぱアツくやりたいのは大化のー…」

 ……プツッ……!

 「いっっつまで語るねんっ!とっとと本借りろっつったよね!?」
 「はい…。ごめんなさい」

 人の気も知らないで良くもまぁベラベラベラベラと喋る喋る。
 思わず縁もゆかりもない関西弁が出ちゃうくらいプツンときちゃったわ。こちとら2日連続で寝不足なんですわ。

 その後は私の怒りが届いたのかあーちはそそくさと検索を終え、目的の本を持ってきたナマケモノのトートバッグにギチィ!と音をたてながら突っ込みこの日の図書館の用事は終了したのだった。……もう少し大きいカバンで来いよ。


***

 とぼとぼと図書館を出て、天ちゃんと烏様の激闘が繰り広げられた場所を歩きながら、一歩前を歩いていたあーちがこちらを振り返りながらおずおずと口を開いてきた。

 「えーと…じゃ、先にお茶でもしばきますか」
 「ん」

 あーちが左肩にかけているトートバッグの紐の部分を後ろから握りながら一言で答える。
 すると、あーちが急にトートバッグを肩から外して反対側にかけなおしてきたので、私の掴むものが無くなった……虚無感。かといって右側に回り込んでまた掴む元気も出ない。……自分が思っている以上に私は疲れていたらしい。……楽する為の苦労もしたくない程に。
 そんな感傷に浸っていたら、あーちがさっきよりも明るい声で「みーち、何飲むの?」と聞いてきた。
 …えっ…店で決めちゃダメなの?まぁ、飲むとしたら…アレかな。

 「シトラスティー」

 ……スッキリしたい。

 「……そう。なら混む前に早く行こ」と、あーちは左手で私の腕を掴んで早歩きでカフェへと向かっていった。……そんなに早く飲みたかったのか…。


***

 カフェに足早に到着すると、店内はまだお茶の時間よりも少し早かったからか、それほど混んでおらず、すんなりと席を確保出来た。
 私はもう頼むものが決まっていたのであーちに注文を託し、席に着いてあーちが買ってくるのをボーッと荷物と一緒に待つ係に自動的に就任。

 待つこと数分、トレーに2つの湯気が立ち昇るカップをのせたあーちがニコニコしながら帰ってきた。

 早速一口飲みたい所だが、私は猫舌なのでフーフーを酸欠一歩手前までしないと確実に火傷をしてしまう。多分トータルで飲んでる時間よりもフーフーしている時間の方が長い気がする。…フーフー、フーフー……おっと目眩が。
  向かいの席に座るあーちはロイヤルミルクティーにしたみたいだ。
 家では殆ど飲まないのにどうして?という疑問から「あーちは何で出先だとたまにロイヤルミルクティー飲むの?」と尋ねれば、「ん?2杯目の心配しないで済むから」と何とも微妙な答えが返ってきた。
 普通だったらきっと『家で飲むよりお店の方がやっぱり美味しいから♡』とか、『最近寒くなってきたからやっぱりミルク系が恋しくなって』とか言うんじゃないの?2杯目の心配って何?コップ濯げば良くない?
 ……あっ!あーちは普通じゃなかったか。はいはい。
 私は一人で納得し「……そう言う人間だったね」とあーちに一言返してカップに口を付けた。

 「……あちっ!」

 ……フーフーし忘れた!!
 舌先をまんまと火傷した私は更に入念にフーフーしてから飲む羽目になった。
 そして酸欠でぼんやりとしてきた意識の中で、あーちに言おうと思っていたことを突然思い出した!
 呑気にフーフーしている場合じゃない!!聞いてくれ!!

 「そう!今日の朝?昨日の夜?……とにかく変な夢見たの!」
 「へぇ~。どんな?30mくらいになっちゃった花奏ちゃんに抱っこをねだられた夢?確実に押し潰れちゃうねー。なら怖い夢か!あはっ」
 「…ちげぇから」

 ……~っ!!なんでそうなる。
 30mで抱っこ強請ったら相手プチっと潰しちゃうの分かるだろ!!
 かなちゃんは『ママより大きくなったらかなちゃんがママのこと抱っこしてあげるね』って言ってくれる優しい子なんだから!!……このままの成長スピードで行けば小五くらいで抱っこしてくれるかなぁ……じゃなくて!!

 「夢の中で磯の香りっぽい匂いがしてきて目を開けたら駅前の交差点にパジャマと突っ掛けサンダルでポツンと立ってたの!」

 私は半ば捲し立てるように夢のオープニングをあーちに語った。
 すると、あーちは先程の30mかなちゃん発言の揶揄ったような表情とは一変して素直に驚いた表情をしてきた。
 そして何か言いかけていた気がするが、まだ俺のターン!!もとい、私のターンだから!!取り敢えずこの胸の内を黙って聞いていて!!

 「本当にさ、夢の中で『あ、これ夢だ』って気付く程興ざめなもんも中々無いよねー。パジャマにサンダルで駅前に突っ立ってた時点で先ずうわー…最悪ってなったわ。だって私、パジャマ着て寝ないし!いつも寝る時はロンTにスウェットだから。でね、既にもう夢って分かっちゃった状態でわざわざ家まで歩いて帰ろうとか普通思わないでしょ?まーず玄関のガボガボのサンダルで長距離歩こうとする奴なんていないわー。それやったら正気の沙汰じゃないもん。だから、仕方無くスーパーの柱に寄り掛かって座って、夢が終わるのを私待ったんだー。もうさ、連日全然寝た気がしないから本当に嫌んなったわ。ハァ~…あ、あーち何か言おうとしてた?」

 私は溜まっていたものを一息であーちに語って聞かせた。
 あーちは途中途中目を見開いたり、気不味そうな顔をしていたけど、親身になって聞いてくれていたんだろう。
 そして私は、ちゃんと気配りも出来る人間だから、『次はあーちのターンだよ』とそのままあーちにさっき言おうとしていたであろうことを聞いたのに、あーちは視線を泳がせたまま「……ううん。ナンデモナイ。今日は早く寝てね」とぎこちなく答えただけだった。

 沢山喋った喉を潤すためにシトラスティーを飲んだらやっと飲み頃になってくれていた。美味しい♡
 そして飲みながらあーちをチラ見したら、ボーッとしてるかと思ったら急に自嘲気味に笑い出してきた。……30mかなちゃんがロボになったんか?
 しかし、このままあーちを観察し続けるのも私の精神的に無理があるので声を掛けることにする。

 「ねぇあーち、突然ボーッとしたかと思いきや、自嘲気味に笑いだしてどうしたの?…ヤバいよ?ここ外だよ?かと言って家の中ならOKにも絶対しないけど」

 私が声を掛けたことであーちは正気(?)に戻ってくれたが、急に両手で顔を覆って「人の気も知らないでっ…!」と悲劇のヒロインぶってきた。
 
 ……カチーン。

 「はぁぁん?ならあーちはヤバい奴と同席している私の気を知ってんの?ヘイヘイヘイ」

 急に何の唐突もなく『フッ…』って自嘲気味に笑ってくる奴を目の前にしたこの気持ち分かる?意外と周りの人は見てるんだよ?ヘイヘイヘイ!

 あーちは私に恐怖してか、急いでミルクティーを飲み干して、何事もなかった風を装って席を立ったのだった。


***

 カフェで束の間のティータイムを過ごした後は、スーパーへ。

 夢でも大変お世話になったいつものスーパーで、いつも通りの買い物コースを見て回っていたらあーちが突然可愛い子ぶりながらおねだりをしてきた。

 「夕飯は餃子作りたい♪」と。

 …はぁ?

 「いったい何個作るつもりで言ってんの?2人なんだから冷凍餃子で良いの!タネ作るのに材料揃えるのも高いんだから!分かってんの?」と速攻で却下した。
 もしも餃子を作ったら2日…果ては3日続けて餃子を食べることになるぞ!お前少食なの分かってるだろ?!

 餃子を手作りすることを却下したからという訳ではないが、缶詰がお安かったので鯖缶や焼鳥缶、鰯缶を選ぶ権利をあーちには与えてあげた。…とても喜んでいた。
 明日のお昼はこの焼鳥缶を使って親子丼にすることに決め、少し浮上した気分でレジに向かったが、本日も麗しの大豊さんの姿は無く、あーちよりも20センチほど目線が低くなったままレジを終え、トボトボと帰路に着いたのであった。

 夕ご飯は冷凍餃子と中華スープにした。
 当初あーちが米を炊くのを渋ったが、私の強めのアイコンタクトが伝わったのか潤々に炊いてくれた。…これで明日の親子丼もバッチリね☆


12月4日(火)

 今日は朝?夜中?から働かされた気がした一日だった。
 夢の中で寄りかかったスーパーの柱を今日実際に買い物する時に見て、改めて立派な柱だなぁと思ったのはあーちには内緒にすることにする。
 私の心を癒す人々には会えなかったけど、あーちに沢山聞いて貰えたからまぁ良しとしよう。

 晩ご飯の冷凍餃子は忙しい主婦の味方だと改めて思った。洗い物がフライパン一つで済むなんて連日超過勤務の私には神にしか思えなかった。
 餃子を食べている時にあーちが『今日はみーちとかなちゃんが福岡に帰った日だよ~』とかなんとか言っていたけど正直『だから?』としか思えなかった。今日こそはグッスリ眠れますように。……お願いだから。               
                 end.
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