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原始・古代

実々:沈黙は罪なり

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※是非、12月4日の実々視点の話を御一読なさってからお読みになって下さいませ。

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 本日、2018年12月5日は本来だったら私は福岡でかなちゃんとダラダラと東京―福岡間の移動の疲労を癒すようにいつもより多めに布団に入って過ごしている日だった。

 つまり、本来1年前の今日は東京の家に居ないわけで…そのせいなのか定かではないが、バグが起きたとしか考えられないことが起こったのだった。

*****

12月5日(水) お昼

 今日のお昼ご飯は昨日の買い物の時に決めていた通り親子丼にした。
 私は白だしベースの親子丼が好きなので、小さめのフライパンに白だし、醤油、味醂、砂糖、そして水を加え、そこに薄切りにした玉ねぎを入れて沸騰させる。
 沸いたら一度弱火にし、そこに焼き鳥缶の中身をタレごと全部入れて味を染み込ませる。そして最後の仕上げに強火にし、溶き卵を2回に分けて入れれば出来上がり!
 ほかほかご飯の上に盛り付ければお腹も心も満足!そしてお財布にも優しい親子丼の完成である。

 完成したのであーちに声を掛ける。
 あーちは「親子丼めっちゃ久しぶりだー」と言いながら本を閉じた。
 「あーち、普段食べないもんね。ほら早く準備して」と、私は更にあーちにテキパキと動くように声を掛け、テーブルへ親子丼を運んだ。

 手洗いから帰ってきたあーちがそのままの流れで箸と野菜ジュースを準備をし、これでランチの準備が全て整った。向かい合って席に着き、

 「「いただきまー」」

 ……はむっ!

 『す』と発音するタイミングで2人同時に口に入れた。

 もぐもぐもぐもぐ…ごくんっ!

 「おー、美味しいっ!」とあーちが声を上げる。
 私もそれに対して「ん。さよか」と一言返し、そのままもう一口お箸を口へと運んでいった。もぐもぐ。

***

 あーちは覚えているか分からないが、高校の中間や期末テストの時はいつも午前中で学校が終わるので、必然的にお昼は家で食べることになる。
 そして母はパートで家に居ないので、お昼ご飯は私が2人分準備し、あーちの帰りを待って一緒に食べるという流れが出来ていた。

 そんなある時のお昼、私が作った物をあーちは終始無言で食べていた。
 『美味しくない』と言われるのは凄く腹立たしいから聞きたくないが、無言で食べ続けられるのは一番胸がモヤモヤして嫌だった。
 だからあーちに

『美味しいって言ってよー!!』

と、至近距離で叫んでいた。
 試験のストレスとあーちの態度諸々が混ざり合って変な反応を起こしたのか涙目になっていたことを凄く覚えている。…そしてあーちの唖然としていた顔も。

 あーちは焦った様に『お、美味しいから何も言わずに食べてたんだよ…?』と言っていたが、その時の擦れた私は100%お世辞だと解釈し、涙を一筋零したのだった。
 それに対して『みーち、重いよ……』と、あーちが私の涙を見ながら一言零していたのは記憶から消しておこう。

 その日の夜に母にお昼のやり取りを話すと、ただ一言『どこのカップルだ!』とバッサリ切られて笑い飛ばされて終わったのは良い思い出である。

 それからは意識してか、無意識なのかは分からないがあーちは絶対に何か一言言うようになった。

***

 もぐもぐと親子丼を3分の1程食べた所であーちが箸を置き、調味ラックからやはりと言うべきか、【山椒】と【七味】を手に取った。
 そして先ず始めに七味を少し振ったかと思ったら箸を手に取り一口食べて頷いていた。……何者だ?
それから直ぐに本命(?)の【山椒】を振りー…

 「あれっ?出てこない…」

 あーちは缶の底を強くポンポン叩いて出そうとしたが、最初にサラサラと極僅かに出たきりで虚しく缶を叩くポンポンの音が響いただけだった。

 無駄なポンポンを止めたあーちは缶の蓋を少し手を震わせながら開けー…

 「はっ…!」

そして息を飲んだ。
 あーちは両手に本体と蓋を持ったまま項垂れ、まさに【絶望】という言葉が良く似合う状態になっていた。

 私はと言うと、「あ、遂に山椒無くなったんだ。やったー」である。

 ふふふっと笑みが溢れるのを止められないくらいにはとっても嬉しい。
 目の前でスーハースーハーするのを見ないで済むなんてハッピー以外の何物でもない。

 あーちは信じられない者を見る目で私を見つめてきたと思ったら、何を思ったのか缶の匂いを突如として嗅ぎ始めた。

 「すぅ~……うぅっ!違う…。薄い……これじゃない、香りが遠いよ…。ふうぅっ…このままじゃうち……もうおかしくなっちゃうよー」

 ……………………。

 「怖っ!」

 えっ!?……やだ怖い。
 ……というかもうこの時点でおかしくなってるから。…どこの薬物中毒者だ。
 まぁ、薬物中毒者が実際どんなもんなのか知らないけど、きっとあーちみたいにヤバい行動を取り出したりするんだろう。
 ……普通の人は缶の匂い嗅いで涙目にならない。

 あーちは幼児が泣くのを我慢するみたいに眉毛をハの字にし、唇をむにゅむにゅと引き結び、瞳を凄く潤ませて空き缶と蓋を見下ろしていた。…やめてよ。

 そしてそっと山椒が入っていた物をテーブルに置き、何の感情も抱かない目をしながら七味を再び振りかけ、

 「違う…これじゃない…。山椒入ってるけど他の六味が邪魔…」
 「やっぱり山椒じゃないと……」
 「残り少ないってわかってたのに…っ!」

等と言いながら、一度もこちらに顔を上げずに残りを食べきったのだった。

*****

 同日 お昼過ぎ

カタカタカタ……カチカチッ!

 私が洗濯物を取り込んでいる時にあーちはいつも通りにキンちゃんにまとめたものを打ち込んでいた。…まぁ若干虚ろな目をしているが。

 これなら夕方に完成するかな…と横目であーちを見ていたらー…

 「うわぁあぁぁぁぁぁぁーっ!!やっぱ無理ぃいぃぃぃーーっ!!」

と叫び出したかと思ったら、そのままバタンっ!とキンちゃんを閉じて隣の部屋に走り出し、部屋着を脱ぎ出したかと思ったら服置き場の一番上に乗っていた服を引っ掴んで着替え玄関へと向かっていった。

 「えっ!?何なのっ!?」

 私はしばらく何が起きたのか分からず、頭の中の整理に時間がかかり、あーちを追いかけるのが遅れてしまった。
 そして追いついた時には、あーちは玄関にいて手近にあった上着とバックを鷲掴み、外へと飛び出しで行った。

 何をしにあーちが家を飛び出して行ったのかは嫌でも予想できているが、それを許すかはどうかは別問題である。
 況してや何も言わずに出て行ったんだから。
 だからはすかさずベランダへ行き、外に出てきたあーちに向かって「あーちのバカヤロー!戻って来いっ!」と叫ぶのは自然なことである。

 あーちは虫が飛んでいたのか首を振り、こちらを一切振り返らずに後ろ手を振りながら走り出したのだった。

 ……いやいや……バイバイじゃねぇよ……。

 今すぐ帰って来なさーーーい!!!
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