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原始・古代

お約束 中編

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12月6日(木) 昼過ぎ 曇り めっちゃ寒い

 昼食にカレーうどんを食べても、午前中の伏線自己回収事件の恥ずかしさはしっかりと心にこびり付いたまま。
そう、言うなればちゃんと底までかき混ぜなかったカレーの焦げが鍋にガッツリ残っているくらい。……ぐっ、もっと良い喩え絶対あったな。

 まぁそんな自分の心の葛藤はさておき、みーちに昨日散々迷惑をかけてしまったお詫びをすべく、昼食時に外出を提案した。
 それに対してみーちは『えっ!すっごい寒いのに外に行けって!?』と、驚き半分怒り半分なリアクションを返して来たが、身体を動かした方が精神面も安定するだろうし、何より気晴らしになると思うのでゴリ押しした。
 その際に『夕飯のおかずに好きなもの買って良いし、お茶もして来て良いよー。うちは夕飯にアボカド食べるから申し訳無いけどお味噌汁だけ作ってー』と朗らかに告げたら、『オマエ最低ダナ』と言う返しを皮切りにまたちょっとばかし怒られたが、お出掛けする気になってくれた。
 しかも、みーちはお茶はせずに夕飯のおかず(うちの分有り)とおやつにおはぎ(うちの分有り)を買ってくるらしい。ありがたい事です。

 「ん、じゃあ行ってくるわ。…本当に寒いけどな!」

 先程のお説教やり取りを何とも言えない感情で回想しているところに、みーちが支度を終えて玄関に来た。
 確かに気温10℃は寒い。況してやみーちは紺色のロングのダウンコートを着てマスクをしっかりとしているも、素手剥き出し。三十路の潤いが足りないお肌はカサカサ&あかぎれになること請け合い。

 そこで!麻来ちゃんの出番なのです!

 リビングとは打って変わり、既にひんやりとした空気の玄関でみーちを待っていたのには理由がありをりはべりなのである。(※いまそかりは無し)
 みーちの真正面に立ち、後ろ手に隠していた物をみーちの既に少し冷たい手を取って嵌める。

 「どうだ暖かくなつたろう?」
 「………成金かっ!」
 「ふっふー」

 みーちが着替えている間に衣装ケースから引っ張り出して用意していたグレーのミトンタイプの手袋を、さながら第一次世界大戦の大戦景気で勝ち組になった成金の台詞をオマージュしながらニヒルな顔で着けてあげた。
 今、確実にみーちの脳内は百円札を燃やして靴を探させている太った髭面のおっさんが占めていることだろう。
 
 「はい、それと耳当てもねー」

 ファッションの完成度を上げる為には、ここはベレー帽を被せてあげたいところだが耳が完全には隠れないので、一見白色のヘッドフォンのように見える耳当てをスポッと装着してあげた。
 そして一歩後ろに下がって、みーちの全身を改めて見てから1つ頷く。うん、暖かそう。

 「じゃ、今度こそ行くわ」
 「はいはーい。あ、毛先が水色の白髪の青年にもしも会ったら、本当に大丈夫かうちの代わりに聞いといてー」
 「えっ…難易度高っ!」
 「もしもだってばー。はい、いってらー」
 「ん」

 ガチャ!

 (全く…出掛けるのにひと時間使う人なんだから困ったもんだわ~)とは微塵も思ってはいないが、様式美として誰も見ていないながらも溜め息を1つ吐きながら肩をすくませてそれっぽい表情をしておく。やれやれだわ~的な。

 ではでは、やることやったし、昨日の一件で底に堕ちた信頼を底上げすべく【わたにほ】を頑張るとします。

 「みーちが居ないし、アールグレイでも飲みながらやりますかーっ!」
 ※実々はアールグレイの香りも味も大嫌い。

***
おやつ時 曇り

 ガチャッ…!
 「ただいまー……はぁ~」
 
 今日の【わたにほ】の山場をニマニマと含み笑いをしながら打っている時に、何でか辛気臭いテンションで帰ってきた。

 「はーい、おっか~。で、ちみは何処に元気を落として帰ってきたのかに?」

 キンちゃんを閉じてから玄関に出迎えに行ってみると、肩をガックリと落として靴をノロノロと緩慢な動きで脱いでいる人間が居た。何があったし…。

 「はぁ…あーち、美味しいほうじ茶淹れてー。早くおはぎ食べよーう…はぁ~」
 「はぁ」

 上がり框に上がっても背中を丸めたまま俯いているから頭が低いままなのに、【美味しい】ほうじ茶を淹れろと此方に注文する姿勢は一丁前だったから、呆気に取られてこっちも生返事になってしまった。
 まぁ、今は素敵なおやつタイムにするために動くかと、上着を脱いでトボトボと洗面所に行く背中に一瞥してからキッチンに向かうとする。

 「はい、どうぞー」
 「はぁ…ありがと」

 部屋着になって、リビングに覚束無い足取りでおはぎ片手に入ってきたみーちにリクエスト通りのほうじ茶を差し出す。
 おはぎは特に何が良いとは伝えてなかったので、オーソドックスな粒餡を買って来てくれた。約半月ぶりのおはぎ、美味しい。

 で、ここでクエスチョン。
向かいで(おはぎとほうじ茶は美味しいけど…はぁぁ~)と、時折顔を片手で覆う人間が居る場合はどうするのが正解なんだろうか。
 みーちはうちが『どうしたの?』と聞いてくるのを待っているのか?
 それとも、みーちが告白する心の準備が整うのを黙っておはぎを食べながら待つのが正解なのか?
 はたまたスルーしてあげた方が良いのだろうか?
 今パッと見た感じだと何処か怪我をしてるとかでは無さそうだけど……通りすがりにヤンキーに腹パンでもキメられたのかしら?あらヤダ怖い。
 うーん…おはぎを食べ終わったら【わたにほ】の続きに取り掛からなきゃだし、集中して取り組む為にも溜め息の理由をハッキリさせておこう。
よって、遂には悲しそうな表情でチビチビと一口を小さく食べ出した女性に、カウンセラーさんのような包容力のある柔らかい声と表情で聞いてみる。お姉ちゃんにお話ししてごらんなさーい。

 「みーち、溜め息がずっと止まらないけどどうしたの?」

 うちの問いかけに一瞬ピクッと肩が反応したかと思えば、持っていた黒文字を置いて両手で顔を隠して「うわぁぁーっ!」と嘆き出した。
この反応的に、みーちが話し出すのを待つのが正解だったんだろうか…。
 このままだと埒が明かなそうなので、一口分残していたおはぎをみーちの旋毛を見ながら食べきって、あと半分程の量になったほうじ茶を飲みきったら退散するかと算段を付けた所で向かいの席に何やら動きがあった。
 やっと喋る気になったのかと思い、コップに口を付けながら上がったみーちの顔を改めて見てみると、目が潤んで顔も少し紅潮していた。何があったし…。
 小首を傾げて発言を促したら、意を決したかのようにお茶を大きく一口飲んでから若干震える声で話し出した。

 「はぁ…あのね、マンション出て直ぐにね、図書館までの道を聞かれたのね…。でね、簡単な道を選んで教えてあげようとして、『この道を突き当たりまで真っ直ぐ行って』って言うために指を差したんだけど、ミトン手袋したままだったからモフッてなっちゃったの!手袋の中で指が動いただけでっ…!端から見たらモフッと手を出しただけだったのっ!~~~っもう本当に恥ずかしかった!」
 「ああー…そのアクシデントばっちり目に浮かぶわー」

 指は動いたけど、その場の空気は固まったんでしょうね。
 その道を聞いた人はみーちが(しまった!)って顔をしたのを見てどう思ったんだろうか。手袋の中で指を差してるの分かったのかな?だとしたら笑いを堪えるのはさぞや辛かったろうに…。
 それにしても…その最高な場面に立ち会えなかったのが本気で悔やまれる。いや、その場に居たら案内役のお鉢はうちに回っていただろうから、何れにせよ見るのは不可能だったか。残念。
 そんな事をつらつらと顔をどんどん赤くしていくみーちを温かい眼差しで見つめながら思っているのが伝わったのか、涙目童顔女性がさっさとこの話題を終わらせようと早口で話し出した。

 「モフッてしちゃった手前、大通りで万が一また会ったら耐えられないからスーパーまで一緒に行って、『あとはこの道を少し行ったところの右手のお洒落な建物です』って言って別れたの」
 「ほえー。人見知りのみーちが見知らぬ人と歩くなんて珍しー。優しそうなお婆ちゃんだったの?…もふっ(ボソッ)」

 いくらみーちでも一言も会話をせずに黙々とスーパーまで一緒に行くなんて事はしないでしょう。
最低でも『今日はガクっと気温が下がりましたねー』とか当たり障りの無い会話はするだろうし、同行しても良いって思えるのはお婆ちゃんくらいなもんだと思う。
 ほらほら、はよ『可愛いお婆ちゃんだったー』って言いなさいなと、目で急かしたら少し不機嫌な顔をされた。…小声で『もふっ』って言ったのがバレたのかしら。
 それともみーちの失態を妄想した事による笑いを必死で堪えるために、油断すると開こうとする口元に力を入れて息が漏れないようにしているのが気になっちゃった感じ?

 「はぁ…何を勘違いしてるか手に取るように分かるけど、お婆ちゃんじゃなかったからね。私たちよりちょっと年上っぽいお兄さんだったからね!」
 「な、何だって!…もふっ(ボソッ)」

 みーちがいっさん以外の働き盛りの成人男性に歩いて案内してあげるなんてっ…!成長が著しいわ。これが人の親になった者の在り方なのかしら。大人になって~。
 凄い凄いと小さく胸の前で拍手をして称賛してあげたら、何で平気だったのか種明かししてくれた。

 「焦げ茶の肩上くらいの髪をハーフアップにしてる中性的なイケメンの人で、身長は亮と同じくらいっぽかったから170cmくらいだったかな?雰囲気はお花屋さんのお兄さんって感じ。まぁ実際にお花屋さんのお兄さんを見かけたことあるのかって言われたら無いけど。で、細い銀縁の眼鏡だったの」
 「おお、眼鏡大事!…もふっ(ボソッ)」
 「うん、眼鏡大事。イケメン三割増しだった!」

 ようやっと正気に戻ったのか、デフォになりかけていた『はぁ…』の溜め息がみーちから聞こえなくなった。これも全ては眼鏡のお陰。
 何を隠そう、小澤ツインズは生粋の眼鏡フェチなのである。
 眼鏡を掛けている人には警戒心が自然と弱まる差別機能が搭載されている。(色付きレンズを除く)
 多神さんもきっとインテリな眼鏡が似合うと思う。
何なら初めて会った時に掛けていてくれればー………神様と信じるのに手間取ったか。眼鏡装着多神さんに『余は神だ』って言われても、新興宗教の教祖にしか思えなかったろうな。裸眼で良し。
 
 「ほら、あーちもう十分休んだでしょ?立ち去れ」

 半月前に見たっきりの多神さんの整った顔に細い黒縁眼鏡を脳内で頑張って掛けようとしている所に、先に休憩時間終了の声がかかった。
 気付けばお茶も飲みきっていたし、もうここには用はない。よって、一言返してから在るべき場所に戻る事にしよう。

 「もふっ!」

 ダダダっ…!

 キンちゃんの方へ走るうちの背中に「チィッ…!」と苦々しげな舌打ちが聞こえたのは絶対に気のせいではない。
 そしてそこからはみーちの気落ちも解消されたことだし、切り替えて【わたにほ】を頑張ろうと思ったが、気を緩める度にみーちが手袋でモフッと案内をしている所をまたしても想像してしまい、笑いが止まらず終いで手間取る事になった。


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