没落令嬢、執事に逃げられる~手紙を見てしまった私の、必死な七日間~【全8話】

長田桂陣

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それぞれの想い

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 その夜、コーデリアは眠れなかった。

 あの手紙。
 「破格の待遇」

 ――いつから、話が進んでいたの?
 ――なぜ、何も言ってくれないの?

 廊下に、かすかな物音。
 ウィリアムの部屋から、明かりが漏れている。

 コーデリアはベッドから降りた。

 廊下を歩く。
 足音を立てないように。

 ウィリアムの部屋の扉の前。

 手が、扉に届きそうで届かない。

 ――聞く! 今日こそ聞く!

「……ウィリアム」

 小声。

 ――聞こえるわけない。

「ウィル……」

 もっと小声。

 ――私、何してるの?

 扉に手をかけようとして、止まった。

 ――聞いたら、終わってしまう。
 ――「はい、行きます」と言われたら。

 手を引いた。

 ――明日、セシリアたちに相談しよう。
 ――どうすればいいのか、教えてもらおう。

 部屋に戻る。

 ベッドに座る。

 ――もし出ていったら、私はどうなる?
 ――一人で、この屋敷で?
 ――ウィルがいない世界?

 考えたくない。

 でも、考えてしまう。



 部屋の中で、ウィリアムは窓の外を見つめていた。

 今日のお嬢様は、様子がおかしかった。
 何度も視線を向けられた。
 でも、話しかけることはなかった。

 ――何か、悩んでおられるのだろうか。

 机の上の封筒。
 マグナス公爵家からの書状が入っていたもの。

 ウィリアムは眉をひそめる。

 封筒が、完全に閉じられていない。開封の跡が残っている。
 中を確認する。

 ――手紙が、ない。

 ――封筒の状態から、誰かが開封した。そして、手紙だけが消えている。
 ――お嬢様が、持ち出されたのか。
 ――お嬢様は、私が屋敷を去ることを知ってしまわれたのですね。
 ――だから、あんなに不安そうな目で……

 でも、言えない。

 ――もし「手紙を見ましたか?」と聞けば、
 ――お嬢様は「ほんとうなの?」と聞かれるだろう。

 ――そして、私は「はい」と答えるしかない。

 ――実際に、私は屋敷を去るつもりだから。
 ――でも、その理由は……言えない。
 ――言えば、お嬢様は自分を責める。

 ウィリアムは窓の外を見つめる。
 ――お嬢様、どうか……
 ――どうか、私の本当の想いに、気づかないでください。

 その時、廊下に気配を感じた。
 誰かが、扉の前にいる。

 ――お嬢様?

 でも、ノックの音はしない。
 しばらくして、気配が遠ざかった。

 ウィリアムは静かに息を吐いた。

 ――お嬢様、何を悩んでおられるのだろう。
 ――私に、何かできることがあれば……

 でも、言えない。
 
 ――屋敷を去ることは、変えられない。
 ――それが、お嬢様のためだから。



「おはよう、ウィル」
「おはようございます、お嬢様」

 いつもと同じ挨拶。
 でも、全てが違って見える。
 コーデリアの目の下に、うっすらと隈がある。

「お嬢様、昨夜はよくお眠りになれましたか?」
「ええ、ぐっすりよ!」

 明るく答える。

 ――バレてる! 絶対バレてる!

「……そうですか」

 ウィリアムの優しい目。

 コーデリアは視線を逸らした。

「今日、白薔薇のティールームに行ってもいいかしら」
「もちろんです。お友達とのお約束ですか?」
「ええ……ちょっと、相談したいことがあって」

 ウィリアムは微笑む。
 その笑顔が、今は遠く感じた。

「準備ができましたら、お声をおかけください」
「ありがとう……」

 小声で言った。
 ウィリアムが少し驚いたように目を見開く。
 でも、何も言わずに部屋を出た。
 コーデリアは、ウィリアムの背中を見送る。

 ――今日、友人に相談しよう。
 ――どうすればいいのか、教えてもらおう。
 ――このままじゃ、何も変わらない。

 窓の外を見る。
 青い空。

 ――でも、もし答えが「無理」だったら?
 ――もし「諦めなさい」と言われたら?

 考えたくない。

 でも、行かなければ。
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