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3 本日の献立
王宮には厨房が二つある。
一つは王族や貴族に振舞う料理を作る厨房、こちらは王宮料理人と呼ばれてざっくりいうとけっこう偉い人たちだ。
もう一つは王宮で働く騎士や衛士、使用人たちの食堂に併設された厨房である。
ざっくり言ってしまえば社員食堂だ。
私が配属されたのは、もちろん社食の方だ。
で、そんな社員食堂の朝は早い。
まだ空が白み始めたばかりの時間、広大な厨房にはすでに火が入り、鉄鍋と包丁の音が響いている。
「チドリ、今日のスープはなんですか?」
背後から声をかけてきたのは給仕係のリリアだった。
リリアは私のルームメイトで、こっちの世界に来てから色々とお世話になっている。私よりも若いのに本当にしっかり者です。
「味見してみる?」
「みるみる!」
私は木匙でスープをすくい、リリアの口にそっと注ぐ。
「うん、美味しい! やっぱりチドリの料理は最高だよ」
「ありがとう、でも今日は騎士団の訓練日だから少しだけ濃いめにしてあるの」
「へぇ、そうなんだぁ、気が付かなかった。そこまで考えてる人、チドリくらいだよ。みんなあいつらの腹に溜まればなんでもいいって思っているから」
くすっと笑うリリアに私も笑顔で返す。
異世界に来てもうすぐ半年になる私は、すっかり〝食堂の一員〟になっていた。
最初は食堂で働くみんなから腫れ物というか厄介事を押し付けられたという冷やかな視線を浴びせられ雑に扱われることも多かった。
それでも私は頑張った。結果的に仕事ぶりがチーフシェフに評価されて今ではスープを担当させてもらえるようになった。
「良い匂いだな」
噂をすれば低くよく通る声が厨房に響いた。振り返ると、そこには王宮食堂を仕切るチーフシェフ、長身で端正な顔立ちをしたレオンハルトが立っていた。その鋭い眼差しは正直、料理人というより騎士と言われた方が納得する。
「チーフも味見してみますか?」
「後でさせてもらう、今日のメインは?」
「今日のメインは川魚の香草蒸しです。午後からすぐに訓練なので消化しやすいメニューにしました」
「しかし騎士団の連中に香草は勿体ない気がするがな、どうせ味なんて二の次なんだ」
「でも放っておくとあの人たちお肉しか食べないので、お魚も好きになってもらいたいんです」
私がそう言うとレオンハルトは鼻で笑い、「相手を思いやる料理か」と短く言った。
「それじゃあ私は野菜を取りに行ってきます。そろそろ農場から取れたての野菜が届くころですから」
「ああ、任せた。俺はお前の書いてくれたレシピ通りにメインを作るとしよう」
チーフに一礼をした私は大きな籠を抱えて裏口へと向かった。
◇◇◇
「ありがとうございました」
農場のおじさんにお礼を言って私は籠を両手で持ち上げた。
籠の中身は今朝届いたばかりの野菜たち。根菜や葉物がぎっしり詰まっていて、正直けっこう重い。
重い。けれど新鮮な野菜を見ると、それだけで少し嬉しくなる。素材が良いと腕によりをかけたくなる。
ズレ落ちそうになった籠を胸に押し当て、よいしょと気合を入れて通路を曲がった、その瞬間だった。
「わっ!」
どん、という鈍い衝撃。
視界が一気に傾き足がもつれる。重たい籠に押されて体勢を崩した。
倒れる! そう思った刹那、背中を支えられた。
「大丈夫ですか?」
若い男の声。
誰かの腕が後ろから私の背中をしっかり支えている。私は体を抱えられるように、半分だけお姫様だっこのような格好になっていた。
籠は相手の身体と私の胸に挟まれて、中身の野菜はどうにか落ちずに済んだようだ。いや、いくつかは地面に落ちてしまった。
それにしても近い……、ものすごく、近い。
すぐ目の前に美少年の顔があった。少し癖のある金髪に柔らかそうな瞳。まだ幼さを残した整った顔立ちで――、イケメンだ。
ひゃーーーッ!
思わずテンションが爆上がりする。思わず叫びそうになったけどなんとか堪えた。
「怪我はないですか?」
彼はそう言って、ほっとしたように目を細めた。
「はい、ありません! すみません、ちゃんと前を見てなくて……」
私が答えると彼はそっと私の身体を起こして立たせてくれた。
もう少しあのままでも良かったかも……。
なんてことを考えていると、少年は人懐っこさがある顔でにこりと微笑む。
間近で見るとホントにイケメンだ。年頃は十五、六のティーンエイジャーなのだろうけど年の割に落ち着いた雰囲気がある。
私の腕の中の籠を見て、彼は「あっ」と声を上げた。
「重そうですね」
「は、はい……、ちょっと欲張りました」
「では、ここは騎士に任せてください」
そう言って、彼は私の腕から籠を奪ってひょいと持ち上げた。
「そ、そんな悪いですよ! 騎士様にそんなことをしていただいては上司に怒られてしまいます!」
「いえ、それでは『女性を助けない騎士は騎士ではない』と僕が先輩に怒られてしまいますので」
「あ、ありがとうございます。助かります」
なんてスマートな断り方なの! さすが騎士様! それにしてもこんな少年も騎士になる世界なんだ……。
まじまじと顔を見つめる私に、「騎士と言ってもまだ見習いなんですけどね」と言って彼は歩き始めた。
私も彼の後を追って歩き出す。
「食堂でいいんですよね?」
「は、はい!」
「あ、僕、ノエルって言います」
籠を持ちながらにこりと笑って彼は名乗った。
爽やかだ、どう見てもさっきまで厨房で話題に出ていた〝腹いっぱいになれば何でもいい連中〟にはとても見えない。
「私は千鳥です。食堂で働いてます」
「知ってますよ」
「え?」
「あなたは自分が思っているよりずっと目立っていますよ、なんたって東方人ですからね。それにチドリさんの作るスープ美味しいって、みんな言ってます」
その一言に胸の奥が少しだけくすぐったくなった。まさか話題になっているなんて思いもよらなかったから。
「あ、ありがとうございます」
食堂まで野菜を運んでくれたノエルは、「それではまた後で」と言って颯爽と駆け出して行った。
まさか異世界であんなラブコメチックな展開が体験できるなんて夢にも思わなかった。
ああ、異世界って最高かもしれない……。
一つは王族や貴族に振舞う料理を作る厨房、こちらは王宮料理人と呼ばれてざっくりいうとけっこう偉い人たちだ。
もう一つは王宮で働く騎士や衛士、使用人たちの食堂に併設された厨房である。
ざっくり言ってしまえば社員食堂だ。
私が配属されたのは、もちろん社食の方だ。
で、そんな社員食堂の朝は早い。
まだ空が白み始めたばかりの時間、広大な厨房にはすでに火が入り、鉄鍋と包丁の音が響いている。
「チドリ、今日のスープはなんですか?」
背後から声をかけてきたのは給仕係のリリアだった。
リリアは私のルームメイトで、こっちの世界に来てから色々とお世話になっている。私よりも若いのに本当にしっかり者です。
「味見してみる?」
「みるみる!」
私は木匙でスープをすくい、リリアの口にそっと注ぐ。
「うん、美味しい! やっぱりチドリの料理は最高だよ」
「ありがとう、でも今日は騎士団の訓練日だから少しだけ濃いめにしてあるの」
「へぇ、そうなんだぁ、気が付かなかった。そこまで考えてる人、チドリくらいだよ。みんなあいつらの腹に溜まればなんでもいいって思っているから」
くすっと笑うリリアに私も笑顔で返す。
異世界に来てもうすぐ半年になる私は、すっかり〝食堂の一員〟になっていた。
最初は食堂で働くみんなから腫れ物というか厄介事を押し付けられたという冷やかな視線を浴びせられ雑に扱われることも多かった。
それでも私は頑張った。結果的に仕事ぶりがチーフシェフに評価されて今ではスープを担当させてもらえるようになった。
「良い匂いだな」
噂をすれば低くよく通る声が厨房に響いた。振り返ると、そこには王宮食堂を仕切るチーフシェフ、長身で端正な顔立ちをしたレオンハルトが立っていた。その鋭い眼差しは正直、料理人というより騎士と言われた方が納得する。
「チーフも味見してみますか?」
「後でさせてもらう、今日のメインは?」
「今日のメインは川魚の香草蒸しです。午後からすぐに訓練なので消化しやすいメニューにしました」
「しかし騎士団の連中に香草は勿体ない気がするがな、どうせ味なんて二の次なんだ」
「でも放っておくとあの人たちお肉しか食べないので、お魚も好きになってもらいたいんです」
私がそう言うとレオンハルトは鼻で笑い、「相手を思いやる料理か」と短く言った。
「それじゃあ私は野菜を取りに行ってきます。そろそろ農場から取れたての野菜が届くころですから」
「ああ、任せた。俺はお前の書いてくれたレシピ通りにメインを作るとしよう」
チーフに一礼をした私は大きな籠を抱えて裏口へと向かった。
◇◇◇
「ありがとうございました」
農場のおじさんにお礼を言って私は籠を両手で持ち上げた。
籠の中身は今朝届いたばかりの野菜たち。根菜や葉物がぎっしり詰まっていて、正直けっこう重い。
重い。けれど新鮮な野菜を見ると、それだけで少し嬉しくなる。素材が良いと腕によりをかけたくなる。
ズレ落ちそうになった籠を胸に押し当て、よいしょと気合を入れて通路を曲がった、その瞬間だった。
「わっ!」
どん、という鈍い衝撃。
視界が一気に傾き足がもつれる。重たい籠に押されて体勢を崩した。
倒れる! そう思った刹那、背中を支えられた。
「大丈夫ですか?」
若い男の声。
誰かの腕が後ろから私の背中をしっかり支えている。私は体を抱えられるように、半分だけお姫様だっこのような格好になっていた。
籠は相手の身体と私の胸に挟まれて、中身の野菜はどうにか落ちずに済んだようだ。いや、いくつかは地面に落ちてしまった。
それにしても近い……、ものすごく、近い。
すぐ目の前に美少年の顔があった。少し癖のある金髪に柔らかそうな瞳。まだ幼さを残した整った顔立ちで――、イケメンだ。
ひゃーーーッ!
思わずテンションが爆上がりする。思わず叫びそうになったけどなんとか堪えた。
「怪我はないですか?」
彼はそう言って、ほっとしたように目を細めた。
「はい、ありません! すみません、ちゃんと前を見てなくて……」
私が答えると彼はそっと私の身体を起こして立たせてくれた。
もう少しあのままでも良かったかも……。
なんてことを考えていると、少年は人懐っこさがある顔でにこりと微笑む。
間近で見るとホントにイケメンだ。年頃は十五、六のティーンエイジャーなのだろうけど年の割に落ち着いた雰囲気がある。
私の腕の中の籠を見て、彼は「あっ」と声を上げた。
「重そうですね」
「は、はい……、ちょっと欲張りました」
「では、ここは騎士に任せてください」
そう言って、彼は私の腕から籠を奪ってひょいと持ち上げた。
「そ、そんな悪いですよ! 騎士様にそんなことをしていただいては上司に怒られてしまいます!」
「いえ、それでは『女性を助けない騎士は騎士ではない』と僕が先輩に怒られてしまいますので」
「あ、ありがとうございます。助かります」
なんてスマートな断り方なの! さすが騎士様! それにしてもこんな少年も騎士になる世界なんだ……。
まじまじと顔を見つめる私に、「騎士と言ってもまだ見習いなんですけどね」と言って彼は歩き始めた。
私も彼の後を追って歩き出す。
「食堂でいいんですよね?」
「は、はい!」
「あ、僕、ノエルって言います」
籠を持ちながらにこりと笑って彼は名乗った。
爽やかだ、どう見てもさっきまで厨房で話題に出ていた〝腹いっぱいになれば何でもいい連中〟にはとても見えない。
「私は千鳥です。食堂で働いてます」
「知ってますよ」
「え?」
「あなたは自分が思っているよりずっと目立っていますよ、なんたって東方人ですからね。それにチドリさんの作るスープ美味しいって、みんな言ってます」
その一言に胸の奥が少しだけくすぐったくなった。まさか話題になっているなんて思いもよらなかったから。
「あ、ありがとうございます」
食堂まで野菜を運んでくれたノエルは、「それではまた後で」と言って颯爽と駆け出して行った。
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ああ、異世界って最高かもしれない……。
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