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11 カミングアウト、羨望と嫉妬
「ねぇ、あの人ってクラウディオさんですよね? なんでずっと食堂にいるの? しかも騎士様の服着てるし……あの人、もともと衛士でしたよね?」
食堂の隅、椅子に腰を掛けて足を組むクラウディオを見ながら、リリアは不思議そうに首を傾げた。
実家から直接出勤してきたリリアは、休日の間に何があったのかをまったく知らない。もし私が彼と一緒に出勤してきたと知ったら、どんな顔をするだろう。
いや、仕事終わりには結局一緒に宿舎へ帰るんだし、遅かれ早かれ説明は必要だよね。
「うん、実はね……」
私はリリアにかくかくしかじかと事情を説明した。
「いいなぁ~、羨ましいですぅ~」
話を聞き終えるなり、リリアは配膳台に肘をついて両手で頬を挟んだ。口を窄めて再びクラウディオの方を見る。
「そう思う?」
「そうですよ~。だって、あんなカッコいい人に守ってもらえるんですよ? 普通に羨ましいです」
うん、まあ。あれで性格さえ良ければ、ね。
「ていうか、なんでチドリだけなんですか? わたしには~? わたしだって襲われたのに、なんで護衛つかないんですか?」
頬を膨らませて抗議するリリアに、私は一瞬だけ言葉に詰まる。食堂で私が聖女召喚された事実を知っているのはチーフだけ。他の従業員たちには、東方からやって来た流浪の料理人という設定になっている。
(なんだその硬派な設定は……、と最初は思ったけど)
「あー……うん、それはね……」
少し迷ってから、私は聖女として召喚されたことを簡単に説明した。
「えっ……チドリが、聖女!?」
目を丸くしたリリアだったが、姿勢を正すようなことはなく両手で頬を挟んだままの姿勢で、「なんか馴れ馴れしくしてごめんなさいです、聖女さま?」と謝罪する。
……なんで疑問形?
リリアは半信半疑なのかもしれないし、仮に本当だったとしても態度を改める気はないようだ。
こういう誰に対しても自然体なところが、この子の可愛いところで憎めないところでもある。
「うん。でもね、私にはなんの力も――」
「へぇ、あんた聖女だったんだ」
背後から、わざとらしく感心した声が割り込んできた。
振り返ると、そこにいたのはマリアだった。マリアはリリアと同じ給仕係の女性で私と歳が近い。
にこやかな笑み。けれど、その目は冷たい。
「どうりで、えこひいきされてるわけね」
彼女は私を上から下まで見回しながら言う。
「あんた、チーフのお気に入りだもんね?」
「いや、だから――」
「そもそも聖女なのに、なんで厨房なんかで働いてるの?」
私の言葉を遮るようにマリアは続けた。棘のある言い方で。
「だからね――」
否定しようとするけれど、マリアは聞く気なんて最初からない。
「王の庇護を受けて贅沢三昧で何不自由なく暮らしていける立場なのに、こんなところで働くなんて……まさか暇つぶし?」
肩をすくめて鼻で笑ったマリアの視線がクラウディオの方へ向いた。
「それとも男漁りかしら? 聖女って肩書きを隠して、可哀想な東方人のふりをして……楽しいでしょうね。こっちは毎日、生きるだけで精一杯なのに」
吐き捨てるように言ってから、ため息をついた。
「ほんと、いいご身分よね」
……はいはい。どこにでもいるのよね、こういう人って。
「チドリ、仕込みはどうなっている」
厨房の奥からチーフの声が飛んできた。
「あ、はーい!」
少し大きめに返事をしてその場を離れる私の背中にマリアの刺すような視線を感じていた。
◇◇◇
それからランチタイムが終わり一息ついたころ、食堂の入り口が開いた。
入ってきたのはノエルだった。どこか緊張した面持ちで周囲を見回してから私のところへ来る。
「チドリさん、昨日はご迷惑をお掛けしました」
厨房で鍋を拭いている私に彼は頭を下げた。
「気にしないで、私は大丈夫だから」
「そうですか……良かった」
ノエルの表情がぱっと明るくなる。思わず胸がきゅんとなる。
おいおい、いくつ歳が離れてると思っている――、とセルフツッコミしつつ、推し活だと思えばまあ、うん、問題ないよね。
それにしても彼はどうして、あそこまでして私の護衛になりたがったんだろう。やっぱりクラウディオへの対抗心? 二人の間には思った以上に深い因縁がありそうだ。
「えっと……それだけを言いに、わざわざ来てくれたの?」
「いえ、その……」
ノエルは視線を泳がせ、少し迷ってから口を開いた。
「コルアルの泉という、とても綺麗な場所があるのですが……行ったことはありますか?」
「コルアルの泉?」
この世界に来てから観光らしい観光なんてしたことがない。王宮と市場を往復するだけの毎日だから。
私が首を横に振るとノエルは少し嬉しそうに言った。
「それなら次の休日に行きませんか? コルアル泉には大きな滝があって絶景なんです」
「私と? それは別に構わないけど……」
「本当ですか!」
「でも、そうなるとクラウディオも一緒になるけど大丈夫?」
二人の仲を気遣って私がそう言うとノエルはこくりとうなずき、「そのことなんですが、一日だけ護衛役を交代してもいいと団長から許可をもらいました。本当は正式な護衛になりたかったのですが、あんな騒ぎを起こしたばかりですから……」と苦笑する。
「そうなんだ。私はいいけど……、クラウディオはそのこと知ってるの?」
「それをこれから話してきます」
そう言って小さく息を整えたノエルは神妙な顔で踵を返した。まるで決闘にでも赴くかのような背中だ。
だ、大丈夫かな? また剣を抜こうとしたりしないよね?
椅子へ腰を掛けて食堂を見渡しているクラウディオにノエルが声を掛けると、彼はゆっくりと視線だけを上げた。
二人の間に交わされた言葉は短い。距離もあるし、周囲の喧騒に紛れて内容までは聞こえない。クラウディオが表情を変えないまま肩をすくめたように見えた。
「好きにしろ」と言った気がする。付き合いは浅いけど、なんとなく雰囲気で分かってしまう。
少ししてノエルがこちらへ戻ってきた。さっきまで張りつめていた表情は、わずかに和らいでいる。
「話をつけてきました」
ほっとしたように彼は微笑み、「それでは次の休日、宿舎までお迎えにあがります」と丁寧に一礼してから食堂を後にした。
その背中を見送りながら、私は無意識にクラウディオの方へ視線を向けてしまう。
彼は私を見ていなかった。何事もなかったかのように周囲を警戒している。そんな彼の姿に、なぜか胸の奥がちくりとしたのだ。
「いいな~、チドリばっかり」
私とノエルのやり取りをずっと聞いていたリリアが羨ましそうに口を窄めている。
「私にもイケメンのおすそ分けしてください~」
「はは……、イケメンは物じゃないから。私だって家畜小屋でリリアが侵入者に選ばれたとき、少しはモヤっとしたんだからね」
「えー、あいつただの暴漢じゃん! 全然ちがうよ!」リリアが頬を膨らませた。
「それは……」
ごもっともです――。
少し離れた場所でマリアが私たちに聞こえるように、「ホントムカつく」とつぶやく。
……はぁ、めんどくさ。
「それにしてもノエルくんって泉とか滝とか、パワースポットが好きなんだ。私が暇そうに見えたから誘ってくれたのかな?」
「……え?」
おかしな物を見るようにリリアがじっと私を見つめてくる。
「え?」
私は彼女のリアクションの意味が分からず首を傾げた。
今思えば、あのときコルアルの泉で起こった事件が、戦術騎士隊が誕生するきっかけになったのだろう。
食堂の隅、椅子に腰を掛けて足を組むクラウディオを見ながら、リリアは不思議そうに首を傾げた。
実家から直接出勤してきたリリアは、休日の間に何があったのかをまったく知らない。もし私が彼と一緒に出勤してきたと知ったら、どんな顔をするだろう。
いや、仕事終わりには結局一緒に宿舎へ帰るんだし、遅かれ早かれ説明は必要だよね。
「うん、実はね……」
私はリリアにかくかくしかじかと事情を説明した。
「いいなぁ~、羨ましいですぅ~」
話を聞き終えるなり、リリアは配膳台に肘をついて両手で頬を挟んだ。口を窄めて再びクラウディオの方を見る。
「そう思う?」
「そうですよ~。だって、あんなカッコいい人に守ってもらえるんですよ? 普通に羨ましいです」
うん、まあ。あれで性格さえ良ければ、ね。
「ていうか、なんでチドリだけなんですか? わたしには~? わたしだって襲われたのに、なんで護衛つかないんですか?」
頬を膨らませて抗議するリリアに、私は一瞬だけ言葉に詰まる。食堂で私が聖女召喚された事実を知っているのはチーフだけ。他の従業員たちには、東方からやって来た流浪の料理人という設定になっている。
(なんだその硬派な設定は……、と最初は思ったけど)
「あー……うん、それはね……」
少し迷ってから、私は聖女として召喚されたことを簡単に説明した。
「えっ……チドリが、聖女!?」
目を丸くしたリリアだったが、姿勢を正すようなことはなく両手で頬を挟んだままの姿勢で、「なんか馴れ馴れしくしてごめんなさいです、聖女さま?」と謝罪する。
……なんで疑問形?
リリアは半信半疑なのかもしれないし、仮に本当だったとしても態度を改める気はないようだ。
こういう誰に対しても自然体なところが、この子の可愛いところで憎めないところでもある。
「うん。でもね、私にはなんの力も――」
「へぇ、あんた聖女だったんだ」
背後から、わざとらしく感心した声が割り込んできた。
振り返ると、そこにいたのはマリアだった。マリアはリリアと同じ給仕係の女性で私と歳が近い。
にこやかな笑み。けれど、その目は冷たい。
「どうりで、えこひいきされてるわけね」
彼女は私を上から下まで見回しながら言う。
「あんた、チーフのお気に入りだもんね?」
「いや、だから――」
「そもそも聖女なのに、なんで厨房なんかで働いてるの?」
私の言葉を遮るようにマリアは続けた。棘のある言い方で。
「だからね――」
否定しようとするけれど、マリアは聞く気なんて最初からない。
「王の庇護を受けて贅沢三昧で何不自由なく暮らしていける立場なのに、こんなところで働くなんて……まさか暇つぶし?」
肩をすくめて鼻で笑ったマリアの視線がクラウディオの方へ向いた。
「それとも男漁りかしら? 聖女って肩書きを隠して、可哀想な東方人のふりをして……楽しいでしょうね。こっちは毎日、生きるだけで精一杯なのに」
吐き捨てるように言ってから、ため息をついた。
「ほんと、いいご身分よね」
……はいはい。どこにでもいるのよね、こういう人って。
「チドリ、仕込みはどうなっている」
厨房の奥からチーフの声が飛んできた。
「あ、はーい!」
少し大きめに返事をしてその場を離れる私の背中にマリアの刺すような視線を感じていた。
◇◇◇
それからランチタイムが終わり一息ついたころ、食堂の入り口が開いた。
入ってきたのはノエルだった。どこか緊張した面持ちで周囲を見回してから私のところへ来る。
「チドリさん、昨日はご迷惑をお掛けしました」
厨房で鍋を拭いている私に彼は頭を下げた。
「気にしないで、私は大丈夫だから」
「そうですか……良かった」
ノエルの表情がぱっと明るくなる。思わず胸がきゅんとなる。
おいおい、いくつ歳が離れてると思っている――、とセルフツッコミしつつ、推し活だと思えばまあ、うん、問題ないよね。
それにしても彼はどうして、あそこまでして私の護衛になりたがったんだろう。やっぱりクラウディオへの対抗心? 二人の間には思った以上に深い因縁がありそうだ。
「えっと……それだけを言いに、わざわざ来てくれたの?」
「いえ、その……」
ノエルは視線を泳がせ、少し迷ってから口を開いた。
「コルアルの泉という、とても綺麗な場所があるのですが……行ったことはありますか?」
「コルアルの泉?」
この世界に来てから観光らしい観光なんてしたことがない。王宮と市場を往復するだけの毎日だから。
私が首を横に振るとノエルは少し嬉しそうに言った。
「それなら次の休日に行きませんか? コルアル泉には大きな滝があって絶景なんです」
「私と? それは別に構わないけど……」
「本当ですか!」
「でも、そうなるとクラウディオも一緒になるけど大丈夫?」
二人の仲を気遣って私がそう言うとノエルはこくりとうなずき、「そのことなんですが、一日だけ護衛役を交代してもいいと団長から許可をもらいました。本当は正式な護衛になりたかったのですが、あんな騒ぎを起こしたばかりですから……」と苦笑する。
「そうなんだ。私はいいけど……、クラウディオはそのこと知ってるの?」
「それをこれから話してきます」
そう言って小さく息を整えたノエルは神妙な顔で踵を返した。まるで決闘にでも赴くかのような背中だ。
だ、大丈夫かな? また剣を抜こうとしたりしないよね?
椅子へ腰を掛けて食堂を見渡しているクラウディオにノエルが声を掛けると、彼はゆっくりと視線だけを上げた。
二人の間に交わされた言葉は短い。距離もあるし、周囲の喧騒に紛れて内容までは聞こえない。クラウディオが表情を変えないまま肩をすくめたように見えた。
「好きにしろ」と言った気がする。付き合いは浅いけど、なんとなく雰囲気で分かってしまう。
少ししてノエルがこちらへ戻ってきた。さっきまで張りつめていた表情は、わずかに和らいでいる。
「話をつけてきました」
ほっとしたように彼は微笑み、「それでは次の休日、宿舎までお迎えにあがります」と丁寧に一礼してから食堂を後にした。
その背中を見送りながら、私は無意識にクラウディオの方へ視線を向けてしまう。
彼は私を見ていなかった。何事もなかったかのように周囲を警戒している。そんな彼の姿に、なぜか胸の奥がちくりとしたのだ。
「いいな~、チドリばっかり」
私とノエルのやり取りをずっと聞いていたリリアが羨ましそうに口を窄めている。
「私にもイケメンのおすそ分けしてください~」
「はは……、イケメンは物じゃないから。私だって家畜小屋でリリアが侵入者に選ばれたとき、少しはモヤっとしたんだからね」
「えー、あいつただの暴漢じゃん! 全然ちがうよ!」リリアが頬を膨らませた。
「それは……」
ごもっともです――。
少し離れた場所でマリアが私たちに聞こえるように、「ホントムカつく」とつぶやく。
……はぁ、めんどくさ。
「それにしてもノエルくんって泉とか滝とか、パワースポットが好きなんだ。私が暇そうに見えたから誘ってくれたのかな?」
「……え?」
おかしな物を見るようにリリアがじっと私を見つめてくる。
「え?」
私は彼女のリアクションの意味が分からず首を傾げた。
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