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21 マリア様
「マリア様、ランチの準備が整いました。食堂をオープンしてください」
食器を並べ終えた私はテーブルを拭いていた給仕係のマリアに声をかけた。昼前の食堂はまだ静かで、窓から差し込む光がテーブルに反射している。
「マ、マリアさま?」
振り返って私を睨めつけたマリアの口角がひくひくと引きつっていた。
「あんた……、朝から様子がおかしいとは思っていたけど、一体なにを企んでいるのよ!」
「うふふ、とんでもないです。私はいつも通りですよ、マリア様」
私は聖母のような仕草で胸に手を当て、にこやかに微笑む。
「き、気持ち悪いわね……」
吐き捨てるように言いながら、彼女は食堂の重い扉を押し開けた。外の廊下のざわめきが、ふっと流れ込んでくる。
なにも企んではいない。けれど、含みはあった。
マリアをスパイじゃないかと疑ってしまったことへの、ささやかな贖罪。
そして、これ以上敵を作りたくないという打算。
家でも職場でも神経をすり減らすのはもう嫌だ。せめてここでは平和に過ごしたい。
色々ありすぎて、私の心はすっかり弱っている。
それにリリアが不在の今、食堂の女性従業員は私とマリアの二人だけ。孤立するのも、させるのもよろしくない。
嫌味を言われたら私が下手に出ればいい。ぐっと我慢して、大人にな――
「あの騎士の男、クラウディオに振られたからって、私に取り入って傷心を紛らわせようとしてるってわけね。浅はかすぎて惨めね!」
いつの間にか目の前まで歩み寄ってきていたマリアが、わざわざ顔を覗き込むようにして言った。
昨日まで私の護衛役だったクラウディオの姿はもうない。
「……」
がまん、がまんよ千鳥……。
私は穏やかに、かつ嫋やかな微笑みでマリアの嫌味を受け流す。
「言い返さないってことは図星かしら? あら、いけない。ビッチと話したらビッチが移っちゃう!」
笑顔を保つ私の眉間がぴくりと痙攣する。
「ふ、振られたわけじゃないし……」
今度は私の口角がピクピクと痙攣をはじめる。
「なに? 声が小さくて聞こえないんですけど? 言いたいことがあるならハッキリ言えば、ビチドリさん?」
――ビチドリ!?
「別に振られてなんかいないもん!」
我慢できずに声を張り上げてしまった。
食堂の扉から入ってきていた人々が足を止めて何事かとこちらを見た。視線が一斉に私に集まる。
「ふん……、元気じゃない。気持ち悪いのは顔だけにしなさいよね」
マリアはくるりと背を向け、配膳台の方へと歩いて行った。
あれ……ひょっとして、励まされた?
いやいや、それより気持ち悪い顔ってなによ!? きもちわるくなんて全然ないし!!
「チドリ!」
後ろから、ぎゅっと抱きつかれた。
「リリア!」
振り向くと、そこには見慣れた笑顔があった。
「退院できたのね!」
「うん……、色々ごめんなさいです。目が覚めたときに話は聞いたけど、私、全然覚えてなくて……」
申し訳なさそうに眉を下げるリリアを、私は強く抱きしめた。彼女の温もりが伝わってくる。
「ううん、私は大丈夫だから。リリアが無事でよかった」
「元気そうだな、リリア。心配したぞ」
背後から聞こえた低い声に、私たちは同時に振り返る。
腕を組んだチーフが、グリルのそばでこちらを見ていた。
「チーフ、ご迷惑を掛けました!」
「お前は何一つ悪くないさ」
そう言ってから、チーフは私の方に視線を移す。
「さてチドリ、持ち場を離れていい。リリアに今後のことを話しておけ」
「わかりました」
私は頷き、リリアの手を取った。
食堂の喧騒が少しずつ増えてくる中、私たちは厨房の裏口から外に出た。
食器を並べ終えた私はテーブルを拭いていた給仕係のマリアに声をかけた。昼前の食堂はまだ静かで、窓から差し込む光がテーブルに反射している。
「マ、マリアさま?」
振り返って私を睨めつけたマリアの口角がひくひくと引きつっていた。
「あんた……、朝から様子がおかしいとは思っていたけど、一体なにを企んでいるのよ!」
「うふふ、とんでもないです。私はいつも通りですよ、マリア様」
私は聖母のような仕草で胸に手を当て、にこやかに微笑む。
「き、気持ち悪いわね……」
吐き捨てるように言いながら、彼女は食堂の重い扉を押し開けた。外の廊下のざわめきが、ふっと流れ込んでくる。
なにも企んではいない。けれど、含みはあった。
マリアをスパイじゃないかと疑ってしまったことへの、ささやかな贖罪。
そして、これ以上敵を作りたくないという打算。
家でも職場でも神経をすり減らすのはもう嫌だ。せめてここでは平和に過ごしたい。
色々ありすぎて、私の心はすっかり弱っている。
それにリリアが不在の今、食堂の女性従業員は私とマリアの二人だけ。孤立するのも、させるのもよろしくない。
嫌味を言われたら私が下手に出ればいい。ぐっと我慢して、大人にな――
「あの騎士の男、クラウディオに振られたからって、私に取り入って傷心を紛らわせようとしてるってわけね。浅はかすぎて惨めね!」
いつの間にか目の前まで歩み寄ってきていたマリアが、わざわざ顔を覗き込むようにして言った。
昨日まで私の護衛役だったクラウディオの姿はもうない。
「……」
がまん、がまんよ千鳥……。
私は穏やかに、かつ嫋やかな微笑みでマリアの嫌味を受け流す。
「言い返さないってことは図星かしら? あら、いけない。ビッチと話したらビッチが移っちゃう!」
笑顔を保つ私の眉間がぴくりと痙攣する。
「ふ、振られたわけじゃないし……」
今度は私の口角がピクピクと痙攣をはじめる。
「なに? 声が小さくて聞こえないんですけど? 言いたいことがあるならハッキリ言えば、ビチドリさん?」
――ビチドリ!?
「別に振られてなんかいないもん!」
我慢できずに声を張り上げてしまった。
食堂の扉から入ってきていた人々が足を止めて何事かとこちらを見た。視線が一斉に私に集まる。
「ふん……、元気じゃない。気持ち悪いのは顔だけにしなさいよね」
マリアはくるりと背を向け、配膳台の方へと歩いて行った。
あれ……ひょっとして、励まされた?
いやいや、それより気持ち悪い顔ってなによ!? きもちわるくなんて全然ないし!!
「チドリ!」
後ろから、ぎゅっと抱きつかれた。
「リリア!」
振り向くと、そこには見慣れた笑顔があった。
「退院できたのね!」
「うん……、色々ごめんなさいです。目が覚めたときに話は聞いたけど、私、全然覚えてなくて……」
申し訳なさそうに眉を下げるリリアを、私は強く抱きしめた。彼女の温もりが伝わってくる。
「ううん、私は大丈夫だから。リリアが無事でよかった」
「元気そうだな、リリア。心配したぞ」
背後から聞こえた低い声に、私たちは同時に振り返る。
腕を組んだチーフが、グリルのそばでこちらを見ていた。
「チーフ、ご迷惑を掛けました!」
「お前は何一つ悪くないさ」
そう言ってから、チーフは私の方に視線を移す。
「さてチドリ、持ち場を離れていい。リリアに今後のことを話しておけ」
「わかりました」
私は頷き、リリアの手を取った。
食堂の喧騒が少しずつ増えてくる中、私たちは厨房の裏口から外に出た。
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