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第二章【招集】
36 料理に罪はない
「ぷはーっ! ちきしょー!!」
冷えた麦酒を一気にあおり、私は息を吐いた。泡が唇につき、ほのかな苦味と麦の香ばしさが喉を駆け抜けていく。
現在、私は城下街のとある酒場にいる。
中央通りに面したその店は、外まで賑わいが溢れていた。
大聖堂を出た途端、津波のようにどっと疲れが押し寄せてきた私は、頑張った自分へのご褒美として、いつかやってみたいと思っていた〝ひとり飲み〟を、まさかの異世界で実現している。
宿舎に住んでいたときは門限があるし、リリアは未成年だしと制約が多かった。だから、こういうザ・酒場といった雰囲気の店に入るのは実は初めてだ。
年季の入った木製のテーブルと椅子、壁に掛けられた狩猟道具。笑い声とジョッキのぶつかる音が絶え間なく響き、活気に包まれている。居酒屋はいつの時代も、たとえ世界が変わっても、労働者のオアシスにしてシェルターだ。
「いや……別になにもしてないけどさ……。なんだかすごく疲れちゃった。明日からどうなっちゃうのかな……」
ぽつりとこぼしたそのとき、歌声が聞こえてきた。
フロアの中央で若い女性がアカペラで歌い始める。澄んだ声が店内を満たしていく。さっきまで騒がしかった客たちが自然と静まり、グラスを傾けながら聴き入っている。
この国の文化なのだろうか。なんて素敵なんだろう。それともスナックのカラオケ的なノリなのかな?
一曲歌い終えると拍手が鳴り響いた。口笛を吹く者、ジョッキを掲げる者、温かい歓声が店内を包む。余韻に浸りながら、私は空になったジョッキを掲げた。
「すみませーん、同じドリンクを。それからシェフを呼んでもらえますか?」
エプロン姿の給仕係の少女がきょとんとする。
「え?」
これも一度は言ってみたかったセリフだ。まさか異世界で実現するとは思わなかった。
「すごく料理が美味しいから、シェフに『すごく美味しいです』って直接伝えたくて」
「分かりました。いま呼んできますね」少女はぱたぱたと奥へ消えた。
料理人にとって、その一言ほど嬉しいものはない。
社員食堂で働いていたときも、今もそうだ。みんなが黙々と食べていると、美味しいのかそうでないのか分からなくて不安になる。
美味しかったと言ってくれる人は本当に稀だ。でも、そのたった一言でモチベーションがグンと上がるし、作ってよかったと心から思える。
だからちゃんと伝えたい。
それに本当に、ここの料理は美味しいのだ。
珍味と名高いゴサカの煮付けはほろりと身が崩れ、季節野菜のクリームスープは優しく甘く、菜の花に似た青菜の胡麻和えも、ふわりと湯気を立つだし巻き玉子も絶品だ。
味はもちろん盛り付けも美しい。温かい手料理が骨身に染みる。荒れた心が少しずつほどけていく。
「なにか用か?」
ぶっきらぼうな声に振り返る。
エプロンを付けた若い男が立っていた。その顔を見た瞬間、私は固まった。彼も同じように目を見開いて言葉を失っている。
「あっ……」
――クラウディオ!?
「お、お前ッ!?」
しばらく互いに見つめ合ったまま硬直する。先に口を開いたのは私だった。
「どうしてあなたがここにいるの!」
「それはこっちのセリフだ!」
「まさか……ここで働いているの?」
「……ここは俺の実家だ」
形のいい眉を歪め、クラウディオは深く嘆息する。
「え……」
「仕事帰りに酒場か。良いご身分だな」
小馬鹿にしたような視線が、テーブルに並ぶ空きジョッキへと落ちる。
「ほっといてよ! これくらいいーじゃない! あなただって、いつも眉間にシワ寄せてるくせにそんな可愛いエプロンしちゃって、ぷぷぷーっ!」
正直、私はかなり酔っていた。ファンシーなエプロンを指さして笑うと、彼の顔がみるみる赤く染まる。
「て、てめぇ!」
バン、とテーブルを叩くように手をつく。
「お兄ちゃん、まさかまたトラブル起こしてないよね?」
駆け寄ってきた給仕係の少女がクラウディオを睨みつけた。
「お客さん、お兄ちゃんと知り合いだったんですか?」
「ええ、まあ……」
「シェフがこんなガザツそうな人でびっくりしたでしょ? でもお兄ちゃん、小さい頃から料理が得意なんですよ」
「そうなんですね……」
「余計なこと言うな」
「なに? お兄ちゃん、あっち行ってよ」
しっし、と兄を手であしらう妹。
「ぐっ……」
言い返せず、ぐっと言葉を飲み込む兄。どうやら妹に頭が上がらない様子。
「ねぇお客さん、お兄ちゃんのことどう思います? 料理もできるし衛士で収入も安定しているし、好物件だと思うけど」
そう言って彼女はウインクした。
「は、はあ……」
どういう魂胆かまる見えだけど、妹さんは私にクラウディオを斡旋しようとしている。
しかしながら、衛士ではなく戦術騎士隊に所属していることを家族に隠しているようだ。一応、まだ非公開の部隊だから守秘義務ってところかな。
「いい加減にしろシャーロット。この人だって困っているだろ?」
うんざりとした声でクラウディオは〝この人〟呼ばわりで私にお鉢を回してきた。
ぷっぷー、いえいえ、全然困ってませんよ。見ていて片腹痛いくらいです。
「お兄ちゃんのために言ってるんでしょ! もういい歳なんだから、早く結婚してお母さんを安心させてよね!」
「……っ」
小さく舌打ちするだけで反論できない兄の姿には、どこか哀愁が漂う。
それから妹さん、そのセリフは私にも刺さるからやめてください。
クラウディオの弱点が判明したのは僥倖だ。
……でも、料理が美味しいのが悔しい。
クラウディオの弱点が判明したのは僥倖だけど、料理が美味しいのが悔しい。私にだって料理人としての自負があって腕前には自信がある。
憎たらしい相手だが料理に罪はない。
私は黙々と箸ならぬフォークを進めた。悔しさを麦酒で流し込みながら。
ていうか、仕事した後も働いていたのか……。
冷えた麦酒を一気にあおり、私は息を吐いた。泡が唇につき、ほのかな苦味と麦の香ばしさが喉を駆け抜けていく。
現在、私は城下街のとある酒場にいる。
中央通りに面したその店は、外まで賑わいが溢れていた。
大聖堂を出た途端、津波のようにどっと疲れが押し寄せてきた私は、頑張った自分へのご褒美として、いつかやってみたいと思っていた〝ひとり飲み〟を、まさかの異世界で実現している。
宿舎に住んでいたときは門限があるし、リリアは未成年だしと制約が多かった。だから、こういうザ・酒場といった雰囲気の店に入るのは実は初めてだ。
年季の入った木製のテーブルと椅子、壁に掛けられた狩猟道具。笑い声とジョッキのぶつかる音が絶え間なく響き、活気に包まれている。居酒屋はいつの時代も、たとえ世界が変わっても、労働者のオアシスにしてシェルターだ。
「いや……別になにもしてないけどさ……。なんだかすごく疲れちゃった。明日からどうなっちゃうのかな……」
ぽつりとこぼしたそのとき、歌声が聞こえてきた。
フロアの中央で若い女性がアカペラで歌い始める。澄んだ声が店内を満たしていく。さっきまで騒がしかった客たちが自然と静まり、グラスを傾けながら聴き入っている。
この国の文化なのだろうか。なんて素敵なんだろう。それともスナックのカラオケ的なノリなのかな?
一曲歌い終えると拍手が鳴り響いた。口笛を吹く者、ジョッキを掲げる者、温かい歓声が店内を包む。余韻に浸りながら、私は空になったジョッキを掲げた。
「すみませーん、同じドリンクを。それからシェフを呼んでもらえますか?」
エプロン姿の給仕係の少女がきょとんとする。
「え?」
これも一度は言ってみたかったセリフだ。まさか異世界で実現するとは思わなかった。
「すごく料理が美味しいから、シェフに『すごく美味しいです』って直接伝えたくて」
「分かりました。いま呼んできますね」少女はぱたぱたと奥へ消えた。
料理人にとって、その一言ほど嬉しいものはない。
社員食堂で働いていたときも、今もそうだ。みんなが黙々と食べていると、美味しいのかそうでないのか分からなくて不安になる。
美味しかったと言ってくれる人は本当に稀だ。でも、そのたった一言でモチベーションがグンと上がるし、作ってよかったと心から思える。
だからちゃんと伝えたい。
それに本当に、ここの料理は美味しいのだ。
珍味と名高いゴサカの煮付けはほろりと身が崩れ、季節野菜のクリームスープは優しく甘く、菜の花に似た青菜の胡麻和えも、ふわりと湯気を立つだし巻き玉子も絶品だ。
味はもちろん盛り付けも美しい。温かい手料理が骨身に染みる。荒れた心が少しずつほどけていく。
「なにか用か?」
ぶっきらぼうな声に振り返る。
エプロンを付けた若い男が立っていた。その顔を見た瞬間、私は固まった。彼も同じように目を見開いて言葉を失っている。
「あっ……」
――クラウディオ!?
「お、お前ッ!?」
しばらく互いに見つめ合ったまま硬直する。先に口を開いたのは私だった。
「どうしてあなたがここにいるの!」
「それはこっちのセリフだ!」
「まさか……ここで働いているの?」
「……ここは俺の実家だ」
形のいい眉を歪め、クラウディオは深く嘆息する。
「え……」
「仕事帰りに酒場か。良いご身分だな」
小馬鹿にしたような視線が、テーブルに並ぶ空きジョッキへと落ちる。
「ほっといてよ! これくらいいーじゃない! あなただって、いつも眉間にシワ寄せてるくせにそんな可愛いエプロンしちゃって、ぷぷぷーっ!」
正直、私はかなり酔っていた。ファンシーなエプロンを指さして笑うと、彼の顔がみるみる赤く染まる。
「て、てめぇ!」
バン、とテーブルを叩くように手をつく。
「お兄ちゃん、まさかまたトラブル起こしてないよね?」
駆け寄ってきた給仕係の少女がクラウディオを睨みつけた。
「お客さん、お兄ちゃんと知り合いだったんですか?」
「ええ、まあ……」
「シェフがこんなガザツそうな人でびっくりしたでしょ? でもお兄ちゃん、小さい頃から料理が得意なんですよ」
「そうなんですね……」
「余計なこと言うな」
「なに? お兄ちゃん、あっち行ってよ」
しっし、と兄を手であしらう妹。
「ぐっ……」
言い返せず、ぐっと言葉を飲み込む兄。どうやら妹に頭が上がらない様子。
「ねぇお客さん、お兄ちゃんのことどう思います? 料理もできるし衛士で収入も安定しているし、好物件だと思うけど」
そう言って彼女はウインクした。
「は、はあ……」
どういう魂胆かまる見えだけど、妹さんは私にクラウディオを斡旋しようとしている。
しかしながら、衛士ではなく戦術騎士隊に所属していることを家族に隠しているようだ。一応、まだ非公開の部隊だから守秘義務ってところかな。
「いい加減にしろシャーロット。この人だって困っているだろ?」
うんざりとした声でクラウディオは〝この人〟呼ばわりで私にお鉢を回してきた。
ぷっぷー、いえいえ、全然困ってませんよ。見ていて片腹痛いくらいです。
「お兄ちゃんのために言ってるんでしょ! もういい歳なんだから、早く結婚してお母さんを安心させてよね!」
「……っ」
小さく舌打ちするだけで反論できない兄の姿には、どこか哀愁が漂う。
それから妹さん、そのセリフは私にも刺さるからやめてください。
クラウディオの弱点が判明したのは僥倖だ。
……でも、料理が美味しいのが悔しい。
クラウディオの弱点が判明したのは僥倖だけど、料理が美味しいのが悔しい。私にだって料理人としての自負があって腕前には自信がある。
憎たらしい相手だが料理に罪はない。
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ていうか、仕事した後も働いていたのか……。
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