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目の前には見たことがないほど沢山の札束が重なっている。

今ほど私自身が物語の主人公らしい瞬間はないだろう。

父親は子供を塔に監禁したり、ダイヤモンド鉱山をインドに持っているなんてこともなく芸術家肌なところ以外は平凡な男だったし、母親は私を産んですぐ失踪あるいは死ぬなんてこともなくそこそこに人生を楽しんで生きてきた人でしかない。

そういう私も物語の主人公にはあまり適さない人間だ。

恐ろしいほど醜くも光輝くほど美しいということ、あるいは平凡な顔つきということもなかった。

男性にしてはパーツが丸いからか可愛いらしく、二重の目と艶やかな肌のおかげで年齢よりもかなり若く見えることが多い。

でも、人目を惹くほどでもなくなんとも言えない容姿だった。

ゲイでオネエでホゲているのもこの多様性が呆れるほど叫ばれている世の中では個性にもならないことだ。

そんな私が両親をガンで亡くし、さらには勤めていた会社が倒産するという悲劇が重なるのは人生の中で起きたもっともドラマティックなことだった。
側から見る分にはロマンチックでも、実際にはかなり厄介。

両親が遺した負債やら葬儀、お墓、相続に自分の失業申告やら忙殺されて悲しいんだり嘆いたりする暇はなかった。
何から手をつけたらいいのか、お金の問題など途方に暮れていた時に現れたのは目の前にいる感じの良い初老の紳士だった。

「つまり、お芝居をして欲しいということですか?」

私は目を札束に向けたまま答えた。
もちろん不躾な振る舞いだけどあなたも私の立場なら同じじゃないかしら?イケメンと話題になっている山本大臣の秘書が莫大な金を出して大臣と婚約して欲しいと訪問してきたら。

あまりにもありえないことにカメラがどこかにあってドッキリなんじゃないかと思ったが、どこを見てもカメラは見当たらなかった。

「こちらのお願いとしては婚約をしていただくということでございます、そして今のご状況を私どもにお任せいただけましたら上手いこと取り計らうと言うことです」

この曖昧な回答は何かあった際に問題がないように遠回しに話しているのだろうことは気の利かない私でもなんとなくわかった。

「つまり相続やら負債やらの問題を解決してくださると」

「そうです、ご婚約者様の苦痛を和らげたいとお考えになっています」

「なぜ私なんでしょう?」

一番の疑問を問いかけた。
何の面識もない私なのだろう。
選ばれたのは綾鷹…じゃなく私でした……。
というのはバビロンの空中庭園よりも謎だった。
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