1977年、二人の航海者

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1977

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「君たち兄弟の航海に幸あらん事を」


 兄弟二人を航海に送り出そうとする博士が手を伸ばせば、兄弟もその手を握り返し、三人は固い握手を交わし、その姿をマスコミがバシャバシャとカメラに収めていく。


「まずはお前からだな」


 兄は弟の肩に手を置き、弟が見上げる船を同じ目線で見上げるのだった。


 本来は兄の船が先に出航するはずだった。だが船に不備が見付かり、弟の船が先に出航する手筈となったのだ。兄はその事に思う所はあったが、顔には笑みを湛えて、弟を送り出すと決めていた。


「行ってくるよ兄さん。誰も見た事のない景色を、このカメラに収めてくる」


 彼ら兄弟が航海に持ち込むものはとても簡潔だった。行き先の景色を写す為の高性能カメラに、それをこの地に送る為の通信機、そして行く先で誰かと出会った時に必要になるだろう黄金のレコードだ。


 レコードにはこの地の様々な言語、また、波、風、雷などの自然音や、鳥や鯨の鳴き声等も録音されていた。いつか行き先でこのレコードを手に入れた者が解析してくれると信じて。


 こうして1977年8月20日、弟の船はこの地を出航したのだ。博士たちの期待を載せて。


 そして遅れる事16日、1977年9月5日、兄の船が出航した。


 二人の活躍は目覚ましいものであった。前人未到の地の写真の数々は、この地の重力に縛り付けられた人々に感動と興奮を与え、幾多の困難を乗り越えて進むその姿に、人々は勇気を分けて貰っていた。


 そうとは知らぬ二人の兄弟は、長い長い航海をいまだに続けている。いつか出会うであろう異星人に、二人が携えた黄金のレコードと言う形のボトルメールを渡し、地球人との架け橋となる事を願って、宇宙と言う広大な海を進み続けている。二人の名はボイジャー。日本語にして航海者である。


 2022年9月5日で打ち上げから45周年を経て、ボイジャー1号2号は既に太陽圏外に出ており、地球から約160億キロメートル離れた宇宙を航海している。彼らの旅はまだまだ続く。

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