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鬱撃つ Black Dog
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黒い犬が牙を剥いてこちらに襲い掛かってくる。
「うわあっ!?」
驚いた自分は、両手で頭を押さえてその場に伏せる。襲い掛かってきた黒い犬の牙は空を噛み、黒い犬はそのまま反対側へと自分を飛び越えていった。
黒い犬はかなり狂暴な性格をしているらしい。真っ黒で顔はなく、まるで影から飛び出してきたようだ。いや、実際こいつは自分の影から出てきたのだ。
私は今VR空間にいる。鬱病の治療の為だ。
VR技術の進歩はめざましく、今や精神治療にもその技術が使われる時代となった。
『手に銃を持っているでしょう? それで黒い犬を倒して下さい』
VR用のベッドマウントディスプレイのヘッドホン越しに、医者の声が響く。
私はそう言われて、初めて自分がハンドガンを持っている事を自覚した。
「ガワゥッ!!」
が、そんな自分の事情なんぞ、黒い犬は考慮してはくれない。牙を剥き出しにして襲い来る黒い犬に、私は咄嗟に手に握ったハンドガンを突き出し、その引き金を引く。
「キャウ!」
何とも可愛らしい断末魔を上げて、黒い犬は光の粒となってVR空間から消え去った。
『どうですか?』
医者の声が耳元で囁く。私は早鐘のようにバクバク脈打つ心臓を整えながら、医者に尋ねた。
「どうですか? って?」
『演出です。銃を撃ってみて爽快感はありましたか? 黒い犬の強さはどうでしたか? 黒い犬がやられた時の演出は?』
恐らく向こうはもう何度となくこの説明をしているので、慣れているのだろう。説明に隙がなくが早口だ。
「取り敢えず、何故、黒い犬なんですか?」
『作家でイラストレーターのマシュー・ジョンストン氏の描いた、『ぼくのなかの黒い犬』と言う絵本がありまして、その中で鬱病を黒い犬として表現しているんです』
どうやら精神病界隈では鬱病=黒い犬は有名な隠喩であるらしい。
『犬が嫌なようでしたら、虎やライオンなど他の動物や、ドラゴンやグリフォンのような怪獣などにも出来ますよ。色も黒が嫌なら白赤青紫ピンクマーブルどんな色にも出来ます』
至れり尽くせりだな。
「黒い犬で良いので、もう少し狂暴度を下げてもらえますか?」
あんな怖い犬に追い掛け回されたら、それが原因で鬱病が悪化しそうだからな。
『分かりました』
そう言って医者がVR空間に出したのは、黒いチワワだった。
私はキャンとチワワが吠える前に倒していた。
「もう少し狂暴度を上げて下さい」
私はハンドガンで撃って撃って撃ちまくっていた。
襲い来るのは秋田犬ほどの大きさをした黒い犬だ。それが十匹私に向かってきている。
このクリニックに通院するようになって三ヶ月。初めは黒い犬一匹にも四苦八苦していたが、今や十匹を手玉に取れるほどになってきた。
これが精神病の改善になっているのかは分からないが、黒い犬を倒すのは快感だ。これは恐らく倒した時の演出も関係あるだろう。
これが倒した時に血や内容物をぶちまけて無惨な死に方をされれば、私の気分もどん底に落ちると言うものだが、黒い犬は撃たれると「キャウ!」と鳴いて、黒い球体に変わり、それが光の粒となって消滅するのだ。
罪悪感なんぞまるで覚えない。お陰様でクリニックを出る時は、憑き物が落ちたようにスッキリして帰れていた。
「くっ!」
クリニックに通院して半年が経った。
私の眼前には、二足歩行し手に小銃を構えた黒い犬どもが迫っている。それを確認し終えると、私は直ぐに防壁の影に身を隠した。
「ちっ、しくじったぜ。あの部隊が陽動だったとは。先にあちらを倒しておくべきだった」
私は自嘲しつつ、手持ちの武器を改める。アサルトライフルの弾薬は既に2/3を消費し、ハンドガンにナイフ、そして……、
「手榴弾か」
私はこれに賭ける事にした。
手榴弾のピンを引き抜くと、近付く黒い犬ども目掛けて放り投げる。
ドンッと言う爆発音に合わせ、私はアサルトライフルを構えて混乱している黒い犬たちへと特攻していったのだった。
クリニックへの通院も一年を過ぎた。最近の私は自分でも驚くほど自信に満ちていると思う。一年前のように小声で他人の顔色を窺うよう態度は取らず、イエスノーはハッキリし、実生活でもとても前向きになれた気がする。こんな変わった私を嫌がる周囲の視線も感じなくはないが、自分はやれる人間と言う自信に満ちているからか、気にならない。
そして今日は総仕上げだ。クリニックの医者から、これを倒せればもう通院しなくて良いとお墨付きをもらった。
その相手とは、三頭の黒犬ケルベロスだ。一つの身体に三つの頭を持つケルベロス。その体高は五階建てのビルに匹敵する。だが私はこの怪物を倒してみせる。
「ガワゥッ!!」
その突進はまるで戦車のようで、噛みつきは一撃で私を噛み砕きそうだ。その噛みつきが時間差で連続攻撃を仕掛けてくる上に、前足での攻撃も凶悪である。
私はその全てをかわし、アサルトライフルで攻撃を試みるが、剛毛に覆われたケルベロスには蚊に刺されたようなものらしい。
「ならば!」
私は狙いをケルベロスの目に集中させた。
「ガワゥッ!?」
流石のケルベロスもこれは嫌なようで、三つ首はそれぞれ嫌がり目を庇おうとするが、六つの目に対して前足は二つ。後足を加えても四つだ。目を庇い切れない。
更に口中への手榴弾攻撃を加えれば、さしものケルベロスも堪らないらしく、その場で暴れまわるのが関の山と化す。
あとはひたすら銃弾を撃ち込むだけである。一発一発では蚊に刺された程度でも、それが一ヶ所に集中し、何千発何万発と撃ち込まれれば、それはケルベロスの心臓をも貫くゼウスの雷霆となる。
こうして私は全ての黒い犬を撃ち倒し、クリニックと言う魔城から自信と言う宝とともに生還したのだった。
「うわあっ!?」
驚いた自分は、両手で頭を押さえてその場に伏せる。襲い掛かってきた黒い犬の牙は空を噛み、黒い犬はそのまま反対側へと自分を飛び越えていった。
黒い犬はかなり狂暴な性格をしているらしい。真っ黒で顔はなく、まるで影から飛び出してきたようだ。いや、実際こいつは自分の影から出てきたのだ。
私は今VR空間にいる。鬱病の治療の為だ。
VR技術の進歩はめざましく、今や精神治療にもその技術が使われる時代となった。
『手に銃を持っているでしょう? それで黒い犬を倒して下さい』
VR用のベッドマウントディスプレイのヘッドホン越しに、医者の声が響く。
私はそう言われて、初めて自分がハンドガンを持っている事を自覚した。
「ガワゥッ!!」
が、そんな自分の事情なんぞ、黒い犬は考慮してはくれない。牙を剥き出しにして襲い来る黒い犬に、私は咄嗟に手に握ったハンドガンを突き出し、その引き金を引く。
「キャウ!」
何とも可愛らしい断末魔を上げて、黒い犬は光の粒となってVR空間から消え去った。
『どうですか?』
医者の声が耳元で囁く。私は早鐘のようにバクバク脈打つ心臓を整えながら、医者に尋ねた。
「どうですか? って?」
『演出です。銃を撃ってみて爽快感はありましたか? 黒い犬の強さはどうでしたか? 黒い犬がやられた時の演出は?』
恐らく向こうはもう何度となくこの説明をしているので、慣れているのだろう。説明に隙がなくが早口だ。
「取り敢えず、何故、黒い犬なんですか?」
『作家でイラストレーターのマシュー・ジョンストン氏の描いた、『ぼくのなかの黒い犬』と言う絵本がありまして、その中で鬱病を黒い犬として表現しているんです』
どうやら精神病界隈では鬱病=黒い犬は有名な隠喩であるらしい。
『犬が嫌なようでしたら、虎やライオンなど他の動物や、ドラゴンやグリフォンのような怪獣などにも出来ますよ。色も黒が嫌なら白赤青紫ピンクマーブルどんな色にも出来ます』
至れり尽くせりだな。
「黒い犬で良いので、もう少し狂暴度を下げてもらえますか?」
あんな怖い犬に追い掛け回されたら、それが原因で鬱病が悪化しそうだからな。
『分かりました』
そう言って医者がVR空間に出したのは、黒いチワワだった。
私はキャンとチワワが吠える前に倒していた。
「もう少し狂暴度を上げて下さい」
私はハンドガンで撃って撃って撃ちまくっていた。
襲い来るのは秋田犬ほどの大きさをした黒い犬だ。それが十匹私に向かってきている。
このクリニックに通院するようになって三ヶ月。初めは黒い犬一匹にも四苦八苦していたが、今や十匹を手玉に取れるほどになってきた。
これが精神病の改善になっているのかは分からないが、黒い犬を倒すのは快感だ。これは恐らく倒した時の演出も関係あるだろう。
これが倒した時に血や内容物をぶちまけて無惨な死に方をされれば、私の気分もどん底に落ちると言うものだが、黒い犬は撃たれると「キャウ!」と鳴いて、黒い球体に変わり、それが光の粒となって消滅するのだ。
罪悪感なんぞまるで覚えない。お陰様でクリニックを出る時は、憑き物が落ちたようにスッキリして帰れていた。
「くっ!」
クリニックに通院して半年が経った。
私の眼前には、二足歩行し手に小銃を構えた黒い犬どもが迫っている。それを確認し終えると、私は直ぐに防壁の影に身を隠した。
「ちっ、しくじったぜ。あの部隊が陽動だったとは。先にあちらを倒しておくべきだった」
私は自嘲しつつ、手持ちの武器を改める。アサルトライフルの弾薬は既に2/3を消費し、ハンドガンにナイフ、そして……、
「手榴弾か」
私はこれに賭ける事にした。
手榴弾のピンを引き抜くと、近付く黒い犬ども目掛けて放り投げる。
ドンッと言う爆発音に合わせ、私はアサルトライフルを構えて混乱している黒い犬たちへと特攻していったのだった。
クリニックへの通院も一年を過ぎた。最近の私は自分でも驚くほど自信に満ちていると思う。一年前のように小声で他人の顔色を窺うよう態度は取らず、イエスノーはハッキリし、実生活でもとても前向きになれた気がする。こんな変わった私を嫌がる周囲の視線も感じなくはないが、自分はやれる人間と言う自信に満ちているからか、気にならない。
そして今日は総仕上げだ。クリニックの医者から、これを倒せればもう通院しなくて良いとお墨付きをもらった。
その相手とは、三頭の黒犬ケルベロスだ。一つの身体に三つの頭を持つケルベロス。その体高は五階建てのビルに匹敵する。だが私はこの怪物を倒してみせる。
「ガワゥッ!!」
その突進はまるで戦車のようで、噛みつきは一撃で私を噛み砕きそうだ。その噛みつきが時間差で連続攻撃を仕掛けてくる上に、前足での攻撃も凶悪である。
私はその全てをかわし、アサルトライフルで攻撃を試みるが、剛毛に覆われたケルベロスには蚊に刺されたようなものらしい。
「ならば!」
私は狙いをケルベロスの目に集中させた。
「ガワゥッ!?」
流石のケルベロスもこれは嫌なようで、三つ首はそれぞれ嫌がり目を庇おうとするが、六つの目に対して前足は二つ。後足を加えても四つだ。目を庇い切れない。
更に口中への手榴弾攻撃を加えれば、さしものケルベロスも堪らないらしく、その場で暴れまわるのが関の山と化す。
あとはひたすら銃弾を撃ち込むだけである。一発一発では蚊に刺された程度でも、それが一ヶ所に集中し、何千発何万発と撃ち込まれれば、それはケルベロスの心臓をも貫くゼウスの雷霆となる。
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