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猫神様
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僕の地元には、猫神様と呼ばれている猫がいる。単に近くの神社に住み着いているいるだけの地域猫なのだが、町中で目撃したり、手を合わせると良い事があると大人たちは噂していた。
僕が通う小学校では、小学生と中学生で班を作って登下校するのが決まりになっている。いとこが通う学校ではそんな事ないそうなので羨ましかった思い出がある。僕の班はたまたま僕以外女子なので、なんか居心地が悪かったのだ。
僕がまだ一年生だからだろう。中三の班長のお姉さんが僕と手を繋いで登下校するのを、他の班の男子たちが見掛ける度にくすくす笑って指差すのが、なんだが恥ずかしくて、しかもそれに気付いた同じ班の女子たちがかばってくれるのが、更に情けなくて、僕はいつも半べそで登下校していた。
「ほら、猫神様だよ」
ある日の帰り道、班長のお姉さんが塀の上を歩く猫を指差し、僕に教えてくれた。猫神様は白、黒、茶色の三毛猫で、鼻の部分が黒いハート模様になっている特徴的な猫だ。何でも猫神様は三毛猫のオスだそうで、それはとても珍しいのだと班長のお姉さんは教えてくれた。
猫神様は班の女子たちが指差したり騒いだりしても、まるで気にする様子がなく、塀の上を堂々と歩いていた。神様らしい神々しさは無かったが、堂々していてカッコイイ猫だと僕は思った。班の女子たちが猫神様に手を合わせて祈り始めたので、僕も一緒になって手を合わせた。何を祈ろうか?
クラスの男子たちにからかわれないようになりたい。
そう願うと、「にゃあ」と猫神様はひと鳴きしてその場を立ち去っていった。
☆ ☆ ☆
翌日から、不思議と学校で男子たちからからかわれなくなった。理由は猫神様のお陰ではなく、学校に講演にやって来た有名スポーツ選手の話だ。
そのスポーツ選手は昔いじめられっ子だったそうだ。だけどそのいじめに負けず、スポーツに頑張って打ち込んでいるうちに、結果が出るようになり、結果が出るようになると、周りの対応が、いじめていい奴から、いじめてはいけない奴に変わっていき、そして世界大会で優勝すると、その傾向は更に顕著になっていったそうだ。
面白いのはいじめをしていた奴ら程、手の平を返すと言う話だ。何でも『長い物には巻かれよ』とのことわざがあるそうで、奴らは敵わないと思えば尻尾を振る事を厭わないと言う。でもスポーツ選手はこう言ってその講演を締めた。
「僕は今でもいじめた相手を許していないけどね」
この締めの言葉はクラスの男子たちにとても響いたらしく、僕はその日からいじられる事が無くなった。
それは偶然だ。たまたま猫神様と出遭った翌日にスポーツ選手がいじめの話をした。でも人間と言うのは、そこに繋がりを、運命を感じてしまう生き物なのだ。つまり、僕は猫神様が僕の願いを叶えてくれたと思った訳だ。
その日の放課後から、僕の猫神様捜しが始まった。下校中はキョロキョロと塀の上や電柱の陰など、猫神様がいそうな所を見て回り、帰宅してからは玄関にランドセルを放り出してそのまま猫神様捜しに出掛ける日々だった。
小学一年生の僕は運が良かったのだろう。週に一度は猫神様と出遭い、その度に、テストの点数を上げてください。とか、新しいゲームが欲しい。とか、晩御飯はハンバーグとカレーにしてください。とか、色んなお願いをした。そしてそれは何故か叶えられていった。
駄菓子屋で当たり付きのお菓子を買えば、次々と当たりが連発し、祖父母が家にやって来れば、両親に内緒でお小遣いをくれた。学校では男女問わず人気者で、その頃の僕は誰から見ても調子に乗っていた。
しかしそれはある事で一変した。母の妊娠である。父も祖父母も妊娠した母を気遣い、僕は皆の関心が薄れてきているのを感じ取っていた。それは当時の僕には耐え難いものだった。だから猫神様に願ってしまったのだ。
赤ちゃんなんていりません。
その日、母は家の玄関で足を滑らせて病院に運ばれた。外は大雨で足元が濡れていたのだ。
母の容態は予断を許さないもので、このままでは、赤ちゃんの命を助けるか、母の命を助けるかの二択になると、医者から父に告げられた。父が脇目も振らず大泣きするのを見たのはそれが初めてで、僕は大雨が振る中、病院の外に飛び出し、猫神様を捜した。猫神様なら、この状況をどうにかしてくれる。当時の僕はそう信じ込んでいたからだ。
猫神様は神社の軒下で呑気に雨宿りしていた。
「猫神様! お母さんと赤ちゃんを助けて!」
猫神様はずぶ濡れの僕をちらりと見遣り、顔を背けた。
「何で!? 今まで色んなお願いを叶えてくれてきたじゃないか!」
だが猫神様は反応してくれなかった。まるで、一度叶えた願いは取り消せない。とでも言っているように感じた。
「じゃあ、もう、僕のお願いは叶えなくて良いから! もうずっと、ずっと運が悪い人生で良いから! お母さんと赤ちゃんだけは助けて!」
「にゃあ」
猫神様はひと鳴きすると、雨に濡れるのを厭わず、僕の足元までやって来てその頭を擦り付けてきた。僕はそれがどういう意味なのか分からず、そして病院からこの神社までどうやってやって来たのか、どうやって病院まで戻れば良いのか思い出せない事に思い至り、猫神様と神社の軒下で、夜遅くに大人たちが見付けるまで雨宿りしていた。
☆ ☆ ☆
僕が中学生になっても、いまだに班での登下校は続いていた。夕方には少し早い時間帯、僕が小一だった頃より少なくなった班を、今度は帰宅部の僕が先導している。
「お兄ちゃん、猫神様!」
今年小一になった妹が、俺の手を握りながら、反対の手で塀の上を歩いている猫神様を指差す。猫神様は昔と変わらず堂々と塀の上を歩いており、妹を始め、班の皆は縁起が良いと猫神様にお祈りしていた。
「お兄ちゃんは何をお願いしたの?」
「何もしていないよ」
その答えが不思議だったのか、妹は首を傾げて僕を見上げている。
「僕はもう、一番のお願いを猫神様に叶えて貰っているからね」
言って僕は妹の頭を撫でると、その手を握り、
「さ、今日はお前の誕生日だろ? 母さんが腕によりをかけて料理の準備をしているだろうし、さっさと帰ろう」
猫神様の姿は既に無く、僕らの班は元の家路についた。
僕が通う小学校では、小学生と中学生で班を作って登下校するのが決まりになっている。いとこが通う学校ではそんな事ないそうなので羨ましかった思い出がある。僕の班はたまたま僕以外女子なので、なんか居心地が悪かったのだ。
僕がまだ一年生だからだろう。中三の班長のお姉さんが僕と手を繋いで登下校するのを、他の班の男子たちが見掛ける度にくすくす笑って指差すのが、なんだが恥ずかしくて、しかもそれに気付いた同じ班の女子たちがかばってくれるのが、更に情けなくて、僕はいつも半べそで登下校していた。
「ほら、猫神様だよ」
ある日の帰り道、班長のお姉さんが塀の上を歩く猫を指差し、僕に教えてくれた。猫神様は白、黒、茶色の三毛猫で、鼻の部分が黒いハート模様になっている特徴的な猫だ。何でも猫神様は三毛猫のオスだそうで、それはとても珍しいのだと班長のお姉さんは教えてくれた。
猫神様は班の女子たちが指差したり騒いだりしても、まるで気にする様子がなく、塀の上を堂々と歩いていた。神様らしい神々しさは無かったが、堂々していてカッコイイ猫だと僕は思った。班の女子たちが猫神様に手を合わせて祈り始めたので、僕も一緒になって手を合わせた。何を祈ろうか?
クラスの男子たちにからかわれないようになりたい。
そう願うと、「にゃあ」と猫神様はひと鳴きしてその場を立ち去っていった。
☆ ☆ ☆
翌日から、不思議と学校で男子たちからからかわれなくなった。理由は猫神様のお陰ではなく、学校に講演にやって来た有名スポーツ選手の話だ。
そのスポーツ選手は昔いじめられっ子だったそうだ。だけどそのいじめに負けず、スポーツに頑張って打ち込んでいるうちに、結果が出るようになり、結果が出るようになると、周りの対応が、いじめていい奴から、いじめてはいけない奴に変わっていき、そして世界大会で優勝すると、その傾向は更に顕著になっていったそうだ。
面白いのはいじめをしていた奴ら程、手の平を返すと言う話だ。何でも『長い物には巻かれよ』とのことわざがあるそうで、奴らは敵わないと思えば尻尾を振る事を厭わないと言う。でもスポーツ選手はこう言ってその講演を締めた。
「僕は今でもいじめた相手を許していないけどね」
この締めの言葉はクラスの男子たちにとても響いたらしく、僕はその日からいじられる事が無くなった。
それは偶然だ。たまたま猫神様と出遭った翌日にスポーツ選手がいじめの話をした。でも人間と言うのは、そこに繋がりを、運命を感じてしまう生き物なのだ。つまり、僕は猫神様が僕の願いを叶えてくれたと思った訳だ。
その日の放課後から、僕の猫神様捜しが始まった。下校中はキョロキョロと塀の上や電柱の陰など、猫神様がいそうな所を見て回り、帰宅してからは玄関にランドセルを放り出してそのまま猫神様捜しに出掛ける日々だった。
小学一年生の僕は運が良かったのだろう。週に一度は猫神様と出遭い、その度に、テストの点数を上げてください。とか、新しいゲームが欲しい。とか、晩御飯はハンバーグとカレーにしてください。とか、色んなお願いをした。そしてそれは何故か叶えられていった。
駄菓子屋で当たり付きのお菓子を買えば、次々と当たりが連発し、祖父母が家にやって来れば、両親に内緒でお小遣いをくれた。学校では男女問わず人気者で、その頃の僕は誰から見ても調子に乗っていた。
しかしそれはある事で一変した。母の妊娠である。父も祖父母も妊娠した母を気遣い、僕は皆の関心が薄れてきているのを感じ取っていた。それは当時の僕には耐え難いものだった。だから猫神様に願ってしまったのだ。
赤ちゃんなんていりません。
その日、母は家の玄関で足を滑らせて病院に運ばれた。外は大雨で足元が濡れていたのだ。
母の容態は予断を許さないもので、このままでは、赤ちゃんの命を助けるか、母の命を助けるかの二択になると、医者から父に告げられた。父が脇目も振らず大泣きするのを見たのはそれが初めてで、僕は大雨が振る中、病院の外に飛び出し、猫神様を捜した。猫神様なら、この状況をどうにかしてくれる。当時の僕はそう信じ込んでいたからだ。
猫神様は神社の軒下で呑気に雨宿りしていた。
「猫神様! お母さんと赤ちゃんを助けて!」
猫神様はずぶ濡れの僕をちらりと見遣り、顔を背けた。
「何で!? 今まで色んなお願いを叶えてくれてきたじゃないか!」
だが猫神様は反応してくれなかった。まるで、一度叶えた願いは取り消せない。とでも言っているように感じた。
「じゃあ、もう、僕のお願いは叶えなくて良いから! もうずっと、ずっと運が悪い人生で良いから! お母さんと赤ちゃんだけは助けて!」
「にゃあ」
猫神様はひと鳴きすると、雨に濡れるのを厭わず、僕の足元までやって来てその頭を擦り付けてきた。僕はそれがどういう意味なのか分からず、そして病院からこの神社までどうやってやって来たのか、どうやって病院まで戻れば良いのか思い出せない事に思い至り、猫神様と神社の軒下で、夜遅くに大人たちが見付けるまで雨宿りしていた。
☆ ☆ ☆
僕が中学生になっても、いまだに班での登下校は続いていた。夕方には少し早い時間帯、僕が小一だった頃より少なくなった班を、今度は帰宅部の僕が先導している。
「お兄ちゃん、猫神様!」
今年小一になった妹が、俺の手を握りながら、反対の手で塀の上を歩いている猫神様を指差す。猫神様は昔と変わらず堂々と塀の上を歩いており、妹を始め、班の皆は縁起が良いと猫神様にお祈りしていた。
「お兄ちゃんは何をお願いしたの?」
「何もしていないよ」
その答えが不思議だったのか、妹は首を傾げて僕を見上げている。
「僕はもう、一番のお願いを猫神様に叶えて貰っているからね」
言って僕は妹の頭を撫でると、その手を握り、
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