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霧ヶ峠

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 スマホの充電が切れていた。困った。バッグを漁り充電器を挿し込んでも充電されない。これが都会であればコンビニでチャージする事も可能なのだが、地方となるとそうもいかない。それも山の中となれば尚更だ。


 連休にツーリングをと思い立ち、バイクで見晴らしの良い展望台に向かう途中、カーブで対向車を避ける時にスリップして、そのまま崖から真っ逆さま。


 運良く俺は大木の枝に引っ掛かって無事だったが、バイクはオシャカになってしまった。そしてどうやら俺は枝にぶら下がったまま気絶していたらしく、辺りは既に真っ暗で、どうにか大木から降りた俺は、バイクに括り付けていたバッグを取り外し、スマホを取り出した。電源を入れても真っ暗だ。はあ。どうしたものか。


 あの対向車、霧の中無茶なスピード出してきやがって。お陰でこっちは死にかけたんだぞ。この場合、事故を起こした側が警察に連絡して、その場で待機する決まりだったはずだ。そうなっていれば、山なら山岳救助隊が捜索してくれているかも知れない。


 でもなあ。明らかにスピード違反をしていた車の運転手が、警察に連絡するだろうか? されていなければ、俺がここにいると知っている人間はいない。何せ会社にも家族にも言わずにここまでやって来たからな。


 まあ、とりあえず何か口にしよう。と俺はバッグからエナジーバーと水を取り出して、モグモグゴクゴク。何であれ、動くのは夜が明けてからにした方が良いだろう。山を下ればどこかに出るはずだ。そうすれば何とかなるだろう。


 △ △ △ △ △


 甘かった。深夜になると雨が降り出し、次の日には一面霧に覆われていた。その日は山を下る事が出来なかった。大木の下で霧が迫るのを凌ぐ事とする。食べ物はエナジーバーを食べきり、先に土産で買っておいた饅頭が十個に、水が500mlのペットボトル一本。これで人里まで辿り着けるのだろうか。


 △ △ △ △ △


 翌日。目を覚ますと今日も霧だった。これでは動けそうにない。ただ、連休も明けたので、会社に出社しない事を疑問に思った社員の誰かが、俺のスマホに連絡し、しかし連絡がつかない事を不思議と思い、家族にでも連絡してくれれば、そこから警察へ捜索願いが出されるかも知れない。まあ、そうなった所で、行き先を告げていないのだから、捜しようがないが。やはり自力か。しかしこの日も、霧は一日中晴れなかった。


 △ △ △ △ △


 翌日も霧だった。少しずつ減っていく饅頭と水に焦りを感じるも、動けないのだからどうしようもない。幸いな事に大木の下にいれば霧は近付いてこないので、ここでじっと耐えるしかない。今日からは一日に饅頭一つと決める。


 △ △ △ △ △


 今日も霧だ。それにしても空腹だからだろうか? 大木から少し離れただけで、霧が襲ってくるような気がして、大木から離れられない。あの霧がまるで生きているように感じる。


 △ △ △ △ △


 今日もまた霧。これで何日目だろうか? 饅頭は半欠けしか残っていない。これを今日食べ切れば、後は水だけ。水も二口程度しか残っていないが。


 △ △ △ △ △


「……い! おい! あんた、無事か!?」


 声を掛けられ、身体を揺すられるも、半目を開ける程度の気力しか残っていなかった。


「おい! 生きているぞ!」


 薄ぼんやりした視界の先で、暖色の服を着た人たちが何やら動いているのを見たのを最後に、俺は意識を失った。


 △ △ △ △ △


 次に意識が戻ったのは、病院のベッドの上だった。俺は二十日もあの大木と一緒にいて、奇跡的に生還出来たのだそうだ。俺が崖から放り出された場所は霧ヶ峠と呼ばれ、昔から霧の酷い場所で、遭難者が良く出る山だったそうだ。あの霧は人を食らうと昔から言い伝えられているそうで、なので動かずじっとしていたのは正解だと地元民は言っていた。そしてもし生き残っているなら、あの大木の近くだと。


 あの大木は昔から地元民に崇められている霊木で、不思議とあの周りにだけ霧が寄り付かないのだと言う。あの大木が俺を守ってくれたのか。何だかその事に俺はふと腑に落ちた。あれはそう言うものなのだ。と本能が理解していた気がする。


 それにしても、どうして俺があの大木の側にいたのが分かったのか尋ねると、なんとあの対向車の運転手が、自首して発覚したのだそうだ。警察は良心の呵責に耐えかねたのだと言っていたが、俺にはこれも、あの大木の力の気がしてならなかった。


 今度お礼に行かねばならないだろう。勿論一人では霧に食われる。誰か地元民の方に案内して貰おう。土産は饅頭が良いだろうか。

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