幻想銀河エセ英雄譚

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幻想銀河エセ英雄譚

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 茫漠とした宇宙。星々の煌めきの中に我々、蘭帝国第十八艦隊の艦艇が浮かんでいる。対するは小惑星を根城とした宇宙海賊の艦隊だ。はあ、全く、何故余がこんな事をしなければならないのか。


「蘭提督。ご指示を」


 旗艦泰河の指揮官席で頬杖を突く余の横に立ち、指示を待っているのは、余の副官である夏雹風だ。頭の切れる女傑であり、余の軍学校時代からの友でもある彼女は、澄ました顔をしている。


「蹴散らせ」


「はっ」


 余の指示に敬礼した雹風は、艦橋で指示を待つ船員たちに号令を下す。


「蘭暁明提督よりの下知を伝える! 総員、全戦力でもって、我々に歯向かう愚かな宇宙海賊どもに鉄槌を下せ!」


 これに敬礼で応えた船員たちは、「さあ戦だ!」と言わんばかりに各艦艇に指示を飛ばすのだった。


 ☆ ☆ ☆


「これはこれは暁明殿下。今回の海賊退治も、大活躍だったご様子で」


 宇宙海賊を殲滅して戻ってくれば、第十二艦隊の提督である史嵐燕が、わざとらしく頭を下げて出迎えた。


「貴公は相変わらず世辞が上手いな。軍ではなく、宮中で働いた方が良いのではないか?」


「はっはっはっ。それこそご冗談を。私のような平民の身で、雲上に住まう方々のお目汚しは出来ませんよ」


 それは言外に、余ならばその目に汚いものを見せても問題無い。と言っているものだが? まあ、史もそれを分かったうえでだろう。これでも余は第九位の帝位継承権を持っているのだがな。これが行使される時は来ないが。


「それで? 史よ。そなた、まさか余とこんな話をする為に呼び止めた訳ではあるまい」


 すると史は何とも真剣な顔になって頭を下げた。


「ええ。陛下がお呼びです」


 父上か。全く、提督を小間使いにするとは、あの方らしい。


 ☆ ☆ ☆


「陛下、蘭暁明、お召し出しに応じ、参上致しました」


 現蘭帝国の帝星蘭弓にある帝都蘭盤に、現蘭帝国皇帝であられる蘭俊宇陛下が住まわれる、俊仰城がある。その謁見の間にて、余は膝をついて御簾の向こうにおられる陛下に向かって頭を垂れる。


 左右の壁際には、大臣たちがずらりと並び、余の一挙手一投足に目を光らせていた。それは宮中での権力争いで、余を更に下の帝位継承者にしようとか、場合によっては、継承権をも取り上げようとか、そんなところだ。これが嫌だから、軍に逃げたのだが、第九位と言うのは、宮中では魅力的な地位であるらしい。


 まあ、軍でも後方支援に回されると思っていたら、バリバリ前線に放り出されるとは思っていなかったが。


「来たか」


「はっ」


「海賊退治ご苦労であった」


「はっ」


「健勝なようだな」


「はっ」


 その後も何だかんだ言葉を交わすが、余の返答は「はっ」だけだ。陛下のお言葉に異を唱える事は許されない。


「…………」


 会話が止まったので、余が恐る恐る顔を上げるも、陛下は沈黙したままだ。


「後孟皇国との戦争が決定した」


「はっ。…………はっ?」


 思わず首を傾げて問い返してしまった。が、周囲は余の返答に難癖をつけるどころではないようで、大臣たちがざわめいている。この様子からすると、大臣たちも今初めて聞いたと言う事か。


「陛下、理由をお伺いしても?」


「許す」


 この下知で陛下の一番近くの壁際に座っていた右丞相の夏大李、雹風の父が陛下に代わって余と陛下との間に入り、理由を語り出した。


「後孟とはこの二十年、国境であるβ122太陽系をめぐり、小競り合いをしてきました。しかし今回、この小競り合いを解消すべく、我々は第三位帝位継承者であられる、蘭陽飛殿下を使者として送り出したのですが……」


 とここで一拍置く夏丞相。皆の注目が集まった所で、また話し出した。


「後孟の星域内で襲撃に遭い、陽飛殿下は乗船、護衛していた艦艇共々、星海に散られる事となりました」


 一際ざわついたのは、外務大臣たちの一帯だ。どうやら陽飛殿下を使者として後孟に向かわせたのは、外務大臣一派だったのだろう。それが見事に裏目に出た訳だ。


 陽飛殿下の死亡理由が、後孟皇国によるものなのか、それとも宇宙海賊によるものなのか、はたまた別の一派による犯行かは知らないが、面倒な事になったのは事実だ。これで余は第八位帝位継承者となった訳か。


「それで夏丞相。余は何故この場に呼ばれたのでしょう? 戦争をするのは分かりましたが、余は一艦隊の提督でしかありません。それとも先陣を切って戦いに赴けとの、陛下からの下知でありましょうか?」


 これに対して微動だにしない夏丞相。流石は雹風の父。似たもの親子だ。だが余は知っている。夏丞相は実は雹風に甘いのだ。だから戦争をしている最前線ではなく、余の艦隊は帝国内の海賊退治がメインだ。まあ、それなら余と一緒に後方支援に回してくれても良いのだが、いかんせん、雹風自身が実のところ戦闘狂だからな。海賊退治でもしてガス抜きさせなければ、何をしでかすか分かったものじゃない。


「今回の戦争は、陛下の名代として蘭梓真殿下主導で行われます。暁明殿下には、その参謀として宇宙軍大将となって頂きたく存じます」


 また謁見の間にざわめきが起こる。梓真殿下は第二位帝位継承者だ。これだと、まるで梓真殿下が陽飛殿下を殺したと言っているようなものである。そしてこの戦争で活躍する事で、第一位帝位継承者である辰宇殿下に並ぶ、または超える傑物であると、内外に示す意図があるかのように思える。


 本当にそうか? 辰宇殿下は既に陛下の名代として、黎僑連合と戦争をしている。黎僑連合の方には余と同じく軍属となった第十二位帝位継承者の蘭火然が、宇宙軍大将として付いているし、優勢に戦争を進めていると伝え聞いている。それなら、今回後孟皇国と戦争して勝利しても、帝位の順番がひっくり返るとは思えないが。


「暁明よ、良き働きを期待している」


「は、はっ」


 何だか考えがまとまらないうちに、陛下の言葉で謁見は散会となった。


 ☆ ☆ ☆


「…………」


 旗艦泰河に戻った余は、さてどうしたものかと雹風に相談したのだが、これを聞いた雹風は黙ってしまった。


「梓真殿下ですか」


 言葉を発したかと思えば嘆息している。


「嫌そうだな」


「そうですね」


 隠す気も無いのか。


「あの方が優秀なのは認めますが、あの方が陽飛殿下よりも優秀だとは言えません。帝国の事を考え、神輿として担ぐなら、私なら陽飛殿下ですし、父も同意見だと思います」


 ふむ。となると今回の一件、梓真殿下一派が企んだ可能性が出てきたな。そして夏丞相としてはそれは看過出来ないと。


「つまり余の役割は、梓真殿下一派の暴走を防ぐと言う事か?」


「はい。私がいるので、使い勝手が良いと思われたのかと。梓真殿下一派だと、第十七位帝位継承者であられる、芳月殿下が軍属でおられますけど、流石に芳月殿下を大将にする事は父が防いだのでしょう」


「代わりに己の娘を付けて監視させるとか、相変わらず宮中のやる事は嫌だねえ」


「それは些事ですから、梓真殿下一派には、適当な戦場を与えましょう。ええ、ええ。メインは我々です。何せ、ようやく巡ってきた本物の戦争なのですから」


 ここで笑顔を見せるとか、本当にこの女は戦闘狂で困る。


 ☆ ☆ ☆


 こうして我々は後孟皇国との戦争において、作戦参謀として強権を振るい、蘭帝国を勝利に導く事になるのだが、これが夏親子による余の評価上昇作戦を兼ねていた事を、余は帝位継承争いに絡むようになってから気付いたのだった。

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