お金には羽が生えている

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お金には羽が生えている

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 安物買いの銭失い。と言うことわざがある。安物を買うと、すぐに壊れて使い物にならなくなるから、買い替えねばならず、結局は想定よりも高く付く事になると言う意味だ。


 正しく私はこれに当たる。私が働いているのは、とある製品を造っている工場なのだが、新商品を造っているので、携帯やスマホが持ち込めないのだ。なので必然的に時間を確認するのに腕時計を着用する事となる。


 勿論工場内に掛け時計は設置されているが、何故かこれが、働いている場所から見え難い場所にあるものだから、自然と工員は皆、腕時計に頼るようになる訳だ。


 大抵の工員はそれなりのお値段の腕時計を使っている。が、私は999円で買った安物だ。これには理由がある。私に借金があるからだ。しかもリボ払いだから、全然減らない。気付けば150万も借金があり、月々の返済だけで生活費が削られる。


 なので999円の安い腕時計を使っているのだが、これが使い物にならなくて困る。1、2ヶ月で時間が狂うようになったかと思うと、数ヶ月で止まってしまうのだ。その度に買い替えなければならず、何とも困っていた。


 これなら多少無理をしてでも高額の5000円、いや、3000円の腕時計を買った方がマシだろう。しかし現実は残酷で、日々の借金の返済にも困窮する生活を送っている私には、時計に3000円かけるだけの余裕が無い。次は100円の腕時計にしよう。


 おかしな話だ。工員として日々真面目に朝から晩まで働いていると言うのに、借金があると言うだけで、生活そのものがままならない。


「飯食いに行きませんか」


 仕事上がりに同僚が飯に誘ってくれたが、私にそれに応えてやれるだけの金銭的余裕など無いのだ。


「悪い。先約があってさ」


 私は同僚に断りを入れると、足早に工場を後にしたのだった。


 * * * * *


「あの人、誘ってもいっつも乗ってこないっすよねえ」


 男の同僚が先輩工員に愚痴る。


「あいつの事は放っておけ。この後の予定もどうせパチンコだろうからな」


「パチンコっすか?」


「平日は仕事終わりにパチンコ。週末は競馬。宝くじにもハマってて、月に10万は使うそうだ」


「はえ~。人は見掛けによらないっすね」


 既に姿の見えなくなった男が去っていった場所を眺めながら、同僚は何とも呆れた声を発していた。


「ああ。勤務態度は良いんだが、ギャンブル癖のせいでカミさんと子供にも出て行かれたみたいでな。子供の養育費を払わないとって愚痴ってたよ。だったらギャンブルやめろっての」


「やめられない性分なんでしょうねえ」


「離婚前は外資でバリバリ働いていたそうだけど、今じゃ工場で日雇いだからなあ。あのおっさんもどこまで落ちるんだか。いや、おっさんの話なんてしていてもつまんねえな。飯食いに行くぞ」


「うっす。先輩の奢りっすよね?」


「お前くらいの方が、幸せになれそうだよ」


 そんな益体の無い会話をしながら、二人は夜の街に消えていった。

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