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『偽装』のある世界

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 二月末日━━。ここは日本、関東にあるとある病院。


「では、本番いきます。……5、4、3、2、━━」


 俺のスマホのカメラが映す先には、病室のベッドを起こして、身体をくの字に預けるタカシの姿があった。その横に立つのは、俺が手配したオルドランドのスキル屋さんの男性だ。


「デハ、ヨロシイデスネ?」


 たどたどしい日本語でタカシに尋ねる男性。タカシはそれに頷き返す。そうしてタカシは上半身裸になると、座ったままうつ伏せになり、スキル屋の男性は『空間庫』からとあるスキルの封じられた用紙を取り出した。


 その用紙をタカシの背中に貼り付けるスキル屋さん。そして何事か呪文を唱えると、病室の床では魔法陣が光り、用紙が一瞬燃え上がり消失する。


「オワリマシタ」


 スキル屋さんがそう言ってタカシから離れると、


「ふう」


 と一息吐いて背を起こすタカシ。これでタカシは新たにスキルを手に入れた。


「これでスキルが手に入ったんだよな?」


「ああ」


 俺はスマホでタカシを映したまま首肯で返す。


「まあ、試して見れば分かるか。『偽装』」


 言ってタカシは新たに手に入れたスキルの名前を口にすると、脇に置いていた手鏡で自分の顔を覗き込む。


「おお! 確かに! 誰だよ!?」


 などと新たな顔を得たタカシは、金髪碧眼の外国人顔に変わっており、鏡を見ながらペタペタと変わった自分の顔を触ったりつねったり引っ張ったりしている。スキルなしにこれをタカシと見抜ける人間はまずいないだろう。


「凄いなこれ。でもこれ、ネットに流すんだよな? 結局バレない?」


「顔のパターンはイメージの数だけある。なんなら有名人になってみても良いぞ」


「ああ、そう言う感じにも出来る訳ね」


 と己の顔をさするタカシ。まだ不思議なのだろう。


 タカシに『偽装』を覚えさせたのは、これがないとタカシが病院から出られないからだ。『偽装』があれば、『鑑定』や『看破』のスキルを持っていなければ、タカシだとバレる心配はぐっと減る。これでタカシも自由に往来を歩ける訳だ。何も悪い事していないけど。それに俺としても打算があった。


「しかし、バレないと分かっていても、わざわざネットに流すかね?」


「それな。必要があるから流すんだよ」


 俺の発言に、首を傾げるタカシ。


「まず、世の中にはこう言った人を欺く系のスキルがある事の周知」


 俺の説明に首肯するタカシ。『偽装』は代表的だが、スキルの中には一定時間様々な数値、それそこステータスの数値までをも変更させる『改竄』や、同じように一定時間周囲の人や物を増やしてみせる『捏造』など、犯罪に使えるスキルはゴマンとあるようだ。そもそもタカシが持っている『魅了』がそっち系だしね。


「これからの地球は、人と人との関わり方に、スキルとスキルとの関わり方が追加されるからな。大変になってくる」


「そうだな」


「それにタカシに『偽装』を覚えさせたのには別に理由がある」


「だろうな」


 外国人顔で笑顔を見せるタカシ。タカシも薄々は気付いていたらしい。まあ、タカシを病院から脱出させるだけなら、俺の『偽装』を使えば事足りたのだから、勘繰るのも当然だろう。タカシには俺がどんなギフトやスキルを手に入れたか話してあるからね。


「タカシに『偽装』を覚えた事を公表して貰ったのは、今後、これ系のスキルを所持している人間への、いわれなき疑いを向けさせない為だ」


「謂れなき疑い、か。まあ、確かに、天賦の塔で貰えるスキルは、方向性はあるものの、基本的にランダムだからな。図らずもこれ系のスキルになってしまう人も少なくないだろうな」


 俺はタカシの言葉に首肯して、話を続けた。


「そう言う事だ。それにタカシが『偽装』を覚えたとなれば、後に続く人間も出てくるだろ?」


「後に続く人間?」


「そう。うちだと、エルフたちがそうだな。あいつらも有名になり過ぎて、街を歩くのが大変みたいでな。自由な時間が欲しい。ってお願いされていたんだよ」


「ああ、成程」


 腕を組んでうんうん頷くタカシ。


「そう言う有名人に少しでも自由な時間を提供する為に、この映像をネットに流して、後に続いて貰おうって訳さ」


「建前的に?」


 タカシは首を傾げてこちらを見遣る。「建前的に?」はカットだな。何故なら事実だから。これこれ理由を並べ立てたが、結局のところ、俺が『偽装』を所持していてもおかしくない世の中にしたいだけだ。ある一定層になると『偽装』を持っていて当たり前。そんな世の中になれば、俺が動き易くなると言うものである。


「で、どうするんだ? もう行くのか?」


「当たり前だろ? 十日以上も病院に閉じ込められていたんだ。もう限界だ。一刻も早く外に飛び出したい!」


 と俺の後ろに視線を向ければ、そこにはタカシの荷物を両手で持ったユヅキさんが立っていた。


「好きにすれば良いけど、羽目を外し過ぎるなよ」


「分かっているよ」


「本当かよ? もう一度言っておくけど、その『偽装』は女遊びには向かないぞ」


「『魅了』と相性が悪いんだろ? 確か『魅了』で稼いだ関係値がゼロに戻るんだっけ?」


「他人に『偽装』する訳だからな」


「はいよ」


 と話半分に聞き流しながら、タカシは手早く着替え、病室を後にした。


 さて、俺はFuture World News のスタッフにこの映像を渡して、編集の指示を出さないと。その前に手持ち無沙汰にしているスキル屋さんを送り届ける方が先か。

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