西向く侍

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西向く侍

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 私の父はサムライだ。令和のこの時代に何を世迷い言を言っているのか? と思われるかも知れないが、ある意味事実なので私には覆しようがない。


 父の名は武士と言う。武士と書いてタケシと読む。だからサムライなの? と問われれば、第一問目に正解したと言った所かな。


 父は十一月生まれだ。成程、西向く侍から来ているのか。とピンとくる人もいるだろう。西向く侍とは、二、四、六、九、十一月と三十一日まで無い月を覚える時の語呂合わせだ。十一を士とする事で、サムライと読んでいるのだ。しかも父の誕生日が十一日なものだから、父の父、私の祖父が「お前はサムライの中のサムライだ!」と誕生を祝福して武士と言う名を付けたそうだ。


 父は幼少より今まで剣道に打ち込んでいる。成程それでサムライか。それもある。父は実際に強く全国大会に出場する程の猛者だ。段は確か七段だったと思う。私は剣道に明るくないが、相当な記録なのだと、父の友人たちは父を褒めそやす。


 そんなにお強いのなら、剣道の先生をしているのですか? と聞かれれば違う。父の仕事は士業の一つである。士業とは別名サムライ業と呼ばれ、仕事の名称末尾に『士』が付く事からそう呼ばれる職業だ。弁護士や税理士などがこれに当たる。医師や看護師などと合わせて士師業とも呼ばれる職業だ。現在では色々民間の士業も増えてきたが、父は八士業の一つに従事していて、難しい国家試験に合格してこの仕事をしている。


 成程、現代のサムライと呼ばれるのも納得だ。ここまでの話を聞いただけで、あなたのお父様の人物像が浮かび上がります。きっと正義感がお強い人なのでしょう。弁護士として、弱者の味方をなされておいでなのですね? これは私が父の話をした時に良く相手方が言ってくる誤解だ。父は剣道をやっているが普段は物静かな人で、裁判所で正義を振りかざすような人でもない。いや、弁護士を否定するつもりはないが。


 ともかく、父の仕事は司法書士であって弁護士ではないと言う事だ。司法書士と言うと、主な仕事は不動産登記とか商業登記とか、民間や個人から委託されて法務局に登記申請するイメージが強いし、実際父の仕事の大半はその通りだ。


 しかし司法書士には他にも出来る業務がある。それこそ簡易訴訟代理等関係業務と言う簡易裁判所の法廷において弁護士のような事も出来るのだ。他にも出来る事は多々あり、成年後見業務と言うのも司法書士の仕事の一つだ。


 これは司法書士自ら成年後見人になったり、成年後見人の監督をする業務だ。父は成年後見人として、社会的弱者の後見人をしていたりする。


 これだけつらつら父の話をすれば、父がどれだけ立派な人かと理解して貰えたと思う。え? ファザコンが過ぎるって? それは仕方がない。私の理想は父なのだ。少なくとも父と同等かそれ以上の人格者でなければ、私とお付き合い出来ると思わない事だ。


 こうしてまた一人、私に告白してきた身の程知らずがすごすごと退散していった。父を超える気概も無いくせに、私に告白なんてしてくるからこうなるのだ。


 しかしバレなくて良かった。何がって? 父が司法書士になった経緯だ。父の父、私の祖父が訪問販売の男から高額な資格勉強用の教材を買わされた事から始まる。いわゆる資格商法と呼ばれるもので、取得させる資格に士業が多く、それ故にサムライ商法などとも呼ばれる詐欺だ。まあ、詐欺師も自分の売った教材で、本当に父が司法書士になるとは思わなかっただろうけど。

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