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第3章
突然始まるミステリー
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わたくし、不知燈汰(しらず・とうた)は突然に異世界へと転生させられた。
現在、ボロの街の領主の館で緊急のクエストを遂行しているところである。
─────────────────────
俺達が、領主カターユからスパイ捜索を依頼されてはや3日。
正直、ものすごく困っている。
カターユの館は、地上1階から3階までの巨大な建築物である。
外から見た荘厳なイメージ通り、中の広さや部屋数もとんでもなかった。
本人曰く、自分にこんなデカイ家は合わない…らしいのだが、その気持ちが少しだけわかる。
ハッキリ言って、これだと自室からトイレに行くだけでも一苦労だろう。
俺も、未だにどの部屋にどういった人達がいるのか、さっぱりわからない。
そんな状況下で、スパイのことを調べろ…なんてほぼ不可能である。
俺の頭は、館の配置を覚えるだけで精いっぱいだ。
「この部屋も、別に怪しいところはないよな…。」
俺は、依頼されたクエストを達成するために、とりあえず2階の各部屋を見学という名目で調査していた。
もしかしたら、何かしらの痕跡があるかもしれない。
実際に、これだけ部屋が多いのは領主を守る憲兵や使用人が、カターユと共にこの館で生活をしているという側面が大きい。
つまり、就寝を共にしている状態だから、怪しい人物もこの館に在籍している可能性は高いのだ。
しかし、その人数たるやこちらの想像以上である。
当然のように、1人や2人ではなく、使用人だけでも軽く20人はいる。
「えっと、向こう側が憲兵や使用人さん達の部屋か。
さすがに、勝手に入るのはまずいよな…。」
当たり前だが、早々に手詰まりである。
調べるにしても相手に直接的に話を聞くこともできないし、困ったものだ。
この3日間、だいたい聞ける情報は聞いた。
特に注目すべきだったのは、この館で働いている人達は横の連帯感や絆が深いという点である。
仲間意識が高く、それゆえに誰かが裏切ったりする可能性をあまり考えられないのだ。
みんな、カターユへの感謝の気持ちを述べ、ここで生活ができることに幸福感を持っている。
もちろんそれぞれの主従関係はあるのだが、それを込みでも本当によくしてもらっているのだと思う。
まぁただ、それだけお互いのことを信用しきっている状態であるため、その中に裏切り者がいたとしても気づきづらい状態なのかもしれない。
「どうなされたのですか?
何かお困りですか?」
廊下の真ん中で俺が呆けていると、誰かが声をかけてきた。
振り返ると、黒髪ツインテールのオッドアイの美少女が俺の目の前に立っていた。
身長は俺より少し低いくらいで、片目は緑、片目は青である。
綺麗な目だなぁ…いわゆる、オッドアイというやつだ。
というか、初めて俺以外で黒髪の人間を見た気がする。
この異世界の人間は、だいたい茶髪で茶色の眼をしている。
「あ、いや。広い館だなーと思って。
すみません、邪魔ですよね。」
「そのようなことはございません。
よければ、私が下までご案内しましょうか?」
丁寧に応えてくれた。
ついでに、それとなく話でも聞いておこうか。
この子とは、初めて会話をしたはずである。
俺は、歩きながら話題を振った。
「じゃあ、ありがたくお願いします。
ところで、名前は何ていうんですか?」
俺は、過去の経験を活かして早々に名前を聞いた。
覚えているうちに聞いておかないと、また忘れてしまう可能性がある。
「リルと申します。」
「リルさん…。
えっと、リルさんはここでずっと働いているんですか?」
「そうですね。
カターユ様に拾っていただいたのが5年ほど前で、そこからずっと。」
この異世界の人達は、そんなにも誰かに捨てられたり放置されたりするのだろうか?
確か、ガイオもそんな感じのことを言っていた気がする。
まるで犬や猫の様に持って帰ってきて、世話をしている彼はどれほどの善人なのか。
いや、軽々と犬猫のように人間を持って帰ってくるあたり、やはり狂人なのかもしれない。
「カターユさんって、良い人ですよね。
なんか、誰かから恨まれているとか、そういうのは無さそうな気がしてうらやましいです。
俺なんて、ボロの街での評価は最悪なんで。」
俺、この話題の振り方するの何度目だろう…。
どれだけ、会話のバリエーションがないのか。
「はい、あの方は素晴らしい人格者です。
ただ、人が良すぎるのがタマに傷でございまして。
その優しさに付け込もうとする人達も、少なからず存在します。」
なるほど。
恨みは買われていないけど、利用しようとする輩はいるんだな。
まぁだからこそ、スパイなんてフザけた奴が出てきたのだろうけど。
「じゃあ、リルさんもカターユさんのご厚意で、他の人達と一緒でここに住み込みで生活をしているんですか?」
「はい。ありがたいことに。
私のようなものを、家族とおっしゃってくださっています。」
「はは。良いですね。
ルディアさんも、似たようなことを言っていましたよ。」
きっと、この子も元の家族や帰るところも既にないんだろうな。
そういう人達にとっては、本当に天国のような館なのかもしれない。
「それにしても、この館って本当に広いですよね。
俺、1人でウロついてたら迷っちゃいそうです。」
「実際に、使われていない部屋もございますから。
場所によっては、魔法障壁で入れなくなっている場所もあるくらいなので。
下手に触ると、コンガリ焼けちゃうかもしれないので気を付けてくださいね。」
ここ3日の調査で、そんなことを誰かも言っていた気がする。
それにしても、なぜこの子は真顔でそんな怖い事を言うのだろうか…。
なんか、淡々と俺の質問に応えてくれるのは良いけど、感情が希薄というか。
「そういう場所って、あなたや使用人さんは入らないのですか?」
「もちろんでございます。
大半は、カターユ様がプライベートで利用する場所でございます。」
魔法の防御があるような場所に、プライベートの用事って一体何なのか。
ものすごいエッチな本を隠しているとか?
逆に怪しいだろ、そんなの…。
にしても、なんだか誰に話を聞いてもこんな感じなのだろうと俺は察した。
カターユは、とても良い人で色々な人の面倒を見ているに違いない。
でも、そういった人達とは必ず一定の距離感が存在し、自分の事情やプライベートは決して見せないわけだ。
実際に、今回の一件も秘密だしな。
これは、解決に時間がかかるかもしれない…。
1階への階段の合流地点で、目の前からユキノが見知らぬ人2人を連れて歩いてきているのが見えた。
「あれ、トータではないですか?
こんなところで何をやって……。」
彼女が、俺と使用人のリルをまるでゲテモノ料理を見るかのように睨んできた。
「…デートですか?」
「なわけねーだろ。」
俺は、この子に一体どういう人間だと思われているのだろう。
言いたいことは言うが、別に自分の性欲をそこら中で発散する性癖は存在しない。
「トータは目を離すと、すぐに他の女性とイチャつきますね。
時と場合を考えた方が良いです。
殴られたいのですか?」
「誤解と偏見にもほどがある。
俺がいつそんなことをして、なぜ殴られなければいけないのか。
…てか、そこのお2人はどちら様?」
ユキノの横を見ると、彼女よりも少し背の高い2人の使用人らしき人達が立っていた。
この異世界の標準的な見た目。
つまり、茶髪の茶色い目をしている彼女達。
ただ、少し変わった点もあった。
驚いたことに、顔が全く同じである。
片方はショートカット、もう1人はセミロングをポニーテールで縛っていた。
その違いだけ。
双子なのかな?
「初めまして、トータ様。
ルミナです。」
「ルミアナです。」
…ややこしい。
非常にややこしい。
名前まで似たようなものだった。
どうやら、ポニーテールの姉がルミナで、ショートカットの妹がルミアナらしい。
おそらく俺は当分、彼女達のことを覚えられそうにない。
「彼女達は双子の使用人です。
色々と、案内してもらっていました。」
「お前もかよ。でも気持ちはわかるぞ。
正直、この館広すぎるよな。
マジで迷子になりそうだ。」
これだけ広いと、何から見て良いのかわからなくなる。
全体像でもわかれば良いのだが。
「あの、よろしければ3階のテラスにご案内いたしましょうか?
周辺を一望できて、とても綺麗ですよ。」
ルミナさんだかルミアナさんだかが、そう提案してきた。
そういえば、カターユが夜になると景色が素晴らしいって言ってたっけ。
まだ夜にもなっていないけど、一度見ておきたい。
調査で忙しすぎて、そんな暇も無かった。
「良いですね。
トータ、ぜひ行ってみましょう。」
「だな。」
俺達は、案内されるがままに彼女達に誘導されて階段を登って行った。
「ルミナさんとルミアナさんも、カターユさんに目をかけられてここで働いているんですか?」
「はい。
私達は、幼少期からこの館でお世話になっております。」
本当に、いったい何人の人達を引き取っているのだろうか。
それだけ、お世話できる金銭的な余裕もあるということなのかな。
羨ましい限りである。
「じゃあ、ここで働いている人達ってもう付き合いは長いんですか?
リルさんも、既に5年ほどは働いているって。」
「そうですね。
最近になって館で働いている人はいないので、そういう意味ではみんな家族みたいなものですよ。
ね、リル?」
「はい、みんな家族です。」
リルは真顔で、ルミナさんだかルミアナさんだかが、笑顔で応えてくれた。
じゃあ、今回の一件で裏切った人は、何年もカターユに仕えていた人で確定ってことか…。
何年もお世話になってる人を裏切るって、どんな気分でどんな人間性なのだろう。
なんだか、空しい気分になってくる。
まぁでも、人間なんてそんなもんか。
どこの世界でも、本質は変わらないものである。
「私は、初老のダニエルがダンディーで好きです。
あれぞ、執事という感じがしませんか?
あの方とは、一度長時間でお話がしたいです。」
ユキノが、いきなりわけのわからんことを言い出した。
父性に飢えているのかな?
それにしては、年齢差がありすぎる気もするが。
それか、単純にファザコンか。
「そちらのリルさん?という方は、変わった髪色と眼をしていますね。
オッドアイというやつですか?
初めて見ました。」
この世界でも、オッドアイの人間は珍しいようである。
俺も初めてみたので観察してみたいのだが、あまりジロジロと人の顔を見たりするのは失礼な気もする。
というか、やっぱり黒髪も珍しいんだな。
なので、こういう場合は失礼な人間世界代表のユキノに任せることにする。
「私のこの髪と眼は生まれつきでして。」
「あれ、出自とかはわからないのですか?」
「はい、私は戦争孤児ですので。
両親のことも生まれのことも何も知らないのです。」
へぇー…とユキノがなんだか1人で納得していたが、その質問で空気が一気に死んだ。
申し訳ないとか、聞いてゴメンナサイとかないのだろうか。
俺が遠慮し過ぎなだけかもしれんが。
「あそこがテラスでございます。」
考えている暇に、いつのまにかテラスの前まで到着していた。
一室から外に出られる場所があり、ここも客間として使われているのだろうか。
透明な扉で施錠されており、その向こう側に景色を一望できる場所が広がっている。
何とも、ここだけ現代的な造りというか。
扉を開けてもらい、ユキノ達は外に出た。
俺はその様子を外には出ず、部屋の中から眺めていた。
というのも、何だか部屋の中で良い匂いがして、それに気を取られていたからである。
高級な住宅は、こういうところにも気を使っているんだろうな。
それにしても、この匂いどこかで嗅いだような…。
「……おぉー!トータも見てくださいよ!!
これは確かに凄い景色です。
私達、こんなに高いところまで来ていたのですね。」
カターユの言っていた通り、眼下には神護の森が、その先にはボロの街が見えるらしい。
こう見ると、立地的にもボロの街からそう遠くないのがわかる。
きっと、カターユはここから街の様子でも伺って憂慮していたのだろう。
まぁ、今の俺の位置からはよく見えないのだが。
「いやぁー…本当に空気も美味しいですね。
久しく、こういう自然浴?というか森林浴みたいなのに浸っていなかったです。」
森林浴…か。
俺はそういう景色を、昔は何度も見ていた。
前世の時だが、飼い犬の十兵衛と近くの自然が残っている公園でよく散歩をしていた。
俺がトラックに轢かれた日も、雨の中でそんな場所を目指していたんだった。
懐かしいな。
「いつまでもいていいのなら、本当にここで住みたいくらいですよね。
トータ、本格的に1回お願いしてみてはどうですか?」
目の前に、そういう景色がずっと広がっているのを想像すると、俺は少しだけ怖くなる。
前世のことを思い出すからだ。
俺は、別に前世の人生も投げ出したいほど嫌だったわけではない。
決して贅沢ではなかったし、特別に幸運でも無かったし、ツライことも多かった。
それでも生活ができたのは、きっと近しい人や動物の支えがあったからである。
けど、生きていた時にその人達に恩返しができたわけでもない。
だから、そうした人達が今でも元気にやっているか、時々考えてしまうのだ。
こういう景色を見ていると、そんなことをずっと思い出しながら生きていかなくてはいけないかもしれない。
それが、何らかの天罰のような気がして少し怖い。
そして、勝手に死んでしまったことに対して、申し訳ない気持ちになる。
そんなノスタルジックな気分に浸って、俺は俯きながら考えていた。
……そう。
ここらへんで、実は俺はすでに気づいていた。
違和感に。
突然、ユキノの声がしなくなったからだ。
使用人さんはともかく、なぜユキノの声までいきなり消えたのか?
「……あれ、ユキノ?」
顔を上げた俺は、かつてないほどの衝撃を受けた。
さっきまでテラスにいた彼女達が、跡形もなく消えていたからである。
俺は初めてやってきたこの領主の館に、意味も分からず、たった一人で取り残されることになったのだ。
現在、ボロの街の領主の館で緊急のクエストを遂行しているところである。
─────────────────────
俺達が、領主カターユからスパイ捜索を依頼されてはや3日。
正直、ものすごく困っている。
カターユの館は、地上1階から3階までの巨大な建築物である。
外から見た荘厳なイメージ通り、中の広さや部屋数もとんでもなかった。
本人曰く、自分にこんなデカイ家は合わない…らしいのだが、その気持ちが少しだけわかる。
ハッキリ言って、これだと自室からトイレに行くだけでも一苦労だろう。
俺も、未だにどの部屋にどういった人達がいるのか、さっぱりわからない。
そんな状況下で、スパイのことを調べろ…なんてほぼ不可能である。
俺の頭は、館の配置を覚えるだけで精いっぱいだ。
「この部屋も、別に怪しいところはないよな…。」
俺は、依頼されたクエストを達成するために、とりあえず2階の各部屋を見学という名目で調査していた。
もしかしたら、何かしらの痕跡があるかもしれない。
実際に、これだけ部屋が多いのは領主を守る憲兵や使用人が、カターユと共にこの館で生活をしているという側面が大きい。
つまり、就寝を共にしている状態だから、怪しい人物もこの館に在籍している可能性は高いのだ。
しかし、その人数たるやこちらの想像以上である。
当然のように、1人や2人ではなく、使用人だけでも軽く20人はいる。
「えっと、向こう側が憲兵や使用人さん達の部屋か。
さすがに、勝手に入るのはまずいよな…。」
当たり前だが、早々に手詰まりである。
調べるにしても相手に直接的に話を聞くこともできないし、困ったものだ。
この3日間、だいたい聞ける情報は聞いた。
特に注目すべきだったのは、この館で働いている人達は横の連帯感や絆が深いという点である。
仲間意識が高く、それゆえに誰かが裏切ったりする可能性をあまり考えられないのだ。
みんな、カターユへの感謝の気持ちを述べ、ここで生活ができることに幸福感を持っている。
もちろんそれぞれの主従関係はあるのだが、それを込みでも本当によくしてもらっているのだと思う。
まぁただ、それだけお互いのことを信用しきっている状態であるため、その中に裏切り者がいたとしても気づきづらい状態なのかもしれない。
「どうなされたのですか?
何かお困りですか?」
廊下の真ん中で俺が呆けていると、誰かが声をかけてきた。
振り返ると、黒髪ツインテールのオッドアイの美少女が俺の目の前に立っていた。
身長は俺より少し低いくらいで、片目は緑、片目は青である。
綺麗な目だなぁ…いわゆる、オッドアイというやつだ。
というか、初めて俺以外で黒髪の人間を見た気がする。
この異世界の人間は、だいたい茶髪で茶色の眼をしている。
「あ、いや。広い館だなーと思って。
すみません、邪魔ですよね。」
「そのようなことはございません。
よければ、私が下までご案内しましょうか?」
丁寧に応えてくれた。
ついでに、それとなく話でも聞いておこうか。
この子とは、初めて会話をしたはずである。
俺は、歩きながら話題を振った。
「じゃあ、ありがたくお願いします。
ところで、名前は何ていうんですか?」
俺は、過去の経験を活かして早々に名前を聞いた。
覚えているうちに聞いておかないと、また忘れてしまう可能性がある。
「リルと申します。」
「リルさん…。
えっと、リルさんはここでずっと働いているんですか?」
「そうですね。
カターユ様に拾っていただいたのが5年ほど前で、そこからずっと。」
この異世界の人達は、そんなにも誰かに捨てられたり放置されたりするのだろうか?
確か、ガイオもそんな感じのことを言っていた気がする。
まるで犬や猫の様に持って帰ってきて、世話をしている彼はどれほどの善人なのか。
いや、軽々と犬猫のように人間を持って帰ってくるあたり、やはり狂人なのかもしれない。
「カターユさんって、良い人ですよね。
なんか、誰かから恨まれているとか、そういうのは無さそうな気がしてうらやましいです。
俺なんて、ボロの街での評価は最悪なんで。」
俺、この話題の振り方するの何度目だろう…。
どれだけ、会話のバリエーションがないのか。
「はい、あの方は素晴らしい人格者です。
ただ、人が良すぎるのがタマに傷でございまして。
その優しさに付け込もうとする人達も、少なからず存在します。」
なるほど。
恨みは買われていないけど、利用しようとする輩はいるんだな。
まぁだからこそ、スパイなんてフザけた奴が出てきたのだろうけど。
「じゃあ、リルさんもカターユさんのご厚意で、他の人達と一緒でここに住み込みで生活をしているんですか?」
「はい。ありがたいことに。
私のようなものを、家族とおっしゃってくださっています。」
「はは。良いですね。
ルディアさんも、似たようなことを言っていましたよ。」
きっと、この子も元の家族や帰るところも既にないんだろうな。
そういう人達にとっては、本当に天国のような館なのかもしれない。
「それにしても、この館って本当に広いですよね。
俺、1人でウロついてたら迷っちゃいそうです。」
「実際に、使われていない部屋もございますから。
場所によっては、魔法障壁で入れなくなっている場所もあるくらいなので。
下手に触ると、コンガリ焼けちゃうかもしれないので気を付けてくださいね。」
ここ3日の調査で、そんなことを誰かも言っていた気がする。
それにしても、なぜこの子は真顔でそんな怖い事を言うのだろうか…。
なんか、淡々と俺の質問に応えてくれるのは良いけど、感情が希薄というか。
「そういう場所って、あなたや使用人さんは入らないのですか?」
「もちろんでございます。
大半は、カターユ様がプライベートで利用する場所でございます。」
魔法の防御があるような場所に、プライベートの用事って一体何なのか。
ものすごいエッチな本を隠しているとか?
逆に怪しいだろ、そんなの…。
にしても、なんだか誰に話を聞いてもこんな感じなのだろうと俺は察した。
カターユは、とても良い人で色々な人の面倒を見ているに違いない。
でも、そういった人達とは必ず一定の距離感が存在し、自分の事情やプライベートは決して見せないわけだ。
実際に、今回の一件も秘密だしな。
これは、解決に時間がかかるかもしれない…。
1階への階段の合流地点で、目の前からユキノが見知らぬ人2人を連れて歩いてきているのが見えた。
「あれ、トータではないですか?
こんなところで何をやって……。」
彼女が、俺と使用人のリルをまるでゲテモノ料理を見るかのように睨んできた。
「…デートですか?」
「なわけねーだろ。」
俺は、この子に一体どういう人間だと思われているのだろう。
言いたいことは言うが、別に自分の性欲をそこら中で発散する性癖は存在しない。
「トータは目を離すと、すぐに他の女性とイチャつきますね。
時と場合を考えた方が良いです。
殴られたいのですか?」
「誤解と偏見にもほどがある。
俺がいつそんなことをして、なぜ殴られなければいけないのか。
…てか、そこのお2人はどちら様?」
ユキノの横を見ると、彼女よりも少し背の高い2人の使用人らしき人達が立っていた。
この異世界の標準的な見た目。
つまり、茶髪の茶色い目をしている彼女達。
ただ、少し変わった点もあった。
驚いたことに、顔が全く同じである。
片方はショートカット、もう1人はセミロングをポニーテールで縛っていた。
その違いだけ。
双子なのかな?
「初めまして、トータ様。
ルミナです。」
「ルミアナです。」
…ややこしい。
非常にややこしい。
名前まで似たようなものだった。
どうやら、ポニーテールの姉がルミナで、ショートカットの妹がルミアナらしい。
おそらく俺は当分、彼女達のことを覚えられそうにない。
「彼女達は双子の使用人です。
色々と、案内してもらっていました。」
「お前もかよ。でも気持ちはわかるぞ。
正直、この館広すぎるよな。
マジで迷子になりそうだ。」
これだけ広いと、何から見て良いのかわからなくなる。
全体像でもわかれば良いのだが。
「あの、よろしければ3階のテラスにご案内いたしましょうか?
周辺を一望できて、とても綺麗ですよ。」
ルミナさんだかルミアナさんだかが、そう提案してきた。
そういえば、カターユが夜になると景色が素晴らしいって言ってたっけ。
まだ夜にもなっていないけど、一度見ておきたい。
調査で忙しすぎて、そんな暇も無かった。
「良いですね。
トータ、ぜひ行ってみましょう。」
「だな。」
俺達は、案内されるがままに彼女達に誘導されて階段を登って行った。
「ルミナさんとルミアナさんも、カターユさんに目をかけられてここで働いているんですか?」
「はい。
私達は、幼少期からこの館でお世話になっております。」
本当に、いったい何人の人達を引き取っているのだろうか。
それだけ、お世話できる金銭的な余裕もあるということなのかな。
羨ましい限りである。
「じゃあ、ここで働いている人達ってもう付き合いは長いんですか?
リルさんも、既に5年ほどは働いているって。」
「そうですね。
最近になって館で働いている人はいないので、そういう意味ではみんな家族みたいなものですよ。
ね、リル?」
「はい、みんな家族です。」
リルは真顔で、ルミナさんだかルミアナさんだかが、笑顔で応えてくれた。
じゃあ、今回の一件で裏切った人は、何年もカターユに仕えていた人で確定ってことか…。
何年もお世話になってる人を裏切るって、どんな気分でどんな人間性なのだろう。
なんだか、空しい気分になってくる。
まぁでも、人間なんてそんなもんか。
どこの世界でも、本質は変わらないものである。
「私は、初老のダニエルがダンディーで好きです。
あれぞ、執事という感じがしませんか?
あの方とは、一度長時間でお話がしたいです。」
ユキノが、いきなりわけのわからんことを言い出した。
父性に飢えているのかな?
それにしては、年齢差がありすぎる気もするが。
それか、単純にファザコンか。
「そちらのリルさん?という方は、変わった髪色と眼をしていますね。
オッドアイというやつですか?
初めて見ました。」
この世界でも、オッドアイの人間は珍しいようである。
俺も初めてみたので観察してみたいのだが、あまりジロジロと人の顔を見たりするのは失礼な気もする。
というか、やっぱり黒髪も珍しいんだな。
なので、こういう場合は失礼な人間世界代表のユキノに任せることにする。
「私のこの髪と眼は生まれつきでして。」
「あれ、出自とかはわからないのですか?」
「はい、私は戦争孤児ですので。
両親のことも生まれのことも何も知らないのです。」
へぇー…とユキノがなんだか1人で納得していたが、その質問で空気が一気に死んだ。
申し訳ないとか、聞いてゴメンナサイとかないのだろうか。
俺が遠慮し過ぎなだけかもしれんが。
「あそこがテラスでございます。」
考えている暇に、いつのまにかテラスの前まで到着していた。
一室から外に出られる場所があり、ここも客間として使われているのだろうか。
透明な扉で施錠されており、その向こう側に景色を一望できる場所が広がっている。
何とも、ここだけ現代的な造りというか。
扉を開けてもらい、ユキノ達は外に出た。
俺はその様子を外には出ず、部屋の中から眺めていた。
というのも、何だか部屋の中で良い匂いがして、それに気を取られていたからである。
高級な住宅は、こういうところにも気を使っているんだろうな。
それにしても、この匂いどこかで嗅いだような…。
「……おぉー!トータも見てくださいよ!!
これは確かに凄い景色です。
私達、こんなに高いところまで来ていたのですね。」
カターユの言っていた通り、眼下には神護の森が、その先にはボロの街が見えるらしい。
こう見ると、立地的にもボロの街からそう遠くないのがわかる。
きっと、カターユはここから街の様子でも伺って憂慮していたのだろう。
まぁ、今の俺の位置からはよく見えないのだが。
「いやぁー…本当に空気も美味しいですね。
久しく、こういう自然浴?というか森林浴みたいなのに浸っていなかったです。」
森林浴…か。
俺はそういう景色を、昔は何度も見ていた。
前世の時だが、飼い犬の十兵衛と近くの自然が残っている公園でよく散歩をしていた。
俺がトラックに轢かれた日も、雨の中でそんな場所を目指していたんだった。
懐かしいな。
「いつまでもいていいのなら、本当にここで住みたいくらいですよね。
トータ、本格的に1回お願いしてみてはどうですか?」
目の前に、そういう景色がずっと広がっているのを想像すると、俺は少しだけ怖くなる。
前世のことを思い出すからだ。
俺は、別に前世の人生も投げ出したいほど嫌だったわけではない。
決して贅沢ではなかったし、特別に幸運でも無かったし、ツライことも多かった。
それでも生活ができたのは、きっと近しい人や動物の支えがあったからである。
けど、生きていた時にその人達に恩返しができたわけでもない。
だから、そうした人達が今でも元気にやっているか、時々考えてしまうのだ。
こういう景色を見ていると、そんなことをずっと思い出しながら生きていかなくてはいけないかもしれない。
それが、何らかの天罰のような気がして少し怖い。
そして、勝手に死んでしまったことに対して、申し訳ない気持ちになる。
そんなノスタルジックな気分に浸って、俺は俯きながら考えていた。
……そう。
ここらへんで、実は俺はすでに気づいていた。
違和感に。
突然、ユキノの声がしなくなったからだ。
使用人さんはともかく、なぜユキノの声までいきなり消えたのか?
「……あれ、ユキノ?」
顔を上げた俺は、かつてないほどの衝撃を受けた。
さっきまでテラスにいた彼女達が、跡形もなく消えていたからである。
俺は初めてやってきたこの領主の館に、意味も分からず、たった一人で取り残されることになったのだ。
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今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。
その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。
封印されていたおじさん、500年後の世界で無双する
鶴井こう
ファンタジー
「魔王を押さえつけている今のうちに、俺ごとやれ!」と自ら犠牲になり、自分ごと魔王を封印した英雄ゼノン・ウェンライト。
突然目が覚めたと思ったら五百年後の世界だった。
しかもそこには弱体化して少女になっていた魔王もいた。
魔王を監視しつつ、とりあえず生活の金を稼ごうと、冒険者協会の門を叩くゼノン。
英雄ゼノンこと冒険者トントンは、おじさんだと馬鹿にされても気にせず、時代が変わってもその強さで無双し伝説を次々と作っていく。
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