アメリカ北部のJCが、イケメン探ししてたら南北戦争に巻き込まれた!

蜂蜜の里

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マーガレットの家族が現れて……

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 カミラの懸念が杞憂だったかのように、「戦場の天使アニー・ウェブスターとその姉カミラ」は、今日も兵士たちに守られながら大勢の人々に囲まれていた。

 熱狂的な声援に手を振りながら、アニーは笑みを振りまいた。
 曰く、「その愛らしい笑顔と快活な振る舞いは戦争で沈む人々の心に光を灯す希望」ということだった。慰問活動を通じてアメリカ中の人気者となり、どこへ行っても歓迎される日々。アニーはその注目を存分に楽しんでいた。

「これ。この間のことが記事になってるの! ほら、ここの見出しなんて最高じゃない?」
 アニーは手にしていた新聞をカミラの目の前に押し付けた。そこには
「戦場の天使、アニー・ウェブスター! 兵士たちの心を癒す輝ける姿」
 と大きく書かれていた。

「アニー、調子に乗らないの。仕事はまだまだ山積みなんだから」
「でも褒められて伸びるタイプだし、私!」
 自慢げに話すアニーに、周囲の人々も微笑む。その場は笑いと声援に包まれ、まるでお祭りのような賑わいだった。

 しかし、その賑わいの中でふとした違和感を感じたのは、カミラだった。喧噪に紛れるように、何かが忍び寄る冷たい空気があった。ふと視線を向けると、遠くの陰に誰かが立っているのが見えた。

 その人物の姿はすぐに群衆に隠れてしまう。かすかな胸騒ぎをカミラが言葉にする間もなく、アニーの笑顔と明るい声がその場の雰囲気を引き戻した。









 慰問活動が終わり、汽車に向かう最中のことである。
「ウェブスター家のお嬢さま方でいらっしゃいますか。私、マーガレット・カスティスお嬢さまの家の者でございます」
 鈴を鳴らすような、ヨーロッパ訛りのきれいな声。カミラが勢いよく振り向く。
 アニーもつられて、笑みを浮かべながら振り返ると、そこにいた黒人の少女に思わず見惚れた。

 オレンジ色のターバンに包まれた縮毛、チョコレート色の肌、そして黒曜石のように澄んだ瞳。美しい人を男女問わず見るのが好きなアニーだったが、その姿にはどこか大人びた凛々しさがありながら、まだ未完成の美があった。

「マーガレットのおうちの人だったの!」
 アニーはその名を脳内で反芻し終えた瞬間、さらに顔を輝かせた。
「懐かしいね、カミラ!」

 カミラは返事をしなかった。ただ目を細め、少女の様子を見据えた。彼女の端正な顔立ち、丁寧な身なりは一見すると礼節を尽くしたものであったが、瞳の奥に潜む何かをカミラは見逃さなかった。苦悩と怒り、それが微かに滲み出ている。

「ねえ、マーガレットはどうしているの?」

 明るい声でアニーが問うた瞬間、少女の口元が微かに歪んだように見えた。

「死にました」

 しにました、という言葉はどういう意味だろう、とアニーは思った。そんな言葉があっただろうかと考える間もなく、少女はさらに続けた。

「傷病兵を看病し、麻疹《はしか》に感染したのです」

 やっと少女が発する言葉の意味を把握したアニーは、ニコリと笑みを浮かべた少女を呆然と眺める。

「奥さまはご懐妊中で倒れていらっしゃり、旦那さまは大農園プランテーションの管理で手一杯、そんな中プランテーション近くの戦場で大勢の兵隊さんたちがお怪我をされ、カスティス家は判断を迫られました。傷病兵の受け入れを、ご不在だった旦那さまに代わってマギーお嬢さまがご決断されたのです」

 その一方で、カミラは冷たくさえ見える表情で少女を見つめていた。

「マギーお嬢さまは命をかけて、兵隊さんたちと私たちカスティス家のプランテーションを守ったのです。あの瞬間、マギーお嬢さまは確かに偉大な淑女great ladyでした」
「……うそ」
 アニーは、まだ現実を受け入れることができなかった。そもそもあんなに健康体だったマーガレットが簡単に死んでしまうはずがない、と。
「マギーが病気なんて、ありえない!」
 アニーは振り返り、カミラに縋るような視線を送った。
「カミラ、こんなの嘘だよね? マーガレットが死ぬなんて!」

 しかしカミラは何も言わず、少女をじっと見つめていた。次の言葉を待ちながら、感情を抑え込むように。

「あなた様の身近にも、簡単に命が奪われた方々がいらっしゃったと伺っております」
 少女の声には隠しきれない苦しみがあった。カミラの顔が急に強張り、アニーはその変化を鋭く感じた。
「ご自宅の使用人と、護衛兵の方々。彼らは逃亡兵に殺されたんでしょう? この二年間でどれだけの命が奪われたと思っていらっしゃるんですか。皆さんに守られ、大切にされて、マギーさまのような目に合うこともなく! 」
 アニーの目の奥で何かが弾けそうな気配がし、耳の奥でざあざあと音が鳴るのをアニーは感じた。

 うそ、うそだ。だってカミラがジェシカたちのことは心配しなくて大丈夫だと言った!

 アニーはかろうじて息を吸い込んだが、その呼吸は不規則だった。視界がじわじわと滲む。浮かぶ涙を押しとどめようとする自分が情けなく、もどかしかった。

 目の前の少女がふいに目を伏せた。彼女もまた、心の中で葛藤しているのがアニーには分かった。目の前の自分が彼女の苦しみの原因でないことを理解していて、それでも少女の目には抑えきれない憎しみが揺れているように見えた。

 その憎悪が矛先を失う瞬間、少女の手がスカートの裾をきつく握りしめる。

「名前を伺ってもいいかしら?」
 不意にカミラの声が響く。その声には、どこか歪な落ち着きが漂っていた。まるで自分を取り戻そうとするかのように、心の動揺を隠しながら発せられた言葉。

 だがカミラは、ふと微笑みを浮かべる。その笑顔には、アニーやマーガレットへ向けたものと変わらぬ慈愛が込められていた。

 アニーは、自分が話を続けるべきだったのでは、と後悔の念に襲われた。けれど、声が出ない。ただその場に立ち尽くし、目の前で交わされる会話をじっと見つめているしかなかった。

 少女は少し驚いたように目を見開いたが、すぐに姿勢を正して応じた。

「セテと申します、ミス・ウェブスター」

 その返答は誇り高く、毅然としていた。先ほどの憎悪が垣間見えた表情は影を潜め、セテはまるで試すようにカミラを見つめていた。

 アニーは、彼女のその態度に思わず息を呑んだ。

「セテ、教えてくれてありがとう。辛かったでしょうに、ここまで来てくれたことを感謝します」
 カミラの言葉は穏やかで、優しさと敬意が込められていた。それを聞いたセテの瞳が微かに揺れ動くのが、アニーの目にも分かった。

「こちらこそ、大変失礼を申し上げました。お嬢さま方の健やかなお姿を拝見できて、こんなに嬉しいことはございません。どうぞ時々はマギーお嬢さまのことを思い出してくださりますよう。それだけを伝えに参ったのです」
「忘れるはずがありません、永遠に」
 静かに頷くと、セテはお辞儀カーテシーをし、この場を颯爽と立ち去っていった。打ちのめされたアニーを一人残したまま。

 カミラは深く息を吐き出し、アニーに向き直った。
「アニー、あとでちゃんと話すわ」
「あとでなんて言わないでよ!」
 涙をこぼしながら詰め寄るアニーを、カミラはそっと抱きしめた。

「わかっている。でも、私たちの目の前にはまだやるべきことが山積みなの。それを忘れないで」

 アニーはその言葉を飲み込むように黙り込み、泣きじゃくるだけだった。

 二人は無言のまま、護衛兵と共に汽車の乗り場へと向かった。アニーの背中にはいつもの快活さは微塵もなく、うなだれたまま足を引きずるように進む。その後ろでカミラは距離を取ってついてきた。姉が声をかける様子はなく、その静かな佇まいに、周りの人々も声を失っていた。

 汽車の前に立ち止まったアニーは一度だけ振り返り、カミラの顔を見た。しかし、その瞳に浮かんでいたのは感情の色がすべて消えた虚ろな光だった。何か言葉を紡ごうとしているのか、唇が少し震えていたが、結局何も言わないまま汽車に乗り込んだ。カミラは深く息を吐き、後に続いた。

 車内に入ると、アニーは自分の席に向かい、誰とも目を合わせずに窓際に座った。外の景色を見ているようで、実際には何も目に入っていないようだった。その肩越しに映る顔は、涙を流すでもなく、ただ無感動な静けさに包まれていた。

 カミラは少し離れた席に座るよう促されたが、首を軽く振り、そのままアニーの近くに立っていた。彼女の厳しい表情とピンと張り詰めた雰囲気に、周囲の乗客たちは声を潜めた。慰問の帰り道とは思えない重苦しい空気がそこにはあった。

 アニーの周りに座っていた人々も、彼女を心配そうに見つめていた。ある老婦人がそっとカミラに声をかけようとしたが、カミラが軽く首を振ると、それ以上何も言わずに引き下がった。

 汽車が動き出し、外の景色がゆっくりと流れていく。アニーは小さくため息をついたが、それ以外はほとんど動かない。まるで魂が抜け落ちてしまったようだった。カミラは一瞬だけ目を閉じ、気持ちを落ち着けるように深呼吸をしてからアニーの隣の席にそっと腰を下ろした。

 姉妹の沈黙はそれでも破られず、まるで目に見えない壁が二人の間に立ちはだかっているかのようだった。その様子を、乗客たちは言葉もなく見守るしかなかった。

「アニー」
 カミラの声は低く、どこか哀愁に満ちていた。
「ずっと言えなかった。ジェシカたちが亡くなったことを、あなたに隠していたの」

 その言葉を聞いた瞬間、アニーの胸の中にさまざまな感情が渦巻くのを感じた。裏切られた思いと同時に、姉がなぜそんな重い決断をしたのかも、なんとなく理解できてしまったのだ。

「どうして、私に知らせてくれなかったの?」
 アニーの声は震えた。

 カミラはアニーの手をしっかりと握り、静かに視線を合わせた。その目には涙が浮かんでいたが、彼女は懸命にそれを抑えているようだった。

「あなたが、少しでも穏やかに過ごせるようにと思ったの。このことを知れば、あなたもまた深い悲しみに飲み込まれてしまうかもしれない、と」
 カミラの声は震えつつも、強さを保っていた。
「だから私は、ずっとあなたに嘘をついていた」

 アニーはその言葉に、彼女が自分を愛し支えてきてくれたことを思い出した。カミラが自分のためにどれだけの決断をし、そしてどれほどの重荷を背負っていたのかを感じて胸の奥で痛みと感謝が混じり合った。

 アニーが大好きだった人たち。いなくなって、しまった。

 大統領の三男、天使のようだったウィリー・リンカーンは病に冒され亡くなった。多くの知人たちやその兄弟、家族は戦場に倒れ帰らぬ人となった。それらの出来事を間近で見ていながらも、どこか現実味を感じられないままだった。「誰かがいなくなる」とはわかっていても、自分に直接関わる痛みではないと心のどこかで感じていたのだろう。

 けれどたった今、その感覚は一変した。

 マーガレットとジェシカたちがもうどこにもいないという事実が、容赦なくアニーの心を突き刺した。これまで誰かが亡くなっていたことは知っていたはずだった。けれど、これが「本当の別れ」なのだと初めて感じた。

 アニーは心の中で何かが壊れる音を感じた。世界が色を失い、光が消えて全てが冷たく感じられた。人生の暗闇が初めて目の前に立ちはだかり、逃げ場もなかった。

 カミラがゆっくりとアニーを抱きしめた。その抱擁は、これまで以上に力強く、そして温かくて、アニーは熱い涙が溢れるのを止められなかった。彼女は姉の胸に顔を埋め、押し寄せる感情に身を委ねた。

 彼らの死を受け入れるには、アニーの心はあまりにも幼すぎたのだ。それでも現実は残酷で、彼らが戻ってくることは決してないという真実がアニーの心を蝕んでいった。アニーの子ども時代はここで終わりを告げた。
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