奪われる人生とはお別れします 婚約破棄の後は幸せな日々が待っていました

水空 葵

文字の大きさ
31 / 72
第2章

87. 異変のようです

しおりを挟む
「シエル、済まないが治癒魔法をお願いしたい」

 一通りお礼を受け終えると、クラウスが手首を気にしながら近づいてきた。
 血は出ていないみたいだけど、怪我をしている様子だ。

「傷、見せてもらえるかしら?」

「些細なことだが、木の棘が刺さってしまってね……」

「こんなに大きな棘、些細だなんて言わないで!」

「すまない。魔物の角が刺さるよりもマシだったから、つい」

 血は大して流れていないけれど、私の小指ほどの太さがある棘が刺さっているから、これを抜いたら流血沙汰になりそうだわ。
 だから、先に治癒魔法の魔力を練って、準備が整ってから棘を引き抜く。

 細かい棘だったらそのままでも身体の外に出るけれど、大きい物だと取り除いた方が治しやすいから。

「いってぇ!」

「ごめんなさい、大丈夫?」

「少し驚いただけだ。何ともない」

 苦笑いを浮かべるクラウスに、曖昧な笑みを浮かべる私。
 本当に大丈夫なのか心配だけれど、傷はもう治したのだから、何事も無いと思う。

 怪我をしている人も他に見当たらないから、後のことは集まってきた騎士団にお任せして、私達は再び家路についた。



   ◇



 あの事故から二時間ほど歩いて、私達はようやく家に戻ることが出来た。
 五時間以上も歩いているから足が痛む。けれど、クラウスも疲れているはずだから、表に出さないようにしている。

「今日の夕食は俺が作るから、シエルは休んで欲しい」

「私も手伝うわ」

「無理するな。疲れていることくらい、見ればわかる」

 だから、彼がこんな事を口にした時は、少し悔しかった。

 クラウスは元王族で、妃教育のタイミングで表情を取り繕う練習を始めた私よりも、一歩どころか二歩も三歩も先を行っている。
 理解していても、すぐに見破られてしまうと対抗心が湧いてしまうのよね……。

 それに……彼が台所に向かう時、いつもよりも足が上がっていなかったから疲れているに違いない。

「クラウスだって疲れているわよね?
 無理しないで欲しいのは私も同じなの」

「分かった。それなら、お言葉に甘えさせてもらおう」

 だから一緒に夕食を作れるようになって、安堵と嬉しい気持が混じったような感覚になった。

「今日は少し手を抜いても良いかな?」

「その方が良いと思うわ」

 普段はレストランに負けないように手間をかけているけれど、今日は私もクラウスも疲れているから、簡単な料理にすることに決めた。
 食材は帰る途中に買っておいたから、その中からメニューを考えるのだけど、手を抜く方が難しいことに気付いてしまった。

 私が今まで口にしてきた料理は、貴族らしい手間のかかる物ばかり。
 だから簡単に作れる料理なんて思い浮かばない。

「メニューはどんなものが良いかしら?」

「簡単にバランスが取れる、肉と野菜を炒めたものと……米にしよう」

「……そんな手があるのね」

 米という食材は貴族の食事に出ることは少ないけれど、少ない量でも長い間空腹が訪れずに済むから、冒険者や平民に好まれている。
 味が濃い料理の時は貴族も好むくらいだけれど、水の加減を間違えると食感が微妙になってしまうから、美味しく作るのは難しい。

 だからお米の方はクラウスにお任せして、私は食材を切ることにする。

「お米のことは分からないから、お願いしても良いかしら?」

「もちろん」

「それじゃあ、私は野菜を切ってくるわ」

「分かった。この前みたいに指を切らないように気を付けて」

「ええ、ありがとう」

 心配するような言葉に笑顔で頷いてから、野菜を洗っていく。
 ここ帝都は水道というものがあって、蛇口を捻れば勢いよく水が出てくるから、こんな風に何かを洗うのも簡単なのよね。

 王国では井戸と厨房を何往復もするのが普通だったから、これを初めて見た時はすごく驚いた。

 最近の私は魔力を増やす練習も兼ねて水魔法で洗っているけれど、今日は魔力をたくさん使ったから、水道で楽をしている。

「こっちは終わったから、肉の処理をしておくよ」

「ありがとう」

 少し離れていたところから戻って来て、お肉と格闘を始めるクラウス。
 血抜きは済ませてある上に、私が氷魔法で冷やしていたお陰で生臭さは無い。

 代わりに私が切っている玉ネギという野菜の香りが漂っている。

「玉ネギか……道理で目が痛いわけだ。シエルはよく平然と切れるね?」

 この野菜を切っていると目が痛くなるみたいで、クラウスはよく涙を浮かべているのだけど、私はほんの少しだけ染みて痛むくらいだから、涙を浮かべた事はないのよね。
 だからクラウスにいつも羨ましがられている。

「この前も言っていた気がするのだけど?」

「それだけ羨ましいし、不思議なのだ。何か気を付けている事はないか?」

「何も意識していないわ。それに、私だって目は染みているのよ?」

「シエルの方が痛みに強いのかもしれないな」

 どこか悔しそうな様子で口にするクラウスを横目に、玉ネギを斬り終える私。
 続けて他の野菜も切ろうとした時、微かに聞きなれない鐘の音が聞こえて来た。

「緊急招集……」

 幼い頃から教えられていたこの音は、強大な魔物が迫っている時に鳴らされる。
 冒険者ギルドがある国なら、この音が避難命令と冒険者の招集を意味する。

 だから、私達は料理の手を止めて、食材を全て冷蔵庫に入れた。
 普段は使っていない冷蔵庫だけれど、こういう時に食材を腐らせないように置いているのよね。

 食材を入れ終えたら、上の部分にある氷入れを水魔法で生み出した氷で満たす。

「こっちは準備出来たわ」

「残りは俺が入れておくから、着替えてきて」

「ええ、ありがとう」

 これから向かうのは危険な魔物が居る場所。
 他の冒険者も集まるから、男装するために階段を駆け上がった。
しおりを挟む
感想 67

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

結婚して3年経っても子供ができないという理由で離縁されたエマは、前世の記憶を思い出して幸せになる。周りが勝手に復讐してくれました。

山田 バルス
恋愛
 結婚三年目の春、エマは伯爵家の夫アンドレオから突然、側室を迎える話を告げられる。子をなせなかったことを理由に、彼女は僅かな補償のみで離縁された。妻として過ごした三年間は「無価値だった」と突きつけられ、エマは貴族社会から静かに切り捨てられる。  また実家の父母の墓参りに行くと、当主になっていた兄に離縁金を奪われてしまう。  大ピンチのエマには、秘密があった。なんと彼女は幼少期に前世の記憶を思い出していたのだ。  かつて観光地で石を磨き、アクセサリーを作り、人に喜ばれる仕事をしていた人生。何も持たない今だからこそ、もう一度「自分の手で生きる」ことを選び、あの人が住む商業国家スペイラ帝国へ向かう決意をする。  国境への道中、盗賊に襲われるが、護衛兵ロドリゲスの活躍で難を逃れる。彼の誠実な態度に、エマは「守られる価値のある存在」として扱われたことに胸を打たれた。  スペイラ帝国では身分に縛られず働ける。エマは前世の技術を活かし、石を磨いてアクセサリーを作る小さな露店を始める。石に意味を込めた腕輪やペンダントは人々の心を掴み、体験教室も開かれるようになる。伯爵夫人だった頃よりも、今の方がずっと「生きている」と実感していた。  ある朝、ロドリゲスが市場を訪れ、エマの作ったタイガーアイの腕輪を購入する。ところがその夜、彼は驚いた様子で戻り、腕輪が力を一・五倍に高める魔道具だと判明したと告げる。エマ自身は無意識だったが、彼女の作るアクセサリーには確かな力が宿っていた。  後日二人は食事に出かけ、エマは自分が貴族の妻として離縁された過去を打ち明ける。ロドリゲスは強く憤り、「最悪な貴族だ」と彼女と一緒になって怒ってくれた。その気持ちが、エマにとって何よりの救いだった。彼は次に防御力を高める腕輪を依頼し、冒険者ギルドで正式な鑑定を受けるよう勧める。  翌日、冒険者ギルドで鑑定を行った結果、エマの腕輪は高い防御効果を持つことが判明。さらに彼女自身を鑑定すると、なんと「付与特化型聖女」であることが明らかになる。聖女が付与した魔道具は現実の力として強く発現するのだ。  価値がないと切り捨てられた人生は、ここでは確かな力となった。スペイラ帝国で、聖女エマの新しい人生が、静かに、そして輝かしく始まる。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。