世界を越えて貴方に会いに行く。

Ruon

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#5



 ああ、なんとかして逃げださなければーーーー。

 眼前に腕をクロスさせて顔を守る体勢を取る。そうしたところで先程の威力からして耐えきれるとは思えない。
 それでもせめて顔だけは守らなくてはいけないと耐えるべく踏ん張っていると突如としてドゴォォォンッと凄まじい振動と爆音が城内に響き渡った。それは立っていられなくなるほどの衝撃だった。

「な、何事だ!?な、ななっ、何故城壁が……!なんだ貴様は、いったいどこが…ぐァッ!?」

 ナガの声が響く。酷く動揺した声が誰か入ってきたのだと伝える。
 この砂塵の孤城に乗り込んでくる人なんてたった一人。ただその人物がどうやって入ってきたか、見当はつかないが恐る恐る腕を下ろすとそこには汚れて黄ばんでしまい、白さを失ったローブを外から吹き込む風にはためかせ、熱き闘志を露わにするように燃える拳を握りしめてガルビスを守るべく目の前に立つ巨体の男。

「……随分と遅かったじゃないか、イズオアル」

 その名を呼べば彼は振り向いて得意げに微笑む。

「慣れていたと思っていたのが手こずってしまいました。怪我させて申し訳ありません、すぐに叩き潰しますので!」

 微笑むイズオアルは金糸の髪を掻き立て、勇ましさをその身で体現する。
 すぐにガルビスから視線を城壁に向かって殴り飛ばされ、壁にめり込んでいるナガへと向けられる。

「はぁぁぁぁぁ……!我が愛すべき人に傷つけた貴様には、命をもって償ってもらおう!」

 燃え盛る拳に力を込めて目にもとまらぬ速さで一気に駆け寄ると身動きすらできないナガに怒涛の勢いでまるで降り注ぐ雨の如く無慈悲な猛攻撃が飛ぶ。

「グェアアアアアアアアッ!?」

 断末魔が聞こえるほど一方的に殴られ、最後に壁ごと叩き潰し城外へと吹き飛ばせば再び凄まじい音を響かせてナガの姿は見えなくなる。

 流石は力の天使と言ったところか。返り血を浴びたその姿は狂気じみていて助けに来たはずだというのに此方まで恐ろしさを覚える。
 ただ、昨晩と違って踵を返し近寄ってきたイズオアルは正気を失っていないようだ。嬉々とした眼でガルビスを捉えては拳から放たれる魔力を消し去り、持ち合わせていたハンカチで手についた血を拭う。
 そして尻餅をついたように座り込むガルビスの前に片膝をついて視線を合わせると微笑みかける。

「大丈夫ですか?」
「顔殴られただけだ、このぐらいはすぐに治せる」
「ああ、大事なお顔が……!此処は危ないので今すぐ脱出しましょう!」

 最初こそ痛みで頭がクラクラとしていたがイズオアルが一方的に暴力を振るい続けているその間に魔力を使って応急処置ぐらいはできた。
 脱出しようと言ってガルビスを抱き上げたイズオアル。肩に顔を埋めて首に腕を回せばガルビスは抱えられるようにして共に外へと飛び出す。
 砂塵吹き荒れる城外を一気に飛び出し、砂のカーテンを突き抜ければ晴れやかな空が見えてくる。
 イズオアルが大事そうに抱えてくれたおかげで衣服の中に砂が入ったりする事はなかった。
 そのまま遥か上空を飛びながら港町ナビアへと向かっていく。まるで手のひらサイズの模型のように小さな街並みを見下ろしながら飛んでいるような感覚さえする、初めての体験にガルビスは目を見張りながら下を見下ろしていた。
 不意にどうやってあそこまで来れたのか、急に気になったガルビスは帰ってからでもいいというのに今聞いておこうと太陽によって顔に影が生まれていつも以上に逞しく見えるイズオアルを見上げて問いかける。

「おい、イズオアル。どうやって砂の都に来たんだ?慣れていたと言っていたがどういう意味だ」

 ズバッと率直に問いかけるとイズオアルは苦い笑みを浮かべ「今聞くんですね」と口にする。

「……私はあの都をよく存じているだけですよ」
「知っている?どうしてだ?」
「あはは、本当によく聞いてきますね~。ただ単純にあの都に住んでいた事があるんです」
「お前が住んでいた元々の世界で、か?」
「ええ、そうです」

 多くを語ろうとはしないが彼を見ているとどこか見覚えのある魂の波長をしている。
 それはガルビスにとってもっとも知るもので彼がはっきりと口にしなくとも、彼が誰であるかはおおよそ検討がつく。
 あの砂塵に包まれた都は抜け道を知らぬ者には到底、到達する事が叶わないとされている砂漠の蜃気楼。だがそこにあっという間に辿り着いて玉座の場所を把握している事。

「……どうりで俺に固執するわけだ」

 答えがようやく出た。どうしてイズオアルはガルビスに固執しているのか、その答えを得ればため息が出る。

「嫌でしたか?」
「いいや、嫌ではないが複雑な気持ちだ。どうして俺なんだって何度も考えてしまう」

 ため息交じりに胸の内を伝えると遥か彼方を飛ぶイズオアルは飛行をやめ、羽根を羽ばたかせてながらその場に留まる。
 風を切る音は聞こえなくなり、静かな時間と共に穏やかな風が吹き抜ける音が聞こえるだけだった。
 そこに割って入るように、イズオアルの優しい声が聞こえてくる。

「お察しの通り、私は……私は力の大天使イズオアル。それより以前は……砂の都の王ナガ・ドランガです」
「だろうな、言わなくともアイツとよく魂の波長が似ている。だがどうして天使になんか?」
「それは……長い話になるのですが……」

 そこから彼の長い、昔話が始まった。
 ガルビスが予想していた通り、彼は砂の都の王であるナガ・ドランガだった。
 ガルビスの知る通り、かつての彼は許嫁ミキ・ハーティの束縛や嫉妬から逃れる為にガルビスを利用したがそれが悲劇を呼んだ。
 イズオアルの知る世界では、ガルビスは己の命を引き換えにナガだけを生き返らせた。自らの臓器を移植させるという荒業をやってのけ、事切れたのだ。
 当然、息を吹き返したとはいえ自らの過ちで二人の尊き命を失った罪の意識は大きく計り知れないものがあった。自主退学し、世間から姿を消して城に閉じこもってしまったナガは長きに渡る後悔に押しつぶされそうになっていた。
 しかし、国王であった父親からかつての友であるガルビスが知的好奇心のままに書き連ねた一冊のノートを受け取ってからナガは城を飛び出し、旅に出た。

 それは、人が徳を積む事により、死す時に冥界で天使に生まれ変わる試練を受け、天使となれる。
 その時、天使の中でもっとも最高峰である大天使になればこの世界を愛する神より転生輪廻の力を得られる。

 ナガはそんな妄想を信じてしまったのだ。おそらくガルビスの戯れで書かれたものを、ただガルビスにもう一度会えると信じて。
 その時からナガの弱く卑劣な心は真っ当な心へと姿を変え、強靭な精神とただガルビスを愛して精進する鋼の心を手に入れたのだった。
 そして人に優しく、誰にでも手を差し伸べるという善人を絵に描いたような徳を積み続けて彼は孤独な旅の中、真に生まれ変わった。
 それは何十年、何百年、何千年という時を経て。彼が天使になって徳を積み続けついに大天使になってからが本当の旅が始まった。
 転生輪廻と書かれた能力は厳密には時間遡行の能力、それも決して交わることのない平行世界へと向かう能力だ。
 それによって異なる世界のガルビスに出会い、助ける事により共に寄り添うようにしていたが異なる世界からの関与があれば当然、世界に歪みが生じる。
 それがガルビスに忍び寄る死の気配だった。

「……この世界では、あのナガ・ドランガが貴方の命を奪おうとしていました。ですが、私はそんな事させません!何十回、何百回と貴方を救おうとしてきたのです!この拳で貴方を守りましょうぞ!」
「えらく意気込むのはいいが俺はお前の事、殆ど知らないんだ。まずはそこからだろう?イズオアル」
「えっ、あっ……そうですね!じゃあ、帰ったら私の話でもしながらお茶でもしましょう!」

 拳を掲げられては腕から落ちそうになり、必死にしがみつく。すると落ちそうになっている事に気付いたのか大事そうに抱えられ「すみません!」と一言、謝られる。
 彼がおっちょこちょいなのは今に始まった事ではないのだろう。気にせずガルビスが横に首を振ってなお、彼の事を何も知らないのだと告げれば嬉しそうに笑いかけながら再び、空を駆け抜ける。
 ガルビスにとって、たとえイズオアルの生まれ変わる前が憎きナガ・ドランガであったとしても彼と奴とではまた異なる存在。目の前で嬉しそうに微笑む彼には敵意も悪意も感じられない。
 安心して身を預けられるだろう。そう思えば

「少し疲れた。まだ町につくまで時間あるだろうから寝る」

 と言えば、目を瞑り体重をかければ腕の中で静かに眠ろうとする。
 彼の腕はとても逞しく温かさを感じる。血生臭く感じるが衣服越しとは思えないほどの温かさにすぐに眠りについてしまった。
 安心している、というのもあったのだろう。不安があったが心のどこかで助けに来てくれるんではないかと期待していたからだ。

「……ゆっくり休んでくださいね、ガルビス」

 優しい声で囁き、髪を軽く撫でればイズオアルは優しく抱きかかえたまま、遥か上空を飛び回りながら昼下がりへと移ろぎ、海面に映し出された美しい陽の反射に照らされた港町へと向かって飛んでいく。
 

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