妖精社会/プロローグ

創作

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02_原始生活

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「じゃあ、行くよ。やっくん」

 俺をそう呼ぶのは同じ採集班に振り分けられている春菜だ。彼女曰く、「三文字以上は長い!」らしくこの呼び名が定着した。一度、呼び捨てにしたらどうかと提案したが、それは嫌と返されてしまった。
 それを聞いて春菜の陸への扱いの酷さを知ったのは言うまでもない。

 意識覚醒から二ヶ月がすぎ採集の活動に慣れてきてはいるものの、依然として周りとの体力の差があるために日中の長時間作業はかなり体に堪える。

「もうちょっと休憩をしない、春菜。」
「する訳ないじゃん、ってか、ほんとやっくん置いてくよ。」
 声色から俺に呆れていることが伝わってくる。でも、ほんとしんどい。たった三十日のブランクなのに他とこれだけ違いは何故なんだろう、と考えながら重い腰を上げる。
「お嬢ちゃんは元気まだ有り余ってんぞ~。がんばれ、少年!」
 班一の熱血漢の広瀬さんが前方から声をかけてくる。
「そうだぞー。さっさと狩猟班に行ってから俺らに肉食わしてくれい」
「そうだー。そうだー」
「俺も肉食いてえ」
 それに他のメンバーが乗っかって野次を飛ばしてくる。いつも移動の時は賑やかだ。喋る以外にやることもないからだろうか。しかし毎日一回は俺を弄る対象とするのはやめて欲しいところである。 
 「食ったのいつだったっけ」「十日くれい前じゃねえか」などと談笑をしながら歩くこと小一時間、やっとのことで採集ポイントに到着した。

「やっくん、大丈夫……じゃなさそうだね」
 わかっていて聞いてるのだろうかと抱きつつ、動悸を抑えて言葉を紡ぐ。
「み、みず…」
 そういうと右手側から「はい、どうぞ。」という声とともに皮袋が差し出される。すぐさまそれをとって呷《あお》る。
「ふぅ……はぁ。疲れた…」
 地面に腰を下ろし、呼吸を整えていく。顔を上げるとみんながそれぞれ木に登ったり、落ちている木の実を拾ったりしている。相も変わらず疲れも見せずに春菜は動いていた。体力量に改めて感嘆していると少女が俺を目掛けて走ってくるのが目に入った。

「そろそろ大丈夫そうだね」
 その声にコクリと頷く。少しばかり疲労を感じるが、みんなが作業をやっている手前一人怠けるわけにもいかない。
「じゃあみんなー、今日も頑張っていこうー!」
 張り切った春菜の声が一帯に響き渡った。採集活動をしていた人たちも「おー」とか「やるわよー」とか「任せとけ!」など威勢のいい声で応じる。
今日もやるかと小さく意気込み、俺も作業に取り掛かった。


 黙々と採集活動を続けるうちに空は金色に変わり、夕暮れが近づいていることを知らせてくる。
「そろそろだな」
 俺が体感時間からそう呟いてから少し経って「帰り支度をし始めろぉ。」との命が班長から下った。
 それに従って続々と班の人間が声の元に集まってくる。ワイワイガヤガヤし始め、互いに自身の収穫を見せ合い始める。
「とっとと帰るぞぉ。お前らぁ」
 語尾に母音が響くような特徴的な話し方をする班長の声を合図に一まとまりになってベースに向かって歩き始めた。

「やっくん、今日はどうだった?」
 帰りの途中で春菜が話しかけてくる。
「…今日もイマイチだった。」
 俺は許容量の半分にも満たない背嚢《いのう》を半開きにしながら、地面に視線を落とす。
「ま、まぁ。こないだよりはできてるし…。始めに比べたらだいぶ取れるようになったんじゃない?」
「それはそうだけど、他の人はこの二倍近くは取るからな」
「そうだね。でも、時間いっぱい動けるようになればみんなみたいにできるようになると思うよ」

 そう、そこなのだ。この二ヶ月少しずつ体力が戻ってきているが日中の間、継続的に活動できるレベルにはなっていない。都度、休憩を入れないと作業に支障をきたしてしまう。一度、無理に体を動かして採集をしていたことがあったが、次の日に体調が崩れてしまい元通りになるまで一週間を要してしまった。

「あんま、気にすんじゃねぇよ。そのうちできるようになるさ」
 俺の横を歩いていた護衛役のおじさんはそう言った。姓は坂本だったと思う。
「今はまだ余裕がある。俺らがここに漂着した時は何にも無くってな。懸命に生きよう、生きようとしていたらいつの間にか無尽蔵の体力が身についていたんだ。そう簡単に追いつけるようなもんじゃねぇんだよ」
 そう言いながら俺の頭を坂本さんがガジガジともみくしゃにしてくる。
 他の人は気にしなくていいというが、それでも俺は自分の生産性の悪さを飲み込むことは当分できないのだろうと思った。


「帰ってきたか。遅かったな。」
 陸らしくない淡白な出迎えに違和感を覚える。俺は採集班の他の人たちと別れてから夕食までの時間を埋めるために陸と話すことにした。
「今日はいつもと感じが違うな、どうかしたのか」
 夕食までの間に陸に話を振った。そうすると彼は現在、煮込み中の鍋の方に右の人差し指を向けた。

「あれだ」
 こんな真剣な表情をした陸は見たとこがない。「怠ける」「ふざける」が常だった陸が鍋を食い入るように見つめ続けている。荷物を倉庫に運んだ採集班の人たちもそれを見るなり、立ち尽くしていた。
「そうか」とか、「今日だったのか」などと呟くのが聞こえた。
 そんなに珍しいものだろうかと思ったが、重厚な雰囲気に耐えきれずにテントに帰ろうとしたときずっと鍋を見ていた料理人らしき人が鍋に近づいて粉末を入れた。
 入れられた粉末は夜闇に紛れてわからなかったが瞬間、刺激的な香りが鼻腔をくすぐった。遠い昔のように思える海上都市の定番家庭料理が頭の中ですぐさま描かれる。…わかった。この料理は…。

 カレーだ。
 
 間違いない。感覚が覚えている。まさしくカレーの匂いだ。それを認識した一弾指の間に喉が乾いた感覚、さらに空腹を自覚する。きっと皆、待っているのだ。それが完成する瞬間を。食すときを。俺は陸のところに駆け戻り、周りに配慮し、最低限の音量で捲し立てる。
「なんで、カレー粉がここにあるんだ⁉︎なんで今日⁉︎」
 陸は剣呑な雰囲気そのままに低い声色を響かせた。
「…まぁ、落ち着けよ。カレー粉は誰かが持ってたわけじゃない。半壊した都市の中に比較的使えそうな香草やらスパイスやらが残っていたんだ。それを捜索隊が持ってきた」
「…捜索隊?そんなものはなかったはずだ」
 瞬く間にカレーのことは脳の深くへと沈み、代わりにあることが浮上する。
 そのことを口にしようとしたが、陸の話に遮られた。
「あぁ、ないぜ。弥彦の認識に間違いはない。なんせ二日で撤退したからな」
「なんで、だ」
 それが今もあればもっと多くの人が助かっていたのではないかと俺は頭に血が上り沸騰寸前のところでなんとか理性を留まらせる。もしかしたら父さんも生き埋めになっているのでは、と思考が浮上するがそれはないと可能性を振り落とす。どこかでしぶとく生きているはずだ。

「生きている人を生かすためだ。都市に残った生活品も設備もあまりに少なかった。この決断をした当時のリーダーはひどく苦しかったろうぜ。でも、その英断のおかげでこうして生きていられる。お前だってそうだ。多分あのまま捜索が続けられていたら弥彦は切り捨てられていた側はずだ」

 俺はその言葉を聞いて体が震えた。その命に報う働きが自分にできるのかと。
「おい、大丈夫か。お前、なんか顔色悪いぞ」
「あ、ああ。だ、大丈夫だ」
 なんとか陸にそう返して俺は俯く。陸は気にせずに話を続けてくれた。

「二つ目の質問な。今日はな、このベースができてすぐの頃に編成された遠征部隊が帰ってくる日なんだ。部隊が真っ直ぐここに戻ってこれるように遠くまで匂いが届くカレーを作ろうってことになったわけだな」

 俺は先ほどの衝撃から思考が硬直し、陸の話を半自動的に咀嚼する。なるほど。みんなはカレーができるのを待っていたのでなく、帰りを待っていたのだ。重苦しい雰囲気は心配、気がかり、不安のような他人を気遣う感情が混ざり合い生まれたものだったようだ。

 そこまでの思考を自覚するのと時を同じくしてザザッという音を複数、聴覚が察知する。鍋を中心にして集まっていた人々も音がする方向に目を向けていた。

 それからしばらくして暗闇の中からシルエットが次々と現れる。月明かりに照らされてやっと遠征隊の人たちの顔が視認できた。…もしかしたら父さんがいるかもしれないという淡い期待が頭に浮かぶ。そうだ。仮に外まで流されていたらあり得るはずだ。
 遠征部隊の方へ目まぐるしく視点を動かし、顔を一つ一つ確認していく。抱き合ったり、笑い合ったりして再会の喜びを分かち合う様子を片目に見て、父さんの面影を探す。すると…。

 見慣れた風貌が暗がりから姿を現した。
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