蒼の箱庭

葎月壱人

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序章

出場権獲得

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林檎の国。
幼少期から成人するまで無償で高度な教育を受けられる学園があるだけの小さな孤島は、林檎の形をした地形から名付けられた。
林檎の国が世界から一目置かれるのは、学園で開催される“朱の大会”が大きく関係している。
有能な人材を世界に排出する学園の中から更に一握りだけ将来を約束された選ばれし子の選定、それが“朱の大会”。
生徒達の間でも優勝者は死ぬまで安定した収入と確固たる地位を得られると噂が囁かれていた。

そんな大会に心踊らせる少女の名は真白、16歳。
弾む息を整えながら翠の瞳を大きく見開いて対峙するのは巨大な掲示板。
前髪をポンパドールでアップにし、後毛がないように結ばれた朱色のリボンと癖っ毛まじりの栗毛色の髪は肩に掛かるかかからないかの絶妙な長さで揺れている。
朱の大会に憧れ、全てを捧げてきたと言えば大袈裟だが挑戦する権利を得る為に奮闘してきた彼女の努力がが実を結ぶのか否かが、今、貼り出されていた。

「……どこ?」

不安から口をついた言葉に心臓の音も早くなる。
あぁ嫌だ、もう頭の中では最悪のシナリオが顔を覗かせている。
真っ白な紙に一定の間隔で羅列されている学籍番号……あ、これ追試験者のやつだ。
真白は、集中できてない自分に気づいて一歩退き呼吸を整えた。
ざっと目を通した掲示板に真白が探しているものはなかった。
そろそろ諦めるか、目薬でも指して気分転換するかの選択に追いやられていると下の方に貼られていた紙の存在に気づく。
それを見た瞬間、真白は自分の心臓が驚きで止まるかと思った。

「これ!!やばいやつじゃんっ!!」

真白は、見つけた掲示物を引き剥がすと一目散に自分の教室へ駆け出した。





すぱぁんっと勢い良く扉を開け放ち、キョトンとした表情を浮かべるクラスメイトの視線に申しないと頭を下げつつ真白は仲の良い友の元へと急いだ。
窓際の後ろを陣取るように談笑していた3人は真白の為に少しだけスペースを作り、輪の中に招き入れる。

「真白。廊下は走っちゃ駄目よ?」

息切れを起こしている真白の背中を擦りながら残念そうに呟いたのは親友の雪乃だった。
透き通った色白の肌、背中まで流れる黒髪は光の反射で天使の輪の様な艶が輝き、クラスでは密かに“天使”と呼ばれている。

「ご、ごめん……つい」
「怪我したら大変だもの、もうやめましょうね?」
「つーか、結果は?」
「そ、それどころじゃないの!!」
「……はぁ?」

怪訝そうな顔をする王李に真白は持ってきた紙を手渡した。
クラスのムードメーカーを務める彼は性格だけでなく髪も赤く派手さがあり、スプレーでオールバックに固めてるにも関わらずヘアバンドが似合わないからと七色のピンを駆使し独特に留めている女子力高めな長身男子だ。
そんな王李は、一通り読み終えた紙を傍で一心不乱に菓子パンを頬張る少女の目の前に置いた。

「姫椿……お前、終わったな。課題未提出になってるぞ」
「むうぅぅぇぇえ!?嘘だァァァ!!」

机の上に菓子パンの山を作っていた手を止めたピンク色のおさげ頭の少女、姫の顔がみるみる蒼白になっていった。
小柄なのに、たわわな胸を持つ彼女に釘付けになる男子がクラスに多数いるのだが本人はぽわんとしているのでまるで気づいていない。
傍でいつも牽制している王李の存在も大きいのだが、王李の気持ちにすら姫椿は気づいていなかった。

「俺、ちゃんと出せって言ったよな?引き出しの中に入れっぱなしとか無いよな?」
「そ、そこまで間抜けじゃないもん!!きっと先生の見間違いだし!私、本当に持ってないも………ん?」

ぷりぷり怒りながら引き出しの中を探る姫椿の手が止まった。
そっと出てきた噂の品を見た王李は頭を抱え、雪乃はおぞましい物でも見てしまったかの様に口元を覆っている。

「り、留年だぁぁぁ」

わぁぁぁと泣き出した姫椿に、姫ちゃんが泣いている……王李が泣かせた?とざわつく教室に王李は慌てて真白に話題を振った。

「真白は?朱の大会に出れるのか?どーだったんだ?」
「あ。ちゃんと見てなかった、もう一回見てくる」
「お馬鹿」

テヘッと舌を出して誤魔化している真白の服を姫が引っ張り、自分が見ていた紙を指差した。

「真白の名前あるよ。雪乃と王李も」
「え!!?私、課題出したけど……って?え?」

姫椿の横から覗き込むと、留年者のお知らせの紙と重なる様にしてもう一枚、朱の大会出場者一覧の紙が顔を覗かせている。
真白の瞳が嬉しそうに光るのを見ながら、こっちまで嬉しくなってきた胸に手を添えた姫椿は書かれている項目を読み上げた。

「“特別枠”真白と白馬!!良かったね!!おめでとう!」

特別枠と聞いた途端、周囲の軽蔑する視線が一斉に真白に向けられた。
朱の大会の“特別枠”。
それは優秀な生徒を競わせても面白くないと前年度から就任した現学園長が新たに設けた制度だった。
選考基準は、いかにして悪目立ちできるかがポイントであり成績が良ければ朱の大会に出場できる可能性を目指していた者達にとって成績以外で評価されるのは屈辱的な制度だと忌み嫌われている。

「え、そんなに?……やっぱ駄目なの?」
「いや、お前は別にどーでも良いんだよ」

王李は、信じられない物でも見るかのように紙を凝視したまま会話を続ける。

「白馬だよ!白馬!!お前さ、よりによって学園の秀才を巻き込むなんて」
「え?白馬、乗り気だったよ?」
「あー、あいつお前に激甘だったな……」

頭を抱える王李を余所に、真白は姫椿と顔を見合わせ微笑んだ。

「白馬、優しいよねー」
「ねー」
「そうじゃないわ!」

突然大きな声を出したのは雪乃だった。
顔を真っ赤にして肩を震わせ、目には薄っすら涙まで浮かんでいる。

「酷いわ、真白。これはあんまりよ。白馬くんは本当に凄い人なのに。なのに……こんな、こんなのって」

声を震わせている雪乃に、真白は何て声を掛ければ良いのか解らなかった。
謝るのも違う気がする……
つい黙り込んでしまうと重苦しい空気だけが教室に充満して、居心地が一気に悪くなる。

「どうして?どうしてなの?私は白馬くんを巻き込んだって話すら聞いてない」
「それは……」
「真白は無神経よ!私達、親友なのに!!!」
「ゆ、ゆきちゃん」

オロオロしながらも仲を取り持とうとした姫椿の声も虚しく、雪乃は教室を飛び出してしまった。

「あーあ。あいつ絶対、白馬に惚れてるよな。あんなんに相談したら反対されるの目に見えてるっての」
「こら!王李!私、追い掛けてくる!!」
「ほっとけよ……って、足速いな」

普段鈍くさい姫椿の俊敏な動きに王李は感嘆の声を漏らした。
しかし黙りこくる真白と二人にされてもフォローの仕方がまるで解らない。

「無神経……」

私は、大会に出場できる権利が欲しかっただけ。
でも自分より頭の良い人はごまんといる。
血の滲む努力をしても到底敵わないけど、そんな私でも唯一手が届きそうだと思ったのが“特別枠”だった。
皆にしてみたら努力を否定するふざけたものなのかもしれないけど、私は挑戦しがいがあると逆に勇気を貰った。

そして、やっと見つけた悪目立ちする方法。
真白は俯いたまま、自分の着ているお手製の制服を見た。
この学園には“制服”がない。
男子は白いシャツに黒いズボン、女子は黒のワンピース。
誰が決めた訳でもなく、いつの間にかそれが皆の“当たり前”になっていた。

別に他の服でも良くない?

ぽんっと頭に響いた声にヒントを得て、すぐに図書室の本を読み漁り外国では“制服”というものがある事を知った。
白いブラウスに赤いリボン、紺色のブレザー、色とりどりのスカートなど調べれば調べる程興味をそそられ夢中になった。
そんなある日、夜遅くまで図書室で調べ物をしていた所を白馬に見つかり、観念して打ち明けたのが全ての始まりだった。
白馬は、去年から留学生として学園に在籍している同じクラスの男の子。
出会った当初は無愛想で近寄り難く、それでも妙に他の者を惹き寄せる雰囲気が印象的だった。
雪の様に白い髪に晴天を思わせる澄んだ青い瞳。
無表情なのが更に白馬を透明に魅せ、誰も目が離せない。
特に真白が興味を持ったのが、他国から来たという点。
林檎の国以外の世界を知る白馬から色んな話が聞きたくて、本当にしつこい位に声をかけてやっと心を開いて貰ったのだ。

“どうせやるなら俺も巻き込め”

そう言いながら、すぐさま行動に移してくれたのは白馬だった。
外から制服を調達するのは単純でつまらないとアドバイスをくれた通りに、デザイン、採寸、裁縫を自分でやって、こつこつ夜なべして作った自分だけの制服。

夜中に白馬と待ち合わせして、紺色のセーラー服をお披露目して、嬉しくてテンション上がった勢いで作った白馬用の白い制服をプレゼントした。
私は茶髪の癖っ毛だから傍から見ればガラの悪い不良にしか見えないよねって笑うと、白馬は苦笑いしながら私の前髪をアップにして朱色のリボンで結んでくれた。
あの日から、朱色のリボンは私のトレードマークでもある。

白馬に渡した制服は、強要しなかった。
ありがとうと受け取ってくれただけで十分だったから、朱の大会出場者発表の前の日、制服デビューをした私に合わせて白馬も制服を着てきてくれた事を鮮明に覚えてる。

「言ったろ?俺も巻き込めって」

そう言って悪戯が成功した子供の様に笑う白馬は、本当にかっこよかった。
そんな経緯を得て、この“特別枠”を獲ることが出来たのだ。


あの時、何故、雪乃に相談しなかったのか。
何故、白馬には打ち明けたんだろう?


「……あ、わかった」
「な、なんだよ急に」

長い沈黙に耐え兼ね、クラスの仲間に誰でもいいから来いと無言で助けを求めていた王李が身体を強張らせる。

「さっきの話。私、きっと応援して欲しかったんだと思う。白馬なら無条件で賛成してくれるって思ったの。よし!ちょっと雪乃と話してくる」
「え!?今!?お前って、前向きだよな」
「そう?こじれたままって、嫌じゃない?ぶつかっても話し合ってみる事が大事!」
「……まぁ、腹括ったんなら行ってこいよ」
「うん!」

そう言って、真白は教室を後にした。

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