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後半戦

素人

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「…実は話があって、な。でも今は用事があるから少し待っててくれ」

タッタッ

校庭に目をやると、あの日俺に勇気を出して相談したであろう真が、砂埃を出しながら楽しそうに走っていくのが見えた。

そうか…

「お父さん、お母さんっ!」

「おかえり真。2試合とも良く頑張ったね。」

「かっこよかったぞ!」

いたいた…!

 ◆
「…俺サッカー嫌いなんですよ。嫌いっていうか、やりたくなくて。」

「熱ってそれだな。」

「はい。だけど両親がどうしてもスポーツやれっていうから、サッカーをやらされてて。」

「そうか、」

「そのせいで大好きな勉強にも集中できなくて。学年でも1位をとれたことがなくて…」
「でも、がっかりさせたくないから、サッカーやんないと…そう思ってもやっぱり両立なんて器用なことは俺には出来なくて。」




「はあ…めんどくさ。俺はな、お前らみたいに熱くないんだよ。」


 ◆
「あの、」

「お母さん!お父さん!俺…サッカーやりたいっ!」

「真、楽しい?」

「うん!俺にサッカー教えてくれてありがとう!いっつも楽しいよ!」


「また、勝つね!」

「真、ミーティングだよ。」

「あ、はい!今行きます!」

「真…サッカー好きになった?」

「はい!大好きっす!」

「やっぱりか」

「へ?もしかしてわかってました?」

「ああ、わかってたよ。サッカー好きになってくれて良かったよ」

「先生のおかげです!」

「別に何もしてないよwただ真が真っ直ぐになってくれただけ」

「せんせー!早くミーティングやろ!」

「おお、わかったわかった!」

「先生始めて!」

「……ミーティングを始める。まずは、みんな本当にお疲れ様。これで1日目は終わりだ。帰ったらゆっくり休んでね。」

「はーい」

「それと、、、もう一つ。先生から大事な話があるんだ。」

「えー、早く帰りたいよー」

「わかった。なるべく早く済まそう」
「先生は…仮の監督だったんだよ。暫定監督っていうやつ、知ってるかな?」

「わかる!わかる!…でも、それがどうしたの?」

「新しい監督が決まったんだ。連絡があって、俺は今日で監督を辞めることになった」

「え…?先生?」

「それだけだ、もう帰っても大丈夫だよ。」

「ちょっ、先生!」

「先生!なん、で?」

「先生はもう監督じゃないんだ。みんなの為なんだ…」

「違うよ!!!っ、先生が、、なんっで辞めなきゃいけないの?」

「蒼…?」

「せんせ、、、」

蒼が涙を腕で拭うのにつられたのか、一気にみんなが泣き出してしまった。

「でも先生は、素人なんだ。だから、みんなの為にならないんだ」

「それでも、、せんせーは、、せんせいだもん…!」

「堂又、、太郎。」

「ごめんな、みんな。」

「素人とか、関係ないよ…!」

「短い間だったけど、本当に楽しかった。先生を受け入れてくれてありがとうね」

「せんせ……!」


 ◆
あの暑い…熱い夏から何ヶ月経っただろうか。

今は、凍えるような寒い冬が終わって段々と桜並木が道を賑やかにするような季節となった。

「お前は素人かよ!!何やってんだよマジで。ほんとどうにかしろよ!」

「すいません。」

カタカタカタ

はあ、今日もいっぱい怒られちゃったなぁ。

今日も誰も居ないオフィスに一人残ってキーボードをカタカタと音を立てる。これが俺の今の日常と化している。

「ダメだ、、眠いや。やんない、と。」

ドンッ

「わっ!あれ…?家、、か。」

昨日の夜のことはあまり覚えていないが、恐らく仕事を終えることが出来たのだろう。ていうかそれを願う。

ピンポーン

「ん?今何時だ?7時30分だよな…こんな時間に誰だろ。」


俺はまだ視界のぼやける目を擦りながら、なんとか階段を下っていった。

「はーい。今出ますね」

「いいよ、俺が出る」

「そう?」

「うん。」

妻は朝食を作ってくれてるし、俺が出た方がいいだろう。

「はーい。え?」

「せんせ!サッカーやろうよ!」

「太郎…!」

玄関のドアを開けた時に立っていたのは、すっかりデカくなった太郎だった。

「でもな、太郎、俺は仕事だってあるし…誘いは嬉しいけどな」

「別に今日なんて言ってないよ!先生が来るのはいつだっていいから、来て欲しいんだ!」

俺はいつもみんなの為を第一に考えていたつもりだったが、それは素人がやることだったんだろうか…結局最後に俺はみんなを傷つけた。

素人でも、先生と、言っていいのだろうか…

「またサッカー教えてください!」


「ははw俺は、、素人だけどな。」
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