84 / 135
84
しおりを挟む「・・・暇だ」
思わず、声に出た。
与えられた内廷の一室で一晩を過ごし、朝になって運ばれてきた朝食もきれいに平らげた。その後、何か用があるわけでも、呼び出しがあるわけでもない。
帰国したばかりのイアンは、当然のように多忙だった。
『しばらくは仕事が山積みだ。好きに過ごしていてくれ』
伝言はそれだけで、気遣いは感じられるが、具体的な指示はない。
「ホントに暇」
内廷の位置関係は把握している。
かつて何度も歩いた場所だ。今さら探索するほどでもない。
しばらく考えてから、ユーリは部屋を出た。
向かったのは、内廷に併設された小さな図書室だった。利用者は限られているが、選書の質は高い。
そこで、よく知っている出版元の新作の本を見つけた。挿絵に定評のある工房が手がける物語集で、ユーリは全て集めていた。
「うわ、新しいの出たんだ」
手にとってページをめくると、彩色された挿絵が目に飛び込んでくる。繊細な線、柔らかな色使い。思わず口元が緩んだ。
「借りよう」
ウキウキと小脇に抱えて廷内を歩いた。
ゆっくり読むには、部屋よりも良い場所がある。
庭園は、王族の私的空間にふさわしく手入れが行き届いていた。低木と花壇、白い小径。木々の間から差し込む陽光が柔らかい。
陽当たりの良いベンチを探して歩いていると、
「ねぇ!そこの君」
不意に、声をかけられた。
ユーリは足を止め、振り返る。
少し離れた場所に立っていたのは、背の高い青年だった。
無駄のない均整の取れた体躯。仕立ての良い衣服をさらりと着こなし、立っているだけで周囲の空気が整うような、都会的な雰囲気を纏っている。
「あ・・・」
柔らかく整った顔立ちは甘さを含み、視線を向けられれば思わず惹きつけられてしまいそうだ。きっと、女性に不自由したことはない。そんな確信を抱かせる容姿だった。そしてその人物は、
── ルカ!!
ユーリの次兄だった。
「見かけない顔だね」
低すぎず、高すぎない。
艶を帯びたテナーの声が、庭園の静けさに心地よく響く。
ゆったりと歩きながら近づいて来るルカは、柔和な表情を浮かべながらもユーリが何者かを窺っている。
ユーリの前で立ち止まったルカは首を傾げて「君は誰かな?」と聞いた。
「・・・あ・・・の、僕は」
数ヶ月ぶりに会うすぐ上の兄は、変わらず麗しい。だが少し痩せたようにも見える。
── もしかして僕のせいで・・・
まじまじと見ていると、ルカは怪訝な顔をした。
「なにキミ、もしかして本泥棒?」
「・・・っ!・・・えっ!?」
「その抱えてる本、ここの図書室のだろ?入庫したばかりの高価なものだよね」
「あっ、これはっ・・・違いますよ!借りたんです!」
「ふーん、借りられたんだ。名前は?」
「ユ・・・ユーゴです」
「ユーゴ?内廷で何してるの?」
ルカは流れるように次々と質問をしてきた。聞き方が柔らかく自然で、ユーリは聞かれるままに色々と答えていた。
「そうか、イアン殿下が特別に連れてきたっていうのがキミだったんだね」
「特別ってわけじゃ・・・」
「違うの?王室の身分証をあげるって言われてついて来たんでしょう?」
ルカの言い方が意地悪なことに気がついた。優しい笑顔を浮かべているが、言葉に棘がある。
「・・・そんな言い方ないでしょう」
ユーリはムッとした。
「はは、怒った?」
ルカは楽しそうに目を細めた。
同じ笑顔でも、弟に向けていたものとは天と地ほども違う。
「正直に言うと、どこの誰とも知れない人間が内廷をうろついてるのは気になるな。出来れば部屋で大人しくしててよ、その本持ってっていいからさ」
「・・・!!」
生まれて初めて聞く、ルカからの辛辣な言葉に衝撃を受けた。言葉を発する側に愛情がないと、こんなに冷たく感じるものなのか。
ユーリは唇を噛んで、くるりとルカに背を向けた。
「あれ、怒っちゃった?」
歩き出したと思ったら急にしゃがみ込むユーリ。
「結構、子供っぽいんだね」
ルカが呆れながら背後に立つと、ユーリはまた急に立ち上がり、振り向いて言った。
「この本返します」
「は?僕に?」
差し出された本に対して、反射的に手を出したルカ。
その手のひらの上に、ユーリは本を持った方とは逆の手の中の物を乗せた。
カサッ・・・
「ぐっ・・・うわああぁぁっ!!」
ルカは悲鳴とも叫び声ともつかない声をあげて手の上のものを放った。
「いぎゃぁああああ!やだやだやだ!」
飛び跳ねるように後退り、手をばたばたと振り回して、残る感触を振り払おうとしている。
都会的な所作は見る影もない。
足元で跳ねたバッタに、ルカは完全にパニックだった。
「あははははははは!さっきまで堂々としてた人が、ずいぶん慌ててますね」
可笑しくてよじれそうな腹を押さえてユーリが言った。
その笑顔は底抜けに明るく、笑い声も朗らかに響いた。
その声にルカはハッとして顔を上げた。
「おい、き、キミは・・・」
「内廷をうろついてて、すみませんでしたっ」
そう言うと、ユーリは踵を返して走り出した。
「あっ!待ってっ!」
庭園の小径を駆けながら、ユーリはルカの驚き慌てる顔を思い浮かべた。
胸の奥が、久しぶりに軽かった。
140
あなたにおすすめの小説
魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由
スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの少年二人は、15歳になり神の祝福でスキルを得た事で道をたがえる。彼らはやがて青年となり、片方は魔王討伐に旅立つ勇者として華々しい活躍をし、もう片方はただ彼の帰還を待つ相変わらずスラム暮らしの存在となる。
これは何も持たない青年がただ勇者の帰りを待つ日常を描いた作品です。
無自覚両片想いの勇者×親友。
読了後、もう一度だけ読み直して頂けると何か見える世界が変わるかもしれません。
薄紅の檻、月下の契り
雪兎
BL
あらすじ
大正十年、華やかな文明開化の影で、いまだ旧き因習が色濃く残る帝都。
没落しかけた名家に生まれた“Ω(オメガ)”の青年・白鷺伊織は、家を救うため政略的な「番(つがい)」として差し出される運命にあった。
しかし縁談の相手は、冷酷無慈悲と噂される若き実業家であり“α(アルファ)”の当主・九条鷹司。
鉄道・銀行事業で財を成した九条家は、華族でもありながら成り上がりと蔑まれる存在。
一方の伊織は、旧華族の矜持を胸に秘めながらも、Ωであるがゆえに家族から疎まれてきた。
冷ややかな契約婚として始まった同居生活。
だが、伊織は次第に知ることになる。
鷹司がΩを所有物としてではなく、一人の人間として尊重しようとしていることを。
発情期を巡る制度、番契約を強制する家制度、そして帝都に広がる新思想。
伝統と自由のはざまで揺れながら、二人は「選ばされた番」から「自ら選ぶ伴侶」へと変わっていく——。
月明かりの下、交わされるのは支配ではなく、誓い。
大正浪漫薫る帝都で紡がれる、運命を超える愛の物語。
完結|ひそかに片想いしていた公爵がテンセイとやらで突然甘くなった上、私が12回死んでいる隠しきゃらとは初耳ですが?
七角
BL
第12回BL大賞奨励賞をいただきました♡第二王子のユーリィは、美しい兄と違って国を統べる使命もなく、兄の婚約者・エドゥアルド公爵に十年間叶わぬ片想いをしている。
その公爵が今日、亡くなった。と思いきや、禁忌の蘇生魔法で悪魔的な美貌を復活させた上、ユーリィを抱き締め、「君は一年以内に死ぬが、私が守る」と囁いてー?
十二個もあるユーリィの「死亡ふらぐ」を壊していく中で、この世界が「びいえるげえむ」の舞台であり、公爵は「テンセイシャ」だと判明していく。
転生者と登場人物ゆえのすれ違い、ゲームで割り振られた役割と人格のギャップ、世界の強制力に知らず翻弄されるうち、ユーリィは知る。自分が最悪の「カクシきゃら」だと。そして公爵の中の"創真"が、ユーリィを救うため十二回死んでまでやり直していることを。
どんでん返しからの甘々ハピエンです。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
神子は二度、姿を現す
江多之折(エタノール)
BL
1/7外伝含め完結
ファンタジー世界で成人し、就職しに王城を訪れたところ異世界に転移した少年が転移先の世界で神子となり、壮絶な日々の末、自ら命を絶った前世を思い出した主人公。
死んでも戻りたかった元の世界には戻ることなく異世界で生まれ変わっていた事に絶望したが
神子が亡くなった後に取り残された王子の苦しみを知り、向き合う事を決めた。
戻れなかった事を恨み、死んだことを後悔し、傷付いた王子を助けたいと願う少年の葛藤。
王子様×元神子が転生した侍従の過去の苦しみに向き合い、悩みながら乗り越えるための物語。
※小説家になろうに掲載していた作品を改修して投稿しています。
描写はキスまでの全年齢BL
ただの子爵令嬢ですが、なぜか王子の恋愛相談役になりました
はくまいキャベツ
恋愛
王子がメイドに振られるという国家機密相当の現場を目撃してしまった子爵令嬢ダリア・バッケンは、口外しない事を条件に念書へ記名し、お咎めなく日常へ戻るーーはずだった。
しかし数日後、口外していないにも関わらずダリアは王城へ呼び出される。そこにいたのは理屈だけで動く男、王子の側近ブレーデン・ハノーヴァーだった。
「誓って口外などしていません!」
「…分かっている。あなたを呼んだのは別件だ」
ダリアがほっとしたのも束の間、ブレーデンは小声で付け加える。
「まあ完全に別件でもないが」
(もうなんなのよ!)
果たして、ダリアが王城に呼び出された理由とはーー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる