悪女と呼ぶのは簡単よ

渡邉 幻日

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辺境伯令嬢

それでは皆様ごきげんよう

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「初めての女にこっぴどく捨てられたからって、二人目以降も同じことするなんて決めつけないで!」 
頭がカーーーッとなって、もう、これが最後なんだから全部言ってやるって決めたのよ。

私は辺境伯のご令嬢よ。これでも。
ある意味死と隣り合わせで、だからこそ裏を探る言葉よりも思っていることを素直に伝えたい。
王都周辺特有の、腹の探り合いには向かないって、随分前からわかっていたこと。 

お父様もお母様も、ひとたび魔獣だなんだと騒ぎがあればいつ会えなくなるかわからないからと、常日頃から仲が良い。
そんな両親を見て育てば、うんざりするか憧れるかでしょう? 

私は憧れたのよ、その仲睦まじい姿に。
そりゃあ悩んでるときに目の前でイチャイチャされたら気分悪くなることだってあったけど! 

それでも、いつ会えなくなるとも限らない危険のなかで、満足のいく人生のために言葉を尽くして態度で示して……そんな二人の姿は美しいものだと私は思うのよ。
毎回ひとつ大きな傷を作って帰ってくるお父様を、献身的に見舞うお母様。
「また生きて帰れたよ。神様に感謝を」
「ええ、とても……嬉しいわ。神様に感謝を」
そう、人から見たら傷は痛々しいかもしれないけれど、守るための……守った証の勲章なのよ。当事者からすれば生きていてくれるだけでも嬉しいものなの。
傷を作るなんて弱い証と言う人が居るけれど、じゃあ貴方は作らずに戦えるの?
誰かの背中に隠れて、戦いが終わるのを待つなんて言わないで頂戴ね。そんなものに栄誉なんて与えるべきではないわ。 

だから、生還出来たなら喜びを素直に言葉にするのよ。 

誤解を生まないように、気持ちを包み隠したりしたくなくて言葉を尽くすの。
私は貴方と愛し愛されたかったけれど、相性もあるわ。仕方ないわよね。それでもせめて尊重しあえれば、家族の情くらい湧くかしらって。そう思うことくらい許して欲しかったのよ。 

どうしても私ではだめなら早く教えてくれれば良いじゃない?
白紙撤回って言葉を知らない訳じゃないでしょう? 

「二回目の婚約でもまた同じことが起きたから、女はみんな悪女だなんて、悪いのは女だなんて、決めつけたいだけなんでしょう!」 

解り合うための時間も取らないで被害者ぶらないで。
私の何を知ったと言うの。 

「二度、うまくいかなかったからもう要らないと、女を遠ざける理由にしないで頂きたいわ! ……確かに世の中悪い女だっているでしょう。だからって、悪女それが女の全てなわけじゃないわ! 大体、男だって同じじゃないの。そうやって勝手に決めつけて、話も聞かないじゃない!」 

違うのはお父様くらいだわ。
私の知る男性で誠実なのは、お父様くらいなのよ。不敬と言われても知らないわ。と言うか、不敬だと騒ぐってことは自覚がおありなのでは無いかしら? 

「そんなに被害者ぶりたいのならもっと目を養ってちゃんとした悪女を捕まえてから・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・言って頂きたいわ! まともな人間を巻き込まないでくださいまし!」 

こちらとしては真摯に向き合ってきたつもりなの。いつも手を振り払っていたのは貴方でしょうに。
それとも、本当の被害を二度も被りたくないから・・・・・・・・・・・・・・・・・
まともな相手を悪者に仕立てたい・・・・・・・・・・・・・・・のかしら?
それってよっぽど貴方の方が悪なのではなくて? 

「女が集まって慰めあうのを姦しいと言うけれど、男同士だって同じでしょう? 被害を受けた方に「とんでもない女に捕まったよな」なんて、慰めるようなことを言いながら、どうせ自分じゃなくて良かった、女運悪いやつだなと嗤ってるくせに!」 

言葉の裏を読むのは苦手だけれど、顔から感情を見るのは得意なのよ。だって、本気でそう思っていたら、自ずと顔にも出てしまうの。社交界で表情を出したら不利になるとも聞くけれど、本当の本当に隠し通せる人は少ないと思うわ。 

「本当最低!」 

どれだけ吐き出しても止まらないの。ずっと我慢していたんだもの。でも。でもね、 

「わたくし、お父様にもお母様にも愛されている自負があるわ。ですから、今回のことで絶縁を言い渡されるのなら受け入れるつもりよ。だって何があっても、私にとって大事な大事な家族ですもの。今回以上の迷惑はかけられないわ」 

迷惑をかけたくなくて、相談しなかった。
だってふたりはお互いの事を見ていたいのよ。余計な心配なんてかけたくない。我が儘な考えかもしれないけど、ふたりにはいつでもお互いだけを見ていて欲しいの。
そして今日も貴方がいてくれて良かったって言い合っていて欲しいの。
今回のことで、もうどうしようもないけれど。 

「ああ。貴方みたいな人、遠回しに伝えてもわからないだろうからはっきりと申し上げますけれど、私は修道院に入ったとしても、平民になったとしても、貴方の幸せだけは祈らないわ。なんなら毎日いつでも貴方が不幸になれるように祈るつもり。でもその方が嬉しいですわよね、皆様に憐れまれますものね。是非とも喜んでくださいませ。それではごきげんよう。二度と会いませんよう心から神様に願いますわ」 

言いきって、漸く清々しい気持ちでカーテシーをする。
少しはしたないかもしれないけれど、勢いよく背を向ければスカートの端がふわりと浮いた。
背筋を伸ばして部屋を退室するの。みすぼらしく見えてはだめよ。もうエスコートも不要なのだと思えば気持ちがもっと軽くなるわね。
どこか呆けたようなドアマンが、慌てて扉を開けてくれたので、過去最高に美しく見える微笑みを向けたわ。
ドアが閉まる頃、喚きたてるような雑音・・が聞こえた気がするけれど、それももう気にしないの。だってとても気持ちが良かったんだもの。
胸もすっとして、本当にすっきりできたのよ。 

ああ、お父様、お母様、そして神様。
どうか、あの方以外・・・・・に祝福を!
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